マシンガールプロレスラー喜美恵
美由紀と聖美の二人はその後三日間にわたり実弾を使った性能実証実験を行なった。シュミレーターによる実験は研究所でいくらでも行なうことは可能であるが、実戦形式の試験も必要だった。いつの時代も百回のシュミレーションよりも数回の実戦の方が課題も浮き彫りになるし、経験もあがるからだ。そのうえ二人は見本市よりも重要な任務があったが、それを美由紀が知ったのはあとのことであった。
二日目の試験の最中、研究所に一般人がやってきた。かつて「ガーディアン・レディ」に出演していた四谷みなよこと会澤喜美恵だ。薫の二木恵理華として女優をしていた時代の数少ない友人のひとりだった。ただ、当時に比べ随分と太ってしまい見る影も無かったが。わざわざ彼女に会うために美由紀と聖美の実験をスタッフに任せて薫は二人の機械娘を残し研究所に戻っていた。喜美恵に会うためだ。
「恵理華、いや今は薫なのね。以前からお願いしていた依頼が完成したというから来たわよ。それにしても本当にすごい山奥にいるわねえ? あんたがこんなところにいるだなんてもったいないよ。それにあのまま女優をしていたら、私と違って今頃はトップスターの仲間入りじゃ無かったのではないの? 」と出されたコーヒーをすすりながらいった。
実は薫は女優を正式に引退しておらず、今も”幽霊状態”だが元のプロダクションに所属している。女優の活動を休止したのも機械娘プロジェクトに専念していたこともあるが、きっかけは”奴ら”の妨害で「ガーディアン・レディ」の第四シーズンの製作が中止したからだ。
”奴ら”は世界同時多発テロ戦争の黒幕で、かつての超大国の中国とロシアを葬ったうえ、中東からアフリカにかけて多くの国を内戦状態にしたとされている。きっかけは二十一世紀初頭から続いていた民族対立や宗教対立が、中国政府とロシア政府の急激な膨張政策の失敗による混乱に乗じて、大小さまざまなテロが行なわれたことであった。
その際、中国とロシア、アメリカの保有する核兵器管理システムが乗っ取られ、世界各地の多くの都市が核兵器の猛火によって崩壊した。日本も中小の都市で核弾頭が炸裂し多くの犠牲者を出したが、中国とロシア、欧州各国やアメリカに大量の核兵器が打ち込まれたため、多くの死傷者をだし、それに伴う核の冬で北半球は大飢饉に襲われ犠牲者八億人以上を出した。
現在では各国の当時の政治家の多くが”奴ら”の策謀に乗っかったといわれており、日本の当時の首相も絡んでいたことが明らかになっている。
この時の日本の首相を揶揄するエピソードが第四シリーズで予定されていたが、図らずも”奴ら”の正体を暴いていたため、執筆した脚本家が殺害されたのが、「ガーディアン・レディ」打ち切りの真相だった。ただし世間一般には”奴ら”の意図を明らかにするとパニックになるとして製作会社とスポンサー、公安当局が一致して緘口令を引いている。その事を知っている一人が薫であるが、喜美恵はその事を知らなかった。
「喜美恵、もう芸能活動はもうしないわよ。あのころは楽しかったけど、いろいろと大変だったね。特にゲストキャラで来る先輩の女優なんかに影で悪口を言われたり、わざとNGなんか出されたりしてね。でも今の研究所勤務もいいわよ。しかし来年は別のことをしているかもしれないけど、おっとこれは内緒ね。まあ数十年後に娘”あの人はいま”なんていう企画で探されていたりしてね」などと昔話をしていた。「でもね、なんちゃって復帰なんてさせられるかも知れないね。あのテレビ毎朝の広岡の奴、今も私のところにメールをよこすのよ。テレビシリーズ全集の特典映像を作りたいからといってね」と、薫はかつてのプロデューサーの悪口をいっていた。
そして本題に入ったらしく「あんたに頼まれていたインナースーツだけど完成したわ。しかしあんたがプロレスラーになるなんて思ってもいなかったわ。しばらく連絡が来ないので一体何をしているのかなと思っていたけど、まさかね悪役レスラーだなんてね」
現在の喜美恵の職業はプロレスラー、しかもマシンガールプロレスで悪役レスラー”トルネード・キミエ”だ。彼女の所属する団体の悪役レスラーはいつも醜悪な外骨格を持つパワードスーツを着用している事が義務とされている。しかも設定上は中の人などいないことになっている。
