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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
7/153

ダルシア帝国の継承者

57.

 タリア・トンブンは司令室に向っていた。何だかよくわからないが、ディポック司令官が呼んでいるということで、わざわざ護衛の兵士送ってまで呼びに来させたのだ。もうあと少しで審判が開かれる時間になるというのに、何かあったのだろうか、とタリアは不安に思った。

 先程暗黒星雲の種族の男が現れたので、何となく不安だった。宇宙都市ハガロンで聞いた伝説によれば、彼らはどこからともなく現れる。どこからでもやってくる、ということだった。

 今のところは護衛の兵士に守られて、移動しているところだ。だが、もしあの男が現れて何かするつもりなら、熱線銃を持って護衛している兵士が何人いようと役に立たない。

 廊下の突き当たりで、エレベーターを待っていると、

「やあ、ごきげんよう!」

と、あの男が現れた。

 タリアは、護衛の兵士に囲まれながら、

「な、何の用なの?」

と、声を出した。

「ちょっと、おまえさんに用があるんだ。タリア・トンブン」

 その声は、タリアに危険な感じを抱かせた。

「私には、あんたに用なんか無い」

と、タリアははっきりと言ってやった。

「それは残念だ。だが、こちらにはあるんだ」

と、男は絡んできた。


 バルザス提督――銀の月は、はっとした。

「やつが現れた」

と、バルザスは言った。

 ヘイダール要塞の司令室では、やつというのが誰なのかすぐに理解できる者は限られていた。

「どこに?」

と、ダズ・アルグ提督が聞いた。

 ダズ・アルグはやつを見たことはないが、先ほどの話からある程度の検討がついたのだ。

「まずい、タリア・トンブンが移動の途中だった。そこにいる」

と、バルザスは続けて言った。

「なんだって?」

 まるで目の前の光景を見ているような言い方にほかの要塞司令室の士官や将官たちはただ茫然としていた。どう判断するべきなのかわからないのだ。

 思わずバルザスはうなった。急がなければ危険だった。今、要塞司令室の連中の目の前で消えると、後が面倒になると、その時頭の隅に浮かんではいた。


 次の瞬間、銀の月はタリア・トンブンの前に現れた。

「これは、銀の月か?」

と、男は言った。少しも驚いてはいなかった。

 もし、相手が本気になれば、銀の月には勝ち目がないことはわかっていた。それでも、銀の月はやってきた。

「ここで、何をしている?」

と、男から目を離さずに銀の月は言った。

 男は、にやりと笑みを浮かべた。銀の月がここに現れるのをあらかじめ予想していたのだ。


 アリュセアは、バルザス提督が消えた場所を見ていた。頭の中は、

(どうしよう、どうしよう……)

という思いでいっぱいだった。

 今のアリュセアは、かつてのサンシゼラ・ローアンの記憶が前面に出ていた。だから、バルザス提督――銀の月がどこへ行ったのか、アリュセアにはすぐ予想できたからだ。

「いったい、何が起きたんだ?」

と、フェリスグレイブ要塞防御指揮官が言った。

 ヘイダール要塞の他の将官や仕官たちも、どうなっているのか理解できないとい表情でバルザス提督のいた場所を見つめていた。

 アリュセアは、深呼吸をすることを思いついた。ゆっくりそれを繰り返していると、先程の自分が上げた悲鳴を思い出した。あれは、どうして出たのだろう?そして、椅子に座っているディポック司令官を見た。

