六話、デブゴンと姉弟
『ね、姉さま! 僕姉さまの事が好きです!』
きっと僕の顔は真紅に染まっているのでしょう。頭が熱くて、姉さまの事しか考えられません。
僕はさておき、姉さまは僕の告白を聞いてお美しい目をゆっくり細めて笑われました。
ああ、僕は姉さまの弟で幸せです。だって無条件で姉さまの笑顔を頂けるんですから。
『嬉しいわ』
『ぼ、僕も嬉しいです! ね、姉さま……』
つ、ついに待ちわびてきたこの日が訪れたのですね!?
僕の姉さまへの熱い想いが届き、受け入れてくださる、この時を物心つく前から切望しておりました!
『でもね』
姉さまはゆっくりと頭を振られました。
僕らは姉弟、血の繋がりがあると仰りたいのですね? それは百も承知です。いえ、家柄に掛けまして兆も承知です。
その事実に煩悶した上で尚、姉さまの事を愛しているのです。
『私には、お慕いしている殿方がいますの』
だから、大丈夫です。全てを僕に委ねて――姉さま、今なんて仰りました?
お慕い、している、殿方? え、っと何ですか? 美味しいのですか? 食べれるのですか?
『好意は、嬉しいわ。でも、私には貴方に姉以上の愛を与えられないのです』
『ね、ね、ね、ね、ねぇ、さま? 姉さま?』
『あら、らっぷというモノかしら。貴方は音楽に詳しいのね』
『姉さま。違います。これは動揺です。小ボケを拾っていける様な精神状態じゃないので、挟まないでください』
『わ、わ、わ、わ、わか、りましたわ? 承知しましたわ』
『挟まないでくださいって言ってますよね!? あと、そのラップモドキ。全くリズムに乗れてませんよ!?』
『あらまあ、難しいわね』
ぷくうっと、頬を膨らませる姉さまは相も変わらずお美しいとか考えている場合じゃないのです。
その、人を無邪気にバカにする様な返答、どこか身に覚えがある気がします。
僕にとても身近な人間でしょうか……?
『ペドリンみたい、なんて……』
『あら、佐藤くんがどうかしたのかしら?』
『いえ、姉さまの言葉の使い方がペドリンに似ていると思っ――姉さま。何故ペドリンの本名を知っていらっしゃるのですか?』
僕は一度、ペドリンを家に招いた事はありますが佐藤と、名字を呼んだ事は一度もありません。
だから、姉さまが自主的にペドリンについて調べない限り、ペドリンが佐藤だと知る手段はないのです。
何故、かは考えたくもありません。聞きたくもありません、が口に出てしまった言葉を回収は出来ません。
『私のお慕いする殿方だからです』
純美壮麗、八面玲瓏。姉さまのお美しさは、衝撃的な言葉にも負けず輝いていらっしゃる。
僕はどれ程みっともない表情を姉さまに晒しているのでしょうか。
ショックのあまり意識が朦朧として、前が見えません。
ああ、誰か嘘と告げてください。
神よ、僕にペドリンを殺す勇気と知能をお与えください。
「――って、夢を見たんで、ペドリンを殺したいです」
「ここまで引っ張っといて夢オチとか有り得ないね」
「あのバレンタイン事件からこんな夢を毎日見る僕の気持ちにもなってください。日に日に殺意が増すのです」
確かに伊藤の目は炯々と光っている。が、以前の事件直後の痩けた頬は、脂でテカっている。
「でも良かったじゃないか。僕のチョコのお陰で元の体型に戻ったよね」
「それはペドリンのお陰じゃなくて姉さまのチョコのお陰です」
「あの生チョコがなんとも言えぬ美味しさだったよね」
「そうなんですよ!! 姉さまは料理長よりも美味しく丁寧なお菓子を作りますよね!? もう、姉さまが素敵過ぎます!!」
実際には僕が唯一受け取った段ボールには生チョコは入っていなかったが、食レポ伊藤が大絶賛するのなら食べてみたかった。
いやしかし、そんな事をすれば確実に妹が泣くからしない。
……けど、伊藤姉からのチョコをベッドに隠れて食べている時に部屋の扉を開けられてバレたが、特に目立った反応はなかったな。
兄が誰からチョコ貰ったなんて事はどうでも良い、ではなく、あれは買ったのだと考えてると思っていよう。
じゃなきゃ、妹の僕への愛が薄い事になってしまうからな。
おい。誰か薄いどころか皆無だって言ったヤツ前出てきなさい。妹と僕の愛の深さをみっちり叩き込みますよ。
「そりゃ僕に感謝だね。大体外道姉が僕の事を好きにならなかったら、外道はチョコも何も食べれなかったんだよ?」
「た、確かに……」
「なのに殺意を僕に向けてくる、ということは僕にラブな外道姉利用してアンナコトコンナコトしても良いって事だよね」
「なっ!!!??」
例えば、伊藤姉に今の伊藤の言動を伝えてやれば、伊藤姉はきっと伊藤を嫌うだろうね。
他にも、伊藤姉と本格的に付き合えば、毎日浮かれて伊藤に僕への愛を語るだろう。あんなラブレター書く位だし。
「外道はお前だ、ペドリン。アンナコトやコンナコトするのは妹でしかねーのに」
「む、宇里漉。正解だ」
例え冗談でも嘘でも、妹以外(幼女除く)の女と付き合ったり会話したくない。
出来ない。のではない。
妹以外(幼女除く)の女へ費やす時間も何もかも、妹へ全て捧げたいのだ。
流石、宇里漉だ。妹魂同盟はやるな。それに比べ姉魂の伊藤は簡単に僕の言葉を信じて、バカだね。
「ま、法律には触れないから安心して。何事も合法が一番だよ」
「確かに近親相姦って道徳的に逸脱して思われるけど、法律には触れねーし合法だな」
「心底君達と交友を深めている理由が分からなくなってきました」
「交友? 深めてねーだろ。シスコン外道」
「交友? 意味を間違えてるよ。外道」
「やっぱり二人とも大概ですね!!?」
心にも思ってないが心外だなぁ、と呟きながら窓の外に視線を向ける。
今日もまた、可愛い可愛い小学生達が短い手足を存分に振り回して校庭を駆けている。
いやあ、すぐ隣に小学校が見える高校に入学して良かった。くだらない毎日も君達のお陰で明るくなるよ。
だが一つ物申したい。
君達(恐らく小学二年生)は子供だ。大人の真似事する中学生じゃない。両親という大人に養育されし子供だ。
今一度自分等の着ている服を見て、明らかに大人びていると気付くんだ。
肩出しワンピやワカ●タイプのミニスカならまだ許せるが、小洒落てネックレスやリングなんて付けてたら君達の持つ幼さが台無しだ。
人間皆成長し、いずれは大人になるのだから今位はロリ服を着たらどうだ。
つまり、僕から言いたいのは――年相応のロリ服を身に付けろ! ってこと。
まったく。これだから近頃のロリは大人びていて可愛いげない。
「流石ペドリンの名を持つ男。今日もロリウォッチングか?」
ふ。宇里漉のヤジなんて軽い物だ。
「勿論。僕がウォッチングしないで誰がウォッチングするんだ?」
「気色悪さを通り越して、尊敬しますね。怖いです」
そんな感じで今日もくだらない一日が終わろうとしている中、ある女性が一人着々と計画を練っていた。
「うふっ。うふふふふ……待っていてくださいね? 佐藤くん」