果て
完結できるように頑張ります。
火花がけたたましく鳴いている。次いで鉄がぶつかり合う音。
場所は何処かの校庭のようだ。背後には五回建の校舎が見える。
オレは打ち付けた剣を引き戻し次に来る一撃を全力で迎え撃つ。
目の前には背の高い男がいる。手には細身の剣。暗くて分かりづらいが刀身に何かの意匠が施されている。
其奴とオレは打ち合っていた。
全霊をかけた一撃を奴は何事もないかのように片手で受ける。いや、事実奴にとってこの程度の一撃、どうということはないだろう。相手は片手。こちらは全力を尽くした剣戟を奮う。
だというのに、こちらは奴の剣を受けるだけで精一杯。寧ろ奴の剣に押されている。
ジリジリと剣が擦れ合う。押されかかってはいるものの未だに拮抗状態を保っているのは奇跡に近い。
剣戟が始まってからずっと腕には途轍もない負担がかかっていた。
軋む両腕。軋む身体。再び奴の剣が振るわれる。
尚も片手。動作は優雅に緩やかに見えて、その実、その速度、疾風をもってして触れること叶わず。
其れを受ける。いや、相手の剣ごと打ち砕く勢いで打ち込む。
元より受けるなんてことが叶う相手ではない。全霊をもって打ち込んで初めてそれが奴の剣を受けた事に成るだけの話。一度でも手を抜けば次の瞬間には奴の剣がオレの骨を断っているというイメージがある。
瞬間、迸る衝撃。身体を駆け巡る其れは閃光の如く骨、血管、神経、身体の隅々まで一瞬で到達し貪り尽くす。
出口を持たない病魔は散々身体を犯して霧散する。痙攣しそうな脚を踏ん張ってなんとか転倒しそうになるのを堪える。
打ち込むたびに奴の剣戟が身体全体を蝕んでいく。
奴はオレに防がれた剣を即座に戻しすぐに次の動作に移る。何処までも無駄のない動き、見惚れそうになる程の剣裁き。
そんなオレの無意識な隙を貫くかのように奴は既に神速の突きを放っていた。
速い。
確実に心を穿つつもりで放たれた一撃に、遅れながらもなんとか反応する。
そして、何度も剣を退けて疲弊した身体で辛うじて奴の剣を逸らす。
擦過した鉄が火花を散らす。
痺れを通り越してもはや熱の塊と化した腕が尚、圧倒的な衝撃を受けて痛みを感じる。
突きはそのまま急所を逸れて肩口を深く抉った。
「づ——ハァハァ」
朱が地面に咲く。肩の傷を気にする暇はない。熱のような両腕にさらなる燃料が投下される。
傷は深い、が剣を握ればたしかな手応えを感じる。
幸い、腕は問題なく駆動する。まだこの身体は戦える。
返す刀で奴は首を刎りに来た。
オレの前方左斜め前、突きから流れるように身体をオレの正面に向けた奴の攻撃を今度は油断なく迎撃する。
「ハッ、」
両腕を振るう。何度目かの交差を経てなお、奴の動きに衰えはない。こちらは上がる息を整える暇もなく、奴の剣に対応するしかない。
満足な酸素を得られない身体を補うかのように心臓が激しく鼓動する。
奴が動いた。沈み込むようにして首への一撃を防ぐ為に僅かに空いた胴を一瞬の隙に狙いに来る。
再びの剣戟。奴は片手。衰えない身体で振るわれた剣に力を振り絞って剣を当てる。
甲高い鉄の音。無理な体勢から辛うじて奴の剣を防ぐが、身体の軋みが一層増していく。
そんなことは考えなくていい。
しかし、奴が難なく振るう剣戟一つに此方は全てを出し切る勢いで応じなければ話にならない。これでは圧倒的に分が悪過ぎる。
いつか、この剣戟は終わりを迎える。
打ち合う前から分かりきっていたことだ。
——目の前の此奴とはこれまでに何度も剣を交えていた、それ故に脳裏に焼き付いた死のイメージが拭えない。
そう錯覚する程に奴の剣は苛烈で一分の隙もない。初めて剣を交えたにも関わらないのに、そう思わせる程、奴の一撃一撃がオレの脳に深く刺し込まれる。剣戟の終わりが明確にイメージされる。
——だが、それでもこの敵と打ち合えている。幾度も挑んでは殺された、何度打ちつけようが決して打ち破ることの出来ない男にオレは今、打ち合えているのだ。
その喜びだけで壊れかけた身体は動き続ける。全ての剣を全身全霊を懸けて打ち払った身体はもはや無事でいる箇所はない。それでも、迎え撃つ。一撃毎に己を擦り減らしながら対抗する。
オレが普通に打ち合っても勝てない男にオレは全てを懸けて無理やりに対抗する。
限界を超えた駆動。剣を振るう度に自身の身体が壊れていく、だが喪失感などもはや無い。
今はただ、この身体が限界を超えて動いてくれる喜び以外浮かばない。
筋肉は断裂し、骨は軋み、ヒビ割れ、剥がれ、関節は擦り切れる。
それでも、身体は死に向かう己をオレに預ける。
それでまた打ち合える。けれど、奴と打ち合う為の代償は残り少ない。
奴は剣を振り上げた。瞬きすればその闇から二度と還ることはない、余りにも速い剣。
残された交差はこれが最期、無意識にそう思った。
——そこでオレの意識は消失した。
頑張ります!