 あの時、あまりの揺れのひどさにディポック司令官の肩を掴んでしまってことを思い出していた。

「あの、司令官。司令官は、魔法使いなんですか?」

と、アリュセアは聞いた。怖いもの知らずなのはサンシゼラの性格である。ここがよその星団のヘイダール要塞という場所であろうと、必要なことはしなければならない。

 ディポックはびっくりして、

「いや、私は普通の人間ですが……」

と、言った。

 司令官自身よりも、他の要塞の人々の方がアリュセアの言葉にびっくりしていた。軍人でもない、場違いなこの女は何を言い出すんだという雰囲気である。

「でも……」

と、アリュセアは何かを口ごもった。周りからくる見えない圧力が、アリュセアの口を重くしたのだ。

 しかし、

「何か、言いたいことがあれば、何でも言ってください。あなたは、ガンダルフの魔法使いをよく知っているのではないですか?」

と、ディポックはアリュセアを怖がらせないように、丁寧に言った。審判のときのことを思い出していたのだ。

 アリュセアはディポックを見て、勇気を奮い起こした。

「ええ。あの頃、たくさんの魔法使いがいたし、私の周り、身内にも魔法使いがいました。でも、私自身は魔法使いではなかったんです。私にできたのは、……」

と、アリュセアはそこで話を折った。それ以上は、この要塞司令室では話難いことなのだ。

「あなたに出来たのは、どんなことです?」

と、今度はディポックが聞いた。

 審判であの男がアリュセアのことを『予知者サンシゼラ』と呼んでいたのを思い出したのだ。

「私が出来たというか、私の母の家系が占いをよくする一族だったのです。だから、私は災いの起きることが時々わかったのです」

「すると、先程の悲鳴は?」

「ええ。多分、この要塞の未来、それもあまり遠くない未来のことです。それで、銀の月によると、ダルシア帝国の艦隊がこの要塞を攻撃するということです」

「それは、タリア・トンブンとも関係しているのですね」

と、ディポックは念を押した。

「多分、タリアはダルシア帝国のアプシンクス皇女だったのですから、彼女を守るためにダルシア本国から艦隊がやってくるということが考えられます」

「つまり、タリアが危険な状態に居るということですか?」

「ええ。今、現在も。おそらくあの男がタリアの居るところに現れているのです。それで、銀の月がそこへ行ったんです。でも、銀の月ではあの男には勝てない」

と、アリュセアは悔しそうに言った。

「勝てない?」

「そうです。暗黒星雲の種族は非常に強力な力を持っているのです。銀の月程度の力では相手になりません。だから、今、タリアも銀の月も二人とも危険なんです」

と、アリュセアは訴えた。

「どうすればいいと思いますか?」

と、冷静にディポックは聞いた。

「あの、変な事を言いますが、あなたの肩を貸してくれませんか?」

と、アリュセアは言った。

「私の肩?」

「ええ。よくわからないけれど、あなたは私の力を増幅するようなことができるみたいです。銀の月もそれを利用していませんでした?」

 ディポックはアリュセアの言葉に、

「では、あれは、そういうことだったのか?」

と、呟いた。

 ディポックはバルザス提督のしたことが、まだよく理解できないでいたのだ。アリュセアの話はそこのところを説明していたのだ。

 リーリアン・ブレイス少佐は、何が起きているのかわからなかった。アリュセアが手を伸ばすと、ディポックの肩に手を触れた。そして、

「ご、ごめんなさい。ちょっとこのままにさせてください」

と、アリュセアはブレイス少佐に言い訳をした。何だか、そうしなければいけないような気がしたのだ。

「い、いえ。その、司令官、大丈夫ですか?」

と、ブレイス少佐はぎこちなく言った。

「大丈夫だ、少佐」

 アリュセア――かつてのサンシゼラは魔法使いではなかった。魔力はあったらしいが、魔法使いとしての修行や訓練はしたことがない。だから、呪文は使えなかった。ただ、一つだけ分かることがある。呪文というのは、想いを形にしたものだということだ。だから、呪文がわからないなら、想いで力を使えないかと考えたのだ。

 ゆっくりと息を吐きながら、アリュセアは銀の月の場所を知りたい、と想った。

 すると、ほどなく目の前にタリアを背にした銀の月が見えた。もちろん、その前に、あの暗黒星雲の種族の男が立っていた。

「いたわ。どこかの廊下かしら?他に兵士もいる。二人、三人かしら」

と、アリュセアは言った。

 兵士とは、タリアを呼びに出した兵士たちだろうと、ディポックは思った。

「何か、特徴は?その廊下は何処につながっているのかわかりませんか?」

と、ディポックは聞いた。

「私、この要塞については詳しくないから、わからない。でも、あの男は、変だわ。本気じゃないみたい。そうだわ、私が見ていることを、銀の月に伝えてみる……」

と言うと、アリュセアは心の中で思った。

(わたしよ、銀の月、聞こえる?あなたを見ているの。ディポック司令官の力を借りているの)

 銀の月の表情は変わらなかったが、

(どうしたんだ、サン?何か、あったのか?)

