14-03 薫の進路 -電脳の残滓との対話ー
江藤薫は中学3年になっていた。今日は義母の尚美と三者懇談のため中学校を義親子訪問していたが、担任教師に様々なことを注意されていた。進路などの話題を中心に話が進められていた。
「江藤さん、あなた成績の伸びが悪いですね。平均的な成績ですが得意も不得意もないものですし、どのような進路を選択されるのかが未定だそうですので、どう指導すればいいのかわかりかねます。今の志望校ですが合格できるかのボーダーラインですので、今以上に頑張るように。それと、ずっと闘病生活をしていたそうですが、集団生活の適応力に難があるようでして、クラスメートとの人付き合いも少し問題があるようにおもいます」
教師から散々な事を言われたが、尚美と薫は学業不振については全く気にしていなかった。成績が悪いのは薫自身の自作自演だったからだ。薫は9歳の時に江藤英樹会長の次男の政志夫婦の養子になっていたが、夫婦に子供がいなかったので実子のように育ててくれていた。
「薫さん、あなた中ぐらいの成績にするようにと義父さんにいわれたけど、少々手を抜きすぎだよ。加藤先生にはあなたは平凡な中学生と思わすことに成功しているけど」
「ごめん、義母さん。学校の勉強は面白いし全て理解できているのだけど、手の抜き加減が難しいのよ。もう少しやり方を考えるわ。友達ね、正直なところ少ないと思う孤立気味だわ」
薫の脳は一部の生体機能を司る部分を除けば、完全に機械化されている。そのため、簡単な操作で知識をいくらでもダウンロードできるし、進化型演算機能もあるので理論的思考も可能である。やろうと思えば全教科100点満点も可能である。
ただ、そうなると薫の機械脳の秘密がばれ、機械化人扱いにされる事を恐れていたのだ。2031年現在、”奴ら”と人類との抗争は終結したが、様々な問題が残されていた。荒廃した世界の復旧復興も緊急の課題であったが、”奴ら”によって機械化人にされた人々が多く残されていたからだ。
機械化人の改造の程度には大きな差異があり、外見上、あまり人間のときのままの者から、電脳化された脳髄に機械化された肉体を持つものもいた。そのため、世界各国で対応に苦慮していた。
人類を機械化する”鋼鐵の子宮”は一部の研究用を除き破壊されたが、機械化人を元に戻す技術は研究段階だった。そのため生き残った機械化人は生存の為に人類社会に復帰しつつあったが、その処遇が社会問題になっていた。
薫の場合、難しかったのは機械化人と違い、人間の脳組織を電脳化したわけでなかったことだ。基本は張薫媛の肉体であったが、頭脳の大部分は新造した模造電脳で、臓器も一部人工物であった。公式には一部義体化の少女という扱いだったが、機械化人以上に機械化された人間であった。いわば機械化人はサイボーグであるが、薫はガイノイドの人工知能が生身の肉体をもっている存在だった。そのため、公になると薫は生体機械扱いにされる危険があった。
校舎を出て校門に向かう時、全身がメタリックボディの中学生が遠くに見えていた。「薫さん、あの機械のような金属の外骨格姿だけどあの人達、同級生なの? 」
「あの子たちね”機械娘”だよ。同じ敷地内の別の校舎に通っているわ。なんでも”奴ら”が敗北する直前に改造する対象年齢を引き下げた際に犠牲になったそうよ。まだ15歳というのに機械になったのよ。もうすぐ他の生徒のような外観の再改造されるので適応のため、こっちに通っているそうよ。本当は私もあそこにいかないといけないけど、あの人達と違って私にはオリジナルの脳組織は残っていないし」その目には涙が滲んでいた。自分の自我は機械という事を認識していたからだ。
「そんな事はない! あなたは人間よ! このように温かい手の温もりもあるし、そうやって悲しいと思う感情もあるし、何者にも左右されないじゃないの」
尚美は薫が気にしていることを言ってしまって申し訳ないと思っていたが、このよう感情もあるから大丈夫だと思っていた。
