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十字架の咎  作者: 万年貧乏人
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十字架少女は忘れてる

「ごきげんよう。私キリエスレ教会から参りました、執行者のアーネルジルバと申します。今回巷を賑わしております、噛みつき事件について聞きたいことがありまして尋ねさせていただきました。担当の方にお取り次ぎいただけないでしょうか?」


 翌日二人は警備隊の詰所へとやってきた。アーネルジルバは普段の彼女を知る人物からは想像できない上品な話し方をしていた。まぁ彼女としても、あくまで礼儀としてやっているだけであり、全身がむず痒くなるのに耐えているのだが。


「し、少々お待ち下さい!」


 警備隊は街の治安維持に努めている。その職務は今回のような事件の捜査から、迷子の捜索。道案内と多岐にわたる。故に相談を持ちかける際、依頼を統制すため最初に受付へと行くのがルールとなっている。そして今日の受付担当者は不幸と言わざるを得ない。なぜならば棺桶を背負った修道女が強張った笑みを浮かべて、先述の通りのことを言ってきたのだから。


(お、おい!執行者って!)(ああ、咎人狩りのスペシャリストだ。)


 受付の女性が慌てて奥へ行くのを見送ると、二人は早朝だというのにたくさんの人がいる詰所内で、自分たちが注目の的であることに気づく。


(やっぱあの事件って咎人の仕業だったのかよ!)(でなきゃああんなでかいもん背負った奴なんてこねえだろ。)


 ひそひそ


(アーネルジルバってあの『キリエスレの猟犬』か!?)(私、『笑う狂犬』って聞いたわよ。)


 ざわざわ


(にしてもめちゃくちゃ美人だな。とても化け物狩りをしているとは思えないぜ。)(俺は後ろに控えてる娘がいいな〜。おとなしそうっていうの?押し倒しても抵抗しなさそうW。)(やめておけよ。手を出したら手前の番犬に噛み付かれるぞ。)


 がやがや


「うう。毎度のことですが、やっぱり慣れませんねぇ。ここまでくる道中もそうでしたが、この珍しいものを見る目というかなんというか…。」


 ハクカが少しおびえた声で話しかけた。彼女とてこうした目で見られるのは初めてではない。だが内気な気質がある彼女にとって、周囲からの目線が集まるというのは耐え難い苦痛なのだ。もし一人でこの場にいたのなら、いたたまれずに逃げ出していたことだろう。


「しっかりしなさい。こんなの咎人の相手より楽よ。なんせ相手にしなければいいもの。必ず向き合わなきゃならない奴らに比べれば、噂されるくらいなんでもないわよ。」


 訳のわからない励まし方である。いや励ましているのだろうか。アーネルジルバとしては「連中を空気と思え。」と言いたかったのだろうが独特の例えを用いたために返ってわかりづらくしてしまっていた。それを聞いたハクカも「なんですか、それ。」と言って苦笑している。しかし狙ったかどうかは定かではないが、ハクカの緊張はほぐれていた。


「待たせたな。私は副警備長のゲージカ・パーンバールだ。君たちの世話を任せられた。よろしく頼む。」


 そんなやりとりをしていると、いつの間にか緑色の警備隊服を着ている中年の男性がすぐ横まで来ていた。


「初めまして、アーネルジルバ・レイと申します。そしてこっちは…。」


 ゲージカの方に体を向け、挨拶をする。やはり丁寧な口調は苦手。しかし何事も挨拶が肝心。下手に機嫌を損ねて協力を得られないのでは話にならない。さらにここでは大勢の人間の注目を浴びているのだ。礼を逸したとて噂されれば、今後の活動にも響く。そうアーネルジルバは判断し、自分を説得し、敬語を使用した。そしてハクカにも挨拶をさせるべきだと思い、彼女の方に視線を投げかけると。


「あ、ああ…あああ…。」


 恐怖し、硬直していた。何故にと理由を考えると一つしかない。アーネルジルバは再びゲージカの顔を見る。そこには強面でこちらを睨みつけるような目をし、隙を見せれば腰に携えた剣で切らんとしてきそうな印象を受ける。つまりはハクカはゲージカの顔に怯えているのだ。


「こちらはハクカ・ユーズキー。共に神の代理人としてまいりました。どうぞお見知り置きを。」


 仕方がなく、喋れない彼女のために自己紹介をしておく。紹介された方は自分の顔を見て驚いているが気になるらしい。


「あ、ああ。君たちに協力するよう指示されている。手伝えることがあるなら、なんでも言ってくれ。」


動揺の色を隠せてないが、気を取り直すべくアーネルジルバに挨拶の続きをした。


(しかし副警備長直々とはね…。)


 一種のきな臭さを感じる。アーネルジルバは当初協力は得られないと思っていた。いくら咎人狩りを生業としているとはいえ、基本自分たちは余所者だ。しかもこの世界では珍しく修道服を着ている。胡散臭いと思われても仕方あるまい。現に彼女は今まで何度も手荒い歓迎を受けている。好意を持ってくれるケースの方が稀だ。そんな経験があるゆえ、アーネルジルバはこの待遇には警戒を抱かずにはいられない。


