第3章 第1節 恋心と別れ~ユカリとのデート
ヒロトの高校3年の夏休みが終わった。
学校が始まった初日のお昼、ヒロトは担任の先生から職員室に呼び出された。
「早川さん、あなたが先頭を切って頑張れば、みんなも頑張り、合格者もたくさん出るようになるから、頑張ってくださいね」
「わかりました」
ヒロトはそう答え、その後、学校の屋上に行き、屋上にある小さな倉庫の中に入って昼寝をした。
それから間もなくして、クラスメートたちがやってきた。
ヒロトのクラスは進学コースで、進学を熱望する生徒が集まるクラスだった。
クラスメートはヒロトが倉庫の中にいることを知らず、何やら話していた。
「早川のやつ、さっき先生に職員室に呼び出されていたぜ」
「ああ、俺も早川が職員室に入ったのを見たよ」
「4組の中田が言っていたけどよ。
早川は夏休み中も午後3時頃になると、よく家から出かけていたと言っていたぜ。
きっと学校に行って先生から直接指導を受けていたんだぜ」
「あいつだけ、いつも先生に優遇されているんだよなあ。
抜け駆けもいい加減にしてほしいよな」
「でも、あいつ、成績落ちているんだぜ」
「ああ、きっと天罰でもくらったんだろうな。
早川は自分さえよければいいって考えている奴だからな。ざまあねえぜ」
ヒロトは、クラスメートたちの会話を耳にした。
いや、クラスメートだけでなく、学年の特に成績上位の人たちからヒロトは煙たがれていた。
ヒロトは学校ですっかり孤立していた。
母も担任の先生から「お子さんはとても優秀です」と言われて見栄を張っているが、家の中は崩壊状態だった。
ヒロトは、学校でも家でも勉強に身が入らず、勉強している振りだけしていた。
当然、成績は下がっていった。ヒロトは、家ではボーっとする日が続いていた。
そんな中、時々ユカリからメールで連絡が届いた。
「俺、今度、大学受験するから」
「そっか、頑張ってね。しばらく、連絡取らない方がいいかな。
合格したら、また会おうね!」
ヒロトは、ユカリには本当の事情を放さなかった。
ユカリに心配かけさせたくないのはもちろん、元からそういった事情を他人に話すことを一切しない性分だった。
母は大学入学のお金をどうにかしようとしている。
父と兄は相変わらずの状態で、毎日、喧嘩の仲裁でヒロトはすっかり疲労困憊していた。
年が明け、2月になった。受験間近になって、母が受験の費用を用意した。
しかし、父から「大学入学のお金がない。浪人しろ!」と言ってきた。
学校では現役合格のために頑張れと言われ続けていた。
ヒロトは内心、思った。
『浪人しろと言うなら受験費用なんて出すなよ。
第一、浪人したって、大学のお金がたまるものなのか?』
受験の日、ヒロトはわざと、答案用紙を白紙で出した。
当然、受けた大学は全て落ちた。
ヒロトの高校生活の最後は散々だった。
卒業式前、ヒロトはトイレで用を足していたとき、同級生たちの声を聞いた。
「ヒロトのやつ、全部落ちたんだって。先生からあれだけ贔屓されて全滅では、ざまあねえな」
「ああ、スカッとしたぜ」
「勉強のし過ぎでおかしくなったんじゃねえか」
こういった会話を聞くのはもう慣れてしまった。
ヒロトは先生には浪人することを話したが、学年の人たちの視線もひどいものだった。
ユカリからメールが入った。
「受験、残念だったね」
「ああ、だめだった。浪人することになった。
予備校に行くためのお金を、夏までバイトで稼ぐことにしたよ」
「そう、しばらく会えないね」
「いや、次の受験までは1年あるし、時には息抜きもしたいしね。俺、山口まで会いにいくよ!」
「きゃー、嬉しい!。でも、ヒロトも何かと大変と思うから兵庫か大阪で待ち合わせっていうのはどう?」
「そうだね、あたし、楽しみにしている!」
「ちょっと今は、バイトはじめたばかりでどたばたしているから。5月のゴールデンウイークくらいになるかなあ」
「あんまり無理しないでね、でも会えるのは超うれしーー」
ヒロトは4月から6月までアルバイトをフルに入れていたが、ヒロトは思っていた。
「そもそも、俺は大学にはいきたいのだろうか。周りがそういっているだけではないか」
・・・
そして、5月の連休になった。
ヒロトとユカリは兵庫県の尼崎駅前で待ち合わせをした。
「ヒロト~!ここよ、ひさしぶり!」
「お~ユカリ、ほんと久しぶりだ」
ユカリは高校1年になっていた。
ユカリは、街中で人がいっぱいにも関わらずヒロトにいきなり飛びついてきた。
さすがにヒロトもあせってしまった。
「おい、ユカリ!みんな見ているぞ」
「かまわないもん、どうせ、みんな知らない人ばかりだから!ヒロトに久しぶりに会えてうれしいんだもん!」
ユカリはヒロトをじーっと眺めた。
「あれ、ヒロト?少しやせた」
ユカリは心配そうな顔をした。
「大丈夫だ。別になんともないよ!」
ユカリは次にヒロトの左手を繋いできた。
そして移動するときは、ずっとヒロトの左手を放さなかった。
デートコースは、ユカリが全て決めてきた。
ある公園で、ヒロトとユカリは二人っきりになった。
「ねえ、ヒロト、あたしのことどう思っている?」
「え、いや、あの~」
「はっきり答えて!ヒロト」
「いや、かわいい妹ができたかなあって」
「い、いもうと~」
ユカリは顔をしかめた。
「もう、ヒロトなんて知らない!」
ユカリは手を放し、とことこ先を歩いてしまった。
「ユカリ~、俺、何か悪いこと言った?」
ユカリは心の中で思っていた。
『ヒロトったら、女心、ぜっんぜん、わかってないんだから~』
「ユカリ~、待ってくれよ~。気を悪くしたこと言ったなら、謝るよ、ゴメン」
ユカリはヒロトが追いかけてくるのを見て、振り返って言い返した。
「そうやって、ヒロトは一生、あたしに謝ってればいいんだよ~」
「一生?ユカリ、それってどうゆう意味だよ?」
ヒロトから返事が返ってきたとき、ユカリは顔を真っ赤にした。
「もう~、ヒロトのバカ!ヒロトって鈍感なんだから~~!!」
ヒロトは、こうしたことに無頓着だった。
そもそも、最初に誘ったのはヒロトだが、何も計画せず、行き当たりばったりだったので、どこに行くのかを決めたのはユカリだった。
「ロマンチックな恋愛ができたらな~。ヒロトとの素敵なデート、楽しみ~」
ヒロトと出会ったとき、一目ぼれしたときと同様、ヒロトのどうしようもない鈍感さにすっかりユカリはイライラしてしまった。
次の6月のデートも、同じ状態だった。
ユカリからデートの後に、怒りのメールが届いた。
「ヒロトって、ホント、デリカシーないんだから!!
そもそもなんで、あたしがいつもデートの段取りやコースを決めないといけないの(# ゜Д゜)。
こうゆうことって普通、男子がやるのよ」
「え、そうなの?」
「もう~ほんとこの男は!!!」
「わりいわりい、知らなかった(m´・ω・`)m ゴメン…」
ヒロトとユカリのデートの後は、常にこんな感じだった。
「ところでね。今度の夏休み、また永森村のおばあちゃんの家に行くの。
ヒロト、あまり、時間取れないと思うけど、息抜きになるからまた、永森神社で絵を描こうね」
「俺もユカリの絵が好きだよ。楽しみ」