七話、パイスキと兄妹
俺の妹は世界で一番とか他と比べるまでもなく可愛いのは周知の事実であり、日本のルールでもある。
俺の妹は人間国宝だなんて甘い範囲で考えちゃいけない。世界の秘宝と称され、世界普遍遺産にいつ登録されたっておかしくはない。
もう、可愛く美しく儚げでそれでいて凛とした色気を放つ妹は常識外れの人間なのだ。
そんな最高な妹にも欠点はある。
それは、――ぺちゃぱいな点だ。
唯一の肌着として着用する内衣は薄いタンクトップだけで、胸周部脂肪保持道具を使用していない、のだが乳房部が主張されることはなく大人しく存在する。
いと悲しき事実だ、こりゃ。
寄せる上げるも出来ないストンとした体型に、涙しか出ない。
そりゃ俺も男だからおっぱいが好きだ。声を大にして言う。ちっぱいではなく、おっぱいが好きなのだ。
正直、最近俺はおっぱいさえあれば何でもいいという無我の境地に辿り着こうとしている。それほど、おっぱい好きである。
大好きな妹がおっぱいを持てばもう最強だ。鬼に金棒。虎に翼。駆け馬に鞭。妹に勝るモノはない。
「――と、思うのだがどうだ。ペドリン」
「ちっぱいを盲目的に信仰する僕にどうと聞かれても、宇里漉の期待する返事は出来ないよ」
ペドリン、もとい小学からの長い付き合いである佐藤は笑った。
佐藤も俺と同じく妹ラバーであるにも関わらず、ちっぱい信仰者という残念な奴なのだ。
おっぱいは大きくてなんぼだろうが、馬鹿野郎。
「大体、宇里漉の妹は小二だよね? それで成人女性並に存在していたら、怖いんだけど」
「女性の身体は神秘だってよく聞くだろ」
「それだけで説明付く話じゃないと思うんだけどなあ」
「付くんだよ。俺は男だから知らねーけどよ。そう言うペドリンの妹はどうなんだ。小四だから成長し始めてるだろ?」
「くっ……」
突然、厨二臭く頭を抱えた佐藤は、まるでその言葉を発することを恐れているかの様に単語に句切って溢していく。
「妹の、部屋に、桃色の体育時胸周部脂肪保持道具が、落ちていた」
「スポブラか。まあ、そんな時期だろ。早い奴だったら四年生で中高生が着ける様なのをしてたぜ」
「躊躇なく言ったな。ちょっと待って。お前は何故女子のその情報を知っている」
「おっぱいを語るには全ての女子の胸事情に精通してなきゃならねぇ。当然身に付く知識さ」
「お前の事を心底気持ち悪いと思ったのは始めてだ。最早名前を呼ぶのすら嫌で変態かパイスキという名を考えてやったのだがどうだ」
「前者に至ってはただの事実だよな。外道と似た様なもんじゃねーか。なら、パイスキの方がユーモアあって良いぜ」
「ねえ、宇里漉くん。僕の名前を出しませんでしたか? その上で否定しませんでしたか?」
突如隣の席の外道もとい伊藤が何やらピーピー騒いでいるが、全くもって聞こえやしない。
「パイスキというのはパイオツが好きという意味にも捉えられるし、中々良いな」
「無視ですか!!? 席替えしてこんなにも近くになったのにですか!?」
「いやー、席替えしたお陰でこの季節に有利な窓側に移動出来て嬉しいなー」
「ごめん、宇里漉。辺りが騒々しいから大きな声で話してくれる? 何か変な騒音が酷いね」
「ペドリンまで無視ですか!?」
「おいペドリン。俺の今後の第二の名はパイスキだ。パイスキと呼べ」
「あー、もう良いですよー」
伊藤は諦めて項垂れると、身体を前に戻した。デブのクセによくもまあそんな小さく丸まれる物だ。
どうでも良いが、俺は伊藤とは正反対の体型をしている。所謂、筋骨隆々。
勿論、それも全て妹の為だ。
可愛い可愛い俺の妹は小学上がる前に一度変態ペド野郎(佐藤ではない変態爺だ)に、誘拐されかけた事があった。幸い、妹が連れ去られる瞬間に居合わせた通行人が異変を感じて、向かい合ってくれたお陰で事なき事を得たが、俺の衝撃は酷かった。
妹を一人きりで外を歩かせるという無責任な行動のせいで、妹に怖い思いをさせたのだ。