「ありがとうございます。しかし副警備長自ら手を貸していただけるとは光栄です。それほど今回の事件は凶悪なのでしょうか?」


 とりあえず探りを入れてみる。この疑問を解消しなくては、今後の活動に支障をきたす可能性があるからだ。まあ本当のことが聞けなくても嘘にはいづれ限界がくるものだ。そのときを待てばいいとアーネルジルバは考えていた。


「ああ、もちろんそれもあるが、何よりも警備長はキリエスレの信者でな。前もって教会本部から君達に協力するよう通達があったらしい。そして同じ教徒である私にその手伝いが命じられたのだ。」


そう言うとゲージカは服の下につけてあった十字架のネックレスを見せるために取り出した。しかしその銀色に輝いているネックレスをアーネルジルバは直視できなかった。


(聞いてない!)


自分の覚悟は一体何だったのだろうか。ハクカの説明にはこの街にキリエスレ教信者がいるなんて情報はなかった。睨みつけるかのようにハクカを見る。彼女は先程とは別の意味を含んだ顔で硬直していた。


(忘れてたー!!)


ハクカは自分の話に穴があったことを自覚する。街に信者が、ひいては教会があるのとないのでは任務の難易度が断然違う。食料、情報などの物資から治療、宿泊などの生活の援助などを行ってくれる場合があるからだ。いわば拠点として活用できるということになる。単身又は2人で敵地へといかなければならない執行者としてはこれ以上ありがたいことはない。実際ハクカはアーネルジルバに話した大体の情報をこの街にある教会から得ていたのだ。


「はぁ…。ゲージカさん。立ち話もなんですし、とりあえず事件の資料を見せてもらえないでしょうか?」


アーネルジルバは大きなため息をつくとそうゲージカに進言した。未だに周囲からの注目の的だ。しかも副警備長がやってきたので更に視線が集まっている。異質な組み合わせ故、間に入ろうとする者はいないが、如何せんやりづらい。それにこれからの会話はあまり聞いてて貰いたくないものになる。


ハクカへのお仕置きはその後にするとしよう。そうアーネルジルバは判断した。


「了解した。ではこっちへ。」


ゲージカは長机で遮られた先へと手を伸ばす。受付の奥。関係者以外立ち入りが禁じられた場所へと案内される。アーネルジルバは極めて冷静な顔で歩く。しかしハクカは自分の犯した失態に気が気ではなく、まるで機械のような足取りでその後に続いた。


少し歩いてると先頭を歩くゲージカは立ち止まった。扉に貼ってあるプレートを見ると資料室と書いてある。


「さぁ、こちらへ。」


扉が開けられ、二人が中に入る。続いてゲージカが入った。中は沢山のファイルが本棚に並んでいる。数多の事件の記録がここに保管されるため、わかりやすいように仕分けされているのだ。ゲージカは右手奥からファイルを取り出した。


「これを見てくれ。最初の事件は二月前。被害者は街の東側にある、製鉄所に勤務していた30歳男性だ。被害者は事件の直前、仕事帰りに知人と飲みに出かけていたらしい。深夜までひとしきり飲んだ後、解散となり皆寄り道せず帰宅したそうだ。翌日も仕事だったそうだからな。そして…。」


「そして帰宅途中に襲われた。」


アーネルジルバは口を挟んだ。


「ああ。その他の連中と帰る道が違ったらしく被害にあった時、彼は1人きりだったそうだ。」


「…1人きりだったから襲われた。と見るべきですかね。」


ようやく気持ちを切り替えられたハクカがそう発言した。アーネルジルバはまだ許して無いらしく、冷やかな目で彼女を見た。しかし今はとやかく言うつもりはないらしい。


「…計画的か否かはまだ分からないわね。次を。」


その言葉を聞くとゲージカは頷き、今までの事件の概要を述べていった。全てをまとめると件数は全部で12件。間隔はまばらで連続して起きた時もあった。だが、必ず1度に被害に遭うのは一人で、必ずどこかに動物に噛まれた跡があったそうだ。


「動物?人間に噛まれたって聞いたけど。」


そう自分に説明した人間を見る。視線の先の修道女は首を大きく横に振った。これは自分に落ち度はないと言いたげである。


「ああ、それは正しい。だがより正確に言うならば歯型は2つあったのだ。人間と動物のな。」


二人は訝しげな反応をした。どういうことだかいまいち理解できないみたいだ。


「動物を使った後食べるため…?それとも動物に食べさせるため…?でもどちらにせよ…。」


「どちらにせよその場合だと、人間の原型が留まっているのはおかしいわね」


ハクカが考えをまとめるために口に出していたことにアーネルジルバが同調した。


「食うためじゃないとしたら単純に殺害が目的なのかしら?被害者の共通点は…無いんだったわね。」


ゲージカに視線を向ける。ゲージカは首を縦に振った。


「金品狙いというわけでも無い。金になりそうなものはそのまま放置されていた。」


「…本当に殺すことが目的なんですかね…?」


 ハクカが独り言のように呟いた。


「いまのところは何も言えん。だがもしそうならば、尚更質が悪いな。殺人鬼という奴は行為そのものを目的としているため、予測ができん。…住民の安全を守らねばならんというのにどうしても後手に回ってしまう…」


