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かりそめの花嫁は斯く語りき  作者: 宮城まお
誰がために鐘は鳴る〜私が花嫁ってそんなのアリ!?〜
8/9

世界の越え方

「鶏鳴、私、信じてたのに。今まで私のこと騙してたの!?信じられない!もしかして、この国のスローガンは子孫繁栄!?幸せ家族計画!?」

私は向き合う位置で、鶏鳴の肩を拳骨で叩く。鶏鳴はその間されるがままになっている。


「…違う。確かに、桃が私を女と勘違いしていた時はからかってやろうって思った。だけど、こうしたのには理由があるんだよ。」

喉の奥から絞り出したような声だ。鶏鳴の表情に嘘はないように思えたけれど、それでも彼をなじるのを止められなかった。

もちろん鶏鳴が私のことをからかっていたことも腹がたつのだけど、こうして『帰れない』という事実を目の当たりにすると、急に現実が重くのしかかってきたのだった。気が動転している、という表現が今の私にはぴったりだ。


「嘘!どうせ、世界に戻る方法っていうのも嘘なんでしょう!?返してよ、私の青春!それに定期テストはどうなるの。受験は!?家族だって…」


『受験生蒸発!受験のストレスか!?噂の黒い交友関係』の見出しが頭の中の地元紙の一面を飾っている。女手一つで私を育ててくれた母が取り乱す姿が容易に想像できた。私は頭を抱えてしゃがみこむ。


鶏鳴が蚊の鳴くような声でごめんと呟いて、小さな声で続ける。

「夜半様なら、桃を戻すことができる。」


その声があまりに悲壮感で満ちていたから、その可能性は薄いと理解できた。

私はとうとう戻る方法を失ったんだ。

「そんなの無理じゃない!だって、巫女ってすごく大事なんでしょう!?そうやすやすと帰してくれるはずない!」

天部殿の中はドーム状になっているから、私が一人泣く声が反響し続ける。




「鶏鳴。その煩いの黙らせてくれ。ビービー泣かれると頭に響く。」

「夜半様・・・」

鶏鳴のその声から、彼の今にも泣きそうな表情を想像するのは容易かった。やはり、眉を八の字にしており、元々の垂れ目も相まって、本当に気の毒な顔をする。普段は凛々しい美人だけど、今の鶏鳴は儚げな愛らしさまで醸し出している。

やっぱり女の子に見える。ただし、ボーイッシュではあるけれど。


私はさっきの噛み付かれたようなキスを、真剣な眼差しを思い出す。

ーー顔で目玉焼き焼けそう!この世界に来てから不本意ながらドキドキしっぱなしだ。健全な女子高生には刺激が強すぎる。ってこんなこと考えてる場合じゃない!


夜半は落ち着いた声で続ける。鶏鳴にいい含めるように、ゆっくりと。それに、いつもより更に低く落ち着いた声だった。

「俺はお前の間違いを責める気はない。巫女であることが大事なんだ、別にこいつじゃなくてもな。こうして巫女を連れてきたのだから、お前は仕事を全うしたことにかわりはない。感謝している。巫女が気の強い可愛げのない女だったとしてもな。心配するな、自責して桃を元の世界に帰す必要はない。桃、行くぞ。」


夜半は鶏鳴の返事を聞く必要もない、というように私に声をかける。そして同時に、座り込んだままの私に手を差し伸べる。もちろん、捕まってやる義理はない。じっと夜半の切れ長な目を睨む。


「イヤ」

夜半は舌打ちをすると私の背中の方から脇腹までぐるりと腕を回して、そのまま持ち上げた。

完全に夜半の肩に担がれている。


「ちょっと、やめてよ!下ろしなさいよ!こんな米俵抱えるみたいな持ち方して!ばか、ちょっと!」

両足を大きくバタつかせる。

「クソガキ、少しは大人しくしろ。」


はあと夜半が盛大なため息を吐くと同時に足が動かなくなった。

最低!魔法で動けないようにしてる!?


