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二話 森にて 後編

 水かけ合戦を終え、昼食を済ませた二人はようやく魔法薬の材料採集に取りかかった。

 真昼の森は幾分暑くなってきたが、エルトは薄着になっている上濡れていて、フィアルは肌着の上にエルトの外套を羽織っている(フィアルは肌着のまま採集に出ようとしたがエルトが半ば無理やり着せた)だけ。気になるほどではない。

「足りないのは朽ち木草だ。この先に倒木があったはずだからそこで採れる」

 エルトはそう言って慣れた足取りで森の中を進んで行く。

「主様」

「何だ?」

 後に続いて歩くフィアルは、また無表情に戻っていたが、その頬にはかすかに赤みが差していた。

「先ほどは、その、申し訳ありませんでした。色々と」

「もうそのことは良いって言っただろう」

 そう言ってエルトはため息を吐いた。

「僕も思い出すと恥ずかしい。まあ、なんだ。主従関係であっても、たまにはああやって腹を割って話したりふざけ合うのも、いいんじゃないかな。その辺フィアルはどう思うんだ?」

「主様がそれでもいいとおっしゃるのであれば、私も同じように思います。私は主様の仰せのままに、その一点に尽きます。私に人権を与えて下さるなら、ただの召使いでも、友でも、甘んじてその役割に徹しましょう」

