新井取材班
今井兄弟が相談に訪れたのは万騎が原難民収容所管理事務所だった。ここは以前ゴルフ場時代はクラブハウスだったところで、松本卓爾所長にオ一家の事を尋ねた。
「ノ・ヤンスクの話では日本に来る前に父親を殺害したということだが、これって難民申請を拒否される事由じゃないのではないか? それに殺人犯なら”人道上”の理由で送り返されないにしても、ここではなく別の犯罪者収容施設に収監されているはずじゃないか? そのいづれにもないということは、何か理由があるのですか? 」と誠二は松本所長に詰め寄っていた。この収容所は非戦闘員とその家族が対象であり、半島内の一般刑務所から避難してきた囚人を収監している施設ではなかったからだ。もっとも”奴ら”の支配地域で起こった犯罪など日本では関係ないことではあるが。
しばらく松本所長は考えた上で、”ここで今聴いた話は絶対に口外しない”という条件でオ夫妻の事を話しはじめた。ノ・ヤンスクの父のノ・ヒュンデムは生物細胞をナノマシーンによって組成を変える研究をしており、大戦直前に韓国政府から特級科学技術者として支援されていたが、その後”奴ら”が支配する「神聖高麗国」で悪魔のような人体実験を指揮していたこと、そして彼の”死”の証拠の画像や彼が研究していたナノマシーンによる人体改造技術を記録した大量の媒体を日本入国時に国家情報局に提出していることを話してくれた。
「実際に記録を元にしてナノマシーンを試作したところ、本当に人間の細胞を機械細胞に改造したそうだ。だからノ・ヤンスクが言うことは信憑性が高いということだ。その後の調査でノ・ヒュンデムが何者かに暗殺された事が確認されたのだ。まあ、”奴ら”の頭脳だったから、これ以上人類に犠牲をもたらす事を防いだ英雄ということだよ二人は。それで国家情報局の指示でしばらく一般難民として収容しているのだよ。君たちが就職させたいと申請するまでは、適当な時期に別のもっと安全性の高い収容所に引っ越してもらおうと思っていたのだ。もしかすると”奴ら”が彼女らの拉致もしくは殺害しにやってくるかもしれないからな。とりあえず担当者と相談してみるけど、たぶん条件付で受理されると思うよ。それに」といって松本所長はファイルにある小さいな女の子が写ったのもを取り出した。
「オ・クススクだったなこの娘は。本当はここにいる子供達みんなだけど、こんな収容所じゃなく早く普通の生活を過ごせる平和な時期が戻ってほしいものだ。そっちの泰三さんのミユキちゃんと仲がいいそうじゃないか? 実はあの親子は常に監視されているのだよ。だから今井工務店にオが就職した場合、そちらが国家情報局か国家公安維持局の監視対象になるけど、それでもいいか」と暗に辞退を迫った。
だが泰三は、訳有と判っていても美人の母と可愛い娘、逞しい父の一家を守りたくなったので、二つ返事で承諾した。これにより一家三人が今井工務店のある町に引っ越すことが決まった。
この知らせを持ってオ夫婦の元を尋ねたらジャーナリストを名乗る一団が取材していた。その一団はどこぞなく芸能リポーターのような雰囲気だったので誠二は名刺を出すように言ったら差し出してきた。
「週刊民衆だと? 大戦前はあんなに反中・反韓記事を垂れ流して日本国民を扇動していたのに、今は韓国からの難民を助けようという記事を出しているじゃないか? 本当にご都合主義だな。今日のところは本当は一体何を取材に来たのだよ? 」と突っかかってきた。そのジャーナリストは新井匡史という民衆学芸社専属の記者だった。石貫内閣時代に「反特定アジア」などと差別的かつ攻撃的な論調で数多くの記事を執筆していたが、今では”奴ら”に蹂躙された半島や大陸を解放するように主張していた。
「怒らないでください。あの時はどこの社も石貫内閣の指示でプロパガンダをしかたなくやっていたのですから。石貫の親父は今頃三途の川で”奴ら”の指導者に文句言うために待っていますよ。なんだってあいつは”奴ら”の”共倒れ戦術”に乗っかって超強硬軍事路線をとっていたのですから。いまじゃ報道関係者の誰もが”石貫”は日本を破滅の淵に追い込んだ悪魔だといっていますよ本当。あの時のことは今思い出しても嫌なことばかりです。石貫の家族には悪いけど彼こそ大戦勃発前に死んでくれた方が多くの日本人の命が救えたですよ、まったく。それはともかく今日はそこのノ・ヤンスクさんに父上の事をお伺いしにきたのですが、そこの国家情報局の係員に止められています。それで折角なので”ミス・コリアと警護官の命がけの逃避行”として話を伺っているのです」といった。監視役がいるということで先ほどの松本所長の話は本当だと認識した。
そのためノ・ヤンスクは父を殺害したことは言わず、”奴ら”の支配地域を抜け出して日本にたどり着くまでを話した。その話だけで一冊の本が出来そうなほど困難なエピソードの連続だったという。
「そこのクススクちゃんは釜山近くの隠れ家で生まれたわけですね。本当にご苦労をされましたね。それにしてもここでの生活は何か不便な事はございませんか」
「いえ、そこの今井さんご兄弟にはよくしていただきますし、この収容所の方々も適切な配給をしてくれます。でも一番心配なのは娘のクススクです。この子赤ん坊の時に充分栄養をつけさせてあげられなかったのか、よく病気をしますし体力も弱いです。だから丈夫に育てられる環境がほしいです。それに一家三人で平穏無事に過ごしたいですね」とインタビューを締めくくった。
新井は同行していたカメラマンの白武智司に集合写真を撮るようにいった。「今日の記念ということです。この写真は実際に使う予定はありませんのでご安心ください。あとでプリントしたものとデータをあなたがたに送ります」といって、オ一家と今井兄弟、新井とコーディネーター兼通訳のパクで記念撮影をした。
新井は別れ際に今井泰三に次のように言って別れた。「本当はノさんのお父上の事を聞きたかったのですが残念です。言論を通じて”奴ら”を撃退しなければいけないとあせるばかりです。みんな誰もがそうですが私も大戦で弟一家を亡くしています。あの時に石貫の奴を止めておけたらと悔やんでいます。実は、私は現在大陸で猛威を振るっている”鋼鐵の子宮”による人体の機械化の謎を追っています。それで来週から中華連邦にそこの白武と通訳のパクと一緒に向かいます。もしかすると私とあなたがお会いできるのは最期になるかもしれませんが、早く平和な時代に戻る一助になれればと思います。みなさんお元気で」といって立ち去っていた。
後日、泰三の下に約束どおりあの日の記念写真が送られてきたが、その写真に写っていた人物で大戦終結時に生きていたのは泰三と両親を失い一切の過去を故意に抹消した上で日本人家庭に養子に行ったクススクだけだった。風の便りによれば新井取材班はウイグルスタンのウルムチ近郊で自衛隊機兵隊と行動中に”奴ら”の機械化兵士と遭遇し皆殺しにされたという。




