ゲーム大好き元ブラコンガールはゲームマスター!
カチカチっかちゃ。
部屋にゲーム機のボタンを押す音が響く。時刻は1時。カーテンの隙間から暖かい光が射し込んでいる。
少女は自分のベットに座り、ゲーム機とにらめっこしている。
「うーん、動かなーい。もう壊れちゃったのかな?結構使ってるし……」
少女の名前は小田原 悠。ゲームが大好きな高校生だ。
ゲーム機はホーム画面のままフリーズ状態。何をしても反応しない。しばらくボタンをカチカチ押してるとブチッと音が聞こえて画面は真っ暗になった。
「え、え、嘘でしょぉぉぉ⁈まだストーリー全クリしてないのに!」
まだ奇跡があるかもと電源ボタンを必死に何回も押してみるけど電源の入る気配がない。
今日は小さい頃から大好きなシリーズ物の新作発売日。新作の予告は何回も見た。予約して、今までの復習を何回もした。今日は早起きして、新作を予約したデパートには1番乗りで受け取りに行った。午前は説明書とパッケージをずっと眺めてた。午後になって、ウキウキしながらゲームを起動しようとしたらこれだもん。
「やっぱ、寿命かなー…」
何を隠そう小学生の頃にクリスマスにサンタさんから貰い7年間くらい愛用しているゲーム機だ。むしろよく今まで頑張ったなと褒めても良いくらいだ。折りたたんで持ち歩けるから重宝してたんだけどな。ため息をついてベットから立ち上がり、ゲーム機を折りたたみ、足早に自分の部屋を出る。階段を降りてリビングに入り、台所に近づいて、料理をしいるお母さんに話しかける。
「ねーねー、ゲーム機の電源つかなくなった!せっかく新作をプレイしようと思ったのにさー。」
口を尖らせ、証拠と言わんばかりに動かなくなったゲーム機をお母さんに見せる。
「あら、ほんとね。」
お母さんはゲーム機を受け取って、しばらく電源ボタンを押したりして試したけど、ゲーム機はやっぱり反応しない。
「新しいの買ってよー。まだやりたいゲームたくさんあるし、新しいゲーム1回もやれないのは嫌だもん。」
「そうねー。でもそのゲーム機、結構高いじゃない。あなた、ゲーム好きなんだから違うゲームしたらいいじゃない。?」
確かにゲームは、音ゲー、RPG、オンライン、カード、育成、パズル、乱闘、乙女ゲームとか数えてたら、きりないくらいいろんなのやるし、大好きだけどさ!お母さんぜんぜん分かってない。
「ゲームは発売初日にやるべきでしょ!頑張って貯めたお小遣いで買ったんだよ?今日は全部クリアできなくても、進めたいじゃん?友達と少しでも語りたいじゃん⁈」
「知らないわよ……あ、お兄ちゃんのあるでしょ?それ使いなさいよ。」
「え…お兄ちゃんの?でも、どこにあるか分かんないし……」
「部屋にあるでしょ、探しなさいよ。お母さん今ご飯作ってるんだから。」
話は終わりという風にお母さんは料理に戻ってしまう。
お兄ちゃんの部屋か…最近入ってないな。仕方ない。ゲームやりたいし、入るしかない!
