第4話 『雫』
リオと一緒に礼拝堂へと駆け込む。
中に入ると神聖な雰囲気が周りから漂う。まず目に入ったのは、大きな3枚のステンドグラス。奥まったところに3枚並んではめられており、真ん中には太陽と玉座に座った王、両隣は赤と青の翼を持つ天使が描かれており、光を浴びた万華鏡のような美しさがある。真っ直ぐに緑のカーペットが続き、脇には長椅子が並んでいる。天井は高く、ツタのような紋様が刻まれ、その近くの柱の頭には豪華な意匠が凝らされ、存在感を放っている。
奥へ行くと、祭壇のような場所に2人のエルフが立っている。杖を持っている腰の曲がった白髪の老人、神官服を着た青髪の目つきの悪い男。
「容体は!?」リオが焦ったように言う。
すると神官が答える。
「傷の方は問題ない。全て治癒した。しかし…」
老人が続けて言う。
「問題は呪いじゃよ。かなり強力、そして複雑なものじゃ。ん?その者は…」
「スカーサハと言う。スカサハで構わない。ところで何があった?」
「お主がユノ様を…そうじゃな、これを見よ」
祭壇を見るように促される。
その上にはオレンジ色の固そうな髪を持った青年が横になっている。上半身は裸で腰から下は白く美しい鎧を纏っている。額からは脂汗が浮き出て、苦しそうな表情をしている。
リオは明らかに動揺している。
「<観察眼>…なるほど」
「分かったか?特殊系大規模魔法を中心にいくつかの弱体付与系、解除の妨害のための防御系、さらには大規模魔法は希少な『深淵』属性。徹底しておる。厄介じゃな」
「ここまでするなら直接的な魔法でとどめを刺した方が早いはずだが…相手の性格は相当悪いようだな」
「わしは深淵属性に対抗できる手段はない。かといってアヌは…」
「オレでは大規模魔法に対抗できる魔法は使えない」
アヌと呼ばれた神官は続けて言う。
「ヒューマンの王国の大修道院になら大規模神聖魔法の使い手はいるが…そんな時間は無いだろうな」
「そんな…」
リオの出した声の後、重い静寂が空間を支配する。
しかし、その中で凛とした声が響く。
「任せろ」
「おぬし…」
「手順を教えてくれ」
「・・・よかろう」
老人が杖をつく。すると祭壇を中心に複雑な魔法陣が浮かび上がる。三重ほどに重なり合ったそれは禍々しく、不気味な赤色だった。
「まずは防御系から外していく。陣が複雑に絡み合っている。大規模魔法の一部を間違って外すと身体に深刻なダメージが蓄積する、というものが呪いでは多い。わしはこちらからやる。注意してとりかかるのじゃ」
「ああ」
―――順調に解除は進む。絡まった紐を解くように少しずつ解いていく。解けたものには相克の属性を同じ出力でぶつけ、消していく。地味な作業だが、この程度なら問題はない。大規模魔法以外の陣を外し終えると始めよりも大分画数の少なくなった魔法陣が残った。少なくなったといってもまだ複雑だが。
「やはりか…」
老人が呟く。
「これは深淵属性、第2等智天使級大規模儀式魔法<機械仕掛けの羊の夢>。使用した相手を昏睡状態にし、少しずつ魔法が身体を蝕み、じわじわと精神を崩壊させながら生命力と魔力を奪っていく。解除できるのは神聖属性の上位魔法だけじゃ」
「<転移門>といい…相手はかなりの魔術師のようじゃな」
「では、娘よ。おぬしはこれほどの魔法を打ち砕く力を持っているのか?」
老人は俺を試すように問いかける。
俺は禍々しい魔法陣の前に立ち、目を閉じる。
意識を内側に集中させ、両手を青年に向ける。
そして魔法の詠唱を開始する。
「―――3門同時起動」
「天上に盃あり。その内には聖なる慈雨。」
「不浄なる暗雲を祓い、穢れし身体を濯ぐ、清廉なる遣らずの雨。」
「それはその瞳にかかる靄を裂き、その目で正しきを見る。」
「それはその魂にかかる霧を裂き、その心で正しきを成す。」
「そしてそれは水底にある高潔なる精神を掬い上げ、真なる輝きを放つ太陽とならん。」
「<禊の雫>」
空中に3つ、金色の魔法陣が出来上がる。3つが重なった中心から一滴の大きな雫が垂れ、そのまま青年へと落ちる。落ちた雫は魔法陣に波紋をつくり、赤と金の魔法陣は同時に砕け散る。砕けた魔法陣の破片――魔力の残滓は花びらのように舞い上がる。花びらは白金のエルフを美しく飾り、ゆっくりと消えていった。
「ほう…!座天使級を3門同時展開とは…」
「よかったなリオよ。この者のおかげでお前の弟は助かったようじゃぞ」
青年の顔には先程までの苦悶の表情はない。
「ライオネル…!」
リオは祭壇の上の青年に駆け寄ると、
「ありがとうございます…スカサハ様…あなたのおかげで…」
瞳に涙をため、言葉を紡ぐ。
「やるべき事をやっただけです」
照れるわ。
すると神官が
「とりあえず奥のベッドに運ぶぞ。おそらく治癒魔法の影響で1日ほど眠ったままだろう。リオもそこで休んでいくといい」
「ありがとうございます…」
軽々と青年を担ぎ、奥の扉へと向かう。こちらに礼をするとリオもそれに続き部屋へ入る。
「さて、自己紹介がまだじゃったな。わしはこの国の宮廷魔術師、ツェーロッド・ケーリュケイオン。好きに呼ぶがよい。で、おぬしは何者じゃ?」
顔に笑みを浮かべながら問いかける。
「俺はただの…魔法が得意な田舎者に過ぎない」
「ほほ。そうかそうか。で、誰より魔法を教わったのじゃ?」
「・・・最初から使えた」