と、応答してきた。

(だから、ディポック要塞司令官の力を貸してもらったの。何かできることは?)

 銀の月は、じりじりとタリアに近づくと、

(それなら、私がタリアの手をつかんだ時、あの召喚の呪文を使って欲しい)

と、伝えてきた。

「召喚の呪文?」

と、アリュセアは言った。

 アリュセアのただ一つ使える魔法の呪文だった。

 再び深呼吸をすると、

「ディポック司令官。あの、私、銀の月を召喚してみます。さっき、初めて使ったばかりなので、多分できると思います。いいですか?」

と、アリュセアは了解を取ろうとして言った。

「召喚?なるほど、あれは、あなたがやったんだ。わかりました。やってみていいですよ」

と、ディポックは了解して言った。

 アリュセアの手は、ディポックの肩を掴んでいた。そして、目を閉じて、向こうで銀の月がタリアの手を掴むのを待った。

 男はにやにやして、銀の月を見ていた。まるでワナに掛かった獲物を見るような目つきだ、とアリュセアは思った。

 銀の月がじりじりタリアに近づき、その手をタリアに近づけた。タリアはまだ銀の月の目的がわからないようで、ただ、あの男を見て警戒していた。

 アリュセアは落ち着かなかった。ディポック司令官の肩を掴んだままだし、要塞の他の将官や仕官たちが自分を変な目で見ているのを感じていたからだ。


 その中にリドス連邦王国のカール・ルッツ提督の副官、ナル・クルム少佐がいた。彼は、要塞司令室の中で、一人壁際に立って、アリュセアとディポックの様子を見ていた。

 ディポック司令官やバルザス提督とともに司令室に来たクルム少佐は、これまでただ黙って成り行きを見守っていた。何もすることがない、いや彼は何もできなかったからだ。彼は魔法使いではなく、普通人だった。だから、バルザス提督の邪魔をしないように、ひっそりと司令室の隅に立っていた。誰も彼のことを注意することはなかった。そのような余裕がなかった所為でもある。

 クルム少佐が不審に思っているのは、この要塞司令官であるヤム・ディポックのことだった。いったい彼は何者なのだろうか?

 バルザス提督はディポック司令官のことを魔法使いとは言わなかった。だが、ディポックは何か不可思議な力を持っていることは確かだった。それでなければ、バルザスが惑星連盟の艦隊をこの要塞からそれぞれの母国へ移動させることはできなかっただろう。それは銀の月一人の力では、できないことだった。それは本人も認めたことだ。

 確か、あの審判のときに、あの暗黒星雲の種族という男が、おまえは誰だ、と言っていたようだった。とすると、あの男にもディポックが誰であるかわからないということなのだ。

 あの男が自分のことをこの銀河には属していると言っていたが、それは本当のことだった。それに、カール・ルッツ提督のことを、どこの銀河に属しているのかと言ったのも、それが事実であることを彼は知っていた。今のカール・ルッツの中身はこのふたご銀河に属している者ではないのだ。

 そこまで見破ったあの男が、ヤム・ディポック司令官のことがわからなかったのだ。これは、どういうことなのだろうか?

 カール・ルッツの副官は、この得たいの知れぬディポック司令官をじっと見つめていた。


 アリュセアは口を開かずに、心の中で召喚の呪文を唱えた。その直前に銀の月の手がタリアの手を掴んだのを確認していた。

 次の瞬間、バルザス提督とタリア・トンブンが司令室の、呪文を唱えたアリュセアの前に現れた。それは、要塞司令室の将官や仕官たちの目の前に現れたということでもあった。

 しん、とその場が静まり返った。誰も、この現象がすぐには理解できなかったのだ。

「どうも、司令官。また助けて貰いましたね。」

と、バルザス提督が言った。

 ダズ・アルグ提督がタリアを見て、

「無事だったようだね」

と、言った。

「ここは?まさか司令室なの?」

と、タリアはびっくりして言った。

「上手くなったね、サン。お陰で助かったよ」

と、バルザス提督が言った。


58.