私には1人の兄がいた。名前は小田原 広。
4つ上の優しいお兄ちゃん。
階段を登って、私の隣の部屋の前に立つ。
トントントン!軽くドアをノックする。
昔だったらすぐにドアが開いてお兄ちゃんが私を部屋に入れてくれた。でも今は返事も何も返ってくることはない。ドアを開けて中に入る。部屋の中は暗く、冷えていた。電気をつけてドアを閉める。お母さんがたまに掃除してるのかな、目立つような汚れや埃は見えない。お兄ちゃんの部屋は、昔のまま綺麗に保たれていた。すごく懐かしい。
本当に久しぶりだな、この部屋に入るの。
この部屋の主人であるお兄ちゃんは交通事故で1年前に亡くなった。私はブラコンと呼ばれる程、お兄ちゃんが大好きだった。よく一緒にお出かけしたり、ゲームをしたりお菓子作りだってした。他の子が羨ましがるくらいに兄妹仲は良かったし、今でもお兄ちゃんのことは大好き。でも、お兄ちゃんがいなくなってからはお兄ちゃんの話をしないようにしてる。だって、私がお兄ちゃんの話をすると、みんな気をつかうし。
「あ、あったあった。」
お兄ちゃんのゲーム機は棚の下段にある箱に入っていた。私が探していたゲーム機の他にもたくさんの機械が入っている。今度使ってみようかな。ゲーム機を手にとって、部屋を出る前にもう1度お兄ちゃんの部屋をじっくり見る。壁には梟の形の時計とお兄ちゃんの好きなゲームのポスター。棚にはアルバムとゲームの攻略本や小説、漫画が入っている。洋服タンスと鏡もある。鏡に映る自分を見る。白色のTシャツにグレーのパーカーを羽織っている。髪は黒色で肩まで伸びている。頭の上には何回とかしても治らない寝癖がついていてピョコピョコ揺れている。
「お兄ちゃんが見たら怒りそう。」
怒って髪をとかしてくれるお兄ちゃんを思い浮かべる。苦笑いしか浮かばないな。
机には昔の写真が入った写真立てとパソコンがある。近づいてゲーム機を机の端に置き、代わりに写真立てを手に取る。
「これ、いつのだろ。んー、小学生くらいかな?あ、こっちは、お兄ちゃんが修学旅行に行った時のかな?私もここで集合写真撮ったっけ。やっぱ、行くよねー、ここ。有名だし……あ」
写真立てが手から滑り落ちる。写真立ては回りながら落ちて、赤いパソコンの上に乗る。正直部屋に入った瞬間からこのパソコンが気になって仕方がなかった。写真立てを元あった場所に戻す。
「たまに使わせて貰ってたなー。今も使えるのかな?秘蔵フォルダとかあったりして!」
いいよね、ちょっと使うくらい。
新作ゲームのことは頭から消えていた。
クルクル回るタイプの椅子に腰を下ろす。パソコンを開いて、電源ボタンを押す。パッとパソコンの画面が明るくなる。
「まだ使えるじゃん!これからも使おうかなー。パソコン、便利だし。」
キーボードを打つスピードは遅いものの、使い方は一通り知っている。
「えっと、パスワードは…受験番号!全然変わってない。その前はおばあちゃんの家にいた犬の誕生日だったっけ。えーと、なんか面白そうなアプリないかなー?」
カーソルを適当に動かす。
「あれ、このアプリなんだろ。ゲームみたいだけど…名前は、キャラワールド?名前ダサくない?まぁ、いいや。押しちゃえー!」
アイコンをクリックする。少しの間があり、
パソコンの画面が光る。
「眩しっ!」
思わず目を瞑る。
「こんにちは。」
いきなり声をかけられる。
「え、こんにちは?」
恐る恐る目を開けると、景色が一変していた。お兄ちゃんの部屋にいたはずなのに、目の前にあるのは見たことない町だった。
「え、え、何これ?異世界転生的な?マジかよ、やったぜ!」
「違いますよ、落ち着いてください。」
嬉しそうな声。声は上から聞こえる。見ると、木に人が座っていた。スーツみたいな服を着た20歳くらいの男の人だ。髪が長く、1本にまとめている。黒色の髪が風になびいていて、木々の隙間から漏れる光に照らされている。ふぉう、イケメンだ……
「誰?なんで木に座ってるの?ていうかここどこ?違うって何よ、異世界転生させろ!」
「えぇ……この人自由すぎませんか?……とりあえず、私はサポート役のマドです。木に座ってるのは格好つけてるだけですから、触れないでくれると嬉しいですね。あとここは、ゲームの中の世界です。だから異世界転生は無理です。そういう感じのゲームならあるかもしれませんけど。」
サポート役てことはこのゲームの世界とやらのサポートをしてくれるてことかな?異世界転生はできないのか…ちょっと残念だけど…うん?