二人は、迎えに来た車に乗った。江藤家の場合、資産家で生活に余裕があるので運転手付きの乗用車を使っているのではなく、テロの対象になるのでやもうを得ず使っているのだ。過去に祖父の江藤英樹が襲われ瀕死の重傷を負ったことがあるし、その妻も殺害されていた。いくら戦争が終わったからと言っても安心できないことにはかわらなかった。
この日、三者懇談のあと薫はサイバーテック・メディカルの東京本社研究部を訪問していた。薫の、いや薫媛の肉体は成長しているので、機械化された臓器を身体に即して再調整する措置を受けていた。薫は措置カプセルに入っていた。この措置は全身を突かれる痛みを受けなければいけなかったが、薫の電脳は稼動状態にしないとならないので、苦痛のほか無かった。
「わたしって機械脳なのに、肉体の苦痛を感じるのだね。はやく成長が止まればいいのに」
措置が終わり主治医の水沼技師長はご苦労様といって出迎えてくれた。薫の自我が目覚めて以来、いつも薫の機械と肉体との同調できるようにしてくれていた。
「薫さん。あなたが望めば肉体をスーパーモデルのようにできますし、顔も人気女優のようにできます。でも、いつものように成長に合わせて身体を調整する方針のままでいいですね」
「水沼先生、あたしの肉体は薫媛のものを使っているのです。彼女が目覚めることは絶対ないでしょうけど、やはり彼女が無事に成長した姿を再現してやりたいのです」
どうやら薫は自我は自分のものであるけど、肉体は薫媛のものという意識があるようだ。これには理由があった。薫はサイバーテック・メディカルにある自分の部屋を訪問していた。この部屋はデスクと資料棚がある二メートル四方の狭い部屋だったが、ここには薫の機械脳に関するデータが保存されていた。この部屋の棚に秘密があった。
薫は棚からケースを取り出して、その中に入った電脳の一部を取り出した。この電脳はいたるところにバグがあり実用に不向きとして、義体に装着不可とのラベルが貼っている。そのラベルには「張薫媛」という文字があった。これは薫のオリジナル人格の電脳だった。薫はその電脳の残骸を額に当てていた。
「薫媛、この身体本当はあなたのものなのよね? この頭蓋に戻って生きて生きたいのよね? そして外を歩いたり友達を作って遊びたいのよね。でもそれは駄目よ。私の機械脳はあなたの代わりだけどあなたではないわ。技術が進めば元に戻せるだろうけど、それは勘弁してね。私だって消えてなくなったりしたくないから」
その電脳は初期段階に腫瘍に侵された薫媛の脳漿に”奴ら”の技術を使って電脳化したものの、腫瘍が広範囲に及んでいたのでバグが生じ、仕方なく摘出したものだった。いわば薫媛のオリジナル脳組織であった。その後、電脳に刻まれた8歳以前の記憶をサルベージしたあとで、封印されていた。今は薫が管理している。
そのため薫の機械脳はオリジナルの記憶を転送されたもので、本当の意味では薫媛の意識を持たされたプログラムなのだ。だから薫が悩むのは記憶は作られたものであって、薫媛の記憶は覚えさせられているだけだと気付いていたからだ。
椅子に座った薫は薫媛の電脳が入ったケースを頭の上に載せて考えていた。自分の存在は一体なんだろうと。
「私の身体の大部分は生身だから、機械娘の子よりもましかもしれない。でも私の自我は機械によるものだよね。もしこの世に魂が存在するなら、その魂というものはどこにあるのだろうか? もし脳漿に宿るものなら私は魂の無いものというわけなの? そういうことは私は魂の無い肉体というわけなの? そしたら私いや薫媛の魂はまだこの電脳に閉じ込められているわけかな。もし、そうなら私のこの体が滅した時にこの電脳と一緒でなければ天国にいけないのかな」
このように、薫はいつも迷っているが恐らく答えが出ることはなかった。答えがあるなら神様が教えてくれる時ぐらいかもしれないが、そのような時が訪れる可能性は皆無であった。薫は電脳の残骸に語りかけていたが、薫媛が答えることもなかった。
薫の進路は結局、ごく普通の高校生になりたいということで、公立高校に進学した。まだ自我をもって二年に過ぎない薫の自我に人間性を持たせるためであった。だから、何事も無ければ平凡な女子校生として三年間過ごすはずだったが、予定外の事が起きてしまったのだ。薫が女優としてスカウトされたのだ。