二度とそんな事はさせない。
その為にも俺は妹から片時も離れず行動すると近い、同時に鍛え始めた。
犯罪級に素晴らしい容姿を持った妹を外敵から守る為、に。
至極、興味のそそられない話であった。別に自身の体に興味ない。そんな汚い物に大事な脳を動かす位なら、可愛い妹の大きくなるであろうおっぱいを想像している方が何百倍も楽しい。
「ところでパイスキ。お前の妹はどんな下着を着けている?」
これで相手が鼻息荒く下心丸出しの表情であれば、問答無用で殴ったであろう、が。
佐藤が堪え忍ぶ様に眉間にシワを寄せながら小声で問うてきたので、仕方がなしに教えてやることにした。
――む? ちょっと待て。妹はどんな下着を着けていただろうか。キャミ? スポブラ? ……まさか。
「この俺が、最愛の妹の下着を知らない、だと!?」
妹の下着。その響きはAV女優の下着なんかよりも遥かにそそる魅力がある。
身内という背徳感からか。誰よりも近くて遠いという絶妙な関係性からか。
ソレを明確に答えとして出そうとして何人もの偉人が時間を浪費してきた。
しかし、俺はソイツラにこう言いたい。
――理由なんて付けて自分の行動を正当化するんじゃねえ。兄なら、漢らしく妹の下着を貪りやがれ。
とな。
そう、兄であるなら仕方がない。自然の摂理の様に自然に妹の下着に手を出すのだ。当然の如く。
ならば、全ての兄達が妹の下着を知っているはずだ。フリルが付いてた。真っ黒だった。そんな、曖昧な情報なんて物は同じ環境で暮らせば仮にシスコンでなくとも、必然的に知ってしまうであろうからな。
俺は誇り高き戦士もといシスコンであるからして、妹の生体にも精通している。
妹の好む食事も、妹の好きな色も、妹の興味のある音楽も、妹の大好きな男(勿論俺だ)も。
前置きが長くなってしまったな。つまり、簡単に言うと。
誰よりも妹を知っているこの俺が、妹の下着事情について無知であるという事に嘆いているのだ。
この俺が? 有り得ない。だが、現に知らないから頷かねばならない。
ならば、俺が男としてせねばならぬ事は一つ。妹の部屋に潜入、だ。
「しかしどうやるか、が問題だ」
「なしたの、お兄ちゃん。ブツブツ言ってキモい」
「ああ、実はな――じゃねーや。何でもねー」
危ない危ない、つい思考を口に出していたみてーだ。
妹が不審な視線を俺に向けて、キバタンのぬいぐるみを抱き締めた。俺はそんな妹を抱き締める……事は出来ないので、取り合えず転がった。
意味はない。
居間のど真ん中だから机やらテレビやら巻き込んだが、仕方がない。巻き添え食らう運命だったのだ。
「きもっ、人間コロコロは別の所でやって」
「じゃあ、お前の部屋で……」
「キモい、死ね」
兄に対して即答である。
まあ、佐藤ん所の妹よりはましだ。以前聞いた時は一ヶ月に数回話せるだけで奇跡だと言っていた。
そんなんで奇跡と喜んでる暇あるなら妹と会話出来る様に努力しろってんだ。俺の様に、一人大きく呟いて転がってりゃー、会話出来るんだよ。
羨ましいか、佐藤よ。
「つーか、お兄ちゃんくさい。キモい。リビングにいないで」
主に罵倒がメインとなるが、会話を毎日出来る俺が羨ましいか、佐藤よ。
ウレシカナシカ、毎日罵倒を浴びても一向に慣れる気配はない。いつまで経っても自死したくなる程にショック受けている。だが、これしか妹と会話する手段がないのだから仕方がない。
しかしまあ、羽目を外し過ぎれば本当に嫌われてしまうので今日はここらで止めておこう。
「うーいっす」
適当に返事をした様に見せかけながらも、鋭利な刃物で傷付けられた心臓を保護しながら帰った。
足取りが重いということはこの事か。
――って、本題の下着について触れる情報を一切取れてねーや。
もう、こうなったら仕方がない。あれこれ策を練っても実践しなきゃ意味がねー。
どうやるかと考える前に、実行してしまうのが男ってもんだろう?