「え、今ゲームの世界て言った?」
「言いました〜」
「説明詳しくよろしく。私は何のキャラクターかな?無双タイプかな?乙女ゲームの主人公?ギャルゲの主人公?それともまさかのホラゲ?なんでもこーい!」
「え、いや、ただのゲームマスターですけど……?その、なんか、すみません」
ズシャアッ!膝から崩れ落ちる。神よ、なぜ私はキャラクターになれないのでしょうか?最強能力で無双したり、イケメンにチヤホヤされたり、女の子からの黄色い声浴びてみたかったです……
「あ、でもでもゲームのキャラクターとお話しとか出来ますよ?」
「マジですか!おぉ、神さまよ!感謝します。感謝の印にマドを捧げます。」
「復活したのはいいですけど、勝手に捧げないでくれません?あとそろそろ詳しく説明したいので茶番ストップしてください。」
「仕方ない。黙ってやろうじゃないか」
「上から目線すぎませんかね?まあ、いいです。」
マドは木から私の目の前に降りてきて、口笛を吹く。それが合図なんだろう。空から大きな鳥が飛んでくる。茶色く大きな鳥。
「この子は取扱説明書です。分からないことはこいつに聞いてください。。基本的にはぼんじりて呼ばれてますね。」
なんでぼんじりって呼ばれてるのかな?みんな、この子を非常食的に思ってるのかな?焼き鳥にしたらおいしそうな名前してるもんね。ぼんじりはこっちをちらりと見るとお辞儀した。可愛い。
「よろしくね、ぼんじり!」
マドはぼんじりに乗って、私に手を差し出してきた。乗ればいいのかな?マドの手に触れる。暖かい。そう思った。私はマドに支えられながら、ぼんじりの背中に座った。ぼんじりの背中はすごくふわふわしていて、気持ちいい。ぼんじりは私達が安全な場所に座ったことを確認し、飛ぶ。大きな羽で力強く羽ばたく。頰に当たる風がすごく気持ちいい。
「下を見てみてください!」
促されて下を見ると、さっきいた町が小さくなって、隣には森、その隣には湖、町とどこまでも綺麗な色が続いていた。
「すごい綺麗。こんな景色見たの初めて!」
「ここはね、ゲームのキャラクター達がお互いに交流をしたり、休んだりする所です。。情報交換をしたり、ちょっと愚痴を言ってみたり、とても賑やかでいい場所。町だけじゃなくていろんなゲームのシステムが混ざっているから、ダンジョンとかもたくさんありますし、グループ別に入れる秘密の場所もあります。そこは理解しましたか、悠ちゃん?」
「つまりは私のためにある世界だね。あ、質問なんだけど、なんでそんなアプリがお兄ちゃんのパソコンに入ってるの?あとなんで私の名前知ってるの?」
「あなたのお兄さんが前のゲームマスターだったからです。お兄さんからはあなたのことをたくさん聞いていたので。ちなみに、この世界を作ったのもお兄さんですよ。本当にすごいです、あの人は。」
「…そっか、お兄ちゃんが……なるほど、お兄ちゃんは神さまだったんだね。」
「まぁ、ゲーム好きな人からしたらこの世界を作った人は神さまみたいな存在ですよね。それでですよ悠ちゃん、あなたにはこの世界のゲームマスターになってもらいたいんです。」
「それさっきも言ってたね。ゲームマスターって具体的には何をする人なの?」
「この世界のゲームマスターは、いわば世界の管理人です。この世界の不具合を解決したりするのが主な仕事。ここまでは普通のゲームマスターとかと同じだと思います。問題はこの先。ただの不具合ならゲームマスターじゃなくてもサポート役の自分がやります。でも、マスターにしかできないことがあるんです。それは[ウィルス]というものを退治することです。。[ウィルス]っていうのはまだ詳しいことが分からないんだけど、現れてはこの世界にエラーを起こしたり、壊したり、キャラクター達に取り付いて悪さを働く者たちのことです。バグを起こしたりもします。こればかりはゲームマスターくらいの権限がないと無理な仕事です。。だから、この仕事を君に頼みたいんです。」
マドは私に向かって、頭を下げて頼んでくる。正直、めんどくさそうだし、やりたくない気持ちは強い。でも、ここは私の大好きなゲームの世界。キャラクター達が楽しく過ごしたりする場所で、お兄ちゃんが作った世界。……形見みたいなものだよね。だったら、守らなきゃ。だってゲームの世界だよ?好きなキャラクターもいるかもだよ?こんなチャンス逃せないよ!それになんか楽しそうだしね!
