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熟練度カンストの引取人

 リュカが振り返ったのは、これから奴隷たちが並べられるであろう台の上だ。

 これまでの奴隷市とは違い、この台の上には商品たる奴隷たちが並んではいない。

 だが、既に異様な熱気がこの場を包んでいた。


「おや、おかえりなさい。どうです、甘くしてもらいましたか?」


「ちょっと苦いけど、これなら飲めるよ」


 ミルクたっぷり、マイルドになったカファをちびちび飲むリュカ。

 俺は男らしくブラックである。


 うむ、カフェイン摂取するの久々だ。

 そんな俺たちを見て、周囲からボソボソと声が聴こえる。


「なに、嫁さん連れで来てるんだよあいつ。空気読めっつーの」

「おおー、可愛らしい奥方じゃのう。わしもここで可愛い娘を買って、息子の嫁に……」

「嫁が可愛いのは今だけだぞ。そのうち鬼になる。男には別の癒やしとなる女が必要なんだ……!」


 切実な声が幾つも聞こえている気がする。

 気持ちはわかるぞ、気持ちは。


「ユーマ、来るよ。火の精霊が」


 そんな中、リュカが俺の袖を引っ張って伝える。

 何やら、この舞台に似つかわしくない者がやって来ようとしているらしい。

 見たところ、火の精霊っぽいものなど無い。というか、火の精霊など見たことはないのだが。


 突如、わっと周囲が盛り上がった。

 壇上に男が一人あがってくる。

 彼の後ろには、ぞろぞろと続く女たち。皆、薄衣一枚の格好で大変扇情的だ。


「おっおっ」


 俺は精一杯背伸びをして彼女たちを視界に収めようとした。

 

「むう」


「いたい!」


 またリュカにお尻をつねられた。

 仕方ない。伸びをするのを辞めて、彼女たちが壇上に上る時を待つ。


 やって来たのは、司会進行役らしい男が一人。

 それぞれの奴隷の売り主たち。

 壇上の主役たる、女奴隷たち。


 そして、一つだけ異様な、布が被せられた四角い箱だった。いや、檻か?


「あの布の中から、火の精霊が動いている感じがする」


「ふむふむ」


 確かに、その檻は大変目立った。

 壇上に並ぶ女たちは、首に枷がつけられており、そこから伸びる細い鎖が売り主の手に握られている。逃げるのを防止するためだろう。割りと鎖はゆったりしているので、鎖を引いて苦しめたり、いたぶったりするためのものでは無いようだ。

 奴隷たちは、一部は諦めたような顔をして、もう一部は何やら野心を漲らせた顔をして、舞台下を見つめている。


「では、これより奴隷市を開催致します!」

「うおおおおおおー!!」


 男たちの野太い歓声が響く。


「若い女性の奴隷を扱う市は、そう頻繁には開かれないんですよ。ユーマさん運が良かったですねえ」


「ほうほう」


 アキムが細かに説明してくれる。

 若い女性の奴隷は、労働力を期待されて売り買いされることは無い。

 彼女たちの価値は、若い女性であることだ。


 例えば、農村からやって来た者が、息子の嫁として買い取っていったり。

 既婚男性がお妾さんとして買い取ったり。

 あるいは、客を相手取る仕事に従事する人間が、従業員として買い取ったりする。


 基本、都に住むきちんとした籍がある人間は、奴隷を妻にすることは無い。奴隷を娶ったという噂は広がってしまうし、近所付き合いがしづらくなる。

 親戚や子供も、世間体が悪くなり、生活しづらくなるということだ。


 だが、田舎であればそんな事よりも、まずは跡継ぎである。

 農村の嫁に買い取られた奴隷は、新たな人生と言っていい生活をするようになるとか。一つの家の構成員となり、畑を耕し、子供を産み育てる。それは普通の人間と何も変わらないことになる。


