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かりそめの花嫁は斯く語りき  作者: 宮城まお
誰がために鐘は鳴る〜私が花嫁ってそんなのアリ!?〜
2/9

賽は投げられた

百瀬桃ももせももの夜は長い。

いや、日本全国の高校三年生 の夜、とりわけ夏の夜はーと言った方がいいだろうか。高三の夏ともなれば、受験という名の戦争の火蓋は切って落とされ、定期テストに模擬テスト、そして待ち受けるセンター試験。現実は牙をむいて襲ってかかる。

私はそんな現実と戦うべく机に向かい、歴史の教科書を広げて唸っていた。


明日は定期テストの初日。午前中に世界史、国語、英語のテストが控えている。

記憶力が良いとは言えない私が、起死回生の一手を図るのならば、それは「一夜漬け」に他ならない。

大丈夫、テストが終われば午後は休みだ。それまでの辛抱!がんばれ、私!!。



「あー何だっけ。この皇帝の名前。そもそもローマの皇帝の名前って、日本人の私には長い!長すぎ!だから、問一の答えはーーーディオクレティ・・・ルキウス?ドミティ・・・あー無理!思い出せない!」


シャープペンを机の上に投げ出して、軽く伸びをした。背中から小さく骨が軋む音がする。

欠伸をしながら、ふと机上の時計に目をやると、長針と短針がちょうど12を指していた。あと7時間後には家を出ないといけない、そう思うと途端に集中力が切れた。


「もうやってらんない。ぜんぜん捗らないよー。」


そういえば、親友はまだ勉強を続けているだろうか。秀才の彼女なら、きっといいアドバイス、もとい叱咤激励をくれるかもしれない。いや、用意周到な彼女のことだ。もしかしたら、とっくに勉強を済ませて眠っているかも。

とりあえずと、眠気覚しに携帯電話に手を伸ばした刹那のことだった。


「あ!あっつい!!」


伸ばした右手の人差し指が画面に触れた途端、一瞬だけ人差し指の全体がぬるま湯につかったみたいに温かかったのだ。

言葉で言うほど熱くはなかったけれど、予想外の出来事だったから、反射的に大きい声が出てしまう。

怪訝に思い、じっと右手を見つめてみる。穴があくほど見つめてみても、そこには傷も炎症もない。それに、何かが付着している様子もない。


「変なの。ま、いいか。携帯が壊れたのかな・・・」


独り言を呟いて、ふと気づいた。家の中は驚くほど静かだ。

普段聞こえているはずの虫の声さえしない。

なんだか気味が悪くなってきた。シーンという音が聞こえそうなほどに静まり返った室内で、私は後ろを振り返る。

もちろん、誰もいない。幽霊とか、お化けとか信じているわけじゃないけれど、一応、念のためだ。


そういえば、今日は母も、飲み会帰りの兄もいるはずだった。さっき玄関から兄の間の抜けた声が聞こえたから。酔ってへべれけになった兄に出来ることと言えば、通報ぐらいだろうけれど、いないより随分心強い。

何かあったらきっと駆けつけてくれるだろう。そう思うと、少しだけ不安が拭えた。


勇気を出してもう一度画面を注視する。けれど、画面はいつものように、家族旅行で訪れた昭和記念公園のヒマワリ畑の写真が表示されているだけだった。ヒビも入っていないし、変わった様子はない。


「なんだ。びっくりした。もー、疲れてるのかな。」


目を擦り、もう一度携帯に手を伸ばしたその刹那、画面が大きく波を打った。

まるで、雨の日の川面のようだ。降り注ぐ雨が川の表面を打ち、小さな波紋が浮かんでは消える。

私は伸ばした手を引っ込めることも忘れ、しばしその光景に目を奪われてしまう。


「・・・なんなの。これ。」

ついにストレスでおかしくなってしまったのだろうか。

現実逃避から、私の脳が作り出した幻なのだろうか。


画面から青白い手が伸びて、机上で何かを探すようにずりずりと這う。

白い手は白熱灯のように発光しており、机上の教科書やペンを掻き分ける。

その造作はまるで、ホラー映画の一幕のようだ。

部屋中に、紙が擦れる音と私の呼吸音だけが響く。


そして、白い腕は遂に私を捕まえた。

やっぱり、私のことを探していたんだ。


「さ!貞子!ひゃっ!や、やめ!助けて、お母さん!」


確かに私は「非日常」を望んだけれど、だけど、変なビデオテープなんか観てない!!思い当たる節は、自分の脳の異常意外に考えられなかった。

非日常を望んでいるわりに、私の頭はファンタジーに向いていないようだ。


「白い手」は私の右手をもの凄い力で引っ張り始めた。机の端を左手で掴み、どうにか持ちこたえた。その間も、助けを呼ぶがなしのつぶてだ。

ああ、抵抗虚しく、画面に右手が入り込みそうだ。


態勢が崩れてからは一瞬だった。あまりの恐怖に目を瞑る。

右手がぐいぐいと画面の中に引き込まれてゆくのがわかった。


ーーー画面の中って、温かいんだ。右手から最後は全身がじんわりとした温かさに包まれている。気持ちがいい、そんな間抜けなことを考えてしまうほどに、画面の中は心地がいい空間だった。不思議と今までの恐怖を忘れてしまった。


