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夏バイトに行て機械娘にされてしまった  作者: ジャン・幸田
第七章:機械娘たちの困惑
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機械娘たちの試験、聖美の苦悩

 8月5日の金曜日。美由紀と美咲と真実の三人は朝から研究所施設内の運動場にいた。初歩的な機能試験を行うためだ。美由紀は昨日、美咲と真実が行っていた身体能力試験をやり、二人は別のメニューをしていた。三人が行っていたのは、準備運動やストレッチなどの軽めのものだった。なんてことは無い学校の体育の授業に酷似したものだった。


 ただ三人は機械娘なので、朝から炎天下であるにもかかわらず快適な内部環境に保たれたスーツによって、その過酷な環境とは感じていなかった。そのうえメタリックな外骨格が転倒しても傷が付かないようにするため首から下は分厚い保護カバーのような全身タイツの上に一般的なトレーニングウェアが着せられていた。また頭もヘッドギアのようなものを被せられていた。


 美由紀は「私の実家は雪深いところだけど、真冬でもこんなに厚着することはないわ。でも真夏に生身でこれぐらい着てしまったら、今頃はダウンしているだろうね」と思っていた。ふと美咲と真実を見るとまるで親子のようにモジモジしているうえ、その格好が滑稽に思えたから笑い出してしまった。自分も同じ格好であるにも関わらずである。

 「美咲、真実、あなた達は昨日何をされていたのですか? 」と尋ねると、「今やっていると同じことをしてから運動場を走ったりジャンプしたよ。しかも”人間ではない”能力を発揮したから本当に驚いたよ」や「生身の時にこれぐらい早く走れたら学校を遅刻することもないし、プロレスラーだって勝てそうよ」と感想を言っていた。これを聞いて美由紀もやりたくなっていた。


 機械娘プロジェクトのナンバー2だった菊池優実も機械娘になったため、三人の今日の試験の担当は斉藤芳実と緒方加奈の二人が担当していた。なお優実は見本市の資料作成に忙しくて不在だった。二人も機械娘と同じようなトレーニングウェアを着ていたが、これはサイバーテックロイド陸上部のユニホームと同じであった。機械娘や研究員といえども専用のウェアを用意する手間も無いので、本社の総務部から送ってもらったものだった。彼女らは普段は冷房の利いた研究室にいるので、大変暑そうにしており紫外線による日焼けを気にしていた。


 「いくら試験といってもあの子ら機械娘の中は快適だよね? 少々無茶なメニューをさせても問題ないよね? 一層のことリストにある項目を今日一日ですましてしまおうか」と芳実は投げやりなことをいったが、「だめよ芳実、エリカになった子は昨日機械娘になったばっかりでしょ! 二年前の主任のように機能停止したら大変面倒なことになるわ。取り合えず、今日は近くでで出来ることだけにしようよ」ともう一人がなだめた。


 「今日はまず美咲と真実は跳躍能力試験。美由紀は歩行試験を行います。出来たら、今日は近所も歩きたいと思います」といって試験をはじめた。二人のサポートはガイノイド五体が行っていた。


 同じころ東第二研究所の達川義体開発部長は松代から中国山地に向けてスタッフとともに輸送機に乗っていた。西第三研究所の副所長はバスで来てくれと言っていたが、忙しいのに往復で三日も使うのは嫌だし疲れるといって、無理矢理グループ企業の航空輸送部門のティルトローター機「海燕」を回してもらった。これで目的地に直接いけるから楽だった。


 達川は二年前に聖美の義体化に関わっていた。防衛省から事故で負傷した女性隊員の義体化を依頼され行った先にいた被験者が聖美だった。「あの時改造したのが現在は女子大生というのはどうしたものか。まあ、あれだけの負傷だったら普通の女の子に戻りたいと思うのも無理がないかな。まためぐり合うのも運命かね」とつぶやいていた。


 達川が聖美の身体を見たとき、バラバラ遺体と思ってしまったほどだった。培養液に人工呼吸器と人工心肺装置に繋がれた体は肉片にすぎなかったからだ。全身、といっても上半身は焦げていて顔面は粉々、両足と左腕はなくなり、胸部も欠損部分が多かった。幸い脳漿と脊髄に損傷がなく腹部の血管に傷がなく手足の切断面が焼け焦げて出血しないようになっていたので即死せずに生命反応が残っていた。


 本当なら、時間をかけて組織再生を行うところであるが、もう時間が残っていないことと防衛省の依頼でサイボーグに改造することになった。このとき全身を機械のような外骨格で覆うことも選択肢であったが、被験者がまだ二十一歳と若い女性であること。出来るだけ負傷前の姿に戻すことという依頼だったので、使える臓器や組織をつなぎ合わせて機械の身体と融合させていた。


 「あの時、彼女にとって幸運だったのは生殖器と消化器が再生可能だったことかな。人間として食事をする楽しみと、人の親になれる可能性が残ったから。でも彼女が気の毒なのは身体の半分が機械になってしまったことだ。目が覚めた時の光景を忘れることができなかった。