「この変態!ばか!私だってあんたみたいな、鬼畜は願い下げよ!ねえ、夜半なら私を元の世界に戻せるんでしょう。お願い、かーえーしーてーー!!」

とうとう口が開かないようになり、魔法使うなんて卑怯よ!と言ったつもりだったが、全て「んー!」という音に代わり、私はとうとう口をつぐんだ。


しかし、私の心の中の炎はごうごうと大きな音を立てて燃えている。

ーーあとで見てなさいよ!絶対に、絶対に私は自分の世界に戻ってみせる!

これ以上あいつらの好きなようにはさせない!どんな手を使っても。

そう、夜半が自分の意思でなら私を元の世界に帰せるのだとしたら。

ーー夜半が私を好きになれば、言うことを聞いてくれるかもしれない!

私は決意を胸に秘め、一人うんと頷いた。







私たちは、宮殿の横におまけのように建てられた小さな小屋の前に立っている。私は荷物のように抱えられたままだ。小屋といっても、あくまで宮殿と比較するとという意味で、恐らく私が住んでいる3階建のアパート程度の大きさはある。


哺時ほじ、いるか。」

「ああ、夜半だね。来ると思ってたよ。入って。」

私は、地面にゆっくりと降ろされる。小屋を守る頼りなさげな木製の扉はひとりでに開く。

中は、本、本、本の山だ。その本の間を縫うようにして、一人の男の人が歩いてくる。というよりも、本の海をようやと泳いでいるように見える。私たちの前に現れた哺時の前髪は伸びに伸びていて、その隙間からかろうじて切れ長の瞳が見え隠れしている。


「ああ、その子が巫女か。まだ子供じゃないか。」

白衣のような服からは、染み付いた煙草の香りがする。

「今日儀式を執り行う予定だ。」

「へえ。それはまたかわいそうに。同情するね。」

「だから、お前のところに連れてきた。桃に、教えてやってほしい。」

哺時と呼ばれる男の人は、これまでこの世界で見た誰よりも大人だった。(夜半のお父さんは除くけど)


「僕に?そんな大事なことを任せていいの。だって、僕は前科者だよ。」

哺時は自嘲するようにフンと小さく笑った。

「それはそれだ。今度は同じ間違いはするなよ。シャレにならない。俺でも守ってやれない。」

夜半は苦い顔をして吐き出すように言う。余裕のない顔をする夜半を初めて見た。へえ、こんな顔もできるんだ。私がじっと夜半を眺めていると、哺時が口元を緩めた。


「そうだね。さぁ、お嬢さん、中に入って。」

「桃、俺は準備があるから城に戻る。誰かさんが余計なことを仕出かすから、仕事が進まない。いいか、くれぐれも哺時には気をつけろ。これまでみたいに変なことをされそうになったら、俺を呼べ。」

「ふうん。随分と心配性なんだね、まるで恋人のようじゃないか。」

バカバカしいと言わんとばかりに、夜半はフンと鼻をならすと足早に城に戻っていった。


「僕は哺時。君達風に言うと、職業は図書館の司書のお兄さんってとこかな。年は27。以後、お見知り置きを、巫女様。」

そういうと、哺時は恭しく礼をしたのだった。その時にうず高く積まれた本に体をぶつけて、さらに部屋が悲惨な状態になった。


「よろしく、哺時、さん。」

「夕でいい。それが本当の名前だ。この世界で本当の名前を晒すのは、敵陣の前で裸になるのと同じだ。体を操られてしまうからね。ユウ、と呼ぶのは二人きりのときだけ、いいね。」

哺時、いや、ユウさんは口元に人差し指をあてる。


「ユウさん。」

「ユウでいいよ。それより、君はどうしてここに来たのか、巫女とは何なのか知りたくないかい。もっとも、それを教えるよう夜半に言われたんだけど。だけどね、僕は命令をきくのが嫌いなんだ。ー僕が、君を気に入れば、教えてあげてもいい。」

私に言い聞かせるように、ユウさんはゆっくりと慎重にそう言った。


「まずは、僕の身分を明かそう。僕は10年前に現れた巫女の恋人だ。いや、元恋人かな。何分、彼女は今この世界にいないからね。今から話すことは昔話だ。わかったね。」


ユウはそう言って、前髪を書き上げる。煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を肺に含める。よく見ると彼の目はオッドアイというのだろうか、両目の色が違う。その目を見て一瞬息をのんだ。左目が深い蒼色だったからだ。ほかでもない夜半のそれによく似ている。

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