第2話 『名無しのエルフ』
(泣いてる少女に胸を貸したのは初めてだ)
(普通の女にもないが)
少し時間が経つと少女は落ち着いてきたようだ。
「もう大丈夫か?」
「はい…お恥ずかしいところをお見せしました」
「とりあえず顔を拭け」
少女の顔はまだ泥だらけだ。
「<物質創造>」
何もないところから水の入った桶とタオルが現れる。
<物質創造>、この魔法には大きく分けて2種類がある。1つは既にある材料を使って物を作る方法。消費魔力は少なく、作ったものは消滅しない。もう1つは材料を魔力に置き換えて作る方法。こちらは作るものの大きさによって消費魔力も多くなる。さらに維持にも魔力がかかり、供給が途切れると作ったものは消滅する。
2つに共通するものは、作るためにはイメージが大切だということだ。ある程度は魔法が補完してくれるようで、縫い方がわからないタオルでも、単純なものは簡単に作ることができる。しかし、例えば現代銃。これは中身が複雑なため、詳しい人にしか作れないだろう。ただし、現物があればコピーできるためこの世界に銃があるのなら大量に生産できるだろう。
と魔法の詳細を再確認していると泥を落とし終わったようだ。
改めて綺麗になった顔を見る。年は10歳ぐらいだろうか?顔には幼さがあり、輪郭は少し丸い。髪は明るい金色で前髪は軽く切り揃えられ、長い後ろ髪はローブの中に吸い込まれている。血色のいい肌はふっくらとしていて、とても柔らかそうだ。丸く大きな瞳は碧くきらきらと輝き、宝石のような美しさがある。もちろん耳は長く、その少女がエルフだということを如実に表していた。
「遅れましたが、危ないところを助けていただきありがとうございました」
丁寧な口調で言うと頭を下げる。
良い教育を受けているようだな。容姿も綺麗だしどこぞの貴族かなにかか?
「いやいいとも。ところでここら辺にほかのエルフは住んでいるのか?」
「と言うことはやはりこの国出身ではないのですね」
この国出身?どういうことだ?
疑問は顔に浮かんでいたらしく少女が言葉を続ける。
「ここはエルフ領。ヴィーザル・エイワズ・オークス・エルフェン・シャーウッド国王陛下が治める国、アプリロット王国です」
エルフの国か。驚いたな。エルフは森で狩りやら採取やらして外界との接触は全然しないイメージだが、国として成り立っているのか?
「は!忘れていました!城に行って侵入者の報告をしないと!」
「城か。なら俺が護衛として付いて行こう」
「そんな!ご迷惑ではないでしょうか?」
「いや、むしろ案内してほしい。森で遭難はしたくないからな」
「そうですか。ではお言葉に甘えます」
ということで、城に案内してくれるようだ。わりとここから近いらしい。また森の中を進む。ここからどうしたものか…今の状況だと俺も奴らの仲間だと疑われそうだよな…この子の信頼は得られたようだが…ちらりと少女見る。
・・・こちらをキラキラとした目で見ている。
少し話すか…
「そういえば名前を聞いていなかったな」
「そうでした!これは失礼。私の名前はユノーと申します。ユノと呼んでくださいませ!お姉さんのお名前は?」
お姉さんというところでなんとも言えない感覚に陥るが、名前か、どうしたものか…
「・・・実は名前がない。生まれた時には親がいなくてずっと一人で遠くの森の中に暮らしていた。数年前に森を出て旅を始め・・・地図でここのことを知って同族に会いたいと思い、ここにきた」
もう現実のことは忘れよう。せっかく夢にまでみた異世界に来たんだ、そう、俺は名無しの美人エルフ。悪い境遇に生まれた悲しき放浪エルフなのだ!
・・・無理があっただろうか?
少女の反応を見る。
「そんな…!なんて悲しいお話なんでしょう!そうでしたか…ここまで大変な道なりでしたよね…大丈夫です!お父様に言って国に受け入れてもらえるようにしてみせます!」
この子チョロいな。てか受け入れって、君の父親何者なん―――
探知に反応がある。3人。まとまって動いている。後ろからこちらに向かってくるようだ。
「探知魔法に3人引っかかった。おそらく敵だな」
「あっちに誰かいたか?」
少女に聞く。
「え、あ、はい。私の―――友人の方が囮になってくれて、その方は強いので心配はないと思いますが…」
「そうか。何人ぐらい敵がいたか分かるか?」
「矢が同時に10本ほど飛んできたのでそのくらいはいるかと思います」
「10対1か。流石に何人かは見逃すか。・・・それだったらそいつの近くにいた方が安全だったんじゃないか?」
「探知阻害と透明化のローブをいただいたので、これを着て先に城へ行ってくれと頼まれまして」
ほお、そんなものがあるのか。便利そうだな。
「聞きたいことは沢山あるがまず迎撃してからだな」
矢がこちらに向かって飛んでくる。とりあえず少女…ユノを脇に抱え躱す。ユノは一瞬残念な顔をしたがなぜだろうか?