そのため、体調が悪い場合には他の人が代わりに入っても気づかれにくい利点もあるが、やはり本人が入っていないと様にならない。そこで喜美恵は悪役レスラー”トルネード・キミエ”のパワードスーツを機械娘の技術を使って装着することになっていた。
本来、機械娘の正式発表はまだであったが、彼女には内密に知らせていたのだ。昔のよしみでかなり前から誘っていたのだ。薫がマシンガールプロレスを知っていたのも彼女のことがあったからだ。薫は喜美恵を装着装置があるバンガーに案内していた。途中喜美恵は薫の指にある婚約指輪に気付いた。
「あんたって、今度結婚するの? やっぱり親が勧める相手と結婚するわけなの。あんた、社長令嬢だし色々と大変そうだし」といわれたが、薫は「ううん、私が好きになったのは父親ほど歳が離れた人なのよ。でも彼は能力もあるし私に対して優しいのよ。しかもサイバーテック・ロイドの社長の娘と知らなかった時からよ。来年には結婚するので、あなたも良かったら結婚式に来て欲しいけど忙しそうだから無理をしないでね」といった。
喜美恵は、そういえば薫が相当年上が好きだったことを思い出した。すぐに破局したが広岡とも関係があったぐらいだからだ。それにしても薫ほど影が大きすぎる女はいないと喜美恵は思っていた。
「ところで薫。もしも”ガーディアン・レディ”の第四シリーズが製作されていたら、エリカは行方不明の状態から戻ることになっていたはずだよね? 一応全ての話に出演予定だったから。私は教えてもらっていないけど、あの時エリカはどうなるはずだったの」と聞かれた。
薫は「良くありがちな話だけど」と断った上で、エリカは洋上爆発から帰還することに成功したが、身体に大きな損傷を受けてしまい身体の大半がサイボーグになってしまい、かつての仲間のことを思い出せなくなっていた。しかも脳が損傷したため電脳化されており機械人間に改造されていたのが初回のプロットと話した。
喜美恵はそれじゃエリカが可哀想過ぎると同情したが、それは薫の実際の経験に酷似していた。悪性腫瘍のため光と理性を失った薫の頭部を機械と一体化することで復活したのが今の薫だからだ。首から下はさすがに機械化されていないが、体内をモニターするセンサーが埋め込まれているので、機械にコントロールされた肉体に変わりは無かった。もっとも喜美恵に話したことはないしこれからも話すつもりはなかったが。
なお「ガーディアン・レディ」の最終回も喜美恵に教えることが出来なかった。これが脚本家が殺害された原因であったからだ。もし今度”奴ら”の危険性の除去に成功すれば続きを話すことが出来るのにと考えていた。
バンガーには喜美恵を待つマシンガールプロレスのコミッショナー事務局の係官がいた。係官は悪役レスラーの”中の人”が登録された人物であるかを確認するために派遣されたもので、成りすましや入れ違いが行なわれないよう監視する目的があった。
「会澤喜美恵さんですね。これからあなたが”トルネード・キミエ”のパワードスーツを着用するかを確認させていただきます。それにしても三ヶ月も連続着用できるシステムがあるとは初めてですね。たいていは一ヶ月もすれば脱がなければならないものですから」といった。すると薫は「まあ二年でも連続着用は可能ですよ、理論上はですね。私もこのシステムを使ってパワードスーツを十ヶ月も着用していましたから問題ありませんよ」といった。さすがにこの言葉を聞いた一同は驚いていた。
”トルネード・キミエ”になるべく喜美恵は機械娘にする装着装置に入った。しばらくしてトルネード・キミエになった喜美恵が出てきた。彼女は試験をしたいのだけど何か方法は無いかしらというので、薫はトルネード・キミエを先ほどまでいた演習場に案内した。
そこでは真実がカンナと一緒に陸自の広報活動の手伝いをしていた。その場に薫はトルネード・キミエと一緒に現れたのだから、真美は喜びのあまりテンションがあがっていた。
その後真美はトルネード・キミエのスパーリンクの相手としてプロレスの模擬戦を行なったが、真実からすれば一生忘れることが出来ない思い出になった。




