春が来れば
後の時代から見れば2020年代ほど人類にとって不幸な時代はなかったといえる。最初冷戦の再来かといわれたが、その冷戦体制が崩壊した理由は”奴ら”による、人類社会撲滅計画であった。すなわち冷戦体制を暴走させ自滅の道を辿らせたのだから。
この頃には世界を滅亡の淵に追い込んだ陰謀を企てたものたちを”奴ら”と呼ぶようになったが、元々はとあるゾンビ映画において人類がゾンビになった存在に対し指し示すものであったが、少なくとも”奴ら”の目的は現存人類社会の撲滅で、その支配下に入った人間は殺害されるか機械化されることが判明していた。すなわち”奴ら”は人類を機械化し隷属化に置き、自分達が理想とするエリート層が地球の支配者として君臨する社会を構築することだろうと推測されていた。
これに対し、南半球に残されたオーストラリアやブラジルなどが中心となり、北半球の人類側残存勢力が結集したのが国連機構軍だった。これもアメリカ合衆国中枢部が”奴ら”の手に落ち、東半分を失いアリゾナ州フェニックスを臨時首都としていたので、本部を失った国際連合に代わり結成されていた。
一方、日本は”奴ら”の中枢部があると見られていた中央アジアへの前線補給基地とされてる一方で大陸からの難民を受け入れざるを得なかった。これは国連機構の政策のひとつで、”奴ら”に侵略された地域では人類の集団機械化が行われていたので、これ以上の犠牲者を出さないためと”奴ら”の戦力増強を防ぐ目的のため、あらかじめ侵略が予想される地域の住民を集団疎開させる必要性があったのだ。
だから日本が難民を受け入れる事は選択の余地のない事であったが、戦時共産主義的な配給制度に対する社会的不満を難民にぶつける”黄金の約束”の残党のような者が跋扈していた。
12月17日、万騎が原難民収容所第九地区に一組の親子が訪ねていた。今井真由美は娘の美由紀を連れて、収容所から離脱するための書類を持ってオ・スンクスとノ・ヤンスクの一家がいる仮設住宅にいた。その日は泰三が本業が忙しかったので、代わりに手続きをしていた。
この仮設住宅はトレーナーハウスのような構造で、将来的に”奴ら”の支配から解放された地域に移設することが想定されていたので、枠組みは強靭な構造だったが、その分内装は最低限なものでしかなかった。
「ヤンスクさん、あなたたちの引越し先の住宅は古いですが、最低限のリフォームはしています。家具は中古がありますし、電気製品も主人が取引先から譲ってもらった物を揃えました。持ち主に了解を得ていますので好きなように使ってください。それと多分クリスマスまでには引越しできます」
大人がそういった手続きの話をしている間、美由紀とクススクは二人で遊んでいた。その様子は姉妹のように可愛かった。その後ろではテレビがニュースをしていたが、相変わらずよくない情報ばかり伝えていた。
「本日行われた国家運営評議会において、野村首相は中華連邦に国連機構軍として出向させるため新設された自衛隊機兵隊第205連隊ら20連隊を派遣することを表明しました。これは劣勢が続く大陸戦線に新型機兵装備品を投入するためであるとしており、これ以上の”奴ら”による人類社会破滅行為に立ち向かうことであるとしています。また最近日本国内各地で発生している難民収容所への嫌がらせやヘイトスピーチを伴うデモに対し、これらの行動は”奴ら”による人類陣営分断工作に加担する行為であり、国連機構による人類生存行動を妨害しており容認できないとして非難しました。野村首相は変事基本法の特別条項を適用し、今後同様の行動に対して検挙収監をも辞さないと表明しました」
この時期日本各地で”難日会”と”黄金の約束”による難民と外国人の排除を主張するデモが続発しており、中には難民収容所を襲撃し多数の死傷者を出す事態になっていた。もっとも多くの日本人は彼らを”奴ら”と同一視しており支持する向きは少なかったが、これに乗じて”奴ら”によるテロ行為が続発するのではないかと危惧されていた。実際、サイバーテック・ロイドの江藤英樹社長が襲撃され瀕死の重傷を受けたテロ事件が起きていた。
その暗いニュースに関係なく遊ぶ二人に対し、「美由紀もクススクちゃんも一人っ子だから兄弟や姉妹がいないので嬉しそうだわ」と真由美はいったところで、気付いた。本当は美由紀に”姉”がいることを。
「あたしの主人に兄が二人いるのだけど、龍一は一家で温泉旅行に行っていた時に近くで核弾頭が炸裂しみんななくなったし、誠二はここで働いているけど妻子は昔別れたきり音信不通なの。美由紀には血が繋がったいる姉がいるのよ。でも彼女はいま生死の間をさまよっているのよ」といって、美由紀の父親違いの姉、張薫媛の話をした。
「薫媛の両親は北京への核攻撃で亡くなったようだけど、彼女だけは当日の朝飛行機に乗れて命拾いしたけど、その飛行機が朝鮮半島で水爆が炸裂した際の猛烈な放射線を浴びたので原爆症を患ってしまってね、今もその後遺症で寝たきりなのよ。まだ11歳なのにね。あの子もこんな戦争がなければ両親と死に別れることもなかっただろうし、こんな病気にならなかっただろうにね、本当に悔しい」といって真由美は話題が暗くなったことを自覚したので、切り替えた。
「そうね、今度春が来たらみんなでピクニックに行きましょう。もうじき核の冬の影響もなくなるというから、次は暖かい春が来るはずだよ。それに来年はきっと良い年になるはずだよ」
そういっった未来の希望に対する明るい話題などを真由美とヤンスクは語っていたが、その明るいはずの未来は残念ながら来なかった。この日のニュースは最後に次のような事を伝えていた。
「今朝、国連機構海軍のフリゲート艦”林則徐”が富山湾で漂流中の貨物船を発見しました。船体は沈没寸前のダメージをうけており、船体番号から先日新潟からウラジオストックへ向けて出航し、朝鮮の清津沖で行方不明になった徴用輸送艦”アジアン・ディープ・ブルー”であると判明しました。同艦には乗組員50名とシベリアのレジスタンに供与されるはずだった旧式パワードスーツと大量の弾薬が搭載されていましたが、乗組員全員が殺害されており積荷も全て奪われていました。国家情報局によれば”奴ら”によって強奪された可能性があり、国内もしくは国外でなんらかのテロに悪用される可能性があるとして警戒しています」




