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夏バイトに行て機械娘にされてしまった  作者: ジャン・幸田
第七章:機械娘たちの困惑
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三人の機械娘たちの救助活動

 三人の機械娘が崖下に転落した乗用車を見つける直前、薫たち機械娘プロジェクトのメンバーは聖美の機体を調整していた。彼女の場合、既に義体になっているので機械に融合するのは他の三人よりも容易だった。もっとも初期のころは機械娘に調整できるのは限られた体質を持つものに限られていたが、現在では誰でも機械娘にすることは可能である。


 初期に薫が適用障害を起こし機械娘の中から緊急脱出した事故があったが、今では本人が希望さえすれば誰でも機械娘になることが出来るようになった。これにより、ただパワードスーツに入って操作する従来のものから、生身と外骨格が一体化することが誰でもできるわけだ。


 それでもなお、問題は残っていた。そう機械に身体が覆われ、長期間人間としての感覚を奪われることに耐えられる人間は多くは無いことだ。そのため薫や美由紀、真実、美咲といった適合者はありがたい存在だった。そのうち薫は本人が義眼で大脳皮質の大部分が電脳化している体質のため、今後機械娘になることは出来ないが、いまのところ三人に拒否反応がないのは幸いだった。


 ただし、今回のようにバイト希望者から適切な着用者を選抜する事はいつもできないので、無理矢理「機械娘」の適合者にすることを可能にする機能として搭載されたのが、三人の機械娘にも搭載されている「強制学習能力機能」である。これは機械娘の素体が話そうとする内容を脳波などから読み取って代行して発声する機能とは反対に、機械娘の搭載電脳に記憶されている知識や情報を素体の生体脳に直接送り込む機能であった。


 そのため、極端な話、素体が気を失っていたり眠っていたりしていても活動することが出来るわけだ。さらに機能を強化すれば人格の書き換えや、記憶や能力の改竄も可能であるが、それは倫理的に問題であるといえる。悪用すれば体制に都合の悪い人間を洗脳できるし、テロリストが入手すれば、自身に都合の良いイデオロギーを注入して自爆テロの実行犯にされるかもしれないからだ。


 その「強制学習能力機能」の最初の被験者になったのはキャサリン・ロードンだった。そうライバル会社であるUSロボテックから図々しくやってきた研究員だ。このときはスパイ活動が目的なのは明らかだったが、何も手の内を見せないわけにも出来なかった。しかし所長の前田がキャサリンの美貌に「鼻の下を伸ばした」としてエリカの中にいた薫が異常に嫉妬心を抱いたため、機械娘に改造したついでに試したのが、この機能だった。いわば人体実験の材料にしたわけだ。


 この時の”機械娘”キャサリンは完全に”ドール状態”で、本人の意識が無い時に機械娘に改造したため、目を覚ました彼女を薫の電脳で制御していた。すなわちマインドコントロールしたわけである。このとき彼女の身体は機械娘を稼動させる器官に成り下がっていたわけだ。


 薫は一週間にわたりキャサリンに様々な実験をやらしたが、この間にしたことを本人に悟らせないために、いい加減で適当な記憶を埋め込んでごまかした。後で彼女はぼんやりとして「私って、一週間の間資料用の映像を見ていたようだけど、感想をメモするのを忘れていた」などと言って不審に思っていたが、結局本人は自分が機械娘になっていたことは知らずじまいだった。


 このときキャサリンの記憶から、USロボテックも機械娘と同じコンセプトのシステム、すなわち外骨格の内部に生身の人間を入れる事を開発中であることが判明したが、薫の研究よりも遅れ気味で、しかも人間の身体をあらかじめ適合できるように改造するものであり、素人でもすぐに機械娘にできるに比べ、問題があったという。


 今朝から薫達は防衛装備品事業部からの応援スタッフとともに、聖美のスーツの調整を行っていた。元々、聖美のスーツは見本市では防衛装備品事業部が出品する予定の機体のひとつ”四五式試作機動重装備強化服サイボーグ対応バージョン”を割り当ててもらったもので、当初は動かない展示の予定だった。たまたま聖美が義体だったので急遽予定を変更したものだった。