 そう言ってフィアルは歩きながら低頭した。

「いやー、初々しいですなあ」

 その時、森の中から何者かの声が聞こえた。

「誰?」

 フィアルは素早くエルトの前に立ち回り辺りを警戒した。だが、それをエルトが制す。

「盗み聴きとは感心しないな。誇り高き獣の長よ」

 エルトがそう言うと、頭上の木から葉が擦れる音がして、茶色い影がさっと地面に飛び降りてきた。

 二人の前に現れたのは若い獣人の女だった。麻のシャツと毛皮のスカートを着て、頭には狼の耳、尻からは狼の尾を生やし、指先の獣の爪や牙が野性味を際立たせている。

「久し振りだな、シーナ」

 エルトが目の前の獣人に向けてあいさつした。

 すると、シーナと呼ばれた獣人は屈託なく笑って見せた。

「ふふ、そろそろ配達しようと思っていたのに、あんたから来るなんてね。しかもそのハーフエルフ、まさかあんた……」

「言わなくていい。誤解だ。ちゃんと大切に扱っている。あんな血と金にしか興味が無い低俗なやつらと一緒にしてくれるなよ」

「いやいや、あたしが言おうとしてたのは、エルトが嫁をもらったのかと」

「違うよ。あくまで彼女は僕の住み込みの従業員だ」

 そう言ってエルトは一人置いてきぼりにされているフィアルにあいさつを促した。

「初めまして、シーナさん。私はフィアルと言います」

「初めまして。あたしは見ての通り狼型の獣人で、この辺の獣たちをまとめる一族の者だよ。歳はいくつ?」

「十六歳です」

「へえ、見た感じより若いね。ちなみにあたしは二十一だよ」

 そう言ってシーナは手を差し出して握手を求め、フィアルもそれに応じた。

「しっかし、前から人手がうんぬんとぼやいていたような記憶はあるけど、まさかあんたが奴隷を雇うなんてね」

「まあこれも精霊のいたずらというやつだ。深く詮索はしないでくれ」

「相変わらず秘密主義なんだから」

 シーナの口振りからして、二人の泉でのやり取りは知らないようだ。

「シーナ、ちょっと重い呪いを患った客が来てな。朽ち木草が要るんだが、どのくらいある?」

「ああ、あそこのは前に鹿に取られちゃってさ、あんまりないかも。ついて来て。もうひとつポイントがある」

 そう言ってシーナは左に歩き出した。二人もそれに続いた。

「主様。シーナさんとはどういうご関係で?配達とか言っていましたが」

 ふとフィアルが尋ねた。

「ああフィアルちゃん、あたしのことは呼び捨てでいいからね」

「え、しかし……」

「シーナ、フィアルは真面目な子なんだ。口を挟まないでくれ」

 シーナはつまらなそうに頬を膨らませた。

「シーナとは協力関係にある。僕が最低限必要とする基本的な材料とかはシーナにお願いして採ってきてもらっているんだ。だいたい月に一度店まで届けに来てくれる」

 すると、シーナは喋りたくてしょうがないのか話に割って入った。

「いやいや、協力関係なんて水臭いなあ。あたしは親友としてわざわざ調達してあげてるの。そもそもエルト、あたしになにか報酬くれるわけでもないし」

「人間界の話をしてやっているだろう。僕だって好きで世間話をしたりしないのに、お前がいつもせがむから……」

 するとシーナが面倒くさそうに手を振る。

「はいはい。そういうこと言ってるから街じゃろくに友達も出来ないんだよ」

 痛い所を突かれてエルトはぐっと口をつぐんでしまった。

「やっぱり主様って仕事が忙しいからとかではなく、本当に独りぼっちなんですね……」

 フィアルが心底かわいそうなものを見る目でエルトの顔を見た。恐らく彼女に悪意はない、がエルトは二人がかりで追い詰められているような気分になってきた。

「人間は嫌いだと言っているだろう。別に僕はこれで満足しているのだからいいだろう」

 エルトがそう言って視線を前方に戻すと、木々の向こうに一本の倒木が見えた。全体が苔むし、所々朽ちていて、年季を感じさせる。

 先行していたシーナが倒木に駆け寄った。

「さあ、着いたよ。適当に持って行きな」

 倒木には苔やキノコの他に、細長い草が生えていた。その草は不思議なことに葉脈以外は透けていて、草と言うより菌の類に見える。

「助かったよシーナ。じゃあ少し貰っていこうかな」

 そう言ってエルトが倒木に歩み寄った瞬間、突然フィアルがエルトに飛びかかってきた。

「うわっ!」

 エルトはそのままフィアルに横から押し倒され、地面に叩きつけられた。

「何するんだ?」

 そう叫んだエルトは、フィアルがやけに真剣な表情でエルトが立っていた場所をにらんでいるのに気付いて、その視線を追った。

 すると、そこには一本の氷の矢が刺さっていた。エルトは一気に自らの体温が下がったような感覚に襲われた。

「主様、下がっていて下さい」

「一体どうしたんだ?」

 シーナも異変に気付いて身構えた。

「エルフの襲撃です」

 フィアルはエルトの前に立ちふさがった。その視線の先、木の枝の付け根に、犬ほどの大きさしかない女が宙に浮いていた。

 フィアルと同じ銀色の髪に、シルクのような軽そうな衣、四枚の長細い虫のそれに似た半透明の羽。この世界でエルフと呼ばれている種族。ヒトと対をなす自然界の民だ。

「避けられちゃった。優秀なハーフエルフね」

 エルフは冷たく透き通った声色で喋った。

「なぜ私たちを襲うの?」

 フィアルが静かに尋ねた。

「ヒトにこれ以上森の深くまで立ち入らせたくないからよ。とくにテルペイトの人間なんか論外。あなた、この森によく訪ねて来るみたいだけど、いい加減うっとうしいわ」

 そう言ってエルフは片手を宙にかざす。すると、手のひらの先から氷の矢が現れた。

「待て!」

 シーナがエルフに向かって叫んだ。

「こいつは西の森を荒らしている連中とは関係ない。見逃してやってくれ」

「うるさいわね狼娘。ヒトは常に私たちの敵よ。ヒトと交わりを持つ種族には分からないでしょうけど。いえ、ハーフエルフのあなたなら分かるでしょう?あなたはこの辺の出身には見えない。どうせ西から連れて来られたんでしょう」

 話を振られたフィアルはそれでも表情を変えることはなく、両手を前にかざし、「青の障壁よ、守護せよ」と唱えた。すると目の前に青色のガラスのような防壁が展開した。防御魔法を使ったのだ。