 聖美の目が覚めたのは身体がバラバラになってから一ヶ月後だった。それまで人工的に昏睡状態にしていたので覚醒処置を取った。驚いたことに彼女、身体が粉々になった後も意識があって記憶が残っていたことだ。


 「あの時、前方から地対地ミサイルが飛んできて私の身体を直撃しようとしていたんだ。もう終わりと思ったら横から秋村先輩が走ってきて体当たりして私に直撃しないようにしてくれたんだ。


 でもミサイルの威力が強くて私が操縦していた三八式機動重装備強化服の下半身が吹き飛ばされて猛烈な勢いで転がったの。もし生身だったらこの時身体は粉砕してあの世に行っていたはずよ。でも強化服のおかげで即死しなかったけど、全身が猛烈な激痛で貫かれたていたわ。


 意識が遠のいてお父さんのところに行くのだなと思っていたら、目の前に恐ろしいものを見たんだ。さっきまで一緒に行動していた秋村先輩の強化服の頭部があったのよ、それでボロボロになった右手でフェイスガードをあげたら彼女の苦痛に満ちた顔が見えたんだ。


 今にして思うと彼女は私を助けようと思わなかったら問題なかったのに、私なんかの為に命を投げ出したんだ。先輩は来月結婚するはずだったのに」といって泣き出した。先方からクールビュティーというぐらい強い女性自衛官だから義体にしても乗り越えられるといわれていたのに意外だった。


 聖美は予定よりも遅く研究所に戻ってきていた。「聖美、遅いじゃないの、事故にでもまきこまれたのじゃないか心配したじゃないの! これから準備するから入浴してちょうだい。それと着ている服はちゃんと返してね」と薫は少しイラッとした表情だった。しかし内心逃げたのかなとも思っていたので安心していた。


 研究所の制服である赤いリボンと白いワンピースを脱ぎ、スカートを脱いで、私服の下着を脱いだ。しかし彼女の場合、義体なのでぱっと見ただけでは判らないが彼女には下半身には体毛が全く無いのだ。マネキンのような身体だった。これでは彼氏がいたとしても一線を越えるのは躊躇してしまうというものだ。また両腕も同じようにシミが無いが人工皮膚で構成されていることは専門家がみればわかってしまう代物だった。


 ただ、顔だけは骨格は人工であるものの筋肉や皮膚は可能な限り培養したものを移植してくれたので、生身の顔に復元されている。ただ鼻の軟骨だけは合成樹脂を入れられているので鼻を強く押されても痛みは感じなかったが。


 聖美の機械娘にするために、西第三研究所だけではなく義体開発部と防衛装備品事業部の協力を得る必要があったため、大掛かりな編成になっていた。先にバスで到着した防衛装備品事業部のスタッフだけでも50人近くいて、普段はいない男性スタッフも多数いた。そのため「男子トイレが使えない」といったクレームまで飛び出す始末だった。手違いで普段閉鎖している男子トイレの洗浄装置のスイッチが入っていなかったようだ。


 午前十時ごろ、機能試験をしている機械娘たちの近くに「海燕」が降りてきた。達川部長が降りてきた。運動場を見て「ありゃ、薫お嬢さんに機械人形にされたかわいそうな娘じゃないの? もし彼女らの父親だったら泣いてしまうような姿だね。まあ自分も”機械人形”を作っているのだから、人の事を言えた義理じゃないか」と美由紀らの姿の感想を言った。


 その光景をみて美由紀は「とうとう聖美も機械娘になる時がきたのだね。彼女は攻撃型だというけど、やっぱり優実よりも獰猛そうな姿にされるのかな」とつぶやいていた。その直前、美由紀は走っていたが自動車並の速度であったが、急停止するタイミングを誤り横転していたところだった。その瞬間を達川が見ての感想が前述のものだった。着ていた上半身のウェアはちぎれてしまいボロボロになっていた。これが生身だったら大怪我ではすまなかったかもしれないが、保護シートと外骨格のおかげで生身の部分にダメージは殆ど無かった。やはり機械娘の機能の高さを認識した美由紀だった。


 聖美は覚悟を決めた表情で処置室に入っていた。そこで達川部長は彼女の義体の機能チェックを行うため、太ももにある人工皮膚をメスで切り込み点検用の差込口を露出させて電極を差し込んだ。それを点検用装置に接続した。「あたりまえだけど、君の義体の性能は最大能力の二割に設定しているね。このまま九割まで解放すれば今でも機械娘と同等の能力が出せるよ。なんだって君は開発中の”四五式試作機動重装備強化服”のサイボーグ対応バージョンを着用すれば並みの機兵隊員の二・三倍の能力が出せるように設定したのは私だからね。取り合えず君のリミットは外させてもらうけど、力加減は気をつけてね」といってコマンドを送っていた。


 聖美の義体は除隊する際に返還は求められなかったが、上司の苫米地指令の命令で一般女子の運動能力に設定させられていた。確かに、一般人が時速60Kmで走ったりしたら問題だし、目だってテロリストに拉致され分析のため殺害されバラバラにされたら大変なので、しかたがないことだった。