「矢には毒が塗られているそうです!」
「わかった」
「<観察眼>」
神経毒のようだ。この子を連れ去る気なのか?武器はコンポジットボウか。要するに金属や骨なども使った強い弓だな。
めんどくさいから近くに行って殴るか。
最初に矢を放った者に狙いをつけ突撃する。途中3人が矢を放つが目標は既にそこにはいなかった。数秒で木々の間をすり抜け100mほどの距離を詰める。ここにくるまでに何度もやったので慣れたものだ。
敵は顔に布を巻いているが、おそらくその顔には驚愕が宿っていることだろう。一瞬反応が遅れ、エストックを抜くがもう遅い。
息を吸う。右手の拳に力を込め、レザーアーマーで守られている腹部に向けて勢いを乗せた一撃を入れる。
「ふッ!」
拳がめり込んだ男は容易に吹き飛んだ。その後地面に頭をこすりつけながら止まり、動かなくなった。
「次」
隣にいた男がエストックで刺突を行うが、こちらはブロードソードを抜き打ち払う。
体勢を崩した男に足の裏での蹴りを食らわせる。男は空を舞いもう一人を巻き込み地面に倒れこむ。
「<雷撃>」
手から雷が放たれ、倒れている男たちに直撃する。2人は痙攣した後動かなくなった。
「よし」いい感じに動けたな。
抱えた少女を下ろす。
・・・きらきらした目でこちらを見ている。
「すごいです!お姉さんは強いのですね!」
「まだ終わっていないがな」
「え?」
探知に反応がある。4つ?いや1つか?ゆっくりとこちらに近づいてくる。もうすぐそこだ。ユノを後ろに下がらせる。
木の陰からのっそりと頭が現れる。4つだ。山羊の頭。獅子の頭。鷹の頭。蛇の頭。全てが巨大だ。
そして、その頭は全て一つの筋肉質な、まさに筋骨隆々とした黒い胴体に収束していた。体高は3〜4m。
前脚は鋭い爪のついた獅子の脚。後脚は蹄のついた山羊の脚。尻尾には蛇の頭が繋がっている。右の背には破れたコウモリのような翼、左には3本のタコの足のような触手が獲物を求め蠢いていた。
一般的にキメラ、キマイラ、合成獣と呼ばれるもの。
<観察眼>を発動している自分はその名を知ることができる。
「混沌の魔導合成獣」
キマイラ種の最上位個体の一体。ヒュージキマイラメイジの単一属性強化をされた亜種。
・・・こいつはどうやら人工的に造られたようだ。基本性能が上がっている。ユノを捕らえるんじゃなかったのか?または捕まえろと命令されているのか?
そういやユノは…
「あわあわわわ…」
足を生まれたての子鹿ばりにガタガタ震わせている。立っているのもやっと、といった感じだな。しかし、こんな少女が逃げ出さないとは流石エルフといったところだな。
「にげまひょう」
もうだめそうだな。
「グゥルルルルゥゥウウウ…」
臓腑まで響く唸り声。全ての瞳が怒りと憎悪に燃え、こちらを睨みつけている。すぐに襲いかかって来てもおかしくはない。逃げたところですぐに追いつかれ、食い殺されるだろう。
「ひっ!」
相手から魔力の反応。強化系、属性付与系を使ったらしい。体全体がひとまわり大きくなったように感じられる。さらに、前脚から禍々しいものを感じる。
・・・右前脚をゆっくりと持ち上げる。先ほどよりも強い燃えるような殺気をこちらに放つ。
そして、振り下ろす。圧倒的な膂力で放たれた一撃は2人のエルフを無惨にも肉塊へと―――
―――「<受け流し:攻撃派生>」
キィンという甲高い音と共にその脚が弾かれる。
何が起こったのかわからない。少女には左手で獅子の前脚を払ったように見えた。理解できるのは魔法を使用した名の無きエルフだけだろう。
「<鋭利な刃>」
右手に持つエンチャントされたブロードソードを素早い動きで獅子の首に突き立てる。そしてすぐさまその魔法を唱える。
「<焼夷爆破>」
突き刺さった剣が一瞬朱色に煌めいた。
・・・炎熱がキマイラの目や口から吹き出す。内側での爆発は強靭なキマイラの肉体をも破壊する。よろよろと後ずさったあと倒れ、そのまま動かなくなる。
「周りに敵性反応はないか」
これ以上は居ないようだ。ひとまずは安心して移動できそうだな。
「敵援軍が来る前に急いで城へ向か」
「すごいです!お姉さん!」
興奮し、頰を紅潮させながら食い気味に言う。
「あのおっきいキマイラを一撃なんて!英雄にも匹敵する強さです!」
「お、おう、とりあえず落ち着け」
「本当にすごいんですよ!上位キマイラには魔力抵抗があって」
「わかった、わかった!」
彼女からすると俺は相当な力を持っているらしい。
話を切り上げ、ユノを抱えて城のある方角に走る。
少しするとユノが話しかけてくる。
「ずっと考えていたのですが」
「なんだ?」
「名前です!ずっとお姉さんと呼ぶのは不便ですし」
「確かにそうだな」
「ということで英雄譚から名前をとりました」
「ごほん――それは昔々のそのまた昔。魔族が今よりも地上を支配していたころ。ヒト族は抵抗を続けてはいましたが、じりじりと後退をせざるを得ませんでした。もうだめだと半ば諦めていたある日、強大な力を持った者たちが現れました。様々な魔法の武具を持った者、12の敵将を討ち取ったとされる者、最も速い足を持つとされる不死者、邪竜を滅ぼした者、不滅の刃を持つ者、そして最も名の知れたかの偉大なる王。そのほとんどがヒューマンとされていますが他の種族にもいたそうです。例えばエルフの女王。その姿は美しく、叡智に溢れ、強大な魔法を操り、さらには多くの武術を修めたと言います。その名は…」
ユノは笑顔を浮かべその名を言う。
「スカーサハ。あなたにぴったりの名前です」
様々な英雄か。現実で聞いたことのある称号ばかりだ。ただの阿保の自分には不釣り合いな名だが、しかし、この子がそんな風に今の俺を見てくれるなら…
「感謝する。ユノ。今日から俺はスカーサハと名乗ろう。この名にふさわしき活躍をするとお前に誓う」
俺は期待に応えるべきだろう。強大な力を貰った者として。新しくこの世界に生まれ変わった者として。
名無しのエルフだった者は、そう言って笑った。
かませ犬たち




