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夏バイトに行て機械娘にされてしまった  作者: ジャン・幸田
第九章:急変する状況の中で
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香織から二人への手紙

 美由紀は父泰三が倒れ動揺してしまった。現実に生身の人間を機械に改造することなどありえないのに、機械に改造されたなどといわれたからだ。もう還暦に近い父の事である、最悪の事態すら考えてしまった美由紀はどうすればいいのかわからなかった。


 前田祐三所長は本当は泰三に対し丁寧に美由紀の現状について説明すれば泰三も理解してくれたのではないかと後悔していた。しかしそうしなかったのも計算できない相手だったので、論より証拠という事で見せてから説明したほうが良かったと思ったのだ。特に泰三のような初対面の相手に、こちらの思惑通りに納得してもらえる可能性が高いとはいえなかったからだ。いわば泰三を納得させるために強攻策を取ってしまった。美由紀の機械娘姿を見せることは。


 近くの病院で診察してもらったところ、幸い泰三の健康状態に問題はなかった。連日の猛暑の中、いくら強靭な身体とはいえ過労気味であったのに徹夜で長距離を運転した上で娘の姿を見て気が抜けてしまったからだ。年齢も還暦近くなのに相当無理をしていたようだった。今はバンガローで眠っていた。一同、一安心といったところであったが、まだ美由紀が機械娘になっている事態をドウ説明すれば良いのか迷っていた。


 薫はまだ美由紀に実の「姉」とは告白していなかった。泰三が目覚めてからいってもらうつもりだったからだ。そもそも「姉妹の名乗り」をすることを泰三が許してくれるのかを聞いていなかったからだ。もっとも姉妹だからと言って仕事上に関係は変わりないし、変わってはならなかった。その反面実の母の香織が最後に用意してくれた贈り物が妹だったと思いたかった。母の死後に美由紀が生まれたのは奇跡だし、めぐり合えたのも奇跡だからだ。


 それにしても今回の薫の対応は正直なところ問題があるものだった。やっぱり泰三に説明しなければ状況が悪くなるばかりだし、合わせる前に基本的な説明をすべきだったはずだ。なのに全くしなかったのも姉妹という事実を前に彼女が一番動揺していたということであろう。


 美由紀も父の泰三に説明すべきだったと後悔していた。自分が機械娘になっていることに毎日感激していたが、両親の理解を得ることをおろそかにしていたからだ。もっとも、それは同じ機械娘にされた真実にもいえることであったが。


 泰三は意識を取り戻していたが、様子を伺うために「寝たふり」をして考えていた。思えば美由紀に卵子を他人から提供してもらって体外受精して生まれたということは告白していたが、卵子を提供してもらった相手の女性については「大戦で亡くなった」としかいっていなかった。それ以上説明しても生んで育てた母との関係が拗れるのではないかと心配したからだ。その報いなのか美由紀が機械の身体になっているような状態を目の当たりにしていた。もっとも動揺している様子からすれば本当は機械の身体になったわけではなくパワードスーツを着た状態なのだと理解しつつあった。


 泰三も薫は人体を弄繰り回して改造する人間ではないことも知っていた。彼女が半ば植物状から意識を回復させるために、半ばモルモットのように電脳化していたことを知っていたからだ。妻の真由美に聞いた話では薫は目覚めた後で連日のように泣いていたことを。そのような彼女が人体を機械に置き換えるはずはないし、信じたくもなかった。取りあえず丁寧に説明するのを待っていた。


 「そういえば、真由美も江藤の親父さんに変な機ぐるみを着せられたことがあったな。あの時は香織も一緒にいて親父に突っ込みをいれていたな。あの時が懐かしいや」と思うと涙がでてきた。大戦前、まだ江藤家が小さな機械屋を営んでいた時のことを思い出したのだ。まだ目の前にいる薫も美由紀も生まれる前の話だ。あの頃の時代も格差の拡大や国際情勢の悪化などがいわれてはいたが、その後のことを考えると幸せだった。もう三十年近くも前のことだ。


 今日、わざわざ来たのは美由紀に誕生日に渡す物があったからだ。しかも「姉」の薫に渡す物もだ。こちらのほうも同時に託されていたが、まさか今日渡す機会があるとは思ってもいなかったからだ。同じ封筒に押し込んでいたのであるので。江藤家が興したサイバーテック・ロイドの研究所という事はわかったが、そこに薫がいるとは思っていなかったので、こうなるまでは予見できなかった。最初に「張薫媛」の名を思い出したのも、名札と香織の面影が結びついたからであった。もしかすると香織が導いたと思わずにはいられなかった。