「こんなところに来ても、私から逃げたことにはならないな」

と、司令室の司令官席とは反対側の方から、声がした。

「キャッ!」

と、アリュセアは小さい悲鳴を上げた。

「おや?これはサンシゼラ・ローアンじゃないか。おまえが邪魔をしたのか。いや、だが、おまえは魔法使いではなかったはず」

と、男は決め付けた。

「誰だが知りませんが、ここでは乱暴は困ります」

と、ディポック司令官が言った。

「おまえは?そうだ。おまえはいったい何者だ?なぜ、私の邪魔をするのだ」

と、男は言った。

 その男は、別段武器を持っているようではなかった。だが、ディポックには武器を持っている兵士よりも危険なことがわかって来ていた。

「そいつは、暗黒星雲の種族よ。武器を向けたりしないで、危険だわ」

と、アリュセアが警告した。司令室の軍人たちが持っている武器を手にしようとしているのが分かったので、言ったのだった。

「私は、別に何もしない。そこのタリア・トンブンに用があるだけだ」

と、男は言った。


「司令官、その男は何者ですか?」

と、参謀のグリンが落ち着いた声音で聞いた。

「さあ、私はよく知らないが、ジル星団の人たちが、暗黒星雲の種族だといっている」

と、ディポックは言った。

「暗黒星雲の種族?何ですか、それは?」

 そのような種族など、ロル星団では聞いたことがない。事実グリンは初めて聴いたのだ。

「ロル星団の方では、知られていないようなんだが、ジル星団ではかなり悪名の高い種族らしい」

 ディポック司令官を見るその男の目には、珍しく真剣な光りが宿っていた。いつも人を揶揄するような、からかうような目をしていたのに、妙に真面目な目つきに変わっていた。

「おまえは、誰だ?あのルディアナに似ているが、ルディアナではない。しかし、その光りは尋常ではない。魔法使いでもないが、アルフ族でもあるまい。このロル星団では妙な者もいるのだな……」

と、男は不思議そうに言った。

「私は、元新世紀共和国の軍人だった、ヤム・ディポックという者だ。他の何者でもない。それよりも、あなたは何の用があってこの要塞に来たのだろうか?」

と、ディポックは聞いた。

「私の用があるのは、そこのタリア・トンブンだ。ゼノン帝国の御歴々がその女が必要だというのだ。例のダルシア帝国の遺産が欲しいそうでね」

と、男は面白そうに言った。

「それはおかしいですね。まだ、ダルシア帝国の遺産が彼女に渡るかどうか、決定されてはいないはずでしたが?」

と、ディポックは言った。

「ばかばかしい。あのナンヴァル連邦の議長はそのつもりで、この要塞に乗り込んで茶番をやっているではないか」

「司令官、気をつけて、その人は、時間稼ぎをしているだけ……」

と、アリュセアは言った。

「何のことかな?」

と言って、男はアリュセアの方を見た。

「こうして話をだらだらして、ダルシア帝国の艦隊が来るのを待っているの。そうして、艦隊がこの要塞を攻撃するのを待っているのよ」

と、アリュセアは言った。

「ほう、それで、次に私は何をするというのだ?」

と、男は声に凄みを利かせて言った。

「そ、それで、タリアをこの要塞ごと消してしまえば、ダルシア帝国の遺産は宙に浮く。行き場がなくなる。その混乱を利用して、自分がダルシア帝国に入り込む隙を作りたいのよ。そして、リドス連邦王国の出自を探るつもりなんだわ」

と、アリュセアは言った。

「何のために?」

「暗黒星雲の種族は、これまで無敵だった。けれど、あのリドス連邦王国には敵わなかった。だから、彼らの出自を調べ、そこへ行って、リドス連邦王国の持つ秘密を掴みたいのよ。そうすれば、彼らの優位が崩れる」