 この時代、本人が希望し政府が認めれば義体になることもあったが、それは生まれつき身体に障害などがあり、今後義体にしたほうが社会保険制度の負担が軽い場合に限定されていた。たとえば薫のように病気で両方の眼球を失ったうえ、脳機能に重度の障害があれば人工物に国費で交換してもらえる制度であった。そのため、健康なのに機械の体になることは許されないが、金を積んで一部を義体にする者もいた。


 薫は機械娘のような機械の身体になることを夢見て研究開発をしてきたが、出来れば自分の眼だけは生まれたままの方がよかったと思っていた。たしかに情報端末として使える眼球は便利であるが、うっとうしく思うこともしばしばだった。ただ、少女時代に眼球が無く外の世界がどうなっているかが判らなかった経験からすれば、ずっとマシであることも認識していた。


 その時、薫の眼球に突如機能試験を行っている加奈から通信が入ってきた。前方で交通事故が起きているという。一瞬躊躇した後で「試験は中断で構わないから、谷底に落ちた車をエリカいや美由紀達に確認させて。それから報告をお願い」と言った。もしかすると大変な事が起きているかも知れなかったからだ。


 三人の機械娘たちは崖下の乗用車の中で、老夫婦を発見したが、妻は頭から出血しているけど大した怪我でないことがわかったが、夫は頭を強打し意識がなくハンドルと座椅子の間に挟まっていた。美由紀の目の前のモニターに夫の症状が表示されており、脈拍数が低く首に強度の損傷を受けているとあった。


 芳実と加奈は美由紀からの中継映像を確認して薫に救助した方がよいと思いますがいかがしましょうと判断を仰いだ。すると「決まっているじゃないの、お二人を救助してあげて。たぶん救助隊が来てもがけ下から救助するのは難しく時間がかかるから、怪我に注意して上まで引き上げて。そうそう美由紀のスーツのホストコンピューターに救助モードがあるので三人が一致して助けてあげて」といった。


 年のころは七十歳ぐらいの妻が眼を覚ますなり「ここは三途の渡しですか? あんたたちは船頭の鬼さんですか?」と聞いてきた。たぶん機械娘の異様ないでたちを見て、あの世の者と見間違えてしまったようだ。今の彼女らは不恰好な保護カバーを付けた上にウェアを着ているので、とてもじゃないが「格好悪い」姿だ。しかし、この保護カバーがあるおかげで、崖を降りても本体が傷つくことは無かった。


 「そうじゃないです。私たちは試運転をしていて偶然通りかかったガイノイドです。あなた達を助けに来ました」と美由紀は言った。あえて”ガイノイド”といったのは、研究所外では”備品”のふりをしなさいといわれたこともあるが、人間ということを説明するのが面倒だからであった。その時「あなた、しっかりしてください。こんなに頭から血を流して大丈夫なの? 」と運転席でぐったりしている夫をさすろうとしたが、妻も激痛で身動きできない様子だった。


 美由紀は上にいる芳実と加奈に「助けないといけないけどどうすればいいのよ?」と連絡を取っていた。このとき二人は薫に機械娘に救助をさせる許可を出すように連絡していた。すると「そんなに山奥じゃ救助隊が来るのも時間がかかるし、来ても崖の下では普通の手段では時間がかかるでしょ。取り合えず美由紀をリーダーにして、そこまで二人を上げてあげなさい」といって、美由紀らに二人を助けるようにいった。


 まず美咲に比較的怪我が軽い妻を抱いて崖を登ることになった。美咲は生身では非力な女の子なのに、人一人を両手に抱えて急峻な崖を登るのが信じられなかった。そのため内心は「機械娘の力って本当にすごいわ。いつもだったらこんな崖など登れないのに」と感激に似た気持ちを抱いていた。生身の自分には無い能力が使えることは素晴らしいということだった。ただ、人の命を抱いているのだから慎重にならざるを得なかった。


