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第1話 『出会いは偶然に』

ローブをまとった少女は息を切らしながら走る。

汗が額から流れ落ちていく。心臓が悲鳴を上げ、肺が空気を求めている。フードを目深に被っているがその顔は苦痛に歪んでいるのがはっきりとわかる。


どれほど走ったのだろう。もう体は限界に近づいている。魔法の効果はとうに切れてしまった。体内魔力ももうほとんど空だ。しかし追いかけてくる2人の声。


少女は思い返す。


森の中、透き通った大理石のような甲冑をまとう青年と一緒に少し整備された道を歩く。青年の固そうな髪はオレンジ色で、猛禽類を連想させる目は黄色く鋭いが今は喜色を湛えている。


少女の顔は窺えない。少女が着ているのは丈の長い明るい緑色のローブで、金糸を使い自然をモチーフにしているであろう美しい刺繍が施されている。


木々の隙間から射す太陽の光を浴びた甲冑は美しく淡い虹色に輝いている。腰に下げた長剣の鞘は黒をベースに美しい金の装飾が施され、鍔と柄頭にもまた金が使われていた。


「今日もいい天気ですね!団長様!」

「ええ。こんな日は部下達と鍛錬するに限ります」


団長と呼ばれた男は微笑みながら言う。


「暑苦しいです団長様!」

「冗談ですとも」


男は笑う。


「はあ...また騙されました…」

「ユノ様は素直すぎます」

「陛下も言っておりましたよ。将来悪い者たちに騙されないか心配だと」

「そんなことはあーりーまーせーん!それになぜお父様はそんなことを貴方に言っているのですか!」

「一臣下に相談するほど心配なのでは?」

「ムキーッ!失礼ですよ!」

「冗談で――」


急に話を中断し、青年が剣を抜き放つ。その剣は光の軌跡を描き、正確無比な動きで飛来した矢を打ち払った。

その顔に先ほどまでの笑顔はない。


「毒矢か」

「団長様!なにがおきたのです!?」

少女は動揺を隠せない。

「襲撃のようです。私の後ろに。念のため自身に毒耐性と耐久上昇を」

「は、はい…」

「<耐性付与:毒(レジスタンスポイズン)> <身体硬質化(ハードニングスキン)>」


少女が魔法をかけ終わると今度は10本ほどの矢が同時に降り注いだ。青年はさも当然のように全ての矢を弾き飛ばすと少女を小脇に抱えて走り出す。


「なぜ脇に!?ここはお姫様抱っこでしょう!」

「両手がふさがってしまいますので」


青年はこんな時でも変わらない少女に呆れと関心を抱きながら考える。

とりあえずは城へ向かい援軍を要請する。敵の一人は捕縛したいな。気配が捉えづらい。魔法か、それなりの手練れか。矢の飛んできた位置は把握したが、すぐに移動しているだろう。倒すにしてもユノ様がいては少々分が悪い。

三射目。またもや10本の矢が自分めがけて正確に飛んできた。そして青年は数本を回避し、残りを打ち払う。

(相手は探知持ちか。ならば)


「<生命探知(ディテクションライフ)>」


数はやはり10。後ろから一定の距離を保って追いかけてくる。なかなかの足だ。


少し大きい木の陰に隠れ、少女を下ろす。


「<物質創造:魔導具(クリエイトマテリアル)>」

魔法を発動させると少女のローブが淡く光る暗い緑色のローブに変化した。


「この魔導具は魔力を流すと探知系魔法を阻害し使用者を透明化させます。しかし即興で作ったため効果は長くは持ちません。これを着て出来るだけ城の方へ走ってください」

「団長様はどうされるのですか!?」

「私は少々時間を稼ぎます。大丈夫です。この程度軽く捻って差し上げますよ。」

「うう…分かりました。ではご武運を!」

少女はローブを羽織りすぐさま走り出す。


さて…


「隠れてないで出てきたらどうだ?」

声は返ってこない。代わりに矢が数本飛んでくる。

「そうか」

「では」

「後悔しながら死んでゆけ」

鋭い瞳には相手への憐れみが浮かんでいた。



―――7人か

死体の数を数える。一人捕縛しようとしたがすぐに魔法で自害してしまった。7人の姿はほとんど同じで黒を基調としたレザーアーマーに黒い外套、木と金属で出来たコンポジットボウ、短めのエストック、そして顔には瞳のマークが描かれた布が巻きついている。


「気色が悪いな…」


残りは3人、すぐにユノ様を見つけるとは思えないが早く追いかけなくては…

振り返り、城の方角を向く。3mほどの距離、そこには黒い大きなフードを被った外套の人物がずっと最初からそこにいたように立っていた。


「・・・誰だ貴様は」


全く気づかなかった。警戒していると不気味で艶かしい女性の声が聞こえる。


「ふふ。そんなに怯えないでください」

「本日は見ているだけの予定でしたが、貴方には興味があります」

「彼女も回収したいですし」

「少々時間を稼ぎましょうか」

そう言ってクスクスと笑った。



少女は青年と別れた後すぐに魔導具に魔力を流し込む。ローブは一瞬強く輝き、再び淡い光を放ち出す。これでいいのだろうか…?

