プロローグ 下 『青年は困惑する』
「やったぜ。」
目を覚ますと俺は森の中のひらけた場所にいた。とりあえずうるさいスマホは破壊する。地元にも森はあったが、こんなに綺麗なところはなかったな。
真上を見上げるとぽっかりと開いた穴から薄い雲のかかった空が見えた。差し込んだ光は地面に咲く見たことのない花をきらめかせ、近くにあるだろう川のせせらぎ、鳥のさえずりも合わさり幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「まじでどこ?ここ?」
つまらないとか言ったから拗ねたのか?心の狭い世界だな。広いのに。
「とりあえず顔洗お」
冷静でいられる俺にびっくりだよ。
音を頼りに川を探す。
これからどうするべきか。少し考える。どこかわからない森。食糧はない。食べれる物を見分ける知識はない。持ち物は...今着ているTシャツとパンツ。そして素足。
「これ詰んでね?」
なにか都合のいいイベントが起こらないものか...
そうしていると川に着いた。川幅は4mほどでゆったりとした流れの浅い川だ。土手に膝をつきため息を吐く。
「はぁーあ?」
頭に疑問符が浮く。
すらりとした顎。柔らかそうな唇。きめの細かい白く綺麗な肌。瞳は神秘的な深い緑色で凛々しくつり上がっている。プラチナブロンドの髪は長く腰あたりまで伸び、前髪も長く目の間を通り横に流れていた。
そして耳。横に長く垂直に伸びている。
・・・エルフ。ファンタジー系のアニメやゲームでよくみる姿。それが水面に浮かんでいた。しかも女。
「いやおかしいだろ!」
自分の顔に触る。いつものガサガサの肌ではない。なぜ気づかなかった!?よく聞くと声も違う。どういうことなんだ...
さっきまでは全く違和感がなかったぞ...
もう一度水面を見る。さっきと同じ顔が困惑で歪んでいた。落ち着いて自分らしき顔を眺める。かなりの美人だ。そしてスタイルも...
身長は女性にしては高い。この前の健康診断の結果で見た自分の身長...176cmぐらいだったか?
引き締まった体。そして胸の大きな膨らみ。白いTシャツにボクサーパンツ。
「・・・げへへ」
おっと、思わずにやけ顔になってしまった。
・・・正直下半身が気になる。自分の体だからな?当然のことだからな?と言い訳をしておく。というわけで...
急に息が苦しくなる。
「・・・げへへ」
すぐ後ろ、至近距離から先ほどの自分と同じような下卑た笑い声が聞こえる。
「こんなところにいやがったのかよくそエルフが」
やっと理解する。誰かの腕が首に巻きついている。
「あーなんだ違う奴かよ。まあいい、だったら気絶させてからゆっくり楽しませてもらうか」
まずい。完全に油断していた。アホみたいなことするんじゃなかった。
「がんばるねぇ。とっとと落ちてくれんかなぁ?」
やばい。目がチカチカする。
「そろそろ限界かな?」
意識が...
―――『体内魔力の流動を確認』
―――『具現化可能』
―――『無属性 放出系 範囲拡大 質量増加 拡散』
―――『<魔力衝撃波>』
誰かの声が聞こえる。瞬間、体中に衝撃が走った。自分の中から力が溢れ出す感覚。後ろにあった気配が衝撃で吹き飛ばされ、木の幹にぶち当たる。
「ぐげッ⁉︎」
そしてその反動か自分も川の中に突っ込んでしまう。頭から。
「ごぼッ⁉︎」
まじでこれ以上は流石に死ぬ!急いで顔を上げて水を吐く。
「ゲホッ!」
すぐに後ろを警戒する。声から男だと思われる人物はバケツのようなヘルムを被り、鎖帷子の上にはサーコートと呼ばれるワンピース型で長さは膝丈ほどのゆったりとした上着を着ている。手には金属製の手甲をはめ、首には赤い布を巻いている。側には鞘に収まった装飾の少ないブロードソードが転がっている。
男は動かない、気絶しているようだ。しかし...
「今のは...?」
魔力やら衝撃波やら聞こえたな...中世兵士の格好をしている男といい...明らかなファンタジー世界だよな...つまりさっき俺が出したのは...
「魔法か」
自分の体を見る。・・・現在進行形で川に浸かっているのを忘れてた...
Tシャツが濡れたせいで大変なことに...
「とりあえずアイツから剥ぐか」
―――ガチャガチャ
「サイズはだいたい丁度だな」
側にはモジャモジャ頭の腹に贅肉のついた裸の男が転がっている。こいつの下着は川に流しておいた。
肩を回し、軽くジャンプしてみる。問題なく動けそうだ。
腰に剣を下げておく。ヘルムは...
「くっさ!・・・まあ一応持っていくか...」
・・・色々ありすぎて頭が混乱している。
とりあえずこいつはエルフを探していたようだ。違う奴とか言っていたし他のエルフがいるようだな。
この服の太陽のような紋章はどこかの国のものか?
あとは魔法か。
・・・自分の内側に意識を向けてみる。
―――『領域と接続』
『使用可能属性 火 水 風 土 雷 神聖』
『使用可能系統 <無属性> 強化 防御 放出 創造 探知 特殊 <属性> 付与 加護 放出 回復 精霊 召喚 創造 体外魔力操作 特殊』
『体内魔力の残量 467,614/467,614』
『体内魔力生成炉性能 5.4/s』
『最大放出許容上限 226,893 』
『同時使用可能魔力伝達路 6門』
『身体機能の安定化確認』
『身体機能制限を50%に減少』
「なるほど...訳がわからん」
頭へ響く声。いや声ではない。言葉ではなく"理解"が頭の中に直接入ってくる。使える魔法は...
「<身体機能強化:筋力>」
「<身体機能強化:敏捷>」
立て続けに2つの魔法を行使する。奥底から力が溢れ出す。同時に体が軽くなる感覚。
成功か。なんとなく使える魔法がわかる。かなりの数だ。
「とりあえず今必要なのは話のわかる現地人の捜索だな」
ちらりと裸の男を見る。言語は通じるようだがこいつじゃ話にならん。おそらくエルフを捕まえるために派遣されたどこかの兵士だろう。つまりここはエルフの住んでいる土地、そうではなくてもエルフがいるのは確定だな。できれば住んでいる土地であってほしいところだ。同族として迎え入れてくれるかもしれない。ということで、
「<生命探知>」
草木から生命の脈動を感じる。それだけではない。木々の上にも、川の中も、土の中にも。もちろん近くに転がっている男からも。そして、ここから直線距離にして約1km。3つの人らしき気配を感じる。
「一人が前を走り、二人が後を追う形か。ほぼ確定だな」
エルフが兵士に追われていると推測する。
では...
小脇にヘルムを抱えた白金の髪のエルフは呟く。
「行くか」
軽く跳び、幅4mの川を越える。着地にブレは全くない。
「どれくらいで到着するかな?」
ゆっくりとクラウチングスタートの構えを取る。そして...
地面を蹴り飛ばし、勢いよく土と草が舞い上がる。
―――弾丸は放たれた。木々の間を抜け、目的地へと疾走する。よどみない動きで障害物を回避し、前へ前へと突き進む。たなびく髪は木漏れ日を浴び、鋭く光っていた。
言うほど困惑していない件について




