マッド技術者・江藤薫
今回、アルバイトを使って何かを企んでいるような担当者の江藤の姿を何故見せないのか、と美由紀も思っていたが、江藤はずっと適正試験を受ける希望者を最初から観察していた。本人はガイノイドの振りをしていたのである。しかも美由紀が憧れていたエリカの中である。エリカの外骨格に身を包み、他のガイノイドが分析していたデータを自分の頭脳に連結させたサポートコンピューターに集計して適性などを判断していた。つまり途中で失格させる受験生は彼女が判断していた。
「主任、ガイノイドのふりをして、他の研究員に使われているように見せかけて、実は全て統括していたなんて落ちた希望者が知ったらどう思うでしょうね。それにしても、被験者が決まればエリカの中から出てくれますよね」と研究員の一人、菊池優実は尋ねた。彼女ら研究員の上司である江藤薫は長期着用試験のため去年の年末からエリカのパワードスーツを模した機械娘の姿であった。しかも、その人間でなくなった姿で研究所員たちに研究の指示をしていたのである。
「優実、だからこそ募集したのよ。エリカは次の見本市に出品する目玉商品のひとつなのよ。私がプレゼンするにしても、ガイノイドが自分をプレゼンするというのは秘密を暴露するようなものだし。私達の研究所が実は女性用防衛装備型強化スーツを開発しているのは企業秘密なのよ。その開発責任者が今度大きな契約になるかもしれない見本市に参加していないというのも怪しまれるし、たまには素顔で商談をしたいし。それに次の見本市はアメリカやドイツの時よりもリスクが高い国でやるのだから、商品たちのサポートと守ることをしっかりしていかないといけないわ」
「それにしても主任、いや、いつもの薫でいいわね。代わりの被験者はいたのですか?いなければ副所長が言われるように外部から招くのもしかたないでしょう。それに大学生じゃ素人だから難しかったら、うちの研究所の誰かをまた使ったらいいでしょ。去年なんか私を”攻撃型ガイノイド”のスーツの中に閉じ込めて振りをさせていたじゃないの」と言った。どうも、ここの女性研究員は全員がパワードスーツを着せられガイノイドの振りをさせたようである。彼女らも研究の被験者であり犠牲者であった。
「今回の適正試験では、私以外は本物のガイノイドを使ったけど、本当にやりにくかったわ。それと次の見本市ではどうしても生身の女の子を入れた長期間着用型パワードスーツのプレゼンを裏の商談相手にしなければいけないのよ。そのため複数の機体を稼動させたいわ。そうそう、その商談で万が一私に何かがあったらいけないので最低限の研究員以外は連れて行かないよ。優実、悪いけどあなたは留守番を頼むね。それに全くの未経験の娘を短期間で即戦力の機械使いにすることが出来るかというプログラムが使えるかを実証したいし。それにね」と、にやけて薫は「若い娘を機械娘に改造するのが楽しみなんだ。それに私が今着ているエリカのスーツの中に閉じ込める娘は決めたんだ」と嬉しそうに言った。
研究所の一室にあるモニターにはスリープカプセルの中で眠る7人の女子学生の情報が映し出されていた。現在いる03,04,07,08,09,10,11である。彼女らは長期間機械の身体に閉じ込められても大丈夫かを調べるため、内臓や骨格、筋肉組織が細かくスキャンされていた。彼女らのアルバイトとは機械の身体になることだった。ただ機械の身体といっても外骨格を活動させるための生体ユニットにするもので、薫は多少の後遺症が残っても、とりあえず生身の姿に戻すのが前提であった。
「09はね、かわいいしプロポーションもいいから機械娘ではなく見本市で普通のパワードスーツの着脱モデルにしたらいいわ。03と07から10は明日実技でゴリラちゃんに乗ってもらって使いこなせるかを見極めたうえで誰を採用するかをきめるわ」といったところで優実は二人抜けていることに気づいた。「薫、ほかの二人は明日の朝脱落ということでいいのね」といったが、薫は「いや、脱落させるのはカプセルで寝て閉所恐怖症気味になっている11の子だけよ。朝までの結果次第でもう一人落とすかもしれないけど、04の子はね私と体型が良く似ているので、他の研究員から旧型といわれているけどエリカになってもらうわ。あの子は採用。それに、どうもあの子はエリカのファンのようだし、ぴったりと思うわ。少し知的能力に問題があるけど、強制教育システムでそれが補えるかを見てみたいのよ」
この時点で美由紀は採用が決定していたが、それを本人が知る由もなかった。それにしても江藤薫は自分の研究のためとはいえ自身を喜んで機械娘にしていたわけである。しかも、今度は何も知らない女子大生を機械の身体にしようとしているのだ。美由紀のほかに何人を犠牲にするのかはこの日は決めかねていたが、複数するのは確実だった。
なお彼女の自称は「マッド技術者」であった。自ら狂っていると公言していたのである。既存の利用可能な技術を駆使し人間と機械を融合させることが生きがいであり、そのためには倫理をも軽視することを厭わないからだという。いままでは研究員達、そしてこの夏は、本人達に意図を教えずに選抜した女性を機械の身体に閉じ込めようとしていた。