「とりあえず、ゲームのキャラクターに会ってみたいな!ぼんじり、この世界で1番大きな町に行って!」
ぼんじりは頷くとスピードを上げて、町へ向かった。
「あははっ!空飛ぶの楽しかった!ありがとう、ぼんじり!マド、大丈夫?」
再び空へと羽ばたくぼんじりを見送って、マドに声をかける。
「そこのベンチで休んでてよ、私、ここら辺見てくるから!」
「ごめっなさ、落ち着い、たら、すぐ、追いかける、ます。」
マドの息はハヒュー、カヒューと、音を立てている。肩が忙しそうに上下する。全力疾走した後みたい。マドを近くにあったベンチに座らせて、私は周辺を散策することにした。
1番でかい町というだけあって、最初に見た町より活気に溢れている。酒場や射的屋、武器屋、カジノ、服屋。様々なお店がある。
射的……結構好きなんだよね。やってみようかな。
「おじさん、射的一回!」
射的屋の店主は虎の獣人。黒いはっぴを着て頭にはちまきを巻いていた。
「あいよ。今日のオススメはぼんじりくんのぬいぐるみだよ!」
台の1番上に、ぼんじりのぬいぐるみがあった。見た感じ、モフモフしていて、すごく気持ち良さそう。渡された銃を構える。ちょっと頭の方を狙って。ここだ!
射的用の銃を撃つ。弾は少し起動を変えて、隣の箱に当たる。箱はしばらくグラグラ揺れて、パタリと倒れて落ちた。
「おめでとう!やったな、嬢ちゃん!これは飴箱ていってな、たくさんの飴が入ってる箱なんだが、飴全部の味が違うのさ!世界に1個だけの飴がこれにはたくさん詰まってんだよ。味わって食べなね。」
ぬいぐるみは取れなかったけど、飴は大好物だ。すごく嬉しいけど、これを手に持って歩くのは、めんどくさいな。なんか、こう。ストレージ的なのに入ってくれないかな?そう思った瞬間、飴箱はシャルっと音を出して消えた。え、どこいったの?……分からない。あとでぼんじりに聞こう。
「次、隣の服屋!」
服屋に入るとからんからんとベルが鳴る。ふむ、いい音色ですな。そんなことを考えつつお目当ての物を探す。
「あ、あった!試着室!」
ゲームって鏡みたり、店員さんに話しかけたり試着室に入ったりして、着替えるよね。
試着室に入ると、中は大きな鏡があるだけ。鏡の中の私は現実の私と一緒。白色のTシャツにグレーのパーカー。
服に触ってると、目の前の何もなかった空間に、着替えますか?という文字が浮かぶ。下には、はいといいえ、2つの選択肢。
「おー!ゲームっぽい」
はいのボタンをポチッと押す。すると視界は一転し、たくさんの服の名前が出てくる。
トップス、ボトムス、セット、靴、髪型、アクセサリーのジャンルに分けられていて見やすい。髪型の一覧を見てみる。
「服屋さんなのに髪型を変えれるって謎なんだけど…どうせなら現実じゃ中々出来ない髪型にしよーっと。」
スクロールしていき、可愛い髪型を見つける。ゲームのキャラクターがしてるような、すごく可愛い髪型。
「色は…そのままでいっか!」
次に服を選んでいく。せっかくのゲームの世界だもん、いつもと違う感じにしたいな。
10分以上悩んで、決めていく。
「動きやすくて、かっこかわいいのがいいよね!んー。あ、でもゲームマスターだし、ローブとか、マントも憧れる〜!」
あーでもない、こーでもないと悩みに悩む。ようやく選び終えて、鏡の前でくるりと1回まわる。服がひらりと宙を舞って、私についてくる。
「うわ。すごい可愛い。元の素材が私なのがかわいそうなくらいだよー!」
満足して、お店を出る。
「これでもっとゲームの世界を楽しめるよー!さ、探索探索!」
町の中心部には何があるのかな?わくわくしながら、進む。町の中心に位置する広場には大きな噴水があって、屋台がたくさん出ている。すごく美味しそう!