 美由紀と真実は重傷の夫を搬送する事になった。しかし彼は頭に大きな傷をしており、首も損傷が疑われる状態だった。そこで美由紀は機械娘のデーターベースの指示で”急ごしらえ”の担架を作ることにした。まず大破した乗用車の後部座席を真実と一緒に引き離して下のソファ部分だけにした。そして運転席の横において、乗用車の天井を引き剥がした上で、運転席ごと移動し、そこに夫の身体を慎重に寝かした。ついで彼の身体が搬送中に傷つかないように美由紀の保護カバーのうち首部分のものをはずして首と頭部が動かないようにして、身体がずり落ちないように車体から外したシートベルトで固定した。


 一連の作業は炎天下の夏の日差しの下で行われたが、生身でやると乗用車を壊すようなことも出来ないし、崖からの照り返しで熱射病になりかねない気温であったが、機械娘の強力な体温調整機能のおかげで三人は水の中のプールで作業をしているような気分だった。しかも強力なサポートつきで。


 美由紀と真実は”担架”で崖を登っていたが、怪我の状態が深刻なので出来る限り水平にするためジグザグに登っており、時間が大変かかっていた。このとき試験に”登山”という項目は無かった機械娘の仮のブーツがスパイクを出せるようになっていたのは幸いであった。


 先に行っていた美咲に抱かれた妻に上で応急処置をしていた時に、ようやく美由紀と真実が担いでいた夫を乗せた担架と一緒に登ってきた。三人の生身は多少疲労感があったが、救助できたことに満足していた。すると薫は彼女らに「ついでに、転落した乗用車も引き上げなさい」と指令を出してきた。三人は驚いたが「あなた達に機械娘の力を認識してもらいたいから、やりなさい」という事だった。


 しかし、けが人とは違い乗用車の残骸を持って崖を登るのは難しいので、近くの斜面を大回りして登ることになった。相当な力仕事であったが、機械娘の能力的には相当余裕があるということだった。「美由紀、私たちってドンドン人間離れしていっているみたい」と真実が真ん中で車体を支えながら話していた。「仕方ないじゃないの、私たちは今”機械娘”なのよ。こうやって乗用車を持って歩いていても、ロボットが作業しているようにしか見えないじゃないかな。しかも不恰好な保護カバーを着て。これがなかったら格好いいエリカの姿で出来たのに」と少々残念そうな雰囲気で言っていた。


 一方美咲は前のほうで担ぎながら人間では出せない能力が獲得できたことを認識し、このまま機械娘のままでいてもいいかなといった想像をしていた。一方で自分が研究してもっと素晴らしいものを開発したいという気持ちも抱いており、そうなればどんなに素晴らしいことかと考えていた。


 三人が崖の上に乗用車を持ち上げたころには救助隊が駆けつけていたが、乗用車を持った三体の”ガイノイド”を見て驚きを隠せない様子だった。救急車の隊員は「あなた方が助け上げていなかったら、男性のほうは出遅れだったかもしれません。本当にありがとう」と感謝されたが、最後まで自分達が血が通った人間であったことは気づいていなかったようだ。


 翌日の地元紙の社会面に「8月6日午前10時半ごろ、北吉備市鍋谷町小竹の県道で、市内松峰町の男性(78)が運転する乗用車が高さ40メートルの崖下に転落した。この事故で男性は頭部などに全治四ヶ月の重傷を負い、同乗していた妻(74)も左足を骨折する全治一ヶ月の重傷であった。北吉備署は事故の原因について調査中である。二人は偶然通りかかった同市内の研究所が試運転していたガイノイド(女性型多目的亜人機械)によって救助された」と記事が掲載されていた。美由紀ら三人は”亜人機械”と紹介されており、人間と扱われていなかった。”中の人”はいないのである。

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