『血損』
二話の三話
アオは路地裏にあった女生徒の死体とそこに佇む金髪の青年に遭遇した。
『きみも解体してあげようかお嬢さん?』
そして、青年の手が突き出された。
目の前に迫る青白い手、それが手刀に変わり突き出された。
風を切る音。高速で突き出される手刀を、アオは反射的に手を手刀に合わせ受け流すように回避した。
◇
金の髪の青年は瞬きも許さぬ速度で腕を伸ばしてきた。
「……!」
アオは反射的に自らの左手を突き出された手刀の力の向きに逆らわず右後方へと押し受け流していた。
……危なかった!今の殆ど見えなかったぞ。それにこれはマズイ。
アオが躱せたのは運が良かったのだろう。もしその時に瞬きをしていたのなら確実に胸を貫かれていたと思わせる速度であった。
「なにィ?今のを避けるかね、普通……まさかお嬢さん、君は」
青年はアオの正体に心当たりがあるような言を発し、確かめるように、再度手刀を繰り出した。
……マズイ。
アオは青年の攻撃の気配を感じ手刀が突き出される前に後ろへ飛び退いた。受身を前提としない決死の無様な跳躍だが、次の瞬間には、アオの胸があった位置に手が突き出されていた。
「嘘だろおい、手加減とはいえ『血損』の攻撃を二回も避けるか普通?まぁ、それでも今のでお嬢さん、君の底は見えたも同然だけどね」
今の無様な飛び退きを見れば彼我の差は歴然だった。手加減の二度打ちに全力の退避。そして、アオは今受け身を度外視した飛び退きで体勢が崩れ、路面にしゃがんだ状態だ。
「今の動きならこの先修行を積めば将来は中々の式典奏者になれただろうに残念だねぇ」
青年の悲しむような表情を浮かべ、しかし、でも、と続けた。
「君より若くて優秀な子だって沢山いる、所詮は此処で終わる程度だったというわけだ。だから悲しむ必要も、怖がる必要もないよ。そして、君の人生を痛がる必要もない。十分だ、なんせ君には」
“僕の作品となるという最高の栄誉が与えられるのだから”。
囁いた金髪の青年は、踊るように身を滑らせこの胸に右腕を突き刺し、
————爆ぜろ。
アオの胸に突き刺さる寸前に投擲された剣に阻まれた。
投擲された剣は爆発と共に弾け飛び、爆風に巻き込まれたアオはそのままアスファルトの路面を転げ回る。
青年は剣が爆発する寸前で後ろへ飛び退き、爆発からは逃れていた。アオと青年の距離が開く。
「チッ、誰だ?」
青年の苛立ち混じりの声が響く。同時に青年には今のが式典の術式と呼ばれる異能であることが理解できた。
「巷の事件、やはり貴方の仕業でしたか『血損 』シャルドネート=シュタイナー」
その声に反応して青年が視線を巡らすと其処には手に剣を提げた女性がいた。
「お前は、」
青年が驚愕と共に呟く。そして、そこに続く言葉を目の前の女が告げた。
「私は、聖典の階梯第七十二位。式典奏者、羽曳野奏」
“久しぶりね血損”と切れた街灯の下、月明かりに照らされた女は微笑んだ。
女はツカツカとアスファルトの路面にブーツの足音を鳴らしながらアオに向かって歩いていき、そして手を差し出した。
「大丈夫?怪我してない」
「ああ」
アオは突然の出来事に戸惑いながら短く無事だけを告げた。今はそれより、大事なことが残っている。
「良かった。じゃあ少し此処でじっとして待っていてくれる?」
そう言うと女は答えを聞かずに振り返った。
「邪魔をしてくれたな羽曳野奏。丁度いいお前も此処で解体してやるよ。薄汚い式典奏者」
女の視線の先、其処には金髪の青年は突然の女の乱入に憤っていた。
「解体してやる、ではなく、解体されてやるの違いではなくて、元聖典の式典奏者さん。貴方は聖典の執行対象です。私が此処で抹殺します」
アオに攻撃を仕掛けてきた青年はシャルドネート=シュタイナー、俗に『血損』と呼ばれる、聖典と呼ばれる組織の執行対象だった。
「いいだろう、益々此処で解体したくなった。それと、私は聖典の階梯第七十一位、ああ、全く忌々しいが式典奏者としても私の方が勝っている。お前に勝ち目などない。奢るのも今のうちだ」
シャルドネートは笑みを浮かべた。巷を騒がせた殺人鬼、その笑みは正に殺人鬼として相応しい狂気に満ちた貌。だが、
「チッ、やっぱり止めだ。だが後で必ず解体しにいく。そこのお嬢さん君も必ずね」
シャルドネートは不気味に青白く照らされた相貌を歪ませそ、路地裏の暗闇へ素早い身のこなしで退避した。
「待ちなさい!」
羽曳野奏は後を追うも既に其処にシャルドネートはいなくなっていた。あるのは行き止まりの壁だけだ。
路地裏を出た羽曳野奏は空を見上げる。空は既に白み始めていた。
正面に視線を戻す。其処には先程シャルドネートに襲われていたアオがいた。
「アイツ、消えたのか?」
ところどころ制服が汚れているものの目で見て目立つ怪我はない。
「そうね、取り逃がしちゃったみたい。あなた、岬ヶ原の生徒ね。明日用事ある?」
「いや、ないけど」
奏は、なら丁度良かったと手を合わせて喜んでいる。
「じゃあ、今からファミレス行きましょ。ファミレス。好きでしょ高校生なら」
「オレはあまり行かないけど」
交友関係の極端に狭いアオには縁の無い場所だった。
「うそ、高校生ならファミレスが好きって相場は決まってるものよ」
奏は不満そうに口を曲げながら言い、そして続けた。
「それに、あなたが気になってること教えてあげるから」
奏はアオの手を取って、片目をつぶってねっ、と念押しし、
「分かったよ。どうせ明日暇だし」
アオは押しに負けた。
午前五時過ぎ、アオと羽曳野奏は朝のファミレスへと向かうこととなった。
次からはファミレスデート編スタート