「失礼しゃーっす」
体育会系ノリで豪快に妹の部屋の扉を開ると、鼻腔一杯に妹の体臭を吸い込んだ。
この、甘さの中にほんのり汗の滲んだ臭いは何とも言えぬ心地よさだ。
なーんて、遊んでいる場合じゃない。
部屋の主は本日五時間授業だ。早速行動してしまわないと、皆勤賞を捨ててまで仮病で早引きした理由がなくなってしまう。
「さー、やっか」
気合いを入れて、ベッドの横のタンスを引いた。
一段目、二段目、三段目と開けながら確認するが小学生にしてはませている服ばかりで肝心の下着は出てこない。
さて、何処へ隠したのだ?
げへへ、と下心丸出しの顔で楽しみながらタンスを開けていく。
それは、一番下の段にあった。しかも端の端に寄せる様にして隠されていた。
狭い隙間に挟まった色とりどりの布は明らかに妹のパンツだった。
世で云う綿パン。どうやら履き心地が良いらしいが興味はない。俺が興味があるのはあくまでおっぱいであり、下ではないからな。
しかし、一つ一つ手に取って確認する様な暴挙は起こさない。
俺はシスコンであるがパンツくんかくんかしてハァハァムラムラする様な変態ではない。紳士なのである。……と言い聞かせておかないとどうにかなりそうなので、パンツに伸びた手を必死で押さえた。
危ない危ない。いくらなんでもそりゃねーぞ。
つーか、妹はまだ着けてないのか。アレ。所謂乳バンドを。確かにアレで支えるまでに発達していないからな……残念極まりない。
苦悶の表情でパンツとさよならしてから、人生の任務を終えた後は素早くここから退散せねば……いやしかし、妹はまだ帰ってこない。なら、まだ暫くは妹の部屋を堪能してても良いんじゃねーのか?
よし、良い。大丈夫だ。という悪魔の囁きに乗じて妹のベッドに慎重に乗り込んだ。
ギシギシ悲鳴をあげるベッドからは俺の下腿がゆうにはみ出る。
小さくて、可愛いサイズのこのベッドで妹はどんな夢を見てるのだろうか。
「お兄ちゃんの夢でも見てるかな?」
「見る訳ないしょ。あんたみたいな変態シスコン野郎の夢なんて死んでも見ないわ」
「――――え?」
入り口から聞こえてきた声は高性能な俺の幻聴ではなく、本物の現実の妹の声であった。
慌てて飛び下りるがもう遅い。
妹は俺を下等生物もしくは廃棄される不燃ゴミでも見るかの様な冷淡な視線を投げつけている。
痛い痛い。筋肉は精神攻撃じゃなくて物理攻撃のみにしか作用しないんだから止めてくれ。
「これには訳があってだな。聞いてくれや」
「例え訳があったとしても、妹の部屋で寝る意味が分からない。理解もしたくない。死んで」
「ぐっ、は」
俺のヒットポイント残り一まで削り取られた。あー、視界が真っ赤だ。コンチクショウ。
つーか、何で妹はいるんだ。俺の妹情報にぬかりはなかった筈だ。当然、下着探しに使った時間は最小限だし。
「四時間で早く帰れたと思ったのにさ、マジで最悪。お兄ちゃん、とっとと出てって顔も見たくない」
「ぐへぇ」
だから、精神攻撃は堪えられないんだっつーの。
と、内心で返しながらすごすご自室に戻った。
「――――と、いう事情で一ヶ月近く妹と会話出来てなくて妹渇望症で死にそうだからお前を殺す」
「何でお前らは、何かある度僕を殺そうとするんだよ。大体それはお前の責任だろ」
「そもそもペドリンが下着について聞かなければ何もなかった。ペドリンのせいだ」
「それで妹のベッドに寝るのには繋がらないだろ」
「とにかくペドリンを殴る口実が欲しかっただけだ。殴らせろ」
「ジャイア●か。僕はのび●か」
「ちげーよ。……つーか、ペドリンは何で下着の事を聞いてきたんだ?」
すると、ペドリンは一瞬ばつが悪そうな顔をしてはにかんだ。
「それ、言わなきゃならない?」
「言ったら殴らなくなるかもしれなくなるかもしれない」
「分からないけど、じゃあ。話してみるけどさ、誰にも言うなよ?」
仕方がねぇなあ。と呟いて、時計を見ればまだ昼休みはまだまだあった。
騒がしい教室ならペドリンの話もかき消されて回りには届かないだろう。
好都合だ。
深く頷くと、ペドリンは軽く笑って話始めた。
(注)当作品で女性の乳房の大きさについて、多々取り上げておりますがどちらが良し悪しと評価している訳ではございません。一部の極端な意見として受け流してください。