機械娘になるー美咲の場合ー 前編
2044年8月2日。いよいよバイトのうち真実と美咲を機械娘に調整する日がきた。前日いなかった江藤主任も出勤していた。その表情はとても幸せそうで、昨日一日何かいいことがあったに違いないようだった。そのことについては誰もきかなかったが、それは仕事に関係ないことだからだ。
しかし、薫は温泉で買ってきた土産物だといって、愛媛・松山の一六タルトや坊ちゃん団子などを研究所員に配った。いままで薫はどんなに遠いところに出張しても、何ひとつ土産物を買ってこなかったのに、一日休んだぐらいで、コテコテの定番の商品とはいえ土産物を配っている。どういう風の吹き回しなのか研究所員たちは理解できなかった。
今までに無い薫の行動を不審に感じた研究所員たちは、これから何かトンデモないことが起きる前兆かと思っていたが、その予感が正しかったことを認識するのは、十月になってからのことだった。
この日は所長は見本市の出展について打ち合わせするため東京本社に出張、副所長は早めの夏休みのため出勤していなかった。そのほか主だった男性社員は研究所におらず、敷地内でも男性は正門の警備員の佐藤、食堂の調理師の高橋と田中の三人で、いづれも80歳近い高齢者だった。所内にいたのは若い女性ばかりであった。
この日の処置は女性スタッフとガイノイドだけで行うことになっていた。それにしても、この研究所が女性しかいないのは、若い女性に「人体実験」することが多いとの理由だという。やはり江藤主任の意向のようだった。バイトの募集の時も男子学生の申し込みがあったが、丁重にお断りしたという。
今日の被験者のひとりである美咲は、大学でアンドロイドのシステム設計の研究をしていたが、まさか自分が「機械」と一体化するとは夢にも思わなかった。しかし一方で貴重な体験が出来るとも思っていた。この体験が将来役に立つかもしれないし、今の自分の出自に対する重苦しい感情のわだかまりを、一時的にせよ機械の身体になることで払拭できるとおもったからだ。
美咲が他の研究員に聞いた話では、以前この研究所には、男性研究員が多く在籍していて特別受注したアトラクション用のロボットや映画で使うロボットの開発をしていたという。現在も近隣の自治体から依頼された、ビックフットに似た類猿人のヒバゴンや、河童や人魚などの妖怪、空想の宇宙生命体などの試作品が研究所内にあるのはその名残だという。これも、都会にある研究所に比べ人目に着かないということが理由だという。
しかし四年前に薫が赴任してから、徐々にガイノイドスーツの研究開発にシフトし、現在では研究所員の全員が女性だという。また、ここはガイノイドスーツの生産も行っているが、生産ラインはガイノイドが携わっており、数少ない工員や管理者も近隣の女性、しかも五十歳以上の者ばかりだという。
バイト仲間である三人とはようやく話をするぐらいになったが、まだ完全に心を開いたわけではなかった。初めて話した美由紀は、あまり積極的ではなさそうな性格のようであったが、自分がエリカとか言うガイノイドスーツの被験者に選ばれて嬉しそうであった。ただ、機械工学について疎い面もあるようで、座学の時にトンチンカンな質問をして研究員に失笑されていた。それでシュンとなっていたが、やはりエリカになりたいという気持ち強いようで、めげてなるものかと頑張っているようだった。
真美は美咲と同じ歳であるが、なんだが妹のように感じていた。背も低いこともあるが、その行動に幼さを感じていた。座学の時にはちょっとした事で笑い出したりするし、外骨格を身にまとってするナントカといったプロレスのミーハーなファンのようで、自宅から持ってきた荷物に、憧れの女性選手のグッズや試合を収録したHDを持参していたからだ。
彼女の話では、本当は憧れのその団体に入りたかったが、身長が全く足らないといわれ入門を断られたという。それで親が二足ロボットの部品生産の会社を経営しているので、半ば無理矢理大学に入れられたという。ただ、外骨格のことについては詳しく、研究員に機械娘の性能について、突っ込んだ質問をしていた。
聖美は四人の中では年長でお姉さんのようなタイプであった。23歳で二回生だから高校卒業後四年間は社会人としてどこかに就職していたようだが、彼女の口からは曖昧な事しか教えてもらえなかった。ただ、下半身が義体だといっており、その自分がさらに機械娘にされたら、人間ではなく機械そのものになるのではないかと悩んでいるようだった。
