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かりそめの花嫁は斯く語りき  作者: 宮城まお
誰がために鐘は鳴る〜私が花嫁ってそんなのアリ!?〜
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モノローグ〜世界は願いで出来ている〜

「8月8日 日常と非日常を分け隔てる境は、ウエハースのような脆さだ。」

私は夜半がいなくなった後の敬虔で荘厳な長い机の上で一人、筆を取る。

日記は今日で6日目になる。こんなに長く続いたの初めてかも。それに、こんなに長い文章を書くのも。

慣れない万年筆で私はあの日のことを記し始める。藁半紙に漆黒のインクが滲みる。

紡ぎ出された文字は何かのヒントになるかもしれなかった。


8月2日 抜けるような青空(だった気がする)


ーーーー昇降口を抜けると教室へと続く長い廊下がある。

リノリウムの床をまっすぐな白線が二分していて、校則によって、私たちは右側通行を強いられている。

この白線をどう認識するか。常に生徒たちのモラルが問われている、というわけだ。

もちろん、私たちの学校には校則で定められたルールをわざわざ破る生徒なんていない。病めるときも健やかなる時も、例外はなく右側通行だ。

クラスメートは校則を破ろうだなんて考えてもいないだろう。もちろん、私もそのうちの一人だ。

つまり、右側通行なんてくそくらえ!なんて反抗心もないし、なぜ右側通行?なんて考える探究心もない。

ルールに則って生活をするのはあくまで普通のことだから。


私たちは平凡な学校に通う、よくいる普通の高校生の集まりだ。そして、そこに通う私も、ご多聞にもれず普通の女子高生だ。


この白線右側通行問題はあくまで一例に過ぎない。わかりやすく例えようとすると、陳腐な例になってしまうのはよくある話だ。そうでしょ?

つまり、私が言いたいことは

「私たちは常に前を向いて歩いている。規則正しく、右側通行で。道は最短距離で将来へ繋がっている。せっせと、競い合うように歩き続けている。そしていつの間にか「大人」になるんだろうか。」

ということ。


ゆいちゃんはつまらなそうに、ふーん、とかへえとか適当な相槌を打つ。

それなら、話を続けさせてもらおうじゃないですか!

私は水分を補うべく、ペットボトルに口をつける。


けれど、私は気づいてしまった。

いつか訪れる私の生活を、この平凡な毎日を劇的に変えてくれる「何か」を待ちわびていることに。


それは何でもいい。例えば、美術の時間にたまたま書いた絵が何かの賞に入賞して、アーティストになるとか。例えば、たまたま宝くじを拾って、三億円に当選するとか。

ーー例えば、私のことをずっと好きでいてくれた男の子がいたとして。彼の気持ちに気づかない私が、何かのきっかけで告白されて、彼氏ができるとか。








「長くなっちゃったけど、つまり、私も現代のストレス社会に辟易へきえきしている女子高生の一人ってこと。」

「はぁ」

「何。そのバカにしきった表情は!ゆいちゃんだって、現実につかれたなーって思うときあるでしょ。」

「私はない。勉強で忙しいし、そんなこと考えてる暇ない。」


ゆいちゃんはそう言ってアーモンド型の右目を擦る。第一志望の大学を受けるために、毎日遅くまで勉強をしているらしい。そしてその大学偏差値70超えの英米文学科らしい、東京の大学らしい。らしい、というのはあくまで噂だからだ。

なぜこんな些細なことが噂になるのか、その答えはゆいちゃんの「美貌」にある。


私の母とゆいちゃんのお母さんはいわゆる「ママ友」ってやつで、小さな頃から母子ともに仲良くやってた仲である。思えば小さなころから、ゆいちゃんの美貌はその片鱗を表し始めていた。小学生の頃の初恋は、相手の男の子がゆいちゃんのことを好きになりあえなく失恋に終わった。

好きになった男の子がゆいちゃんのことを好きになるというのはよくある話だ。

思い出したらキリがなくって、なんだか切なくなってきた。

つまり才色兼備なゆいちゃんはみんなのアイドルで、その一挙手一投足は常に世間の注目に晒されているというわけだ。


「でもさ、そんなのゆいちゃんだから言えることだよ。私は受験なんてしたくないし、このまま大人になるのかーなんて思うと、私の青春こんなんでよかったの?!って思っちゃうよ。そう思ったら勉強したくなくなっちゃうよ!」

「ふーん。そういえば、4組の慶太くん、M大受けるらしいよー」

「えっ」

「ほら、桃さ、前にカッコイイって言ってたじゃん。M大ならなんとかなるんじゃない。」

「・・・もう、そうやってすぐからかうんだから。」


ふふふ、とゆいちゃんは小さく笑う。形のいい唇は薄い桃色で、白い肌によく映える。やっぱり美人だなぁ。美人は三日で飽きるなんてうそだ。私はゆいちゃんの美貌に飽きたことはない。


「私も桃と同じ大学にしよっかなぁ。今更離れ離れなんて、桃のこと心配で大学通えないかも。ーーなんてね。がんばるきっかけなんて些細なことってこと。桃もまだ見ぬ幸せのために、明日の定期テストがんばろう。ね。」


ゆいちゃんの絹のような黒髪が風に揺れる。

青い空、白い雲。風に舞うスカートの裾。紺色のソックス。

くたびれたローファー。リノリウムの床に引かれた白線。

私の日常を形作るものたち。


「それでもさ、『何か』が起きないかなぁって思っちゃうよね。」

「・・・それもいいかもね。でも、私は桃のそういうところ好きだよ。伸び伸びと生きてるっていうの?ゆとりがあるっていうのかな。」

「ほんと!?」

「それに、勝気で危なっかしいところも。ーーま、とりあえず明日のテストに備えて勉強、勉強。」


僅かに歩調を速めた親友の後を追う。夏の乾いた風が、私たちを追い抜いていった。





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