機械娘たちは東へ向かえ!
美由紀が機械娘のバイトに選ばれた理由は、体型と体質が薫と酷似していたこともあるが、適正試験の時に見せた潜在的な戦闘能力を見込まれたからだ。バーチャル・ゲームでパワードスーツによる戦闘で素人ではありえない素質の片鱗があった。
これらのゲームは幼い頃からやっていたから入り込めしやすかったのかもしれなかった。美由紀は一人娘で他に兄妹がいなかったが、家ではいつも一人でいることが多かった。実家は工務店を経営しているが父が現場に出て母が事務や経理をやるような小規模な会社だった。
そのため両親が不在で家で勉強ではなくゲームをしていることが多かった。しかも、ゲームが住み込みで働いていた移民の従業員が持ち込んだ戦闘ゲームのプログラムだったので、他の世代とは異なる趣向を持つようになってしまった。もっとも、長じて美由紀はゲームではなくパワードスーツやアンドロイドのほうに興味が移ったが。
特に中学時代は熱中しており、両親がどんな娘に育つかを心配したものである。その頃、同世代の女子生徒ではなく同じような戦闘ゲームが好きな男子生徒と一緒にゲームをすることが多く、その一人が先輩の松山だった。
その頃、美由紀がやっていたゲームは、一人がプレイするものではなく、複数のパーティーでパワードスーツ部隊を演じるもので、仮想空間の中では彼女の性格は一変し相当攻撃的なものへと変貌していた。そのうえ仮想現実では最強だった。普段は引っ込み思案で目立つことを極力することがない彼女ではなく、優秀な女戦闘員だった。
彼女の熱中振りを見た両親は恐ろしかったという。美由紀が幼いころは世界同時多発テロ戦争の最中であり、世界だけでなく日本国内でも核爆弾が使われたテロが起きたりしていた。戦争の記憶が生々しいのに仮想とはいえ戦闘モノに興味を持つのは両親は不快だった。特に父の泰三が施設建設に携わった「万騎が原難民キャンプ」がテロリスト集団のパワードスーツ達によって壊滅したこともあり、あまりパワードスーツに対しよい感情を持っていなかった。そのため美由紀は遠慮して、その種のゲームはしなくなっていった。
今回、性能試験の名目でこのような実弾を使った”模擬戦”をが出来ることを美由紀は嬉しく思っていた。あの頃に控えなければならなかったパワードスーツによる格闘ができるからだ。しかも仮想ではなく現実にだ。機械娘とはいえ、戦闘能力は自衛隊の機兵部隊のそれと匹敵しており遜色なかった。特にゲームの中では仮想でしかなかった実弾を、実際の機兵隊員でも出来ない量を惜しげもなく撃つことが出来たからなおのことだった。撃つたびに着弾した場所の地形が変わっていた事で実感できた。
そんな彼女にも”現実”になったことによる戸惑いもあった。自衛官でも軍人でも、ましては民間軍事会社の戦闘員でもない一介の女子大生が、いくらなんでも長年訓練して掴める経験が必要な戦闘能力が発揮できるなんて信じられなかったからだ。しかも標的は仮想ではなく物理的質量を持った実在するものだ。これは夢の中の出来事かとも思ったが現実に今起きていることだった。
「強制学習機能というものは恐ろしいものだ。機兵隊員が長期間の訓練と多額の国家予算を費やして獲得する能力を、若い女の子を調整するだけで発揮することができるから。まあ、この技術だけは我が国や国連軍以外には使われたくはないな」と美由紀が入っているエリカの動きを見ながら苫米地指令は前田所長に話していた。
「苫米地指令、現在のところ強制学習機能の効果が現れるのは、理由がわかりませんが概ね若い女性だけです。それで今回の試験では我が社の機械娘が実証試験をしています。将来的には老若男女の区別なく効果を出せるようにしたいですが、そうなると社会が変容しすぎますので大変恐ろしいことです。これが”奴ら”の手に入ると、テロリストへの洗脳が容易になってしまいます。個人的にはこの技術はパンドラの箱”から生まれたものなので、もう少し人類が進歩するまで封印してもらいところですが」と祐三は答えた。
”奴ら”の手下になる工作員の中には半ば強制的に洗脳された者が少なからずいたことは、公安関係者の間では常識だった。実際に「万騎が原難民キャンプの虐殺」の実行犯には、根っからの排他主義者もいたが多くはそこらへんにいるような移民問題といった社会問題や政治問題に全く関心がない市民が多かった。そのため歴代の法務大臣は「首謀者の未検挙」を理由に確定死刑囚の執行をしていなかった。ほかにも死刑制度の存廃が議論されていることも理由のひとつであるが、科学的洗脳技術による被害者の疑いが強いので行なっていないのが現実だった。そのことは一部のジャーナリストがリポートしていたが、社会的にあまり認知されていなかった。
