【聖典】からの来訪者
ファミレスデート編スタート!
ゴトン。テーブルの上に透明なガラスのコップが置かれた。
コップは室内の蛍光灯に照らされ緑色に輝いている。中に入っているのはメロンソーダ。コップの表面には温度差によって水滴が付着している。その水滴の一つが流れ落ちた時、
「それで、話ってなんだよ?」
席に着いたアオが対面に座る羽曳野奏に質問した。
「君の知りたいこと教えてあげるって言ったしね。約束は守るよ」
そう言って耳に髪をかけ奏はコップにストローをさしメロンソーダを一口含む。
その仕草が妙に色っぽく見えてアオは内心で少し照れる。
先程までは薄暗い月明かりの下でよく見えなかったが、今は蛍光灯に照らされた明るい室内である為、奏の見た目がよくわかった。
艶のある黒髪を肩の上まで伸ばしている。前髪は少し長めに伸ばし、ストローでコップのジュースを飲むときに下を向くと目線が隠れ表情が分からない。色の白い肌と合わせてそれが何処か儚げに見えるが、表情は明るく大きく澄んだ眼には活発な色が灯っている。
対面に座るアオの澄んだだけの硝子のような眼とは対照的だ。
「その前に、まだ君の名前聞いてなかったよね。教えてくれる?」
ストローから口を離した奏は視線をアオに戻してアオに名前を教えて欲しいと言った。
……それにしても。
アオの視線は奏の胸に向いていた。其処には制服を内側から押し上げる塊があった。制服の袖から出ている手や脚は程よく筋肉が付いているがスラリと伸びている為、全体的に細い印象を与える。それが余計に胸を強調して見せている。
だが、アオが見ていたのはその制服だった。
よく見る高校の制服とは違いどちらかというと、黒を基調とした礼服のような印象の制服だった。
「あの〜」
沈黙を不思議に思った奏はテーブルに身を乗り出して、アオの視線を遮り何度も往復させるように手を振る。
「見えてる」
アオは自身の思考を一旦中止し、
「名前必要か」
と返した。すると、うん必要、と奏が頷く。
「アオ」
アオはそれだけ言った。
「それだけ?苗字とかは」
奏はアオの瞳を見つめながら、人の良さそうな微笑を浮かべて続きを促す。
……こいつ、初対面の相手なのに馴れ馴れしいな。
アオは奏が向ける視線に気まずくなり前髪を手で弄る。
「もしかして言いたくない?なら無理して言わなくてもいいけど」
奏はアオの態度を深読みして、気遣いの言葉をかけるが、
「空木。苗字は空木だ。別に言いたくないとかじゃなくて面倒なだけ。あと、人に質問ばかりしてないで早く説明してくれ」
アオは渋々といった態度で答えた。言葉の端から僅かに不機嫌さが滲み出ている。
「あ、ごめんね。話し始める前に名前分からないと話しづらくって。それと、空木さんは私の名前聞かなくてもいいの?」
「路地で聞いた。あと空木さんじゃなくてアオでいい」
「分かった。じゃあ私のことも奏でいいよ」
「分かった、よろしく羽曳野」
バシンッ!
