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二話、絶望のペドリン

「あれ、おはよ。ペドリン。今日はいつもよりも早いね」

「ペドリン、おはよー。って、何でこんな時間に学校にいるの? まだ八時だよ?」

「えっ!? ペドリンが学校にいるなんて……妹の小学校の前で遅刻ギリギリまで妹を見守ってるペドリンがどうしてここに!?」

「ペドリンどうしたんだ!? 病気か!?」


 優しい優しいクラスメートの声掛けに一切目もくれず、一直線に教室へ向かう。

 ガラリと後ろの戸を開けば皆驚愕の表情で僕を見て、言葉を失う。

 しかし、一人、宇里漉(うりすき)だけは僕を見てその整った顔にシワを寄せて笑った。


「おお! 早いな、ペドリン。じゃあ早速昨日の佐藤くん探しの方法でも話すか――」

「黙れ」


 言葉が先か行動が先か僕には分からない。

 宇里漉に向かいつつとある包み紙を剥がして、中身の黒いブツを宇里漉の口にぶちこんだ。


「――ッ!!」


 笑顔が突如、涙目に変わる。浅黒い小麦色の肌は真っ青に変色し、喉がブツを吐き出そうとぐぇぐぇと鳴き出す……が僕は宇里漉の口を押さえた手の力を緩めない。


「とくと味わうんだな。これは……っ」


 言うのはおろか、想像するだけで泣きそうになる。ああ、腹立たしい。

 ゴクン、と喉を鳴らしてようやくブツを飲み込んだ宇里漉は膝から崩れ落ちた。

 大柄な男が女々しくボロボロ泣きながら、足を震わせている。

 これのどこを好きになったんだか、僕には皆目見当つかないよ。

 凜、どうして?


「……っはぁっ。な、何なんだ。今の劇薬は……っ。全身が痺れてっ、動けねー……よ」

「それはな、僕の妹が宇里漉の為に作ったチョコレートだ」

「!!!?」


 宇里漉の目が驚きの色に変わった。

 僕が掲げているパッケージにある『お兄ちゃん、明日ウリスキさんにわたしてください』というメッセージを見詰めて、この世の終わりを見た様な顔をする。

 妹が他人に作ったチョコを渡す様に頼まれた僕の気持ちを汲み取ろうとしているのか?