「こんにちは!あなたは新入りさん?良かったら、好きな焼き菓子1つどうぞ。」
屋台を見ていたら、売り子のお姉さんに声をかけられる。屋台にはカヌレ、タルト、ガトーショコラ、クッキー、マフィン、フィナンシェ、マドレーヌ、ガトーインビジブルと焼き菓子がたくさん並んでいる。お言葉に甘えて、マロンタルトを貰う。近くのベンチに座って、噴水を見ながら食べる。すごく美味しい。タルトのサクサク感がマロンのしっとりした甘さがすごくあう。私も今度作ってみようかな。売り子のお姉さんにお礼と美味しかったということを伝え、また歩く。 町に流れる音楽はリズムに乗りやすく、気分を高揚させる。スキップしたいくらいに。
少し歩いてみて気づいたことがある。さっきはマドと話していて気づかなかったけど、すれ違う人達は、まったくもって違う種類の服を着ている。ドレスを着てる人、勇者みたいな服を着てる人、鎧をつけている人、農作業の服の人、私がいた世界の服みたいにワンピースやスカートの人もいる。ドレスやワンピースも時代や世界感によって、変わっていて面白い。たくさん人や動物獣人がいて誰がなんのゲームのキャラクターなのか全員は分からないけど……私がやってるゲーム、友達がやってるゲーム、有名な人気ゲームのキャラクターもいる。あと、私の運動神経がすごく良くなってる。家の屋根にジャンプ1回で乗ることもできるし、50メートルを3秒で走ることもできた。ずっと走ってると疲れたりするけど、それ以上に楽しすぎて、気にならない。ゲームの世界の私、すごすぎないかな?ラスボスもびっくりだよ。
「なーなー、もしかしてだけど、君が新しいゲームマスター?俺は勇者!よろしくな」
いろいろ試していると30代くらいの1人の男性が話しかけてくる。勇者ってもっと若いのかと思ってたよ。ちょっと失礼なことを考えつつ、返答する。
「はい。ゲームマスターになりました。悠です。よろしく!」
「あらまぁ。みなさん、あの子が新しいゲームマスターですって!お祝いしましょう!」
令嬢らしき女性が声をかけると周りに人がたくさん集まってきた。いろんな色の服が近づいてきて、目がチカチカする。
「へー。これが新しいゲームマスター?」
「まだ女の子だ。みんなで支えていこう!」
「前のゲームマスターの妹さんですよね?すごーく、似てます!」
「マスターマスター!これあげるわ。私が焼いたパンよ!」
「それにしても小さいな。ちゃんと食べてるのかー?」
一斉に降り注ぐ声。答えようにも答える隙がない。どうしようかと迷ってしまう。
「ん?なんの騒ぎだ?」
あ、この声。聞こえてきたのは私が何回もゲームをプレイして、何回も聞いた青年の声だ。名前はライ。シリーズ物のゲームでトップの人気を誇る有名ゲームの主人公。
「新しいゲームマスターが決まったのよ!ライも祝ってあげなさいよ。」
彼に言うのはライの幼馴染のリニャ。
「そうか。やっと決まったんだな!」
2人の絡みを目の前で見れるなんて!最高!
「俺はライ。よろしくな!」
ライが手を差し出す。
あー、自分の好きなキャラが目の前にー!
今私は、世界一幸せな女の子だよ!
「大丈夫か?おーい!」
あー、ライくんが。ライくんが!私に手を振ってる!素晴らしい。神さまありがとう。ん?手を振ってる?私に?
