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夏バイトに行て機械娘にされてしまった  作者: ジャン・幸田
第五章:機械娘へと改造される日々
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薫の機械娘の目的と今後の計画とは一体

 サイバーテックロイド西第三研究所主任研究員の江藤薫の目的は機械娘の実用化である。ガイノイドスーツに長期間着用しても大丈夫に身体を処置する方法である。その処置方法を確立するため女性研究所員だけでなく自身も被験者にしてきたのだ。


 今回、全くの素人のアルバイトを機械娘にしようとするのも、すでに実用段階であるので「製品」として発表しようとしていた。ただし同じように人体を長期間機械の身体に閉じ込めて働かすコンセプトのシステムは世界中で開発されており、ライバルも多かった。


 薫が開発を主導した機械娘の表面の外骨格ガイノイドスーツは、「ガーディアン・レディ」のパワードスーツをはるかにバージョンアップしたものであった。普通の多くのパワードスーツは着るもの、いわゆる着ぐるみもしくは機ぐるみであり、俗に「中の人」と呼ばれる着用者まで改造されることは少なかった。


 技術的には、パワードスーツに機械が全ての身体を操作する人工知能を埋め込んだアンドロイドやガイノイドも可能であるし、すぐれた能力を持つ人間を機械化するサイボーグも作り出すのは難しくは無かった。


 しかし前者は機能を特定すればいいが、人間以上の能力を発揮させるためにはコストが嵩むし、後者は倫理的な問題があり赤松聖美のように全身がダメージを受けてしまった場合に義体化することもあるが、これも莫大な金銭と技術力が必要になる。


 そこで人間を長期間機械の体に安全に封じ込めて活動させる事を目標とし、生身の人間をガイノイドの外骨格の中に閉じ込めるというコンセプトで、入れられた人間は稼動装置として一体化させようというのが、機械娘である。


 なお、長期間着用するのが可能なパワードスーツ既に商品化されている。しかも多くは軍事用だった。この背景には国連が定めた「国際自動化兵器制限条約」通称「ブラチスラバ条約」がある。これは世界同時多発テロ戦争で無人爆撃機や重武装ロボット兵などのように自律型人工知能が実戦投入された結果、ソフトウェアのバグなどにより無辜の市民や無関係の第三国に対し無差別殺戮を行う「事故」が多発したため、自衛や警備などを除き原則として自律型無人兵器を開発することを制限している。


 無論、条約未締結国も多く締結していても抜け道を悪用している国も多い。しかし、表向きは条約を遵守しているように見せかけるため、生身の人間が入り二足歩行ロボットなどを配備している国などがあるため、需要があるからである。


 ただし日本では、自衛隊の機兵隊が使うようなパワードスーツは、軍事用防衛装備移転三原則に反するため、特に友好的と認められた国にしか輸出できない。そのため国内から輸出するときは防衛型のみを、攻撃型は第三国で製造している。ただし民間軍事会社を顧客にすることで、個人間取引を堂々と行っている。そうして取引されたものに薫の研究所が開発したものも含まれていた。


 それはさておき、四国のとある古城の登山道を歩く多くの観光客に混じり、所長の前田祐三と江藤薫の姿があった。世間的にはよく言って親子旅行、悪く言えば不倫旅行だが、二人からすればまじめな関係であった。この城から見える風景は、山下に広がる松山市の町並みだけでなく遠く燧灘が望めた。この風景も第三次世界大戦とも言われた世界同時多発テロ戦争の直接的な被害を免れたため、二十世紀末の情緒を多く残していた。


 薫は今日は眼帯ではなく黒いサングラスをかけていたが、その左目の瞳は白くなっていた。眼球が濁ったのではなく、義眼の中のレンズが、機械体から人間に戻す際の衝撃に耐えきれず破損したためだ。これから忙しいというのに困ったものだった。


 「薫君、ここが祖父殿の故郷に近い町だそうだけど、どこなんですか」と下のロープウェイの駅から登山道を上っていた前田は言った。彼は体格こそ太っているが、年齢の割には体力があるようだった。昨日からの強行日程でも疲れはほとんど見せなかった。


 「祐三さん。私もあまりいったことがないけど、松山から南西に向けて峠を越えた南予地方にあるのよ。本当に山の中でね、研究所の周りよりも、ずっと原始林のようでね」と薫が言った。「でも、今日はそこまで行けないわ。時間がないもの。でも十月にまた来ましょうね。その時はおじい様と一緒に」といった。どうも二人だけの約束があるようだった。


