第3章 第3節 恋心と別れ~ユカリの涙、そして別れ
「ヒロト!夏休みに永森神社で一緒に絵を描くって約束したじゃない!どうして止めるって言うの!」
ヒロトは、永森村の名前を聞くことさえ嫌だった。
ヒロトに怒りの感情がこもってきた。
「ユカリ、俺は永森村はもう嫌なんだ。もう俺はあの村に二度と戻らない。
東京で俺は通用することを馬鹿にした奴らに証明したいんだ!」
ユカリは、びっくりした。
『温厚なヒロトがこんなに感情をむき出しにするなんて。よっぽど嫌なことがあったんだ』
ユカリは以前から薄々感じてはいたが、想像以上にヒロトは永森村を嫌っていたことを知った。
ユカリは優しくヒロトに話した。
ユカリ「私は、ヒロトが思っているほど、あの村は悪い村じゃないと思うよ」
ヒロト「俺はそうは思わない!」
ユカリ「永森村は素敵な村だよ。素敵なところがいっぱいあって・・・」
ヒロト「一体、あの村のどこがいいんだ!」
ユカリ「見える風景、街並み、全てよ!」
そして、ユカリは心の中で思った。
『そして、何よりヒロトと巡り合わせてくれた村だから』
「俺はユカリの気持ちがまったく理解できない!」
「間違っているのはヒロトよ!もう一度よく見てみて!永森村を」
ユカリは、
『永森村を否定されることは、ヒロトとの思い出までを否定されている・・・』
そんな思いさえしていた。
それだけは、いくらヒロトが好きだからと言って、ユカリは絶対譲ることはできなかった。
ユカリは本気で怒っていた。
ヒロトは、このようなユカリの表情をみたのは初めてだった。
「どうせ、永森村には俺をバカにするか蹴落とそうとする奴しかいない。
俺が不幸になるのを喜ぶ連中ばかりだ。親も友人も先生も!何もかも大嫌いだ!」
「そんなことないよ!ヒロトは気づいてないだけだって!」
「俺を束縛しないでほしい!俺は絶対あの村に戻らない!
これ以上、あの村のことを言うならもう俺に連絡しないでくれ!」
ヒロトの返事を聞いて、ユカリはさらに感情的になった。
「ヒロト、じゃあ、あの神社で描いたあの風景、あの時間も嫌いだったっていうの?
私は、そうは思わない。
私にとって、一番の思い出の場なの。永森村は!
あたしの大切な思い出までヒロトは一切否定するって言うの!」
ヒロトは黙ってしまった。ヒロトは答えられなかった。
ヒロトにとってユカリとの出会いは唯一、ヒロトが幸せな日だったひと時。
それだけは確かな事実だった。
でも、永森村にはもう俺の居場所がない。俺は19年近くあの村で過ごしてきた。
嫌なことだらけだった。ユカリに俺の気持ちの何がわかる・・・
「ヒロト、ちゃんと答えてよ!
一緒に絵を描いていたとき、ヒロトは一体どう思っていたのよ!」
ユカリはまっすぐ、ヒロトを見て言った。
ヒロトは真っすぐ見つめるユカリから目をそらしてしまった。
「目をそらさないで!ヒロト、はっきり言って。
あの神社で一緒に絵を描いていたとき、どう思っていたのよ!」
ユカリは本気で怒っていた。
しかし、これまでの永森村での出来事を思い返したら、ヒロトはとても永森村のことを好きといえない。
それだけは俺は絶対譲れない。そう思った。
「ユカリ、俺の邪魔をしないでほしい!もう、うんざりなんだ!あの村は!
こんな村をかばうなら俺にとってユカリも邪魔な存在なんだよ!
ユカリがいたら俺は不幸にしかならないんだよ!」
『ユカリがいたら不幸にしかならないんだよ!』
ユカリの心に、ヒロトのこの言葉が何度もこだました。
ユカリは、この言葉がヒロトの他のどんな言葉よりもショックだった。
ユカリは、大粒の涙を流していた。
ヒロトははっとした。
ユカリは、ぽたぽた涙を流し、ヒロトをじっと見ていた。
その後、ユカリは、振り返って泣きながらその場から走り去ってしまった。
ヒロトは、その場で1時間、ユカリが戻ってくるのを待っていた。
しかし、ユカリは戻ってこなかった。
ヒロトはユカリに電話したが、ユカリは電話に出なかった。
次にメールで「ユカリ、いいすぎたごめん」と送った。
しかし返事が返ってこなかった。
ヒロトは、その後、待ち合わせした新橋駅前でしばらく待っていたが、ユカリはついに姿を現さなかった。
ユカリはショックだった。ヒロトを元気づけること、励ますことを考えていた。
何よりもユカリは「邪魔なだけの存在だ」とヒロトに言われたことが一番のショックだった。
『ヒロトの夢を叶えたい。世界で誰よりもヒロトの幸せを思っている。
でも、あたしの存在がヒロトを不幸にさせているの?』
ヒロトは、住み込み先に戻ってからもユカリにメールを送ったが、返事はこなかった。
それっきり、ユカリから連絡が来なくなった。
しかし、ヒロトは、永森の名を聞くだけでトラウマさえ感じていた。
『あの村は俺のいる場所はない。それだけは事実だ。
ユカリが何と言おうと。東京では俺を必要としている人がきっといるはず。
そして、東京こそがきっと俺の新しい居場所になるんだ』
それから、1週間が経過しても、ユカリから連絡は来なかった。
2週間後、ヒロトは、ユカリに再度メールしたら、エラーになった。
電話しても着信拒否された。
もう電話もメールも繋がらなくなった。
『完全に嫌われたんだな、俺は・・・』
ヒロトもさすがにショックだった。
『でも永森村には絶対戻りたくない。それだけは俺は絶対譲れない』
そして、ヒロトはこれで確信した。
『ユカリとはもうこれで終わったんだな…』
でもこれで、俺は夢に向けて集中できる。
俺は東京で通用することを証明するんだ。
ヒロトは、固く決心していた。