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かたん、かたんと。

作者: 夜野 はる

陽がよく入って暖かいとこに住みたくて、駅から少し遠いこの部屋に決めたのが一昨年の春。

そのちょうど1番日が当たる所に、1台のミシンがおいてある。母が昔使ってたのを実家から引っ張り出してきたのだった。

きっかけはあの人のひとことだった。


「君、手先器用だからさ、裁縫とか向いてるんじゃない?」


憧れのあの人に少しでも近づきたくて、その言葉を鵜呑みにした私。

でも、なんで刺繍や手縫いじゃなくてミシンを選んだのかは、自分でもよくわからない。

服やらぬいぐるみやら、なんでも作っては写真をとってあの人に見せていた。

そのたびにあの人は笑って、「上手だね。」って私を褒めてくれた。



最初はただそうやって感想を聞くだけだったが、だんだんといろんな話をするようになって、同じ歌手のファンだったり、昼寝が好きだったり、似ているところが結構あることに気づいた。

彼からの誘いもだんだん増えて、ついに彼と付き合えることになった。



それからはミシンをあまり触らなくなった。

もともと彼と話す口実作りで始めたものだったから、彼が隣にいるのにわざわざミシンをかける理由が見つからなかったのだ。

予定ばかり入れて、少しでもあの人と居たくて、家に帰らないこともしばしばあった。


彼が私の家に初めて来ることになったので、私はその前に部屋の模様替えをすることにした。

要らない物は捨てて、彼が好きそうな女の子っぽい家具を買った。

使わなくなったミシンは押入れにしまった。

もう使うこともないだろう、それっきり私はミシンのことは忘れてしまっていた。


陽の当たる心地よい私の部屋を彼はとても気に入った。

陽が一番よく当たる窓辺は、それから私たちのお昼寝スポットになった。

夏は扇風機を横に置いて、冬は大きな毛布を被って、そこに2人仲良く並んで眠る。

2人だけの小さな世界で、私たちは満たされていた。

いつまでも続けばいいのにと、私は幸せを噛み締めていた。



けれどお互いの仕事が忙しくなって、喧嘩やすれ違いが増えてしまった。

彼が私の家に来ることも少なくなって、1人だけの日曜日が増える。

そんなある日、私はふとミシンのことを思い出した。

実家から持ってきた古ぼけたミシン。

押入れから引っ張りだして、電源を入れる。


かたん、かたん。

懐かしい音が聞こえてくる。

そういえば、彼に言われて始めたんだっけ。

出来上がったものを見せるたびに喜んでくれた、優しい彼。

夢中で片思いしていたあの時、私はずっとこのミシンの音を聞いていた。

そんなことを思い出しているうちに、気がつけば私はひとり泣いていた。


その日から私は、悲しいことがあるたびにミシンをかけるようになった。

布を繋ぎ合わせている時だけ、他のこと全てを忘れられる。

狂うことのないその音を聞くたび、優しいあなたを思い出す。


その時、ここにあなたはいないけれど。





6度目の喧嘩は、今までで1番長く続いた。

毎日ミシンの前に座るようになったから、いつもより手の込んだものを作ることにした。


かたん、かたん。

これができたら、彼に会いに行こう。


かたん、かたん。

ちゃんと、ごめんねって言おう。


かたん、かたん。

好きだよって、伝えよう。


かたん、かたん。

(そう、おもってたのになぁ。)




やっと出来上がったひざ掛けは


1人で使うには大きすぎて


ひとりそこに包まって


ずっとあなたの夢を見ている



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