魔力の消費されていく感覚がする。大丈夫のようだ。

「はやく城に戻らないと」

しかし今日はたまたま遠くまで散歩に来てしまったため、走っても時間がかかってしまう。

とにかく走ろう。団長様が足止めをしている間に。


細かく息を吐きながら速度を緩めずに走る。団長様と別れて10分くらいたっただろうか?ぱきん、という音とともにローブの光が消える。ついに魔導具の効果が切れてしまった。

「時間ですか…」

城まではあと十数分で到着する。あとは偉大なる先祖の精霊たちに祈りを捧げるしかない。

・・・しかし祈りは届かなかったようだ。

前方の大きな木に(うろ)が見える。真っ黒い穴、それは徐々に大きくなり大人一人が通れるような大きさになる。それは木の洞ではなかった。

―――それは才あるものが死ぬほどの努力を積んでもなお使えるかわからない高位の魔法、第2等智天使(ケルビム)級魔法 <転移門(ゲート)>。

その中から2つの人影が現れる。バケツ型のヘルム。サーコートには太陽の紋章。帝国の兵士の特徴と一致する。出てきた者たちはすぐに少女を発見する。


少女は一瞬考える。戻って団長様と合流するべきか、迂回して城へ向かうか、それとも…


少女はまっすぐに走る。そして力ある言葉を放つ。


「<風の衝撃(ウインドブロウ)>!」


範囲を拡大して放った一撃は兵士を吹き飛ばすには十分だったようだ。兵士たちは軽く空を舞い背中から落ちた。少女はその横を走り抜ける。


「ぐえェ!」


二人は蛙のような悲鳴をあげる。そして自分よりも小さい少女に吹き飛ばされたことに恥辱と怒りを覚えたらしい。すぐに立ち上がり、


「待てやあッ!」


怒気を孕んだ声で叫ぶと全速力で追いかけてくる。



―――どれほど走ったのだろう。体の限界はもうすぐそこまできている。苦しい。靴は土で汚れ、足の感覚はもはやないに等しい。

大丈夫。もうすぐだ、もうすぐで着く―――


・・・急に顔の目の前に壁が現れる。一瞬頭が混乱するが、すぐに気づく。

転んでしまった。すぐに立って走らなくては。しかし足は動かない。限界が訪れたのだ。

心臓が破裂しそうなほど激しく動く。地面に肘をつき立ち上がろうとするが、口が大地へと荒々しく息を吹きかけるだけである。


背後から気配を感じる。

「エルフ風情が面倒かけやがって」

「最後は転んで無様だな!」

嘲笑が聞こえる。


少女はやっとの思いで仰向けになり男たちを睨む。

その顔は泥や涙でぐしゃぐしゃだ。


「みっともない姿だ――」


3人目の帝国兵が茂みから2人の間に現れる。もはや退路はない。諦めたくないが理解してしまう。ここから逃げることはできない。こうなったら最後の力を振り絞り魔法を打つしかない。私だって誇り高きエルフの一族なんだ。最後まで抵抗は絶対にやめない!


風の(ウインド)…」





「――綺麗な顔が台無しじゃないか」


3人目の帝国兵が2人の頭の横で手を振った。

次の瞬間、面白いように2人の兵士は吹っ飛んだ。

私の魔法、<風の衝撃(ウインドブロウ)>の比ではない。バケツのヘルムは拳の形にへこみ、男たちが地面に落ちる前にはバラバラになった。


私は状況がつかめず上体を起こしたまま呆けた顔をしていると、3人目の帝国兵が近づいてきた。


「ヒエッ…」思わず変な声が出た。


「そんなに怯えることはな…ああ、すまない、ヘルムをしたままだったな」

と言いその人物はヘルムを脱ぎ捨てる。


「へ?」


てっきりごつい男が出てくると思っていた。しかしその姿は予想とは全く異なる者だった。

この国では見た覚えのないエルフ(ひと)。白金の長髪を揺らし、整った顔が深緑の双眸をこちらに向けている。


「怪我はないか?」


そのエルフはそう優しく話しかける。


「は、はい」

「そうか」

「頑張ったな」


その瞬間自分の中の緊張が解けて、代わりに熱いものが込み上げてくる。少女は、ぼろぼろと涙を流し泣きじゃくる。


その女性は黙って胸を貸してくれた。


団長の運命やいかに?

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