 江藤薫は10年前に製作された特撮番組「ガーディアン・レディ」でエリカ役をやっていた。番組の中ではドジな高校生役である。二木恵理華の女優名鑑のプロフィールは「本名同じ。出身地は愛媛県で中学卒業後、デビューにあわせて上京した」になっていたが、違っていた。実際は病気のため八歳の時から、ずっと東京の病院に長期入院しており、愛媛には住んだことは無かった。ただ祖父の出身地が愛媛だから、そうしただけであった。


 薫の少女時代は長い闘病生活のため学校に満足に通えなかった。病気によって失った視力と運動機能を回復させるために補助電脳と義眼を移植する手術を受けたが、その副作用で知能が飛躍的に向上した。そのため、高校時代にはすでにパワードスーツの開発に携わっており、その成果の一つが「ガーディアン・レディ」に登場した敵味方のパワードスーツ群であった。


 現在も彼女の研究は続けられており、所属するサイバーテックロイド・カンパニーが青天井に開発資金を与えたが、その資金源は核融合システムの特許で莫大な富を手に入れていた祖父が出していた。


 前田と薫は本丸を目指して歩いていた。本丸には江戸時代から残る天主や櫓が立ち並んでいた。白壁が二人を待っているようだった。「それにしても薫君。あのことを研究所のみんなに発表するのは九月でいいのかな。後でみんな早く言ってほしかったと非難されると思うよ。僕は納得した上だから事実上解任でいいけど、ほかの研究員は怒るよ」といった。


 すると「そうだねえ。みんなに迷惑をかけることになるから、いままでも充分迷惑をかけているので、いまさらと思うかもしれないけど。でも本心で本当に勝手なことをするから申し訳ないし早く本当の事を言いたいわ。でも、見本市の出展を控えて浮き足出しても困るし、それにね」と薫は言葉を濁した。「もしかすると、あなたと二度とここに来れなくなるかもしれないし。でも、そんな事にならないように万全をつくすわ。それと私の復讐、いやあなたの復讐も果たさないといけないし」と語気を上げた。やはり二人には共通点があるようだ。


 「薫君。それにしても機械娘に選んだ四人だけど、なんて対照的なんだろうね。今井君と栗田君はガイノイドスーツの適用能力から選んだけど、津田君と赤松君はもしかして君の潜在マインドと合致したということだと思うよ。二人のプロフィールは君に負けずとも劣らないぐらい悲劇的な要素もあるし。怒らないで聞いて欲しいけど。君と同じ苦しみを二人に与えないかと危惧しているんだ。本当に無事にバイトが終了すればいいけど、例の祖父殿の一件もあるし、君の事も含め心配なんだ」と前田はやはり少し息がきれかかったが、それでも前に進んでいた。


 薫は祐三さんが言うとおりだと思っていた。私も八歳までは平凡なほかの少女と同じように幸せだったが、動乱で両親を失い、自身も被爆し因果関係は判らないが大病を患い、15歳まで病院の外に出るのも稀だった。しかも義眼が移植されるまで光のない世界に閉じ込められていた。もしかすると自身のマインドと二人のマインドが一致したのではないかといえる。だから薫の精神構造を基にして作った機械娘の適正試験を勝ち抜いたのかもしれなかった。


 それにしても左目の義眼の故障には薫は腹がたった。こうして祐三さんと一緒に旅行しているのに半分の姿しか見えないからだ。それに立体的にみえないから、風景も台無しだ。いくら両目が義眼だからといっても、同時に故障しなかったからマシか、という訳ではないだろうにと思った。今度からは自分の機械の器官もしっかり点検しなければいけないと思っていた。


 それにしても、昨日まで機械の身体に閉じ込められ、外気と触れることも、義眼であっても自分の目では直接他のものを見えず、また聞くことも出来なかった。少女時代に光を失い、世界が闇の中に閉じ込められたのと同じだった。それが自分の願望を叶えるために望んだ事ではあったが。


 しかし今日は違う。全てを素体の生身の五感で感じることが出来る。機械のアシストを受けず坂を登り、うるさいぐらいの蝉時雨を聞き、強烈な夏の日差しを浴びて暑い思いをしながら過ごしている。一番大切なのは自分の肌で人の温もりを感じられる。そう祐三さんの。

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