 その後、泰三は前田所長と薫から今回の件について最初から説明を受けた。取りあえずバイト終了後のことについては今後相談したいこともあるが、取りあえず最終日までは協力してほしいと懇願された。泰三は美由紀さえ良ければ同意するといった。彼も美由紀は一度やるといったことは結果が出るまではやりつつける性質だと理解していた。そこんところは自分に似た部分だといえるからだ。まあ、この場で反対しても自衛隊応募の際のように諦めさせることも出来ないし、相手も迷惑をかけることになる。最後までやってもらうほかないと考えたからだ。


 そう思うと泰三は改めて薫の顔を見た。その姿が最後に見た香織の面影を感じたからだ。しかも美由紀に少し似ている。もう二十年近く会った事はなかったが、その間に流れた年月を感じていた。前に薫に会った時は病室で殆ど意識もなく寝たきりの姿だったからなおさらだった。


 美由紀は「取りあえず」父が納得した様子に少し安心したが、まだ終わっていない雰囲気があることに気付いた。泰三は何かやる前には必ず手を握る癖があるが、今まさにしていたからだ。


 「おい美由紀、俺の車の助手席にあるカバンを持ってきてくれ。シートベルトで固定しているからすぐわかるはずだ」と言い出した。美由紀はすぐカバンを持ってきたが、その中から泰三は古い事務用封筒の中にしまわれた古い書留を取り出した。その書留には昔の中国切手が貼られていた。しかも消印が「北京2024年9月25日」となっていた。さらに中から二通の綺麗な封筒を取り出して、テーブルの上に並べた。


 「これはな、江藤香織が戦争で亡くなる直前に俺宛に差し出した手紙だ。もっとも届いたのは戦乱で流通網が混乱したので、2025年末だったけど。内容はもし娘に会うことがあればわたしてほしいというものだ。美由紀は人工受精する前だったので成功したか否かは判明しなかったので、もし生まれたらという前提で書いているし大人になったら渡すように書いてあった。本当は李薫媛、いや今は江藤薫さんだったね、生きて中国を脱出しても万が一自分が亡くなっていたら渡してくれという前提としている。俺は読んでいないので各々で開封してくれ」といった。


 そう、これは江藤香織が死を予感して泰三に託した手紙だった。しかも薫は生きていないかもしれないし、人工授精に失敗していたら美由紀はこの世に生まれていないかもしれないという賭けだった。特に美由紀の場合は人工授精で命を授かったのは香織が亡くなった直後だった。もしかすると今井夫妻が取りやめていても不思議ではなかった。


 薫は手紙を開封すると中国語で書かれていた。「薫媛、もしこの手紙を読むときは父も母もこの世にいないかもしれません。しかし、あなたには日本に弟か妹かわからないけど、あなたの家族がいるかもしれません。その子はこの手紙を書いているときはこの世に生を受けていません。私の卵子を提供した今井泰三さんと真由美さん夫婦のもとで誕生しているかもしれません。こう書いているのも父も母も北京を脱出できないかもしれませんし、弟もあなたと一緒に脱出できないかもしれません。この手紙を受け取っているということはあなたは助かったようですね。あなたは一人きりになったと心細いかもしれませんが、もしかすると弟か妹かがいるかもしれません。もし寂しかったら今井さんの元を尋ねてください」と書いていた。懐かしい母の字を見た薫は大粒の涙を流して泣いていた。


 美由紀の方は、生まれたあなたへと宛名が書いていた。香織がこの手紙を書いたときには人工授精が成功したかどうかを知らなかったので、一か八かであったといえる。取りあえず美由紀は今を生きているが。そこには次のように書いていた。


 「あなたが、この手紙を読んでいるということはこの世に無事に生を受けたということでうれしいです。私の身体から出た時はただの細胞であったあなたが今井さん夫婦の元で育っているということだと思います。あなたが男の子か女の子か判りませんが、もしかすると私達の娘の薫媛と会うことがあれば、仲良くして欲しいし協力しても欲しい。でも忘れてほしくないのは、あなたは私の卵子から生まれたのですが、私のことよりも生んでくれた真由美を大事にしてください。彼女は私の大事な親友です。大事に育ててくれていることと思います。美しい花のように種を作った人よりも芽吹かせ育てて咲かせた人の方が苦労しているはずです。本当に大事にしてください。本当はこの事を大きくなったあなたにいえたら、どんなに素晴らしいことでしょうが、出来ないかもしれないのでこの手紙に託します」


 これには美由紀も涙を流さずにはいれなかったが、今はエリカの機ぐるみによって機械娘になっているので、その様子は周りには雰囲気でしかわからなかった。残された男二人は断った上で読んで事の次第がわかった。香織という女性は子供達のことを思っていたことを。

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