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かりそめの花嫁は斯く語りき  作者: 宮城まお
誰がために鐘は鳴る〜私が花嫁ってそんなのアリ!?〜
9/9

解き明かされた世界の秘密

ユウに部屋の奥にひっそりと設けられたテーブルを案内される。申し訳程度に木製の椅子が二脚用意されており、食事を取るというよりも物を調べる時に使いそうな簡素なものだ。

私は綱を渡るように、そろりそろりと気を使いながら本の合間を縫って歩く。

ユウは椅子を引き私を座らせると、どこかにふらふらと消えていった。私は椅子に座って部屋の中をぐるりと見回す。


乱雑に積まれた本の山はよく見てみると、それぞれが規則的に並べられている。

『ヴィカラーラ国の歴史』『世界の成り立ち・伝承』これは、歴史の本だろうか。

かと思えば、『新訳・枕草子』『三国志』『マクベス』これは、物語の類。それも、現実世界の物だ。


「紅茶でいいかな。」

どこから帰って来たのだろうか、ユウは花柄のティーカップを2つ手に持っている。

ティーカップからは豊かなダージリンの香りがする。

そういえば、私、ここに来てから落ち着いてお茶だって飲んでなかった。


「ありがとう。・・・はぁ、温かいものを飲むとホッとする。」

「それはよかった。僕は日本茶よりも紅茶派なんだよ。ああ、中国茶は苦手だ。」


はっとして顔を上げた。

この世界に来てから抱いていた、言葉にならない違和感の正体はこれだ。

お城は西洋式、かとおもえば身につけている服は中国風、それから城に並べられた骨董品は日本刀に西洋の甲冑。私が元々いた世界、つまり現実世界から持ってきて、無理やりに繋げ合わせたようなツギハギの文化。この世界が独自に造成した「文化」はないのだろうか。

例えば、お茶をひとつとっても、日本に日本茶、中国に中国茶があるように、この国独自のお茶があってもおかしくないはず。


「ねえ。ユウ」ーー私の言葉を無視して、ユウは続けた。

「今日は慌ただしい一日だったようだね。黄昏はちょっと危なっかしいところがある。あれは、彼なりの夜半への反発の仕方なんだよ。それに、鶏鳴。鶏鳴は見かけは少し中性的、というよりよく女性に間違われるんだけれど、中身は誰よりも男らしい。いや、男らしさにこだわっている。」


ユウは饒舌に語る。なんで私の一日を知っているんだろう。

私の顔をちらっとみて、灰皿の底にタバコを押し付ける。乱雑な部屋だけれど、灰皿だけは新品のように清潔だ。


「で、どうだった。君みたいな子には少し刺激が強い一日だったんじゃないのかな。」

「ーそうだけど。私が」

「出来の悪い模造品みたいだろ、この世界は。そうだよ、僕たち独自の文化たらしい文化はない。この世界の基本は君達の世界だよ。」

「ねえ、なんで私の考えていることがわかるの。」


喉から出た私の声は、緊張の色が滲んでいる。そして、初めて私が緊張していることに気づいた。

深層に近づいている。知ったら引き返せなくなる気もするけれど、一度顔を出した好奇心は止まらない。私は薄氷の上を渡るような気持ちで耳を澄ます。

もう一本。彼はどこかから取り出した銀製の大袈裟な装飾のされたライターを取り出すと、タバコを燻らせた。


「ひとつ、10年前に来た巫女もそう言ったから。君達が持つ違和感の正体は予想がつく。ふたつ、僕が十二神将で『千里眼』の能力を持っているから。みっつ、巫女と中途半端に交わったからだ。」

「巫女と交わった?」

「そうだね。さっき話すといった、この世界と巫女の仕組みから話そう。昔話を交えながら。」


ー巫女は僕たちの世界の希望であり、権力の象徴だ。


ヴィカラーラ国のある世界、私が異世界と呼んでいるこの世界は大きく4つに分けられている。

ヨーロッパ大陸、中国大陸など私たちの世界で置き換えると大陸に相当する区分だ。

北のヴィカラーラ国、南のマホーラガ国、東のチャトゥラ国、西のインドラ国。

それぞれの国は富を奪い合い、政治的な駆け引き、小さな紛争を繰り返している。

しかし、大きな戦争に発展せず、概ね平和に暮らしていけるのは歴然とした『力』の差があるからだ。


ここで、ユウは「ここが君達の世界と大きく違うポイントだ」と付け加えた。


4つの国に12人『十二神将』と呼ばれる特殊な能力を持った人間が存在している。力の種類は12種類。これは、過去を遡っても例外はない。そして、力を持った人間が死ぬと、次に生まれてくる誰かに受け継がれる。もちろん他国の新生児に受け継がれる可能性もある。