 止めてくれ、お節介甚だしい。


「ご丁寧にウリスキさんへというメッセージを書いていた」

「……そ、そんな。嘘だ」

「こんな嘘、僕だってつきたくないよ。妹の初めてのチョコを食べるのは僕だった筈なのに。お前の名前が書いてあるもんだから、食べたくても食べられなかった」

「……すまん」

「謝らなくて良いよ。僕も突然口に入れて悪かったからね。ところで、妹の初めてのチョコの味はどうだった?」

「正直の所、うんこ食う方がマシ」

「一発殴って良いか?」


 ボグッ、という鈍い音の数秒後に声にならない悲鳴をあげてのたうち回る少年が教室をさ迷った。



「ーーへえ、なるほど。僕が登校する前にそんな事件が起こってたんですか……それにしては傷が変ですね」

「宇里漉の固さは異常だよ」

「ペドリンの弱さは異常だ」


 時は放課後、昨日の話を広げる前に朝の出来事や現状を伊藤に説明していた。

 そんな僕の左拳は包帯でぐるんぐるんに巻かさっている。反対に殴られた宇里漉は擦り傷どころか全くの無傷。

 制裁を与えるつもりが何故か僕の方が痛い目見るという不条理である。

 神が死んだこの世の中は狂ってやがる。


「まあ、俺も生死をさ迷った訳だし痛み分けだ」

「僕の妹のチョコで逝けるのなら本望だろ? っつーことで、死ね」

「やだね。俺は妹のおっぱいに挟まれて死ぬんだよ」

「宇里漉の妹は小二だろ。おっぱいのおもない年齢に何を望む。ちっぱいこそが正義だ」

「それ言えばペドリンの妹は小四だろ。もうそろちっぱいからおっぱいになるんだよ」

「あのー、そろそろ僕の姉さまの話を切り出しても良いですか?」

「不本意極まりないけど良いよ」

「仕方がないな」

「あー、うん」


 伊藤は苦笑し、鼻を掻いた。


「探偵情報によると、姉さまに佐藤という人間は近づいていないみたいなんですよね。女も男も」

「それじゃあ、外道の姉の夜食だったってオチ? それなら僕は宇里漉の殺害方法について話したいんだけど」

「もういっそのこと妹さんのチョコをもう一度食べさせたらどうです。アナフィラシキーショックで逝くんじゃないですか?」


 アナフィラシキーショックって。蜂毒か何かか、僕の妹のチョコレートは。


「いや、妹のチョコだと僕が嫉妬で狂い死ぬから却下」

「あれ? 俺の話は朝で終わったんじゃねーのか?大体俺、ペドリンの妹なんて知らねーし」

「僕も妹が宇里漉の事を知ってた事自体知らなかった。そうやって嘘ついて僕を騙そうとしたって無駄だよ。僕の妹が可愛いからって手を出すなよ?」


 宇里漉の様な非道な奴の事だ。

 僕をストーキングして家を特定し、妹の行動をペロペロする様に覗いたり、夜のおかずにしようとか考えてるのだろう。


「俺はペドじゃないっつーの。ああくそっ、外道の話に戻すぞ」

「こんな時だけ僕の話に興味戻されても困るんですけどねぇ。ペドリンは良いんですか?」

「今妹の事を考えたら宇里漉の事を殺しそうになるから、良いよ」

「とてもやり辛いですね……で、姉さまには佐藤という知り合いはいなかったんですよ。この日本で最も多い名字なのに一人も、ですよ?」

「裏がありそうだな」

「それで、深く調べてもらったんです。そして、あがったのがこの二人」


 伊藤は机の横に掛けていた鞄から大きな茶封筒を勿体振って出した。

 出しても良いのか? と、片眉上げて僕らを挑戦的に見る伊藤に思わず疑問を覚えた。

 そして、ゆっくりと伊藤は二部の冊子を取り出した。それぞれのタイトルは『重要参考人A』、『重要参考人B』。


「勿体振んなよ」


 宇里漉の言葉に片眉上げて、Aの文書を彼の前に差し出した。そして、Bを僕の前に。


「何も考えずにそれを読んでみてください」

「……おう」


 開けば、僕の顔が写った。鏡? 違う。僕の写真がデカデカと貼られていたのだ。

 隣の宇里漉がうえっと唸っている所から見ると、宇里漉の冊子にも彼自身の写真が貼ってあるのではないだろうか。

 しかし、何故?