「痛ッ、いきなり何するんだよ」
奏に頭を叩かれたアオが抗議の声を上げる。
「いや、そこはよろしく奏、もしくは奏先輩でしょ?」
「分かった、冗談だよ。先輩ってことはオレより年上なわけ?」
「そう。貴方のその制服岬ヶ原のでしょ。ネクタイの色からするに二年生ってところかしら」
奏はアオの付けている緑のラインが入ったネクタイを指差して言った。
「で、私はその一つ上の年だから先輩なわけ。てことで分かったアオ後輩」
「ああ、分かった。先輩、これで満足か」
「大変結構です」
そう言って奏は笑った。
◇
「じゃあ早速本題に入るね」
「前置きが長かった癖に」
……この後輩、痛いところをついてくるなぁ。まぁ、話し易くなったしいいけれど。
「じゃあ、えーと私このアイスティラミス頼むけどアオくんはどうする?私達ドリンクバーだけしか頼んでないし……あ、勿論私がお金は払うから気にしないで」
奏はメニュー表と睨めっこしながら注文するデザートを選んでいた。そして、テーブルの上にある店員を呼び出すボタンを押して、やって来た店員に注文をしていた。
アオの呼び名はアオ後輩や後輩くん等色々な候補を経てアオくんに決まっていた。
「おい、それより」
「分かってる。アオくんが先ず聞きたいのはさっきの路地であったことでしょ?」
先程までとは打って変わって奏は真面目な顔で話し始める。
「さっきのあの男は、アオくんの思っている通り最近街で起きている殺人事件、その犯人と見て間違いないわ」
ニュースに取り上げられている殺人事件の犯人と見て間違いない。その事実を聞いてアオは、
「やっぱりか、流石にあれが犯人じゃなかったらこの街は危険人物多過ぎて終わってるもんな」
クイズの解答が予想通りだったようなそんな単純な反応だった。
……外での戦闘の時から感じていたけど、あの惨状を見たにしては平然とし過ぎてるんだよね。心がアレで壊れたといった感じでもないし。ただの高校生にしては少し異常よね。
奏は内心でアオの動揺がないことを不思議に思っていた。しかし、それはおくびにも出さず、
「そう、まだ気になってることあるよね」
アオの心を見透かしたように言った。
「なんだよそれ、オレのことでも探りたいのか先輩?」
「別に、そういうことじゃないんだけど、君の口から聞いとかないといけない事なのよね」
アオの問いに特に気を悪くした感じもなく、奏は微笑む。
「気になったことか。じゃあ先輩とあのシャルドネートとか言う男は何者なんだ?どうにも知り合いっぽい雰囲気だったし知ってるんだろ。それとただの喧嘩ってわけでもないよな路地でのやり取り。それに動きも人間離れしてたように見える」
アオは路地での一件で持った疑問を素直に全て打ち明けた。殺人現場に居合わせたことが異常事態ではあるもののそれ以上に、アオにとっては目の前で行われた奏とシャルドネートの戦闘が強く印象に残っていた。
「そうなるわよね。アオくんはちゃん目撃しちゃってたからね」
……あぁ、余計な仕事は増やしたくないけど仕方ないか。
奏は少し含んだような目をしてアオを眺める。アオは今の発言に何か問題があったのか、と眉をひそめ考えるも特に思い当たる節はない。
「先輩、話が見えてこないんだけど」
先程から話の筋が見えない会話が続いているのは確かだ。
「お待たせいたしました」
その時、丁度店員が奏が注文したアイスティラミスを運んできた。それを受け取り、
「それもそうね、確認も取れたし。この問題はアオくんあなたにも関係があることなの」
はぁ、と息を吐くと奏は決心したかのように語り出した。
「アオくん、先ず私とシャルドネートについて何者なのかという問いに答えるわ。最初に言っておくけれど、私は事実しか話さないから貴方が理解できなくてもそれは本当のことだから。勿論、貴方はまだ部外者だから全ての事を話すことはできないからそこは了承しておいてくれる」
「分かった。オレに構わずに事実だけ告げてくれ。この会話に何の意味があるのか知らないけど」
アオの言葉を受け取った奏は真面目な口調で語り始めた。
「私、羽曳野奏とシャルドネート=シュタイナーは【聖典】と呼ばれる組織に属する、『式典奏者』と呼ばれる存在なの。正しくはシャルドネートに関しては元『式典奏者』ということになるけどね」
と言うと、アイスティラミスをスプーンで一口掬い口に運ぶ。あ、美味しいですね、と声を漏らしたあと、
「コホン、それで式典奏者という存在は簡潔に言うと人間に害をなす存在から人間を守るモノなの」
わざとらしい咳払いで誤魔化してから、自身の存在を打ち明けた。
「式典奏者ねえ、それって具体的にどういうものなんだ?」
