00-01 被験者はバイトにしよう(改訂・増補版)
岡山の北部、北吉備市の山間部にある鉄筋の建物群。これらはかつて高校の校舎であったが所在地の急速な過疎化と少子化により廃校になってひさしい。しかし廃墟になることもなく夜も明々と照明が点けられていた。現在、世界的なパワードスーツやパワーローターなどを製造販売するメーカーの研究所および関連施設として使われていた。
ここは開設当初から妙な噂が流れていた。外から見ると学校時代の面影があるが、内部は得体のしれない装置や、そこの「製品」達が夜になると敷地の内外を闊歩している異様な姿が目撃されていたためである。特に近くの集落の老人が「ため池で妖怪に遭遇した」などと地元ラジオ番組のコーナーに投稿したことから、県内で「見知らぬ底知れぬ者たちが集う場所」という心霊スポット扱いされたこともあった。
だが、ここで研究されていた商品は人型の機械たちであり、機密保持のため夜中に内部を見せないようにするため「ヒバゴン」のような類猿人の着ぐるみなどを上に着させて歩行させたことによる誤解であった。また、ため池で目撃された「妖怪」の正体が水陸両用ロボットで「河童型」や「半魚人型」であったことがあった。このような「下手な」隠蔽工作をしていたことから、そのような変な事をしている研究所だという認識が今ではひろまっていたが、それらの工作でも説明の出来ない目撃情報もあった。それらのなかから不可視化迷彩の研究や禁断の生体実験が行われているといった噂もあったが、推測の域をでないものの半ば事実であった。そう今も世間一般には概要を説明することを憚る様な得体がしれない者たちを創造するための研究が続けられていたのであった。
梅雨末期の晩、この研究室の一室である新開発した汎用人型機械の発表会についての会議があった。「そろそろ、薫君は、そこから出てもらって次の見本市のプレゼンターをしてくれ。もう半年以上もその中にいるから実証実験も成功だがら、もういいだろ。すまんが代わりにそこに入れる人員は確保できるから、心配するな、薫君」と五十すぎの中年男が声を荒げていた。
「そうね、私の研究成果を発表する場に私がいないと、この新型の機械娘シリーズの正体がばれるからしかたないね、所長」と薫と呼ばれた彼女は答えた。
「しかし薫君、世間的にはガイノイドとしているこの機械が、実は軍事用パワードスーツということが見本市の場で明らかにされる危険があるのは承知だと思う。あそこは世界各国の政府や企業のスパイがウロチョロしているから。しかし、何らかの発表を公にしないと、いくらあんたが中央と不可思議なパイプがあるといっても、この研究所が閉鎖されるのは時間の問題だ。そこでだあんたが開発したパワードスーツをガイノイドとして発表し、裏で商談を進めるという事で営業本部長と話を決めた。ここで何らかの商談が成立すればあんたの趣味のような研究は続けられるというものだ」
もう一人のひょろ長く枯れ木のように干からびたような副所長が彼女に話を切り出した。
「とりあえずパワードスーツを着てもらうのはスーツアクトレスか陸自の重装歩兵連隊の女性隊員にでもお願いするから、いいだろう」と副所長は続けた。
すると江藤は「いいえ、私の研究は素人同然のほとんど訓練していない女の子を機械に閉じ込めて反応をたしかめることもしています。もう研究所の女性所員はあらかた被験者にしたけど、掃除や炊事のおばさんは嫌だから若い娘がいいわ。募集してください。そうそうインターネットでは情報が拡散しすぎるので州内の大学にだけ求職票をだしてくれないかな?気に入る人がいなければ役者でも軍人でもいいわ」と変なことを言い出した。
二人はあきれたが、まあ日数もあるしどう薫が言い出したことを止めるのも無理だということは事実なので諦めて従うことにした。なぜならこの研究所は彼女の存在なしでは存在し得ないからだ。