「彼は私たちの敵じゃない。この霊草だけ採ったら大人しく引き返す。あなたも帰りなさい」

「おかしなこと言うのね。エルフにとって帰る所はこの森よ。あなたたちが勝手に上がりこんでいるだけよ」

 すると、全く退く様子の無いエルフにしびれを切らしたのか、シーナはその優れた脚力で飛び上がり、エルフに爪を突き立てた。

 エルフはその攻撃をひらりとかわして倒木の上まで降りて来た。

「せっかちな娘ね」

「あんたはさっきからネチネチとうざったいんだよ。こいつはあたしの友人なんだ。客をもてなせないような無粋なやつはさっさと帰れよ」

 シーナは木の上から再び飛びかかろうとしている。

「待てシーナ!」

 エルトがそれを制した。そして目の前のエルフに語り掛けた。

「彼女たちの言う通り、僕はただ採集に来ただけだ。確かにここまで森の奥に立ち入るのは初めてだし、今の人間界の情勢からヒトを遠ざけようとする気持ちは分かる。だが僕は君と争いたくはない。今回は見逃して欲しい」

 そう言ってエルトは鞄の中から一つの瓶を取り出した。中にはハチミツが入っていた。それをフィアルが張った防壁を回り込んでエルフの前に置いた。

「……どうやらわきまえているようね」

 エルフはそう言うとハチミツの瓶を魔法で自分の許へ引き寄せた。

「でもあなたはここの常連のようだから、また来られても嫌ね。せめてその足の一つくらいは奪って……」

 と、エルフが言い終わらない内に、目の前に炎のナイフが突き付けられた。フィアルの魔法だった。

「これ以上私の主を脅かすのなら、エルフとはいえど容赦はしない」

 フィアルの声は平坦としていながら明らかなとげとげしさを含んでいた。怒気とも言う。エルトはフィアルが怒るのを初めて見た。

 さらに後ろからはシーナが狙っている。純粋に言えばエルフが不利だった。

 エルフは観念したようにため息を吐いた。

「仕方ないわね。ここであなたたちを消してもいいのだけど、派手にやって後で仲間たちに文句言われても嫌だし。さっさと街へ戻るのね」

 そう言い残してエルフはハチミツと一緒にふっと姿を消した。どうやら去ってくれたようだ。

「やっと帰ってくれた」

 シーナが木から降りて来た。

「私エルフはあまり好きじゃないんだよね。何考えてるのか分からないし、傲慢ごうまんだし、実際強いからちょっと怖いし」

「はは、あんな強気に出ておいて実は怖かったのか?」

 エルトがからかうように言うと、シーナはエルトの脇腹に強烈な蹴りを見舞った。痛烈な一撃にエルトは思わず地に伏した。

「あんたこの中じゃ一番弱いくせに偉そうなこと言うな!てかフィアルちゃんいなかったらマジでやばかったんですけど」

「いえ、私なんて」

 フィアルはさっといなすように受け流した。あの状況の後で、もう涼しい顔をしている。

「ま……まあ、確かに。フィアルの最後のあれには驚いたな」

 エルトは痛いのをこらえてなんとか起き上がりながら言った。

「今日は泣いたり怒ったり、フィアルの色んな表情が見れて面白いな」

 すると、シーナがまた蹴りの態勢に入った。

「泣いたり……?」

「ちょ、待って!」

「ああ、違いますシーナさん」

 フィアルが慌てて止めに入る。

「それはですね」

「うん」

「それは……」

「それは?」

「……内緒です」

 散々引き延ばされた挙句にお預けを食らってシーナは思わずよろけてしまった。

「ええー。何があったのさー?」

「さ、早く朽ち木草を採って撤収しますよ」

「あ、そうだな。調合も手間だが店に帰ってから仕切りなおすとしよう。とにかく今は早く森を出ないとね」

 そしてエルトは朽ち木に生える霊草を採取し、元来た道を引き返した。フィアルもそれに続いた。

 そして、二人はそっと目を合わせ、どちらからともなくわずかに微笑んだ。

「なんか私だけ取り残されてる!待ってよー!」

 その後ろを、シーナが遅れて追いかけて行った。

 その日の夕方六時、日射火傷の魔法薬は無事男性の手に渡った。

 日常は常に変動する。黒が差したと思えば、どこからともなく光が差し込む。振り返れば、結局それはただの「日常」だったりする。二人はきっとこの先もそうやって互いに慰め合いながら平穏な明日を探すのだろう。荒野の無邪気な子猫等のように。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

この物語は一旦打ち切り、リメイクに入ろうと思います。

この先の二人をどう動かそうか行き詰ってしまい、一度練り直したいのです。たぶん、今まで上げてきた中途半端な作品たちの総集編になるのではないかな、と。それまでどうか待っていてください。

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