式典奏者、それは、人間に害を成す存在から人間を守るモノ。だがそれは単純に犯罪者から人間を守ったりする訳ではない。彼らが主に何から人間を守るのかというとそれは、
「式典奏者はね、人間以外の存在から人間を守るの。具体的に言うと、人間以外の魔を有するもの、または人類種自体に牙を剥く存在から人間を守る為に、その外敵を抹殺することが使命なの」
「魔を有するもの?」
とアオはその言葉の意味が分からず説明を要求した。
「そうね、前提としてこの世界にはそういう力があるのよ。一般的に魔術とか魔法とかそういうファンタジーじみたことができる力があるの。その力を使える者は『魔を有しているモノ』と呼ばれるわ」
そこで奏は一旦言葉を区切る。そして、続けて大丈夫かとアオに目で訴える。
ファミリーレストランという何気無い日常の空間で、アオはいきなり訳の分からない話を聞かされたが、実際に自分の眼で視た事実があったからかはわからないが、アオは動揺せずに話を聞いていた。
奏の視線にアオは、
「先を続けて」
と言った。アオの中では既にこの話は真実として対応する心の準備が出来ている証でもあった。
そして、奏は再び語り始める。
◇
この世界には物理法則ではない、この世の現象に干渉し事象を操作する力がある。その力を人は魔術や魔法、または法術と呼んだ。
人間はその昔、物理法則に従わない不思議な力を扱う存在を目にし、その力が何故存在するのかを永きに渡り研究し、一つの、仮説を立てた。
物理法則に干渉するという性質から推察し、実験した末に人間は物理法則が存在する世界の上位に法則界と呼ばれる、異なる法則を内包する世界があるという仮説を立てたのである。
その仮説を下に、魔術は魔を有する者にのみ行使できる事を突き止めた。その魔と呼ばれるものは、即ち『魂』だ。
魔術とは生命が棲息する、物質界を、支配する物理法則に干渉する術であり、その発動は『魂』を有するものだけが行える。
魔術とは物質界に存在する法則力の残滓、浮遊法則力を用いて物理法則に干渉し、現象を操作する。『魂』とはその法則力を操る為の器官であると推測した。
法則力とは、法則界に満ちている無数の世界を形作る法則であるが、なんの形も得ていない無色なモノである。それが『魂』によって操作され、物質界の上位世界である法則界に溢れる法則力を任意に変化させ、物質界を侵食する法則とし、現象に干渉し上書きする。
羽曳野奏、彼女が所属する【聖典】の組織はその力を使い、同じように魔を有する人外から人間を古来から守ってきたのだという……。
◇
「というのが、まぁ事実な訳」
そう言った奏の前には空になったデザートの皿が四枚重ねられていた。
……こいつ、今の内容の話しながら店員呼ぶとか、はたから見たら頭おかしい奴だと思われるだろ。
そんな事を思いつつも、アオにとって奏から得た情報は今までの常識を覆すものだった。魔法とか魔術といった作り物だと思っていたようなことが現実にあるということは俄かには信じ難いが、自身の眼で視て話を聞いて既にそれを疑う余地はなかった。
「私、話の前にアオくんに関わりのある話って言ったわよね」
「ああ、言った。今のは確かに関わりのある話だったが」
アオが住むこの世界の話だ、当然関わりの度合いで言えば密接といって差し支えない。しかし、目の前の『式典奏者』が言いたいのはそこではなかった。
「貴方を襲ってきた、シャルドネートはもう一度貴方の前に現れるわ。確実に」
断言する。もう一度お前の前にあの殺人鬼が現れると。そもそも、アオが此処に来ることになった原因もあのシャルドネートという青年に出会ってしまってからだ。
「そうなのか、それは困るんだが、先輩ってそれをなんとかする為に来てるんだよな」
「勿論その為よ。でもアオくん、貴方はこれから一人で出歩いて私があの男を倒す前に、殺されないと思ってるの?」
それはほぼ不可能だろう。いつ何処で出会うかも分からない相手から対抗手段のない人間が無事で生きていられるわけがない。
「だからね、ここから取引をしたいの。【聖典】はね、今言った様な本当のことが多くの人に広まることを良しとしてないの。無用な混乱や争いを生むことがあるからね。万が一それが知られたり見られたりしたら」
「殺すとかいうのか」
先を想像したアオが言った。大体、秘密を知った人間には選択肢が限られている。その記憶ごと抹消されるかもしくは、
「ええ、一つは記憶の焼却、でも他に選択肢はあるわ。アオくん貴方も【聖典】に所属して秘密を共有するの」
秘密を共有して、共犯になることだ。
アオはその発言に流石に驚き正気かと、呟いた。
「ええ勿論よ」
その発言は完全に本気だった。アオは逃れられない運命に巻き込まれ始める。
次回は聖典の話とか色々と