だから、どの国に、何人の能力者がいるかはその時代によって異なるらしい。


そして、その者たちは本来の名前とは別に字名あざなを持つ。

今現在、ヴィカラーラ国には夜半やはん鶏鳴けいめい黄昏こうこん哺時ほじの4人がいる。字名はわからないが、他国にはマホーラガ国に4人、チャトゥラ国に2人、インドラ国に2人といった具合だ。


ーーつまり、夜半も鶏鳴も、アダ名ってこと!?なんだか、話が難しくなってきた。この世界はなんとも複雑で、けれど簡単な仕組みで力の均衡が図られているらしい。


「だから、今のヴィカラーラは豊かだ。だけれど、マホーラガも同じ人数の十二神将がいる。ヴィカラーラとマホーラガはあまり良好な関係ではない。そこで、君、巫女が登場する。」

「私?この話に絡んでくるの。ちょっと想像がつかないけど。」

「そう。君達こそが鍵なんだ。」

ユウは一口紅茶をすすると、真剣な眼差しで続ける。


「伝説では、私たちの国は『願い』で出来ているとされる。願いとは何か、それはわかっていないが、僕はそれを研究している。まぁ、君達の世界でも同様だろうけれど、世界がなぜ・どうやって出来たのか、その答えを探すのは簡単なことではない。今の話は余談だけれどね。

君達巫女は「願い」を異世界から運ぶとされている。巫女は不規則な時代・場所に何の前触れもなく現れる。決まっていることは、少女であること、清らかな少女であることだけだ。」


ポカンとした顔で眺めていたからだろうか。私の顔をみて、ユウは小さく笑う。

タバコを手の先で弄ぶと、小さく灰が舞う。


「つまり、巫女は処女でないといけない。」


長い前髪に隠れた蒼い目が、きらりと不敵に光る。

まるで獲物を狙う狼の目に宿るそれのように、野生的な光だ。しんとした部屋に、ユウの低い声が小さく響く。ドキドキしてしまう程に妖艶だ。


「巫女と結婚した、つまり交わった能力者は大きな力を得る。得られる力はその国の栄枯を左右するほどの強大なものだ。巫女と交わった者、僕の知る限り王以外の例外はない。つまり巫女を妃とした王のいる十二神将のいる国は、長い間栄え、神の御加護を得る。」


ーーそれが、私が『花嫁』と呼ばれる所以ゆえん

しかし、ふと疑問が湧く。つい数十分ほど前に明かされた、ユウの元恋人である巫女のことだ。


「だけど、私の前にも巫女が来たんでしょ。」

「交わらなければ帰れるんだよ。あちらとこちらを繋ぐ道は処女であれば通れるんだから。」

「じゃあ、その子は帰ったの?」

「そう、帰った。僕が手を引いてね。鶏鳴が君に試した方法は、僕のそれだ。僕が彼に教えたのだから。巫女との肉体的な繋がりを持ち、ここへ来た際の呪文を然るべき場所で唱える。彼女は聡明だったし、何より運が良かった。覚えていたんだよ、ここへ来てしまったきっかけをね。」


ーーーだから鶏鳴は私にキスをする必要があったんだ。

変態扱いしてしまって申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。怒っているかもしれないが、次に彼に会った時には一言謝りたい。


「僕がここに幽閉されているのは、いや、幽閉なんて言っては失礼か。夜半の温情でこうして城に残れているだけでも、感謝しているんだ。ああ、そうだった。僕はね、本来であれば王と結ばれるはずの巫女のことを好きになってしまった。その時、夜半は8歳だった。彼女は16歳でね、私と同い年だったんだ。すぐに仲良くなった。幸いにも、彼女も僕を好いてくれた。

だからこそ僕は、彼女を夜半に盗られてしまうのがすごく嫌だ。夜半だけじゃないさ、他の国の十二神将に狙われる可能性もあったし、現にその兆候もあった。だから、逃したんだ。」


「そう。その気持ちはなんだかわかる気がする。」


「誰かに盗られるくらいなら、もう会えなくたっていい。そう思った。けれどね、こうして10年経って思うんだ。もう彼女を見られないくらいなら、夜半でも、誰でもいい。誰かと結婚をして、幸せに暮らしている彼女を見ることができれば、それで僕は幸せだったんじゃないかってね。」



私は黙って冷めた紅茶をすする。なんて声をかけて良いかわからないほど、ユウの顔は後悔の色に満ち満ちていたからだ。表情が、声が、悲痛な叫びをあげていた。彼女に会いたいと。












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