匂いはしない。そりゃそうか。温泉ではないんだし。

急に襲い来る眠気と戦いながら最後に見たものは、暗闇の中にキラキラと光る、星のような小さい光の粒だった。









怖い夢を見ていた気がする。汗で前髪が額にべっとりとくっついていて気持ちが悪い。

寝返りを打つと、小さくスプリングが軋む音がする。

シーツは糊がきいており、なめらかだ。毛布は雲のようにフワフワで暖かい。

太陽の日差しをたっぷりと浴びたのだろうか。お日様の香りがする。

まどろみの中、極上の幸せを噛みしめる。

ーかみし、め?


ちょっと待て。

私の実家はアパートで、私の部屋は六畳一間の和室だ。

薄ぼけた畳の上に兄のお下がりの布団を引いて寝ているはず。

ハッとして上半身を起こすと、見たこともない景色が広がっていた。


白を基調とした天蓋付きのベッド、ロココ調というのだろうか、豪勢な家具の数々。

そして、私は少女趣味のような、繊細なレースに縁取られたキャミソールを着ている。


「イヤーーーー!なにこの服!誰か!誰か来て!警察呼んで!!」

声の出る限り、叫び続けた。

その傍、脳裏に絶望的なシナリオが浮かぶ。この世の終りだ。

私はきっと、少女趣味の変質者に拉致をされたんだ。変質者はこんな部屋を用意できるぐらいの富豪で、世捨て人だ。世間との接触を絶って、もしかしたら山の中の屋敷かもしれない。誰も私の叫びに気付いてくれない。助けてを呼ぶ声も虚しく、このベッドで夜な夜なー・・・ありえない!私だって憧れの人がいたのに!こんなのが初体験なんていや!

涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。それでも叫ぶことを止められなかった。


「うるせえな。ったく、なんで鶏鳴けいめいはこんなヤツ連れてきたんだよ。」


その刹那、音も立てずに一人の青年が現れた。チャイナ服を模した衣装のコスプレをしている。色素の薄い茶色の前髪は目にかかりそうな長さで、瞳の色は色素の濃い青色だ。カラコンだろうか。

いずれにしてもよく手の混んだコスプレだこと。こいつが犯人の変態に違いない!

私はベッドの上で後ずさった。ピンチの時こそ人間の本質は試される。私は、ピンチの時こそ喋るタイプなんだ。気づけば威嚇目的で変質者に捲し立てていた。


「あ、あんた誰よ。ていうかどこから出てきたのよ。それから、ここはどこなの!?答えなさいよ。早く家に返しなさい!さもないと、あんたのこと警察に言いつけるから!もし、返してくれれば公にはしないであげてもいいわ!」


一度部屋中が静寂に包まれる。

変質者は私をまじまじと見つめると、目を細めて心底迷惑そうな顔をした。


「はあ。思ったより威勢のいい女だな。私の名前は夜半やはん。この宮殿の主人だ。光栄に思え、ここはー」

「へ!変質者!!」


さりげなく私の髪に触れようとした夜半という変質者の手を払いのけ、大理石の床を蹴って駆ける。ドアまでは、10メートルはあるだろうか。背中に男の声が投げかけられる。


「お前が俺を呼んだんだろ。だから召喚してやったっていうのに恩知らずな女だな。俺の力がないと、この部屋も、屋敷も、お前の世界にだって戻ることはできない。それでも出てくっていうなら止めないぜ。」


「は!?なに言っているの。脅そうたってそうはいかないわ・・あれ」


私の身長の1.5倍はありそうな重厚なドアはきっちりと閉められており、体重をかけ揺さぶってみたがビクともしない。握り拳で精一杯叩くも、結果は変わらない。


「なによ、このドア。ちょっと誰か!誰か来て!」

ドアの取っ手は金で出来ているのだろうか、繊細な細工を施されている。触るとひんやりと冷たい。両手で必死でドアを揺さぶる私に、男はゆっくり、ゆっくりと近寄ってくる。いや、この場合にじり寄るって言った方が正しいかも。


私が慌てふためくのを、さも面白そうにニヤニヤと眺め、目と鼻の先までじりじりと近づくとドアに右手をついた。長身の変質者が体重をかけてもドアは音も立てず、ビクともしない。


よく見れば端正な男の顔は、今にも私の顔に触れそうだ。

長い睫毛は、深く青い切れ長の瞳を縁取っている。

って見とれてる場合じゃない!私は緊張で痺れたような右手をその顔目掛けて振り切った。


男がブツブツと、聞き取れないような小さな声で、何かを呟く。

英語ともつかない、耳慣れない発音だった。


その瞬間、私の右手はその場で石のように固まった。

男は意地の悪そうな笑みを浮かべると、耳元でこう言った。


「ようこそ、私の花嫁。」



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