 次のページを捲ると僕についての詳細が書き込まれていた。

 生年月日はおろか習慣、既往歴やらが事細かに書かれている。この冊子一つに僕がそのまま読み取られたと言っても過言ではない。

 ん十ページに終わる他人による僕の他己紹介が終わると、次に待っていたのは一枚の写真だった。

 中央に着飾ったデブが四匹、両端に痩せっぽっちの男の子が元気なピースをカメラ越しの相手に向けている。

 ああ、懐かしい。そう言えば、こんな事もあったな。


「小三の時、外道の家に誘われたことがあったな」

「ああ、外道が四匹いるっ、て驚いた記憶があるよ」

「匹ってどういう事ですか? 確かに母さまと父さまは僕よりお太りになってるけど、人の親を匹呼ばわりですか?」

「懐かしいなー。で、この写真とかプロフィールとか僕らと佐藤くんに何の関係があるの?」

「さらっと流しましたよね!? ……分かりませんか? 姉さまは過去に二人の佐藤くんと会っていた。一人はペドリン。一人は宇里漉。……つまり」

「あ、俺の親の旧姓が佐藤なんだよな」

「ああなるほど。で、つまり何を言いたいんだ?」

「姉さまは、二人のどちらかに恋している!!」


 ドーン、という自前の効果音を背に伊藤は僕らを指差した。


「詳細はお手元の冊子によります」


 次のページを開けば、姉さまとの関わり内容と書かれていた。

 誰が覚えていたのか記録していたのか知らないが、くだらない事まで正確すぎて気持ち悪い。

 大まかにそれの概要を説明するとこうだ。


 僕が伊藤の家で迷子になっている時、偶々裏庭に出てしまい伊藤姉に鉢合わせた。

 その時、伊藤姉に出方を教えてもらって僕は彼女に「ありがとう! 助かったよ!」と言った。


「こんな関係を明らかにして、何を言いたいのか全くもって分からないんだけど」

「俺もだ」


 首を傾げる宇里漉の冊子を取って読むが、伊藤の真意は図れなかった。僕と似たり寄ったりな普通に他人な関係性だ。


「分からないんですか? 姉さまはそんな些細な事でも壮絶な出会いだと感じたのに、それを汲み取れないのですか?」

「汲み取ろうにも僕らの常識とかけ離れた恋の始まりに、僕は驚いてるよ」

「つーか、俺の心の恋人は妹だから恋されてもどうも出来ねーよ」

「僕の妹をタブらかした挙げ句、外道の姉まで落とそうとしたくせに自身の妹を選ぶのか。責任は取らないのか?」

「責任取って結婚するって言ったらお前らどうするんさ」

「宇里漉を塵に還す」

「姉さまの望んでの幸せなら涙を飲んで見送りますよ。勿論執事と探偵は付けますけど」

「二人とも大概だな。つーか、第一に俺は妹しか愛せないから責任も何も取らねーけど」

「僕もだ。妹しか見えないから残念ながら外道の姉は対象外だ。それどころか眼中にもない」

「人の姉さまを散々な扱いですね!? 僕から奪おうとしてないから安心しましたけど複雑な気持ちです!」

「つーことで、姉に伝えてくれ。お前の想い人は振り向かない。ブタはブタ同士が一番お似合いだから、弟と付き合っちまえってな」

「右に同じく」

「お前達に相談した僕がバカだったんですかね!?」

「じゃあ、これで話は終了」


 宇里漉は立ち上がり盛大に伸びをした。あー、疲れたと欠伸も漏らす。

 僕もつられて欠伸を溢した。こんなにも意味のない時間は初めてだ。

 今すぐ家帰って妹を観察する方がどれ程僕の精神状況と今後にとって良いのか分からない。

 惚れた腫れたなんて面倒な事に首を突っ込むなんて愚かな事、僕には出来ないね。

 しかし、伊藤の姉は一体何故僕の事を好きになったのか。関係をさらって見ても答えは見つからない。

 本当にありがとうの一言だけで惚れたとしたら伊藤の姉の感性を疑う。

 いや、僕も妹が生後三ヶ月の頃から変わらず好きだから人の事を言える立場ではないな。


「来週の月曜日は全てが分かる。お互いどんな結末が出ようと報告すること、良いね?」

「ういうーい」

「……はい」


 完璧に妹からチョコを貰えると思っている宇里漉は鼻唄混じりに返事して、姉が他人にチョコを作ったと知っている伊藤は意気消沈したまま返事した。

 今笑っている宇里漉も伊藤も、明日にはどうなってるのかは分からない。

 誰が決めたのか……バレンタインデーなんて日を設けた奴をぶん殴りたいね。

 全ては明日、明日分かる。二月十四日の明日に僕の生死は決まる。

 ある者は悲しみ憂い、ある者は歓喜に躍り狂うのだろう。僕は後者になりたい。

 お願いだ、凜。僕を好きになれなんて言わないが、チョコをください。



 家に帰れば妹は珍しくリビングにいた。いつもなら部屋に籠っているのになぁ、という疑問はさておき()気無(げな)く、リビングに用あるフリして妹の側に寄った。

 妹は大きく黒目がちなその眼を伏せ、小さく呟いた。


「にぃに、わたしてくれた?」

「ああ、勿論」


 何が? と聞く程野暮ではない。口の端から漏れ出そうになる吐血を我慢しながら、恨みを込めてあの名前を出す。


「ウリスキ、喜んでたよ」

「……ほんと?」


 キラキラした視線を向けるなよ。いや、嬉しいけど。嬉しいけどね。

 そのキラキラの発生要因は僕じゃなくて宇里漉だって事が腹立つんだよね。

 くそう、アイツどこで妹のハートキャッチしやがったんだ。プリキュ●じゃあるまいし。


「味は? どうだって言ってた? 美味しくなかった?」

「凄い美味しいって泣いて喜んでたな。白目になって逝きそうになる位衝撃的な味だったらしいよ」

「そっか。そっかぁ……」


 僕の妹は宇宙で一番可愛い! 僕の妹はこの世に存在する微生物を含めた全生物の中で比較するまでもなく究極に可愛い、と叫びつつのたうち回りたい衝動に刈られた。

 ああ、凜は可愛い。

 これで頬を染めながら頭に浮かべてるのがチョコを食べて喜んでいる宇里漉の姿じゃなくて僕であればどんなに良かったことか。


「にぃに、ウリスキさんにありがとって伝えてくれる?」

「うん。分かったよ」


 宇里漉に僕の思いを伝えるべく明日はバットとハンマーを持っていけって?

 うんうん、分かった。分かった。

 宇里漉も泣き叫んで喜ぶだろうよ。


 妹はそれだけ告げるとパタパタとスリッパを鳴らして自室に帰った。そうか、珍しくいたのは僕にこれを聞きたかったからか。

 年に数回程度しかまともに会話しない僕らの貴重な会話がコレとは死にたくなるね。

 あ、僕はもっと会話したいんだけどね。妹が引きこもってて中々会えないんだよ。それに僕を見ると避けるし。

 それも全て愛の裏返しだって信じなきゃ、シスコンやってられないね。


「よし、月曜日は大荷物になりそうだな」


 この家にある鈍器を全て持っていこうか。なんてね。



タイトル『絶望のペドリン』→妹を宇里漉なんぞにチョコを作る様な子に育ててしまったのか、僕は。はは、前が見えないよ。という絶望。

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