「ぬぁっ。あ、あ、す、すみません!決して無視をしてたわけじゃないんですよ⁈その、ちょっと感動してまして!好きな人が目の前にいて、自分に話しかけてるんですよ⁈テンション上がっちゃうていうか、もう死んでもいいというか、仕方ないですよね!好きな人目の前にいたら、誰だってそうなるよ!」
私は一体誰に主張してるんだ…うぅ、自己嫌悪。絶対引かれたよ……
「ぷはっ、ありがとう!そう言われたのは初めてだよ。これからも応援してくれると嬉しいな。よろしくね。」
ライは笑い、悠の手を取って握手した。
なんていい子なんだ…どうか、悪い虫がつきませんように……!
「良かったね、ゲームマスター!」
周りの人達も笑って私に握手を求めたり、頭を撫でたりする。なんか、撫でてもらうの久しぶり。安心するな。お兄ちゃんは、前のゲームマスターはみんなにヒロって呼ばれてたらしい。みんなお兄ちゃんのことが大好きなんだ。私も、みんなと仲良くなりたいて思う。
みんな、良い人たち。特にライくんとか仏様ってくらい、いい子。さすがだよ、ゲームの世界最高!ずっとここにいても良い!あれ、私、何か忘れてるような……あ、新作のゲーム!やらなきゃ!まだこの世界にいたいけど、ゲームはやりたい!ゲーム大好きな自分には拷問並みの選択肢だよ。
「あの、どうやったら帰れるの?」
悩んだ末に、やっぱり新作はいち早くプレイしたいし、帰ることにする。
夢的なものだったら、ほっぺをつねれば帰れたりするけど、ほっぺをつねっても、痛いだけ。感触は夢とは思えない。
「あー。確かマイページを開けば、帰れるボタンがあるはずだ。ヒロがやってた!確かな、なんかの印を書くはず…こんな感じの!やつだ!」
教えてくれたのはパズルゲームの主人公、バルム。お兄ちゃんはパズルとか大好きだから、よく遊んでたみたい。
マイページ?お兄ちゃんがやってたっていうならあると思うけど……バルムに教えてもらった通りに手を動かす。すると、シャランという音と共に、マイページとやらが飛び出してきた。そこにはマイプロフィール、システム呼び出し、キャラプロフィール、設定など、ゲームマスターに必要なのであろう、項目がたくさんある。ボックスという項目があったので、開く。ボックスの中には、射的で取った飴箱とさっきもらったパンが入っていた。良かった、飴箱あったよ!きちんとログアウトボタンもある。帰りたいところは山々だけど、マドに言わずに帰るのも気が引けるので、マドに言ってから帰ろう!時間あるときにまた来よう!
「みんな、いろいろありがとう!私、1回帰るね、バイバイ!」
隙間を通って人だかりを抜ける。
手を振って駆け出した時、地面が揺れた。
「うわっ!何これ⁈」
突然の出来事に、体が反応できずに揺らぎ、転びそうになる。
「マスター、危ない!」
ライが飛び出すも間に合わない。
地面が近づき、ダメだと目を瞑った瞬間
「危なかったですね。大丈夫ですか?悠ちゃん、来てもらってすぐで申し訳ないのですが、さっそくゲームマスターとしての務めを果たしてもらいます。サポートはするので安心して下さい!」
「マド!仕事ってこれもしかしてウイルスの仕業なの⁈」
「ご名答。」
マドが指差す先には建物を崩しながら歩く、黒い何かがいた。よく見ると、熊の形をしている。大きくて黒い熊が町を壊しながら歩いている。
「熊⁈でも大きすぎない?あれがウイルスなの?」
「はい。あれがウイルスです。多分ですけど、見かけた熊の身体を真似してるんだと思います。ウイルスは黒いので分かりやすいですね。」
マドは私の手を掴んで熊の方へ走り出す。
「走りながら説明します!ウイルスを倒すことは基本的に誰にでも出来ます。ですが、トドメはゲームマスターが刺さないと意味がないんです。また復活してしまうので。」
黒熊まで50メートルのところで立ち止まる。
「どうすれば攻撃できる⁈」
