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やがて、一軒の店の前でファズは止まった。
玄関ドアの横はショーウィンドウになっていて、服を着た女性マネキン達が様々なポーズを取っていた。
淡い色合いの可愛らしいワンピースや、奇抜なデザインのジャケットとパンツ。更には冒険者用と思われる鎧まで並んでいる。
「さて、此処が女性物を主に扱う洋品店『ポルア』です。種類が豊富で値段も手頃な物が多いので、覚えておくと良いですよ」
ファズの説明を聞いて、チロは空になったナッツの容器をゴミ箱に捨てながら「分かりました」と頷く。
因みにナッツは殆どをチロが平らげた。
「では、幾らか渡しますので気に入った物を買ってきて下さい。私は外にいますから」
「えっ?」
財布から数枚の紙幣を取り出したファズは、それをチロに持たせながら言う。
てっきり店内まで一緒だと思っていたチロが疑問の声を漏らせば、ファズは首を傾げて真顔で言った。
「チロさんが私に下着の色まで選ばせたいと言うのなら、ついて行きますけど?」
「……っ!? ご、ごめんなさい! 外で待ってて下さーいっ!」
顔を真っ赤にしたチロは逃げるように店の中へと入っていく。
その姿を見送ったファズは小さく息をつくと、店の壁に寄り掛かって目を瞑った。
(うう……ファズさんって、もしかして意外と意地悪なのかな……)
一方、店内に駆け込んだチロは雇い主の意外な一面に肩を落としていた。
この数時間の間で、生真面目で堅物だというイメージが崩れ始めている。もしかしたら結構お茶目な部分があるのかもしれない。
(わ、凄い! 本当に色んな服がある!)
しかし、顔を上げた先で広がる華やか光景に、あっさりと気を取り直した。
店員や女性客が歩き回る明るい店内には、ショーウィンドウに飾られていた以外にも、沢山の服が棚に置かれていたり壁に掛かったりしている。
試しに傍にあったショコラカラーのエプロンドレスを手に取り、値札を見ると、思わずファズに渡された紙幣の枚数を数えた。
「こ、これは……」
三回ほど確認して、口角がひくりと若干引きつった。
ファズが渡してきた額は下着も合わせて何着か揃えるにしても、明らかに多かった。これを遠慮無く使ったら、普段着どころか正装を揃える事になるだろう。
(……なるべく安く収めて返そう)
そう心に決めたチロは軍資金をしっかりと握り、掘り出し物を探すべく、気合を入れて店内を散策し始めた。
***
「有難うございましたー」
笑顔を絶やさない女性店員の言葉を背に、チロは少し大きめの紙袋を下げて店を出る。
気配に気付いたファズは寄り掛かっていた体勢を戻し、戻って来たチロの姿を見ると一度瞬きをした。
「着替えてきたんですか」
「はい、お借りしたクロークはこの袋にちゃんと入ってますからご安心を!」
そう笑顔で答えるチロは、店内で最初に手に取ったショコラカラーのエプロンドレスに身を包んでいた。飾りは丸襟や裾のフリル、胸元のリボン程度と控えめで「紅灯亭」で働く際に着ていても違和感が無い。
実際、チロもそのつもりで購入した。
「……もっと、好きに選んでも良かったんですよ?」
そして、ファズもそれを察したらしく、僅かに眉間を寄せて言った。
が、チロは笑顔のまま首を左右に振る。
「良いんです! 私はこれが気に入りましたから……、……似合わないですかね?」
チロの表情がふっと不安に曇った。
試着室から出た自分を見た店員は似合うと言っていたが、あれは接客トークの可能性だって充分にある。
(寧ろ、その可能性の方が高いよね……)
やめておけば良かったかな、とチロはエプロンドレスの裾を軽く摘み上げた。
「いえ、似合ってます。可愛いですよ」
数秒間。
掛けられた言葉を理解するのに要した。
「……え?」
顔を上げれば、変わらない無愛想。
しかし、先程までの冗談とは違うという事が、此方を見つめる眼差しと雰囲気から感じ取れた。
それに気付いた途端、心臓が跳ねて顔に熱が集中していく。目を合わせていられずに視線が下へと落ちてしまう。
「あ、有難う、ございます……」
それでも、どうにかお礼の言葉をチロが絞り出せば、ファズは何も言わずにその手から紙袋を取り上げた。
そしてもう片手は、赤い顔で俯いているチロへと差し出される。
「さて、まだデートは終わりませんよ。次は雑貨店に行きますからね」
──あ、今度は冗談だ。
少し気が緩んだチロは苦笑して、差し出された手を遠慮がちながらも取る。
「……デートって言うの、恥ずかしいからやめて下さい」
少し素っ気ない物言いになってしまったのは、珍しく顔を覗かせた乙女心が原因か。
チロは再び繋がった手に胸の内が擽ったくなるのを感じながら、こっそりと大きな手を握り返したのだった。