09-06 疾走する旧式軽トラック
そのころ美由紀の父、泰三は美由紀がバイトの面接を受けるために通った道を猛スピードで走っていた。美由紀の下宿の大家に聞いた研究所だ。泰三は眠気覚ましのブラックコーヒーの入ったペットボトルを飲みながらブツブツ言っていた。
「美由紀の奴がやるバイトなんて普通じゃないとは思っていたが、あの書類が送られてきた時にすぐ向かえばよかった。取り合えずお得意さんの仕事がひと段落ついたので、飛び脱してきた。まさか美由紀の身に危険な目にあっていないだろうか」と心配していた。子供が欲しかったのに、なかなか生まれなかった末に生まれた大事な一人娘が心配でしかたなかった。出来れば娘が思うことは出来るだけやらしてやりたかったが、生命の危険があるということで女性自衛官、しかも機兵隊に入隊したいという進路は反対したし、今も理解しがたいバイトをしていることは耐え難い事であった。だからこそ、我慢の臨界点を突破した結果、富山から岡山に向けて一晩中運転していたのだ。
ちなみに彼が運転している軽トラック、2022年式フェアリーは戦争前に生産されたモデルで20年以上も使用している老兵だ。しかも近年の乗用車やトラックには自動運転モードが標準装備されているが、彼曰く「あんなものは人間の方が機械に使われるようにするもんじゃ、俺は自分の腕で全て運転するのが一番だ」ということで、昔ながらのトラックに乗り続けている。そのため、「趣味ではなく、日本で最後に仕事で使う非自動運転トラックのオーナー」などといわれていた。
薫のところに門番の佐藤から内線が入ってきた。「お忙しいところすいません。門に今井泰三さんという方が来られておりまして。娘の美由紀さんに会わせてくれといっています。主任どうしましょうか」
しばらく考えた末、薫は「取り合えず第一応接室に通してあげて」と佐藤に伝え。彼と面会することになった。泰三の体は熊のように大男で肌も浅黒く逞しかった。とても美由紀と似ていなかった。泰三はしばらく薫の顔をじっくりと上から下まで睨みつけるような視線で見つめていた。そうした沈黙がしばらく続いていた。その時の泰三の顔には何か懐かしい思い出がよみがえっているような優しい顔だった。
「あんた、香織のところの張薫媛じゃないか。本当に大きくなったな。しかもお母さんのようにきれいになって! 」と驚くようなことを言い出した。薫の中国名を知っているのは限られた者しかいなかったはずだからだ。なぜ、この親父が知っているのか本当に不思議だった。