「システム呼び出しに武器一覧があるので好きな武器を選んで、使ってみてください。」
この距離なら遠距離の方がいいかな。弓を選び、残り30メートルにまで迫ってきた黒熊に構える。弓なんて使ったことはなかったけど、体が自然と動き、黒熊へ3本の矢が飛ぶ。3本の矢は空を割き、黒熊のうつなに当たる。さすがゲーム!でも黒熊は気にせず、町を破壊しながら進む。瓦礫が飛んでくる。避ける物のすべては避けきれず、腕に当たってしまう。血が出て痛みに襲われる。
「痛いっ!ゲームの世界にも痛みはあるのものなのね!」
「ここはある意味もう1つの現実みたいなところもあるからね」
後ろに下がって、黒熊との距離をあける。
もう一度!と次は矢を5本にして撃つが黒熊は矢を腕で払いのけてしまう。
「ゲームの世界なんでしょ、スキルみたいなものはないの⁈」
「あるぜ!」
答えたのはマドではなく、ライだ。
「なんでここに⁈危ないよ、逃げて!」
「さっき、みんなで支えるって言ったじゃないか。見てみて!」
ライの視線は黒熊へ向かっていた。その姿線の先には、たくさんのキャラクター達が集まって、黒熊へ攻撃していた。私の横からも銃や矢が光を帯びて飛んでいく。違うゲームのキャラクター達が協力して戦っている。魔法、剣、銃、弓、それぞれの武器で黒熊を足止めしてくれている。
「いいか、あの人達が黒熊の気をひくから、マスターは俺と一緒にスキルを撃つ!ゲームマスターのスキルは、キャラと力を合わせた技を出すことができる。このゲームの世界のシンプルかつ最強のスキルだ!」
「何それ、最高だね!」
ライくんは、1度自慢げに笑って、私に指示をする。
「よし、いくよ!構えて」
深呼吸をして静かに弓を構える。
「俺の力をマスターに。ギプント!」
ライくんの声と同時に、私の持っている弓が光る。力が流れ込んでくる。暖かくて力強い力。うん、今なら、倒せる!私なら出来る!
光り輝く弓の示す先は巨大な黒い熊の鼻。
今更だけど熊の弱点は鼻だと本に書いてあったのを思いだす。
力が流れ込んでくるたびに、矢の輝きが強くなる。集中して矢の先に力を込めて、撃つ。矢は光り輝きながらまっすぐ、黒熊の鼻へと向かっていく。その速度は先程までの矢とは断然違う。黒熊はキャラクター達の攻撃を撥ねとばしていたため、反応するのが遅れた。矢は黒熊の鼻へと命中する。大分効いたのか黒熊はドサリと音を立てて倒れる。強い風を起こす。周りにいたキャラクター達が飛ばされないように近づいて倒れた黒熊に攻撃する。黒熊は抵抗しようと、暴れる。
「悠ちゃん、ウイルスは体のどこかにアンテナみたいなものがあるはずですよ。探してください。それが弱点であり、ウイルスのコアになるんです。それを切ることができるのはマスターだけです。」
キャラクターが手伝ってくれたおかげで早めにコアを見つけることができた。コアは黒熊の耳の裏にあった。
探してる途中、黒熊が暴れると大変なので縛っておいた。
「こんなところに…」
弓をしまい剣を取り出す。コアに手を添え刃を当てる。コアから、やだやめてまだ生きたいと声がする。すごく脆くて、少し力を加えただけでコアは折れてしまった。コアが折れると黒熊は小さくなり、黒い塊になった。
「これがウイルスですよ。」
手のひらに乗るサイズで、さっきの黒熊とは比べ物にならない。ウイルスは青と黒の粒子になって溶けていく。空にふわふわ浮かんでいって、暴れてた黒熊と同じものとは思えないくらいに儚かった。
折れて手元に残ったコアはボックスに収納した。立ち上がって、助けてくれたキャラクター達にお礼を言う。
「一緒に戦ってくれてありがとう、すごく助かりました!」
わーっと歓声が上がる。
「お疲れ様です、悠ちゃん。」
マドが労ってくれる。
「ありがとう。私はほとんど何もしてないけどね〜。」
「そんなことはない。ゲームマスターがいなかったら、ウイルスは倒せなかった。」