 「聖美、あなたの場合既に義体なので人工皮下組織を塗るのは生身の残っている部分だけになります。また義体と外骨格を同調させるため、いくつか手足や胴体の人工皮膚に穴を開けて接続用のケーブル端子を接続します。またあなたは人工心肺なので呼吸器を直接機械娘の装置と接続します。そのため美咲たちよりもより機械と一体化することになりますが、出来る限り精神的にダメージを受けないように配慮します」と事務的な説明をしたところで、いきなり薫は「二人だけの話がある」といって化粧室につれていった。


 二人だけになった聖美は何を言い出すのか不安になっていたが、薫は自分の左即頭部の髪を持ち上げた。そこには大きな手術跡と端子接続用のポートらしき穴があった。彼女はこれは機械娘になっていた際、直接演算装置に直結していた時のものだといった。


 「みんなにはそのうち話す気だけど、いまはあなたにだけ話すわ。私の大脳の大半は機械化された電脳なの。だから私の意識はそこらへんにあるロボットの人工知能と一緒なのよ。子供のころに脳腫瘍で大脳皮質の大部分と視神経が駄目になって、眼球と大脳を人工物で補ったのよ。それで今の私があるわけだけど他の人と違い私の脳は電脳なので他の人が見ようとすれば接続するだけで電磁的記録として私の心は読まれてしまうのよ。だから私は悲しいのよ。機械化された心がね」と涙を流し始めた。


 聖美が見た薫の両目の瞳は、自分と同じ義眼特有のリングがあった。そのため彼女の話は本当だと思った。「私の電脳はおそらく死ぬまで生体脳になることはできないけど、あなたが望むのであれば全部は無理でも事件前の姿に戻れるよう援助してあげてもいいわ。だからアルバイト期間だけは辛抱してね」といった。その姿に聖美は何もいえなかったが、義体にされたゆえの苦悩を抱えているのは自分ひとりではないことだけは判った。


 しばらくして、二人は化粧室から出てきたが、薫の表情は顔が少し赤い以外は元に戻っていた。聖美は先ほどまでの薫の事を思い出していたが、そのような悩みを抱えているのに何故機械との融合をバイトに強いるのかが理解できなかった。


 聖美の機械娘にする作業自体は先の四人よりも簡単であったが、聖美の外骨格の装着の方が難しかった。ガイノイドスーツは開発中の四五式試作機動重装備強化服の機能を出来る限り落とさないようにしたバージョンで、フォルムが機兵部隊が使っているものよりも女性的な曲線であった。そのかわり聖美の義体の能力が最大限発揮できるように同調させる作業の方が大変だった。これら一連の作業は西第三研究所のスタッフは専門外であったためタッチできなかった。


 聖美のガイノイドスーツの作業中、手が空いていた二人が持ち場から離れていた。達川と薫だ。薫の電脳のチェックをしていた。「しかし、あなたは機械娘になっている間、電脳を相当酷使したようですね。あと同じ事を二ヶ月続けていたら電脳がショートして廃人になっていたところです。今やめてもらってよかったですよ、まったく」とあきれたように達川は診断結果をみながら言っていた。


 薫はただ機械娘になっていたのではなく”奴等”の本拠地を探すためにサイバー空間を長時間探索していた。そのため電脳を酷使したが、その結果電脳の機能が低下してしまい、機械娘のマザーコンピューターに接続するのも危険な状態になってしまったわけである。


 「まあ、あなたの電脳の装置の一部を交換すればまた機械娘になれるかもしれませんが、電脳のどのユニットにあなたの感情がインプットされているかを解析するのに長時間かかりますが、それをするにはあなたの脳を一旦頭蓋から外さないといけませんの無理です。また新しいユニットを組み込めば問題ないかもしれませんが、難しいと思います。取り合えず十月まででいいですから一度松代に来てください。機械娘は無理でも普通にサイバー空間に接続できるようにして差し上げますよ」と言いながら薫に驚くような事をいいだした。


 「あなたは、ご自分の大脳皮質の知性は電脳に置き換わっているとお思いですが、ごく一部ですが元の感情を司る部分だけは生きていますよ。だがらあなたの心は完全に人工知能ではありません。推測ですが人を好きになったり人を思いやる感情がそこに宿っていると思います。だから、あなたの心は機械仕掛けだけじゃないということです。まあ、元の脳だけで生きていくことは出来ませんが、あなたも他の人と何も変わらないと思いますから気を確かにお持ちなさい」と、また検査データーを見ながら言っていた。


 祐三さんが好きになったり、聖美の事を心配したりするのは電脳ではなく生体脳が発するものだということに少し安心していた。


 聖美を機械娘にする処置の間、機械娘三人は無茶なことをしていた。運動場を競争していたのだ、しかも高速で。基礎体力の劣る美咲は周回遅れであったが美由紀と真実はムキになっていた。そのため運動場の土がえぐれるほどだった。その光景を見ていた芳実と加奈だけでなく他の研究所から来た休憩中のスタッフもあきれていた。時々「あんたには負けないわ」という声を聞きながら。


 


 

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