「現在でも、我が国で”奴ら”が洗脳出来る適合者を密かに探しているのは確実でしょうね。だから事前に身辺調査をしていても、ある日突然”奴ら”の手先にされるかもしれませんから、我々も気をつけなければいけませんね」と祐三は言った。
これほどまで強制学習機能のノウハウが”奴ら”に渡るのを恐れるのといえば、洗脳ワクチンが無効になることを各国政府が問題にしていたためだ。”奴ら”の洗脳技術にも欠陥があり「適合者は極僅かしかいない」というものであった。その事が判明したため”奴ら”に拉致されても不適合になるように密かにワクチンを投与することを国民にも内緒ですすめていたが、もし適合者であるか否かに関係なく洗脳できるようになったら、あっという間に”奴ら”の工作員だらけになるのは間違いなかった。
「一応、自衛官に任官する者は全て洗脳ワクチンを投与しているので問題は起きないはずだが、”首都機兵第三小隊事件”の時には作戦中枢コントロールセンターにワクチン投与していなかった複数の職員が潜入していたからな。本当は全国民にワクチンを投与すればいいが、ワクチンは高価だし副作用もある。それにこのことが暴かれたら国民がパニックになるから出来ないだろうな。そちらの計画どうり洗脳技術を持つ”奴ら”を始末できれば、大昔撲滅した天然痘と同じに出来るだろう。そうすれば赤松聖美も過去から自由になるだろう」と苫米地指令は美由紀から少し離れた場所で活動する聖美を見つめていた。、
聖美は自分と同じように活動できる美由紀に驚いていた。強制学習機能のためだということだが恐ろしいと感じていた。適正試験の時の筆記試験で見た彼女は凡庸な少女だと思っていたのに、今では立派な戦闘能力を発揮していたからだ。
先日、高校の時に小学生に負けてしまったという美咲がプロレス経験者の真実と互角に格闘できたという話があった。聖美は今着用している機械娘と呼ばれるこのパワードスーツは恐ろしい兵器ではないかと気付いていた。さきほど苫米地指令から聞いた薫の本当の目的からすれば必要であるのは理解できるが、もし使い方を誤れば殲滅されるのは”奴ら”ではなく”我々の社会”かもしれないのだ。
聖美は一昨日の模擬戦闘の際の美由紀のことを思い出していた。彼女の傍にいた隊員を”狙撃”し”戦死認定”にした際に見せた、彼女の逆上とも思える”肉弾”逆襲だ。すぐに薫が止めたが、もし続けていたら機械娘の戦闘能力に関係なく負けていたのは自分だったかもしれなかった。それだけ美由紀は戦闘員に変貌していたということだ。
美由紀と聖美の前に無線操縦の旧式戦車「90式戦車」が現れた。導入から半世紀が経過したとはいえ、その砲弾が直撃すれば機兵隊のパワードスーツすら大きなダメージを受け、戦闘不能になるのは明らかなはずだった。しかし戦車から聖美に向けて砲弾が発射され直撃した、はずだった。しかし聖美が持っている装甲板はそれを防いだため無傷だった。
その直後、二人の攻撃により「90式戦車」はあっという間にスクラップになってしまった。その様子を見ていた松山と広瀬は「いくら大戦の生き残りと言っても、弾を受けた上で破壊するなんてすごいぞ。すごく勿体ないけどよ。本当にあの女機械人形恐ろしいな。あんな奴と一生闘いたくないな」と言っていた。引き上げる二体の”戦闘用ガイノイド”を見て松山はおかしな事を気付いた。一昨日一緒に闘ったエリカが左腕の掌をぐっと握りこぶしにして”やった”と表現するかのような行動をしたのだ。
「あれって今井がゲームの時に強い相手を倒した時によくやっていたポーズだよな。まさか今井があの機械人形というわけなのか? まさかそんなことはないだろう」とつぶやいていたが、広瀬に「松山、あれに人間が入っているわけないだろう! 今井って中学の時にパワードスーツゲーム好きなお前の女だった奴だろう。まさか若い女を戦闘用改造人間にするわけなんかないように、あれに女が入っているわけないだろう」と突っ込まれていた。広瀬は松山から美由紀の事をよく聞いていた。もし自衛隊の機兵隊員になっていたらエースになれるぐらいの素質があったことを。
同じごろ、副所長の横山朋和は暇であった。それはガイノイドスーツ開発計画が一段落したことを意味していた。もうすぐ西第三研究所は閉鎖することが決定している。研究所員の多くはサイバーテックロイドの正社員だから、解雇されず別の研究所や部門に移籍するのは間違いなかった。唯一の例外が契約社員扱いだった江藤薫であるが、彼女の場合は会長の孫で、社長の養子だからしかるべきポストが用意されているようだった。
