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夏バイトに行て機械娘にされてしまった  作者: ジャン・幸田
第一三章:今井兄弟戦中記
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昔は同志、今は罵りあう関係

 2027年12月初め、今井誠二は難民収容所に全国から寄せられた支援物資を運搬するためトラックを走らせていた。日本政府と国連機構による難民保護が行われているとはいえ、それは必要最低限のものであり、収容所内の住宅にはない電化製品のほか、冬物の衣料などは不足していた。特に冬物衣料は着の身着のまま半島を脱出した難民には必要だった。


 万騎が原に向かうトラックは三台あったが、どれも製造から二十年以上経過した上にメンテナンスも万全ではなかった。もし以前の平和な時代なら車検すら通りそうもない代物であったが、今は戦時体制なので特別に許されていた。修繕に必要な物資すら欠乏していたからだ。


 公式には”奴ら”との戦いを、日本政府は当時”戦時”とはいわず”変事”としていた。これは石貫内閣時代に改正された憲法を停止し、以前のものに差し戻す”非常事態”となっており、”奴ら”との戦いを憲法9条が禁止する戦争ではなく、”奴ら”による人類の隷属化ないし社会の絶滅させようとする天災に対する”治安回復行動”としていたためであった。そのため大陸戦線に進出した自衛隊部隊はあくまで”海外災害派遣”という超法規的活動であった。


 こうした解釈をしたのも、2022年の日中紛争直後に行われた、石貫内閣の首班、石貫虎治朗による憲法改正が全く事態の悪化に役立たなかっただけでなく、悪化させたためだ。同じ時期にアメリカ合衆国が”奴ら”の攻撃を受け、アメリカに自衛隊を派遣することになったが、半島動乱や中国動乱には、”同盟国”ではないため海上防衛すらままならず、手薄になった日本本土が”奴ら”による核攻撃を受ける結果になった。そのため石貫内閣は常設国連軍創設に尽力すべきだったといわれたが、影では”奴ら”と憲法改正と引き換えに日本を売り渡そうとしたことが判明、石貫首相は自身が制定した国家反逆特別取締法によって逮捕される前に自殺した。


 その後、病に冒されたうえ石貫に反逆者として拘束されていた野村信輔が首相に就任し、ほぼ全政党が参加した挙国一致内閣によって、半ば戦時共産主義的な政権運営が行われていた。この挙国一致内閣には共産主義者から国家主義者まで参加していたが、これは”奴ら”に世界を奪われたら自分達も滅ぼされるのは間違いなく、ともに闘わなければならないのは明らかだからであった。だが例外もあり、外国人排斥を訴える政治勢力だけは不参加だった。


 誠二が収容所のゲートまで2kmまで近づいた時、デモ隊に遭遇した。彼らは”難民保護の削減を訴える日本人の会”通称”難日会”のメンバーだった。今日の主題は「津田大輔記者殺害に抗議する」ということだった。先月、半島で統一コリア暫定政府の取材中、日本人という理由でゲリラ(に偽装した”奴ら”の工作員ということが戦後明らかになったが)に殺害されたことに対するものだった。


 津田記者は石貫首相が”奴ら”に日本の防衛情報を漏洩したほか、国家機密費から莫大な金額を密かに送金したり、半島に残存していた在韓米軍を見捨てたことなどを新聞で暴露したため、石貫によって名誉毀損ではなく国家機密漏洩罪によって即決で処刑されそうになった人物である。その後秘密裏に処刑を行おうとして失敗した石貫はかえって窮地に陥り死を選んだ。


 「それにしたって”難日会”の奴らって、石貫内閣では極右政党”黄金の約束”として閣外協力していただろう? あの時津田記者を”売国奴”や”半島の工作員”などと糾弾して自宅に押しかけていたのに、本当に都合のよいことだなあ。あの時は津田記者の両親が怪我して問題になったのに、懲りない奴らだ」と誠二の隣に座っていた、同僚の足立博史があきれたような声を出した。


 デモの一団を見たとき誠二は触れられたくない過去を足立に語った。「あいつらのなかに見覚えのある顔がある。実は俺は十年前にあいつらと同類だったんだ。あの頃、俺は在日コリアン相手に度々デモをやって暴行罪で服役したのだ。それで妻子は逃げてしまい仕事も失ったのさ。その後で在日コリアンの人達と交流して考えが変わったのよ。人間は違いがあってそれがよいということに気付いて、今ではこうして半島の人達を助けるためにボランティアをしているわけだ」


 デモ隊はトラックの周りを取り囲んで物資の搬入を阻止しようとした。すると誠二はトラックを降り、デモの首謀者とおぼしき男のところに走った。


 「お前は島内高志こと中田由自だろ? なんだってこんな山奥でデモしているのか? 関係ないだろう」と怒鳴りつけた。島内はかつてコリア批判をネットでしていた時の中田のハンドルネームであった。しかも「左右対称な姓名を持つのは在日コリアン」という明らかにデマだとわかるはずの事を真に受けて

つけたモノだった。


 「今は”奴ら”に対抗するために人類が一丸にならなければならない時だろ。いくらお前が”黄金の約束”で国会議員をしたといったて、今更時代にあわないだろう。だいたいお前らのような差別主義者が人類社会を分断し共倒れさせる”奴ら”の策謀に加担したのだろう。よくもまあ、仲間を集めやがったな。もう争うことはしたくないから大人しく帰ってくれ」

 「今井よ、お前変わったな。昔はあれだけ社会からヘイトスピーチといわれたって辞めなかったのに、いまじゃ難民の手だ助けをしているわけか? いいのか昔の事をネットにながしたっていいのか」

 「中田、それは無駄だよ。みんな知っているさ俺が昔差別主義者として活動していたことを。でも今は”奴ら”に対して協力するときだぞ。そこのプラカードにあるように難民を日本海に沈めるだとか虐殺しろというのは”奴ら”の主張と一緒だろ。お前のような奴が国会議員で何をしたのか? 周辺諸国が混乱することを喜ぶ発言をしていただろ? 結果、お前のような”奴ら”の片棒を担いだおかげで兄貴一家は死んだんだぞ! 」


 両者の罵りあいは十分近く続いたが、通報を受けて警察がやってきたので、デモ隊はその場で解散した。デモの参加者はバラバラに帰っていったが、帰る中田に誠二は叫んでいた。


 「ここは日本、言論の自由はあるさ。でも他人を排除しろと主張するのは間違いだぞ! まあ”奴ら”に利用されないように、”難日会”はやめときや」


 だが、この時には手遅れだった。中田は”奴ら”の捨て駒になっており、恐ろしいテロを計画していたからだ。

 

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