「ほうほう。興味深い。で、どれほどの魔法をつかえるのじゃ?」
「・・・はぁ。お前にも隠したい事の1つや2つあるだろう」
「ほほ。そうじゃな。じゃあ今日のところはこれくらいにしておくかの」
「では、わしは報告へ行ってくる。おぬしはリオたちと一緒にいるのがよいじゃろ」
「ああ、リオさんに伝えておく」
名前の長い老人は礼拝堂から出て行く。
「あの爺さんに嘘は通じないだろうな」
とりあえずは友好的だからいいが。とっととこの世界の常識を身につけたいところだ。
奥の扉へと向かう。
「宮廷魔術師殿は報告に行くそうです」
扉を開けて言う。神官とリオはベッドの横に置いた椅子に座っている。
「あんたか。了解した。オレは掃除をしてくる。何かあったら呼んでくれ」神官は席を立ち、部屋を出る。
入れ替わりで椅子に座り話しかける。
「姉弟なのですか」
「はい、今やたった1人の家族です」
「・・・なるほど。そういうことでしたか」
するとリオが語り始める。
「・・・両親はこの国では高名な騎士でした。この国のため幾度となく闘い、そして戦場で命を落としました。帝国との戦争の最中、強力な魔族が現れ両軍共撤退を余儀なくされたそうです。その時に両親と数人がしんがりとして名乗りを上げ、結界を張る時間を稼いだと聞いています」
「そこでお亡くなりに…」
「そうです。結界の張り終えた後、撤退しようとした時にさらに魔族が現れ、仲間を逃して両親はそこに残ったそうです。・・・両親は優しい人たちでした。自分たちを顧みず、周りを助ける。父は言っていました『争いは意志のぶつかり合い。どちらも正しいと言えるし、どちらも間違っているとも言える。でもどちらも、自分のため、国のため、仕える王のため、そして家族のために戦っているんだ』母もまた言いました『私たちはたくさんの民を守ってきた。しかし同時に多くの人を殺してきた。しかし自分には大切な人がいるからと自分を正当化してはいけない。なぜなら相手にもまた大切な人がいるのだから』と」
「善き両親だったのですね」
「ええ。この子も憧れたようで」
と眠っている青年へと目を向ける。
「両親の剣術の腕を受け継いだようで、2人の子というのもあるとは思いますが若くして騎士団長の地位まで上り詰めました」
「すごいですね…リオさんはメイド長と呼ばれていたようですが?」
「はい。恥ずかしながら戦闘はからっきしで、護身術程度しか修めておりません。しかし家事や事務の腕はあると自負しておりますよ」
力こぶを作るポーズをしてにこりと笑う。
かわいい。
「そういえば。失礼ですがスカサハ様はおいくつなのですか?」
「今年で二十歳になりますね」
「えぇ!二〇〇歳ですか!?ライオネルと同い年とは…大人な雰囲気でしたのでてっきり私より年上かと」
かなり驚いているようだ。
「リオさんはおいくつなのですか?」
「私は弟より二〇つ上ですね」
「ほお、そうでしたか。リオさんは童顔ですが、雰囲気は落ち着いていて大人びていますよね」
「ありがとうございます。そうですね、たまには仕事を忘れ子供のようにはしゃぎたいものです」
そう言って笑う。
「そんなに忙しいのですか?」
「はい…住居やその他の施設の管理、メイドたちへの指示と教育、人事やスケジュールの管理、人手が足りない時は掃除、洗濯、給仕などなど…」
たしかにこんなに広いと管理職は大変そうだな…
たかが夜勤で文句を言っていた自分が恥ずかしい…
「た、大変そうですね」
「はい…待遇はなかなか良いのですが…はぁ…」
とため息を吐きながら呟く。
そんな話をしていると扉がノックされ開く。
「失礼いたします」とメイドが入ってくる。
「スカーサハ様、国王陛下がお会いしたいそうです。準備が出来次第ご案内いたします」
え”?
「では私も共に参りましょう」
「陛下がリオ様は弟の元にいて良いとおっしゃっておりました」
「そうですか、でしたらお言葉に甘えましょう」
「わ、わ私はどうすれれれば」口が回らない。
「大丈夫ですよスカサハ様。国王陛下はお優しい方、多少の無礼は許されるでしょう」
「この格好で良いのですか…?」
「そうですね、そのままで大丈夫ですよ。あとは、髪は私が結いましょう」
「じゃあ、お願いします…」
リオは慣れた手つきで髪を結う。
すると、長かった髪が綺麗に後頭部付近にまとまる。その形は薔薇のようで、美しい白金に煌めいている。先程まで隠れていたうなじもまたしなやかで美しく、艶々とした白い肌が雪のようだ。
「似合っていますよ!」
リオが興奮したように言う。
「ありがとう…」
学生時代を思い出すな…面接に行く気分だ…
「では、行きましょうか」
「はい」
メイドと一緒に部屋を出る。
「じゃあ、また後で〜」
リオがひらひらと手を振る。それに手を軽く上げて応える。
リオとは短時間でかなり距離が縮まったな。友達が少なかった自分からしたらかなり嬉しい。
ていうか、国王か。優しいとリオは言っているが…
「国王陛下はどこにいらっしゃるのですか?」
メイドに話しかけてみる。
「あの一番大きな居館です」
と指をさす。その先にはユノに案内された居館の倍ほどの大きさの建物がある。塔などが組み合わさり、まさに城という様相だ。
あそこか…ヘマしないように注意しないとな…
心の中でため息をつくと重い足取りでエルフは歩く。
魔法の階級などの説明は後ほど




