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四話、恐怖のペドリンとM女の襲来

 二月十六日――バレンタインのバの字も感じないクラスで、今だバレンタインを引きずる二人の男子生徒が僕の元に集まった。

 一人は骨秀いで目は虚ろで焦点が合わない。反対にもう一方は煌々とした表情で、盛大に僕の名を呼ぶ。


「よお、ペドリン。その顔じゃあ、上手くいったみたいだな」

「お陰様でな。実験台君よ。だが、胃に穴が開いたのはお前のせいだ。宇里漉よ」

「分かんねーけど、う●こ食べた方がましだろ?」

「僕はスカトロに興味ない。そんな宇里漉も上手くいったみたいだな」

「おう。チロルさんを貰ったぜ」

「そりゃ良かったね」


 妹からのチロルさんのプレゼントで機嫌の良い宇里漉は一旦置いといて、陰険な視線を送る伊藤に話しかけてみようか。


「やあ、おはよう。ペドリン。僕は貴様を殺したいです」

「あのさ、宇里漉。そういえば、言わなくちゃいけない事があったんだよね」

「無視しないでください!?」


 誰だって無視するだろ。朝の第一声が自己の絶命を企んでいると分かったらねぇ。

 大体、伊藤がそんな思いを生じている理由も、嫌と言う程理解出来るから、触れたくないのだ。


「姉さまからチョコのお味はいかがでしたかな?」

「そこはかとない苦さの中に外道の姉の優しさがありました。とても、オイシカッタデスヨー」

「姉さまが作ったのは甘いチョコを使ったガトーショコラです。もしや、姉さまからのチョコを食べてないんですか……?」

「あー、うん。妹が嫌がるからね」

「大好きな姉さまがペドリンにチョコを作ったというのに、貴様は食べてないのですか!? ノロケですか!? 羨ま殺す!」

「え、もしかしてペドリンがあの、佐藤くん❤?」


 僕と伊藤が仲睦まじく取っ組み合いしようとしている中で、宇里漉は言った。

 それに僕は深く頷いた。

 そんな現実、認めたくはないのだが、一昨日の午後家に届いた大量の手作りチョコと愛の手紙を読めば、僕があの、佐藤くん❤であることが分かってしまったのだから否定は出来ない。

 流石お嬢様、常識離れした量を作りやがる。段ボール十三個分とか、一生涯かかっても食せる気がしない。

 文字だけ見れば可愛いのに、伊藤の姉である事とあの見た目を思い出せば芽生えかけたトキメキはコンマ数秒で萎れた。


「残念ながらね」

「光栄な事でしょうが!」

「ありがとうだけで惚れたってことか。すげーな。こえーな」

「手紙を読んだ所、それだけじゃないらしい。気持ち悪いけどね」

「人の姉さまを気持ち悪いとは何事か!」

「お前、キャラ崩壊してるぞ」

「外道、安心して。そのチョコは段ボールごと着払いでお前の家に送り返したから、お前が食べるんだな」

「うっ、嬉しいですけど……そんな事したら姉さまがショックを受けてしまうじゃないですか」

「それは外道が何とかして。僕の知った範囲じゃない」

「無責任!!」


 きっと、伊藤が出る幕はないと思うけど。

 一応程度に手紙に対しての返事も一緒に、伊藤の姉へ送ったから、彼女も分かってくれる筈だ。

 僕が絶対に妹以外の人に靡かない事も、伊藤の姉の想いが報われる事がないことも。

 全て理解して引いてくれるだろう。



 そんな頃、丁度休校だった伊藤の姉の元に全てのチョコが返ってきた。

 使用人が次々に伊藤の姉の部屋へ段ボールを運び込む。


「まあ、やはり嫌でしたのかしら?」


 段ボールがどんどん彼女の前に置かれるが彼女は、笑顔を浮かべていた。

 デブ専でなくとも惚れるであろうその笑みは、段ボールの数にあった。


「十二個……一つ足りないですわ。じいやこれで正しいのかしら?」

「はい。これで全部です。楓様、最後にお手紙になります」

「……手紙?」


 見れば色気も何もない、業務用の茶封筒に伊藤姉さまへ。とデカデカと書かれていた。

 可愛らしいですわ、と笑いながら封を切った。

 身近にあったルーズリーフを使ったのであろうか。ここまで雑だと寧ろ清々しい。

 ――私に想いを寄せる男はこんな雑な手紙を渡さなかったわ。いつも、最高級の着飾った物を使って……それがどうも私には気に食わなかった。

 上部だけの私を見ているだけに過ぎない気がしたの、でも彼は――佐藤くんは違う。


「『こんにちは。伊藤姉さま。

 突然ですが僕は好きな人がいます。僕の妹です。彼女は僕しか守れません。僕だけが一番なのです。貴女は僕じゃなくても守ってくれる人がいると思います。一番身近にある男性を見てください。彼の方が貴女を大事にします。

 お気持ち嬉しいですが、チョコは受け取れません。でも、折角僕の為に作った物ですので一つ頂きます。最後になりますが、僕は貴女が嫌いです。妹と鈴華さん以外の女性は全員嫌いです。

 なので、もしということはないので諦めください』」


 ほら、彼は違う。きっぱり私を嫌いと言う。しかし、その嫌いの原因が私にあるのではなく自分にあるのだと言っている。

 私の大量チョコ贈与や、百枚近い私と彼の馴れ初めを綴ったラブレターについては何も怒らずにただ淡々と私の事を思ってくれている。

 なんて、素敵な人なのでしょう。


「うふっ、ふふふふふ。俄然、燃えてきますわね」


 初めてあったあの日、私の事を『太ったねーちゃん』と呼んだ時の衝撃は今でも忘れられない。あの時からね、私は佐藤くん、貴方の虜なの。

 絶対に、諦めないわ。


「じいや! 今すぐ探偵を用意して、佐藤諒くんの妹について調べさせるのです!」

「はい、只今」

「うふふ。待っていてくださいね。こんな手紙で私が諦めると思ってる可愛い可愛い、佐藤くん」


 ――伊藤の姉。伊藤楓は障害があればある程燃える、ドMなのであった。



「ううっ、何か嫌な感じがする」

「おい、佐藤。一人言は授業中じゃなくて休み時間にでもしろ。さて問題だ。この時のフランクの心情は?」

「もしかしたら、外道姉が変な事を企んでいるのかもしれないと不安になっている」

「外道姉って何だ。極道か何かか!?」


 教師に呆れられて、僕の注意は反れたので隣の小学校を眺めながら、物思いに耽ることにしよう。


 ――あ、グラウンドにいる体操服の女の子は妹だな。騎馬戦か、懐かしい。僕もやったな。なるほど、妹は小柄だから騎手となっているのか。流石空手有段者。男女関わらず薙ぎ倒して、ハチマキを取っている。……馬の女の子達が羨ましい。タイムマシンじゃなくて簡易性転換マシンも作るべきだな。後で、宇里漉と話してみよう。




タイトル『恐怖のペドリンとM女の決心』→M女(伊藤の姉)が厳しい逆行にも負けず愛を貫こうと決心したのを感じ取って恐怖するペドリン。

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