彼女は義体になった理由を「二年前にバイクに乗っていたら、タンクローリーの横転事故に巻き込まれ、足を切断する大怪我をしてしまった。その時の相手の保険金で義体にしてもらった」と言っていた。しかし彼女の義体は一般的な義体とは違い、かなり高性能のようで、外見からは「作り物」とわからないほどだった。しかもやろうと思えば全力で走れば男子の短距離の世界記録よりもスピードが速く、三階に飛び上がることも可能だという。しかもパワードスーツのアシストなしでだ。普通の機械義足にしてはオアーバースペックなので、本当は軍事用の試作義足ではないかと思う。
時間になり、美咲と真実の二人を機械娘にする処置が始まった。今回は研究所で開発した全自動着装装置の実証を兼ねて、その処置をスタッフが手作業でするのではなく機械が行うということだ。やはり将来的に「量産」するためには、人間を機械と融合させるのに手間取っていたのでは駄目ということらしい。
「この機械って先週完成したばかりだよね、外部の業者に頼んだけど機械娘の事についてバレなかったかな。それと秘密を遵守する誓約書は取ってくれたよね」と薫は施設責任者の緒方加奈に尋ねていた。加奈はそんなに気になるなら自分が聞けばよかったのにと思ったが、その時まだ薫はエリカの姿。まさかガイノイドが施設の責任者というわけには行かなかった。まだ機械娘の存在は公になっていないからだ。
この装置も、設計図を基にいくつもの業者にバラバラに発注したので、単独では何が目的なのかわからないようにしていた。ただ、組み立てだけは出来ないので本社のエンジニアの男性スタッフに依頼して完成させた。
「前日のマネキンを使った試運転では問題なく機械娘にすることが出来ました。あとは生身の女性の身体を使って機械娘にできるかを確認するだけです。ただ事故の可能性も僅かにありますので、機械が誤作動をしたら手動で緊急停止できるように常に監視しないといけません」と加奈は資料を確認しながら言った。
この時、美咲は人間の姿としては最後の入浴をしていた。一度機械娘になると見本市が終わって帰国するまで、素肌は機械の中に織り込まれてしまうからだ。「これで私の身体ともしばらくお別れね。しかし脱いだ時には垢まみれだったりしてね」と思いながら自分の胴体の揉むようにして触っていた。この軟らかい血の通った肉体を、もうすぐ自らのものであっても拝むことはできないので、愛おしく触っていた。
「それにしても、なぜ江藤主任は長期着用型のパワードスーツの開発にこだわっているのかしら。宇宙飛行士用なら別の方法もあるし、それに第一パワードスーツの体温調整機能などの機能を充実させれば、別に着脱式も構わないと思うけど」と考えていた。
着脱式のモデルは川島カンナが行うというが、これは従来の見本市でも様々なメーカーが行っているのを報道で見たことがあった。コンパニオンの女性が見学客の前で、セクシーなー衣装を着たままパワードスーツ姿になるわけだ。美人な女性が無骨なマシーンに乗り一体化するという図は、ギャップも大きくおかしいと思っていたが、美咲自身が見本市に出るとはおもわなかった。しかも出品機械として。
見本市では、機械娘の事を公表するようだが、他のアメリカ、ドイツ、インド、東国といった国々のメーカーも同様な製品を大々的に発表するということだ。これは各メーカーの前々からの取り決めで、抜け駆けは許されないとされていた。それで、研究所はこんな辺鄙で観光客も来ないようなところにあったわけだ。
ほかのメーカーは訓練した女性を使うが、あえてこの会社は「素人」をモデルにすることで、なんら訓練を受けない女性を戦力にすることが出来るかをアピールするため、あえて自分達のようなバイトを使うのだと薫は一昨日話しをしていた。
入浴後、美咲は指示されたようにバスローブを巻いて自分を機械娘にするフロアーにきた。そこには薫ら女性スタッフとバイト仲間三人も待っていた。そのうち真美は美咲と同様な姿だった。順番としては美咲の処置をして、問題なければ真実の処置も行うという。また一連の作業は見本市の説明会で使うため、録画されるという。つまり美咲は全て監視されながら機械娘にされるということだ。
美咲はバスローブを脱いで、みんなの前に現れた。彼女は緑色のビキニをしているようだったが、それはGスーツインナーであった。しかも胸のところは補正下着のように美咲本来の胸よりも大きく膨らみを作り上げていた。しかも表面は硬い素材であった。
美咲はその姿で、レントゲン診察台のようなところに立たされ、前から十字架のような機具があった。
「津田さん。これからあなたを機械娘に調整します。全ての工程は昨日見せた江藤主任の機械娘にした際の映像とは違い、自動的に行います。それと、もしひどく痛いようでしたら声を出してください」とアナウンスが流れてきた。
美咲は両肩を決められた位置に置き、股を広げた姿で立たされていた。この姿は親には見せられない哀れなものだと思われた。そして自動装着マシンが起動し、美咲を機械娘にする作業を始めた。




