1回戦2日目第4試合
この試合、恒輝は1年生ながら4番サードのスタメンに抜擢されていた。
ここまで3点差以内のゲームが続いており、観客が大いに盛り上がっている。
この日最後の試合ではあるが、いずれも公立が私立に負けており、私立勢押せ押せムードだ。
「やっぱ公立勢がここまで勝ち上がって来たのも運だよな~」
「この試合も九州学院の勝ちやろ~」
誰もがそう思っていたであろう。
しかし、高崎商業のベンチ誰一人負ける気はしなかったし、
あの高崎高校が相手が相手とはいえ、
旭川東に延長11回サヨナラ勝ちしたのだからなおさら気は抜けなかった。
ちなみに旭川東はスタルヒンの母校で歴史ある進学校だ。
大夢の幼なじみ、慎平は先発登板で7回でピンチを作って降板しながら12奪三振1失点と好投した。
次の相手は近畿1位の関大北陽と対戦するが、相手も同じ中3日で、
相手がどこだろうと自分のピッチングをするだけと、特に気負いすることはない様子だった。
翌日変わったことがあるとすれば、北大津のとある選手に声をかけられたくらいだ。
北大津は近畿2位の代表校だ。
公立ナンバーワン校と評されながら地区大会で関大北陽にぼろ負けしてしまい、
神宮行きを逃している。
「あんさん、高崎高校の松葉ってピッチャーやろ?」
「はい、そうですけど・・・初めまして。北大津さん、お互い頑張りましょう。」
「かっかっか、真面目な青年やねぇ、そんなに堅うならんくても」
「はっ、はぁ・・・、で、何の用ですか」
「うむ、君のピッチングを見ていて気付いたことがある」
「はい、もしよかったらアドバイス頂けませんか」
次対戦する相手は強豪でしかも同じ地区を戦ったからこそ話ができるのは貴重だ。
慎平は北大津のとある選手に関大北陽の「泣きどころ」を教えてもらった。
「なるほど、これは合理的ですね」
「これはあんたならではの特徴を活かしとるんや。逆に制球よく負担なく抑えられるのはあんたにしかできへん。準々決勝辺りで対戦できることを楽しみにしとるよ。」
「ありがとうございます。」
慎平は負けるならこの高校でも良いと思っていた、
というよりも、この高校以外あり得ないと思っていた。
高崎商業と九州学院の試合が始まった。
先発は両方エースではなかった。
高崎商業は背番号10のサウスポー小平。
九州学院は背番号3の武田。
エースの球磨川はファーストを守っている。
尚、ピッチャーだけでなく打撃でも注目されている。
恒輝のスリーランなどで5点ビハインドの九州学院。
小平も必死で強力打線を僅か1点に抑え込む。
5回裏終了して大夢の出番はまだない。
ブルペンで軽くキャッチボールしていた大夢。監督から、
「バット振って準備しておけよ」
と指示が入った。
どうやらエースの神津で継投するようだ。
大夢は外野守備に入ることも見据えていた。
代わって黒岩がブルペンに入った。
6回表から球磨川が登板した。
「9番ピッチャー小平君に代わり、坂上君、背番号18」
甲子園のアナウンスが響き渡る。
実況では「一応登録上は投手だそうですが、外野手としての起用もありえそうですね」
と軽く紹介されていた。
大夢の心の中。
今はアスリート一家を意識する必要はない。
ごくごく自然な流れで、
気がついたら野球やってて、
気がついたら甲子園だ。
数ある出場校から、
数ある部員の中から、
たった1人の高校球児に過ぎない。
これから活躍したらとか、
恥さらしになるとか、
そんなことは、
やってみなきゃわからないじゃないか。
(バシィ)
「ボール!」
漫画のような選手だっているけど、
あれは出来すぎだ。
架空の世界の中で生きてる、
あくまで架空な人間に過ぎない。
俺は嫌いだ、全部が漫画のようにうまくいくってのが。
(ズドン)
「ボール!」
「おーっと、球磨川君、二球続けてストレートのボール。らしくありませんねぇ」
「いやぁそうでしょう、小柄な坂上君はストライクゾーンも狭い。投げにくそうにしています。」
なるほどな。
今、1ー6で勝っている。
この状況でエースを出すのは遅すぎた、か。
俺は気楽に立ってるだけでいいのか。
(バシッ)
「ストライーク!」
切れ味の良いスライダーか。
際どいコースにストレートを投げて、
また際どいところと見せかけて、か。
球磨川猛の心の中。
参ったな。
ストレートを2球連続で見送るなんて。
いや、逆にその方が良い時もある。
相手が追い込まれていないと思わせた時がギアの入れどころだ。
その気になれば最高の球で最高のコースに決めることもできるわけさ。
「球磨川君、第4球を投げた!」
(カーン!)
「ファウル!右方向にそれて行きました」
やるな。
けど、これは坂上君でも打てる球だ。
次はどうかな。
大夢の心の中。
ふぅ・・・。
ファーストライナーかと思ったけど、まぁいっか。
しかし、さっきのボール、最初のより遅くなかったか?
特に変化してるってわけでもないが・・・。
その後、フルカウントで粘る大夢。
最後は10球目のフォークだった。
ワンバウンドせず、大夢のバットに吸い込まれていった。
レフト前ヒット。
「いや~見事なバッティングです!」
「あれね、ワンバウンドしてたら絶対空振りしてましたよ、普通は手を出すべきじゃないです」
と実況。
テレビの前に居た慎平は思った。
いや、あれは大夢の失敗を恐れない心が勝ったんだ。
空振りするってのは100歩譲っても絶対確実とは言わせたくないかな。
彼にしかできない芸当はお預けだな。
大夢、甲子園初打席、初ヒットおめでとう。