 妾として買われても、その男の正妻に男児がいないなら、妾が産んだ子供が嫡嗣(ちゃくし)となる。この時、子供の籍は奴隷ではなく、正統な家の籍をもらうことになる。


 従業員となった奴隷は、働くことで自分を買い主から買い戻すことができるようになる。

 買い戻してしまえば、あとは自由の身という訳だ。


「借金のかたに売られてきた娘さんもいるけれど、同じだね。その子が売られたお金で借金は返済される。そこから先は、彼女次第だ。これもまた人生の選択肢なのさ」


「ほー」


 俺は、大変エッチな妄想を抱いてやって来ていた我が身が恥ずかしくなった。

 これはこれで、大変真面目な場なのであるなあ。

 可哀想な奴隷少女を買って惚れられてチョメチョメなど、考えてはいかんのだな。


「うおおおおおお!! その娘に千パタ出すぞー!! 胸が好みなんじゃー!」

「お、お、俺は千五十パタ!! あの乳はやらんぞ!!」

「ぬうあああっ!! 息子のッ、息子の嫁にィィィッ!! 千二百パタ!!」

「千二百……だ……と……!?」

「くっ、こ、こんな序盤で決めることもねえか。譲ってやるか」

「はい、千二百パタ。他、他いませんか、千二百パタ。はい、ではそちらの方、舞台袖にどうぞ。取引成立です」


 息子の嫁を求めて農村からやってきた老人、ガッツポーズを決める。

 彼が買い取ったのは、なるほど、素晴らしい胸元をお持ちのふくよかな少女だ。

 彼女は農村で、新たな人生を歩むのであろう。まんざらでもないという表情をしている。


 しかし、思っていたよりも、男たちがヒートアップしているではないか。

 普通に欲望むき出しである。

 俺と変わらんのではないだろうか。いや、むしろ俺の方が紳士であった。


「まるで戦争だね……!!」


 リュカが緊張の面持ちで呟く。

 まさにその通り。

 これは、男たちの欲望と矜持、そして財布の中身を賭けた戦いであった。


 白熱した競りが続く。

 容姿やスタイル、奴隷によっては、自分の価値をアピールする者もおり、会場は大いに盛り上がる。


「なんか、思ってたのと違う? もっと、その、エッチなのかと思ってた」


「ああ、女性はよく勘違いされるんですよね。これもきちんと、国が取り仕切っている市ですから。ザクス法に基づいて行われているんです。女性の顔をおおっぴらに見ることが出来るのは、こういう場だけですから」