 悔しそう言葉を出す。そんなゲージカの様子を見て、アーネルジルバは目を伏せた。


「じ、じゃあどんな風に噛まれたのですか!?些細な事だろうとヒントになる…かも…。」


ハクカは重くなりつつあった空気を打開すべく、そう質問した。アーネルジルバは感心しる。彼女の言には理があり的を得ていた。どんな動物がやったにせよ、その噛み方を知っておくのは損ではない。そう思った矢先にある疑問が彼女の頭をよぎる。


(そういえば何の動物に噛まれたのかをこの男は言っていないわね。)


犬なら犬の歯型。猫なら猫の歯型と報告するはずだ。しかしゲージカは「動物の歯型」と曖昧な表現をした。一体何故?

そんなアーネルジルバの些細な疑問はすぐ解消されることになる。


「言葉で説明するより実際に見てもらったほうが早いだろう。」


そう言うとゲージカは何枚かの絵を二人に見せた。いやそれは絵にしては鮮明でまるで犯行現場をそのまま紙に写したかのようであった。


「これは…もしかして写真!?」


アーネルジルバは驚きの表情を見せる。それもそのはずだ。この世界に置いて写真の発明はされたものの、情勢の混乱によって実用化の目処がたっておらず、ましてや普及など夢のまた夢と言われていたからだ。


「ほう。流石は執行者殿だ。写真の存在を知っているとはな。外部から来たものは皆、これを絵というのだが。」


「私だって見たのは初めてよ。まさか実用化されているなんて…。」


ハクカは何にも言えないようであった。食いつくように写真を見ている。彼女は存在を知るのも初めてであるようだ。


「私が言うのもなんだが、この街は他に比べると治安が良い。他の町では治安や生活のために割かなくてはならない労力を、このように使用できるのだ。」


「ふふっ。聖職者としては神の威光のおかげと言いたいわね。」


アーネルジルバは皮肉めいて言う。彼女は聖職者としての信仰心など持ちあわせてはいない。だから神という存在も信じてはいないのだ。本来ならば。


「ああ。私もそうだと思いたいのだがね。」


それに気づかないゲージカは本心からの返答をする。彼もキリエスレの教徒である以上、平穏は信仰心によって形作られると思いたいのだ。しかしその歯切れは悪い。


「まぁ、街の人たちは警備隊のおかげだと思っているでしょうね。すべての人がキリエスレではないでしょうし、実際あなた達の働きは大きい。」


「故に今回の事件も早々に方をつけたいのだ。」


アーネルジルバの言葉を受け、ゲージカは厳しい視線を向ける。その目には覚悟が宿っていた。その目を見た彼女は「でしょうね。」と言って目を伏せた。


もしこの事件が長引いて警備隊の尊厳が地に落ちた場合、この街がどうなるかは想像に難くない。抑止力を失えば歯止めが効かなくなった者達が暴れ出すのは明白である。そうなればここサウスピーガも他の街のように荒れ果てるのは時間の問題となるだろう。ゲージカはそれだけは阻止したいのだ。


(なるほど。もしかしてこれが選ばれた本当の理由なのかもね。)


彼の地位とその覚悟は必ず私達の役に立つとふんだのだろう。そして街の治安を守るため、彼も私達を利用するはず。それが意図しないことであろうとも。そして互いに利用し、協力しあえば今回の事件を早期解決へと導けるはず。もしそう考えだのならば人事を行った警備長とやら結構な切れ者であるかもしれない。とアーネルジルバは考えた


(一度会ってみたいわね。)


「済まない。話が逸れてしまったな。今1度写真をよく見てくれ。」


警備長に興味が湧いてきたところで話は本題に戻る。


「…やっぱり死体は綺麗ですね。噛まれたにしてはですが。」


ずっと黙って聞いていたハクカがそう声にだした。彼女の言う通り写っている人間は皆人と認識できる。


「腕、手、足…。こちらの男性は脇腹…ですね。…しかし…。」


「どれも致命傷とは言えないわね。このくらいでは即死しないし、失血死にしても時間がかかる。医者なり教会なりで治療して貰えばまず命は助かるわ。」


「だが被害者はここで死んでいる。血がこの写真の場所以外にないことから、犯行現場はこの場所で場違いはない。」


 謎は深まるばかりである。死因動機不明の連続殺人事件。これが人の手によるものか、それとも常軌を逸した者の手によるものか。後者の線が強いが今のところは断言できない。今の三人にできることは頭を悩ませることだけであった。





 

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