機械娘にされた時、優実は
菊池優実研究員の専門は、パワードスーツ内の装着者の体温調整機能の研究開発だ。しかし彼女もまた薫によって”機械娘”にされたことがある。薫は研究所を事実上の所有物としており、研究員もまたその意に従わなければならなかった。これは仕事よりも釣りにしか興味のないような前田所長も、いつも不満をかみ殺しているような横山副所長も同じである。研究所員も薫の製品開発の材料であった。
この研究所は中国山地の奥深くにあるため、研究員は敷地内の寮で生活しなければならない。いくら衣食住が保障されているとはいえ、嗜好品などの買い物にいくのが不便であった。そのため研究員には自動運転機能つき自家用車が貸与されているぐらいだ。また遊びに行くのも周囲が極端な過疎地であり一苦労である。
しかも、薫が主任研究員になって以来、この研究所に過去三年間配属された女性研究員は何故か”機械娘”にされるのが慣わしになっていた。この事はサイバーテックロイド社の”公然の秘密”であった。そのため、この研究所に配置換えになることを、多くは嫌がるが何故か一部の女性は喜ぶという。
どうも、機械娘になっているほうが仕事が楽だということもあるが、ストーカーから逃げ出すのにもってこいという意見のほか、変身願望がかなえられるという変な意見もある。要はとりあえず現実から回避できるからいいということらしい。
優実の場合、彼氏に振られて気持ちが落ち込み、自分を変えたいと思っていたところ去年の春にこの研究所に転属になったため、嬉しかった。また自分が研究してきたことを自らその身体で確かめることが出来るからだ。
この研究所の女性スタッフは全員が”機械娘”になることが前提になっている。そのため、いつでも調整できるように身体に機械と融合するための装置が埋め込まれている。そのため優実も転属後すぐに処置を受けた。ガイノイドスーツに入った際に機械と生身の身体を融合させやすくするためのもので、この処置を受けると器具をはずせるのは研究所を離れる時だという。
それから一ヶ月後、優実はブラジルで開催される国際ヒューマノイド見本市のため、攻撃型ガイノイドとして調整された。見本市に出品するガイノイドスーツの中に入れられたのだ。商品の部品のひとつにされた訳だ。優実の身体は完全にガイノイドと一体化していた。その間、人間扱いされず裏のブースで商談相手に人体を組み込む課程を説明していた。
この薫のガイノイドスーツは現在のところ一般的に公表されていないが、既に多くの国で似たようなものは導入されている。これは高価な人工知能と歩行システムを使わず既存の人間を強化することで、高性能ロボット以上の能力を引き出そうという技術の確立であった。将来的には訓練された人間ではなく極普通の人間。たとえば何も教育されていない高校生が、超人のような能力を装着することで持たそうというものである。
同じようなスーツの開発は世界各国で行われており、その性能の開発競争は激しさを増していた。これは世界同時多発テロ戦争の一連の戦いで多くの人口を失った各国で機械化が進行した一方で、人間の雇用口が失われるといるという逆の問題が起きていた。それを解決する手段の一つが人間自身の機械化であり、それをサポートするのが女性ならガイノイドスーツ、男性ならアンドロイドスーツであった。
現在のところ被験者は研究者が多いが、将来的には全くの素人を素体にすることが出来る機械化服の開発が目的であった。そのため薫は多くのデータ収集のため片っ端に女性研究員を機械娘にしていたのである。
この時の見本市には、優実のほか三人がガイノイドスーツの被験者にされ、商談に使われたが、肝心の薫は見本市に出席しなかった。後から聞いた話によれば、サイバーテックロイド社のオーナーで薫の祖父が、自分の祖父(高祖父)の百回忌を菩提寺とミャンマーで取り行うため、そちらのほうに行ったためだ。なんでも薫の高祖父は第二次世界大戦のビルマ戦線で戦死したため、丁度99年目の年に当たるので、オーナーの命令で両方に行ったという事だった。
ブラジルでの見本市が終わったあと、薫自身がガイノイド・エリカになってしまった。それまでたびたび自身もガイノイドスーツの被験者になっていたが、自身を調整して十ヶ月に及ぶガイノイドスーツの連続装着実験を行っていた。エリカになった薫は研究所内のネットワークとも融合していたので、研究所のシステムまで薫の一存で動く有様だった。下手にサボることができなかったから研究員も気が抜けなかった。
それも、ようやく次の日曜日でエリカのスーツから出て終わるが、今度は外部の女子大生を被験者にするという問題がある。しかもいづれも問題が数多く起きそうな被験者ばかりである。そのうえ次の見本市は開催場所も危険で問題であり困難な事態が生じる可能性が高く、優実達研究所員の受難が続きそうであった。