「じゃあなんであんなに入りづらくしてあるの?」


「そりゃあもう。今のこの様子、奥さんやご家族の女性がたに見られたいと思わないでしょう?」


 血走った目で財布を握りしめ、奇声をあげ、咆哮を轟かせる男たち。

 剥き出しの欲望と熱気がそこにはあった。


「うん、これは怖い」


「うむ……」


 リュカの言葉に、俺は頷いた。

 そして、肌の白い女、黒い女、日焼けした女、髪が長いの短いの、胸が大きいの、痩せたの、と続いていく。

 この市に並ぶ奴隷は、それなりに容姿で選別されているようだ。


 そして、後半に行くほど女性の容姿が良くなっていくように思う。

 これが、序盤で決めてしまわない理由というわけか。

 競りで動く金も跳ね上がっていく。


「十万パタ!!」

「うおーーーっ!?」

「マジかーっ!!」


 今、最後に壇上に立っていた少女を、裕福そうなおじさんがゲットしていった。

 十万とか、最初に競り落とされた子の百倍近い。

 確かにすごい美少女だったなあ。


「彼女は恐らく、ディアマンテの貴族の娘でしょうね。ここ最近、何度かこの国と小競り合いをしていました。確か、女性だてらに将軍を勤めていたとか」


「人質、とかには?」


 俺は聞いてみた。


「身代金ですか。実は彼女は、部下の助命のために棄教しているのですよ。ザクサーンへ改宗しています。もはやディアマンテには戻れないでしょうね」


 お妾さんにする目的で、おじさんはその姫将軍的な美少女を連れて行く。

 人にドラマありである。

 思っていたよりも、この国の奴隷制は人道的なようだから、そう酷い目には遭うまい。


「さて、これで終わりのようですが……っと。あと一つありますね。……あれは、ちょっと不味いかもしれません」


「お?」


 アキムが顔を曇らせる。

 引き出されてきたのは、布を被せられた檻。

 舞台を囲む男たちを、戸惑いの空気が包み込む。


「では、本日最後の売り物は……っと。ええと……え、これ、いいの? 許可もらってるの?」

「いいんだよ! こいつのために、どれだけうちの部下が死んだ事か! 少しは元を取らにゃやってられん!」


 売り主は、人相が悪いおっさんである。

 服装はそれなりだが、身のこなしに隙が無い。

 腕にそれなりの覚えがあるのだろう。


「そ、それでは……。最後の売り物は、なんと! ガトリング山に住まうと言う、炎の蛮族! かの一族最後の生き残りにして、火の悪魔を従える魔女です!!」

「おおおーっ!!」


 どよめきが走る。


「むむむ……!!」


 リュカが怖い顔をした。

 そうだな。

 聞く分には、どこかで耳にした誰かさんの境遇にそっくりだ。


「征伐に向かった傭兵団が、多大な犠牲を出して捕らえた魔女! これを競りにかけます!!」


 今までとは比べ物にならない、異様な空気が場を支配した。

 俺たちはよく知らないのだが、この場にいる男たちは、ガトリング山の蛮族とやらをよく知っているらしい。


 いや、待ってくれ。

 そもそも、何故そんな危ないものを売ろうと思ったのか。

 国に差し出すなりすれば良いではないか。


「これはあれですねえ。国に報酬値上げを要求して断られたパターンですね。腹いせに、魔女を奴隷として売ると。いやー……怖いもの知らずというか、なんというか……。そもそも、魔女は本物なんでしょうかね?」


 アキムは半笑い。

 まあ、大体の連中は司会者の言葉を信じていないようだ。


「魔女なんて言うけどよ。つまり、蛮族の族長の娘とかだろ?」

「競りに出すってことは、可愛いんだろうな!」

「うおー、エキゾチックな魅力かもしれねえ! 堪んねえ!」


 気楽なものだ。

 うちの魔女さまが反応している。故に、あれは本物以外ではありえない。

 正直なところ、この場にいる連中は皆避難した方が良いだろう。


「ではっ! ご覧いただきましょう!」


 檻を覆っていた布が、取り払われた。


 途端、炎が吹き上がる。

 檻を包むように、赤い炎が幾重にも。

 あの布は、炎を通さない構造でもしていたのだろうか。


 これも演出だと思ったのか、男たちが「うおーっ!!」と盛り上がった。

 そこにいたのは、野性的な風貌の少女である。

 両手、両足に黒いよく分からん金属の枷を嵌められ、口にも似たような(くつわ)が噛ませられている。


 動くことも出来ず、声を発することも出来ない。

 だが、憎しみに満ちた燃えるような視線で、場を睥睨していた。

 何もかも、燃やし尽くしてしまおうとする意思を感じる目だった。


「ううっ、助けたいけど、ここだとシルフさんが少ない……」


「うむ、何かあったら俺が担当する」


「そうだね、ユーマがいる……!」


 盛り上がる、周囲の男たち。

 ふと気付くと、彼らの間で、変わった動きをする連中がいる。


 先程まで、一緒になって盛り上がっていた男たちだ。

 それが突然前屈みになって、目線だけを壇上の魔女に向けている。


「さあ、この魔女、幾らで……」


 とまで言ったところで、司会者は何者かにぶっ飛ばされた。

 そこにいたのは、舞台下で騒いでいたはずの男の一人だ。


 目を血走らせ、どこに隠し持っていたのか、湾曲した剣を手にしている。

 それよりも、舞台に飛び上がってきた動き。あれは普通の人間のものではなかった。


「せっ、聖戦士!? いつの間に紛れてやがった!!」


 売り主のおっさんが焦って叫ぶ。

 次々壇上へ飛び上がってくる男たち。重力を無視したような動きである。

 おっさんはぶるぶる震えながら、剣を抜いた。腕に覚えがあるおっさんが怯えるような相手なのか。


 だが、男たちが見据えるのは、檻に入った少女一人のみ。

 少女は強い憎しみのこもった視線で、男たちを見回す。


「ユーマ、助けてあげて。あの子、泣きそう」


「えっ、あれ泣きそうなの」


 そうだったのか。

 感情って難しい。

 俺は反省しつつ、動き出した。


 何かがきっかけになったのか、一斉に男たちが跳躍する。

 剣を振り下ろして、少女を八方から串刺しにしようと。

 吹き上げる炎も気にはしない。肉を焼かれようと、少女を殺すことを最優先しようとする……。


「ふぐぅぅぅーっ!!」


 少女のくぐもった悲鳴が聞こえた。


 俺の背中で。


 虹色の軌跡が壇上に走る。

 ただ一振り、バルゴーンのみが壇上に健在。虹彩剣とぶつかった全ての剣は叩き折られ、男たちは舞台の下へと落とされている。

 舞台へ駆け上がった俺が、大剣を一閃したのである。


「おう、背中あっつ」


 ちりちりと背中を炙る炎が熱い。

 しんと、市場は静まり返っている。


 落とされた男たちが立ち上がる。

 背後で、囚われた娘が息を呑むのが分かった。


「おいおっさん」


 俺は振り返ること無く、売り主のおっさんに声をかけた。


「この女、俺が買おう」

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