数々の秘密
万騎が原難民収容所は日本各地に点在する大規模難民キャンプのひとつであったが、日本政府が公表していないもうひとつの顔があった。ここは大陸戦線で”奴ら”によってサイボーグにされた機械化兵士を匿っているところだった。当時、機械化兵士に改造された者は自我を失い道具に成り下がるとされており、恐怖の対象となっていたが、改造途中のミスや制御装置の劣化などにより自我が復活する場合があり、国連機構側に投降したりして捕虜になった者を収容していたのだ。
改造の程度によっては元の人間の外観に戻ることも可能であったが、最前線で戦う高度に機械化された改造兵士は、人間への再改造の技術が確立していなかった。機械化兵士の中には国連機構軍に参加する者も多かったが、戦いを望まないものは前線から遠く離れた日本を経て”奴ら”の支配地域が存在しないオーストラリアか南米に移送されていた。
この機械化兵士の”秘密難民収容所”は日本に当時一箇所しかなく、それが万騎が原難民収容所第八地区だった。ここには2500人の機械化兵士が武装解除のうえで隔離されていたが、このことは難民収容所の限られた幹部職員と関係者しか知らなかった。
この第八地区は第九地区に隣接していたが、収容所の中でも異様でここだけ有刺鉄線と電流柵が置かれていた。ただ外からでも中の様子が覗けたので収容所の子供達の中には「ロボットさんがいる」と噂されていたが、実際は彼らも人間だった。
一方、第九地区の慰労会が終わり後片付けが済んで、今井兄弟はオ一家が暮らす仮設住宅を訪問していた。ここは収容所とはいえ適切な就職先と転居先が見つかれば、日本国内に移住してもよいことになっており、ある程度自由度があったが、多くの難民は日本国内で就職することが出来なかったので、そのまま残留していた。この日オ一家の住宅に来たのは、今井工務店で就職させる手続きのためだった。
「オさん、あなたは以前軍隊で工兵部隊に所属していたそうですね? そしたら、うちに重機担当として就職しませんか? うちには同じ半島出身の従業員が既に二人いますし、住居も近所の空家を手配できます。是非とも富山に来てください。それに大戦が終結したら故郷にお帰りになる費用もお出しします」
と泰三は言った。元々今井工務店は兄の隆一一家が経営していたが、大戦勃発時に出張先で被曝死したので、別の建設会社に勤務していた泰三が跡を継いでいた。
それはともかくオ・スンクスは日本語が話せないのがネックのようだったが、泰三が同時通訳装置も購入していますので大丈夫というとすごい乗り気になっていたが、ひとりノ・ヤンスクの表情がおかしかった。それで誠二が理由を尋ねると恐ろしいことを言い出した。「あたし達は”奴ら”に協力した父親を殺害した」と。
彼女の話によると、彼女の父は韓国随一のナノマシーン技術の研究者で政府からノーベル賞候補になりえるということで多額の援助を受けていたという。ある時、偶然生物の細胞を再構成し機械化細胞に変異させる理論とそれを担うナノマシーンを開発したが、その技術を世界平和のためでなく”奴ら”に加担していた某財閥に売り込んでしまったため、今のような機械化兵士を誕生させれる技術の基になったという。
大戦が始まると、あっという間に”奴ら”に半島が蹂躙されたが、父とノ・ヤンスクは”奴ら”の保護下に入り”将来の新人類”研究に協力したのだという。しかし、父の恐ろしい人体実験の数々を目撃したので、警備役のオ・スンクスと共謀して父を殺害し日本へ逃亡したのだという。そして逃避行の間に身籠ったのがクススクだということだった。そして”証拠”としてヤンスクは自分の右足を出すと近くにあった果物ナイフで切り裂いてしまった。
「あたしは生体実験で下肢だけ”機械娘”に改造されているのです。表面は人間の皮膚のようですが、中はこのように有機体に制御素材で構成された機械細胞に変換させられています。この機械細胞は機械生命体を構成するもので、いま大陸で猛威をふるっている機械化兵士の体内はこうなっています。しかも、再生可能なのでしばらくすると元に戻ります」その説明のようにヤンスクの切り裂かれた右足の傷はしばらくして何事もなかったようになった。
「父はあたしの全身を機械娘にして、”奴ら”の支配階層へ送り込もうとしたようです。しかしあのようなヒトデナシになるぐらいなら、親殺しの汚名がついても構わないので、主人に協力してもらって二人で絞め殺したのです。その後は”奴ら”の報復から逃れれるために日本に逃げてきたのですが、日本の国家情報局に事情を説明したところ、安全な場所を確保するから、その間ほかの難民と一緒に暮らしなさいといわれました。今井さんのご好意は嬉しいのですが国家情報局の許可がいるので、少し返事は待っていただけないでしょうか」
今井兄弟は彼女の足が父親によって機械細胞で構成された義体になっていたことに驚いていたが、とりあえず知り合いに相談することにしようと思った。