横山からすれば、最近所長の前田の動きがおかしかった。ここ半年釣りに出かけるといって外出することが多かったが、実際には関係先を行ったり来たりしていたことが判ったからだ。特に東京本社に相当な日数出張していたようだ。
それにしても今日の研究所は人が少なかった。あの機械娘も全員出払っている。それに研究員も一緒に出て行ってしまった。午前中、薫が戻っていたようだがすぐに誰かと出かけてしまったようだが、所内では引越しするかのように古い試作機体を搬出する運輸業者の方が目立っていた。なんでも松山市に出来る仮称”サイバーテック資料館”の展示品にするためだということだった。
予定では明日8月11日から長期のお盆休みに突入するためさらに出勤者はさらに少なくなる。研究員のうち何人かは休みが明けたら東国の上海に直接行くことになっていたが、中にはそのまま次の赴任地に向かうものもいた。そのため、研究所にはもう戻らない研究員も多かった。
唯一、残るのは薫ら機械娘の主要スタッフだけだと思っていた副所長の下にファックスが届けられてきた。それによると薫ら機械娘プロジェクトに関わるメンバーと所長は東京本社に来るようにという指示だった。予定としては8月11日夕方に出発し深夜到着、8月20日まで滞在し8月21日朝に戻るという日程だった。なお副所長など一部スタッフは残留することとあった。副所長は「わしゃ、居残りか! 」と叫んでいた。
午後遅い時間になり、もうすぐ演習場の公開イベントが終わるごろになって薫が戻ってきた。しかもマシンガールプロレスで今人気急上昇中の悪役レスラー”トルネード・キミエ”を連れてだ。二人が一緒に歩いていると帰る途中の観客の一部が気付きパニックになってしまった。それで仕方なく自衛隊にエスコートしてもらう破目になった。
薫は会場の後片付けをしていた真実を呼び出した、トルネード・キミエのパワードスーツの調子を見たいので模擬戦をやりなさいということだ。この事を聞いて機械娘の中にいる真美は感激だった。夢にまで見たマシンガールの現役レスラーと練習試合ができるからだ。もう一生マシンガールプロレスラーになれないから叶わぬ夢と思っていたことが、すぐ出来たからだ。
模擬戦は演習場にあるグラウンドで行われた。あくまで機能試験なので一通りの技がかけられるかというもので、プログラムにそったものをしていた。そのため真実が技をかけたりかけられたりしていた。後にトルネード・キミエこと会澤喜美恵が語ったことによれば「機械娘なので若い背の低い女の子が入っていることは知っていたのですが、あそこまでベテランのような技を繰り出せるとは思っていませんでした。いくらプログラムにそって行なっていても技をかけるタイミングなどは同じスーツを着ていても個人差があります。明らかに彼女はセンスがあったと思いますよ。本当に規定以上の身長があったら、トップスターになれたかもしれないです」という。この時の真実はトルネード・キミエと互角だった。
この時、公開でもないのに気付いた人々が周囲に集まってしまい、混乱が起きてしまった。そのため自衛隊員だけでなく美由紀や聖美、カンナまで観客整理に動員された。もっともその事で美由紀と聖美の機械娘と触れ合う場を提供することになった。そのため混乱に拍車がかかってしまった。
混乱をよそに薫と祐三は演習場にある一行が宿泊していたゲストハウスの一室にいた。「今頃、副所長の所に東京本社から機械娘たちの出張命令が届いているはずだ。これでみんなと一緒に東京に”避難”できる。後は戻る際の事について打ち合わせをしよう。東京に行ったら色々と忙しいだろう、そろそろ”奴ら”の工作員が我々の行動を監視し始めているだろうし」と祐三はコーヒーを片手に薫によりそっていた。
「あの子達に悪いけどこれから修羅の道というわけだね。もう後戻り出来ないかもしれないけど、早く”奴ら”と対峙したい」といって薫は祐三に抱きついていた。この時から機械娘たちの苦難に満ちた旅が始まろうとしていた。
この話を持って前編「着装編」は終了です。次回からは中編「見本市編」をはじめます。予定では55話から60話までを大戦時の世界を描いた外伝を入れるつもりでしたが。構想が大きくなったので、後で入れます。
次回からは東京を経て大陸に渡り、見本市に参加するはずですが、この見本市もいろいろとトラブルが起きてしまうほか”奴ら”の本格的な活動をはじめますので、ご期待ください!