ライくんがおつかれと何かを投げてくる。缶ジュースだ。私の好きなオレンジジュース。
「ああ!マスターのスキルかっこよかったぜ!これからも頼んだ。」
あ、そっか。これからも戦うんだ、ゲームマスターとして。
もらったジュースを飲む。つめたくて、オレンジが濃くて、すごく美味しい。ジュースを味わって飲んでいると、いつのまにか私の周りには一緒に戦ったキャラクター達が笑顔で集まっていた。この世界を守れて良かったな。そう思った。
それからは、
「よし、ゲームマスターの初勝利を祝うぞー!俺が奢ってやる!」
と誰かが叫んで、その場にいたキャラクター達と居酒屋に行った。居酒屋といっても、未成年の子はジュースだった。お肉にお野菜、すごく美味しかった。シチューに入ってるお肉がカエルのお肉って知った時は、さすがにリバースしそうになった。そのあとはダンジョンに行ったり、お菓子を食べたり、力比べをしたり、町の修復のお手伝いをしたりといろんな人と交流した。ダンジョンでは、酔っ払った大人達がスキルを乱用してマドに怒られていた。
女の子のキャラクターとお茶会もした。憧れのケーキスタンドでお菓子を食べることができて幸せだった。
時間はだんだんと過ぎて行った。
「あ、ねね、ゲームマスター!帰らなくていいのー?ゲームの新作はー?」
水鉄砲で戦っていた子に話を振られて、思いだす。
「そうだ、新作!ライくんの新しい物語!」
「じゃあ、俺はまたマスターと会えるんだな。ゲームで待ってるよ。」
「うん、帰ったらすぐいくね!マド、私1回帰る!」
「了解。壊れた町でまだ回復してない所はサポート役の私が修復しときますよ。また来てくださいよ…というか、毎日来てくれないと困ります。」
マドから少し威圧を感じるよ…これは毎日来なきゃ絞められるパターン⁈
「ふふっ、言われなくても!こんなに最高な世界って分かったら、来ないなんていう選択肢はないよね!」
手で印を描いてマイページを出しログアウトボタンを出す。あとはこのボタンを押して帰るだけ!最後に振り返って手を振る。
「また明日ね!」
ログアウトボタンを押した瞬間、視界が光で包まれて、光が消えるとそこはお兄ちゃんの部屋だった。
「……夢?」
時刻は6時。結構な時間居眠りしちゃってたのかな。いい夢だったなー。パソコン画面を見る。そこには、アプリのアイコンがしっかりとあった。
「夢じゃない!私、ゲームの世界に行ってたんだ。そっか、お兄ちゃんの作ったゲーム…良かった。そうだ、約束!ライくんに会いに行かなきゃ。」
あの世界のことが夢じゃないことに安堵する。
パソコンの電源を切り、置いていたゲーム機を持って、部屋をでる。お兄ちゃんのゲーム機は正常で、問題なくライくんの新作を楽しむことができた。
翌日、朝早くから私はお兄ちゃんの部屋でパソコンの電源をつける。画面がついた瞬間にアプリのアイコンをクリックする。少しの間があって、光が視界を覆う。目を開ければ昨日見た景色。
「お、来ましたね。どうです?昨日あの後急いで町を修復したんです。ついでに新しく施設を何個か建ててみました。」
上から聞こえる声。声の主は昨日と同じく、木に座っている。
「マド!遊びに来たわよ!昨日の騒ぎなんてなかったみたいに綺麗な町並み。やるね〜」
さて、今日は何をしようか?
「あ、ゲームマスターだ!おはよう!」
「ゲームマスター、一緒あそぼー。」
「待てよ、ゲームマスターは俺と遊ぶんだからなー!俺、昨日から決めてたし」
私に気づいて、キャラクター達が近寄って来る。元気だなー。
「そうだね〜。何する⁈ダンジョンにまた行きたいし、射的もやりたいし、昨日会ってない人にも会いたい!うーん、時間が足りない!早く行こう!」
私は元気に足を踏み出した。今日も楽しいことが起きるといいな!
読んでいただきありがとうございます。まだまだ未熟者ですが、読んだ人を楽しませられるよう、自分の物語を描いていきます!よろしくお願いします。