 その話は、この要塞の人々には意味が分からなかった。まだ、ジル星団にリドス連邦王国やダルシア帝国という国がある、ということしか知らないのだ。

「なるほど、サンシゼラ、おまえは確かに予知者だ。だが、予知だけでは私には勝てぬ」

と、危険なほど優しい声音で男は言った。

「で、でもあなたの企みは無駄だと思う。リドス連邦王国の人たちは、ダルシア帝国のことをあなたよりももっと知っているから」

と、アリュセアは言った。

「何を知っているというのだ?」

と、男は急にアリュセアの話に興味を持ったようだった。

「そこまではわからないわ。でも、タリアが居なくなっても、リドスの人々は何ら困ることはない。混乱はしないわ」

 まだ、アリュセアの片手は、ディポックの肩を掴んでいた。彼女は自分の脳裏に映る映像を見ながら話をしているのだ。

「ほう、それなら、なぜ、タリア・トンブンにこだわるのだ?タリアがアプシンクス皇女だからか?」

「そう、それもある。でも、最大の理由は、コア大使との約束だからよ。それだけ……」

「馬鹿なことを。コア大使はもう死んだのではないか」

「変な事を言うのね。知っているくせに。コア大使は、その肉体は死んだかもしれない。でも、彼は消えたわけじゃない。だからこそ、その約束は守られる。リドスの人々は真実をしっているから」

「ふん!」

と、男は言うなり姿を消した。


「た、大変です。すぐ近くで新しい艦隊がワープ・アウトしました」

と、通信員が叫んだ。

「見たことの無い艦隊です。どこの艦隊でしょう?」

 それはアリュセアが言った、あの艦隊だった。

 今何をすればよいか、アリュセアの脳裏に突然浮かんだ。稲妻に打たれたように、アリュセアは叫んだ。

「タリア!ここに来て、早く!」

 タリアは慌ててアリュセアの傍にやってきた。

「どうするつもりなの?」

 タリアにとっても、この事態は前代未聞のことなのだ。

「私の手を持っていて……」

と、アリュセアは言った。そして、ディポックの肩をつかんでいる手とは反対側の手を出した。

 タリアは言われた通りにすると、目の前に外の情景が浮かんだ。

 宇宙空間に浮かんでいる船は、タリアでも見たことがない宇宙船だった。数はどれくらいだろうか?数百、数千隻?ダルシアからの艦隊だろうか?

<アプシンクス様、無事デスカ?>

と、タリアの心に言葉が浮かんだ。この思いが要塞の外の宇宙空間に浮かんでいるあの艦隊の中の一隻から発せられたものだということは、不思議にはっきりと分かっていた。

 一瞬の間、タリアは怯んだ。TPではあるが、このような意志伝達は慣れてはいないし、相手が船というのも初めてなのだ。だが、何とかしなければならない、という思いが伝える言葉を決めたのだった。

<私ハ、無事デス>

と伝えると、タリアの心に安堵の思いが伝わってきた。

<アナタタチハ、ダルシアニ帰ッテホシイ>

と、タリアは思った。

<イエ、アソコニ、ゼノン帝国ノ艦隊ガイマス。アノ連中ガイテハ帰レマセン、ソレニ、不吉ナ者ノ気配ガシマス。アレハ、我ガ敵ニチガイアリマセン。>

と、ダルシアの艦が伝えてきた。

「敵がいるから、帰れないと言っているわ」

と、タリアは言った。

「敵?」

と、ダズ・アルグは言った。

「ゼノン帝国のことか?」

「違う。不吉な者と言っているわ。」

「まだ、居るんだ。あのさっきの男が……」

と、バルザス提督は言った。


 コアは、これまでヘイダール要塞の司令室の様子を見ていた。

 ダルシア帝国の艦隊にどのように対応すればいいのか、アリュセアやタリアに指示を与えたのは、彼である。

 コアはダルシアの艦隊が来るのを予想して、待っていたのだ。ダルシのア艦隊に下手に対応すると、大変なことになることを知っていたからだ。まして、どのように対応すればいいのかは、ダルシア人であったコアしか知らないことだ。

 最初の危機が去ったものの、まだ最大の危機が終わっていないことをコアは気づいていた。こちらの方は、コア自身でも簡単に対応できないものだった。

 ただ、それに対処するために銀の月に近づき過ぎても、あの暗黒星雲の種族の男にコアの存在が知られる恐れがあった。そうなると、もっと困ったことになることをコアは知っていた。

 今でも、あの男はコアの存在をこのヘイダール要塞の中に感じているのだ。ただ、どこにいるかははっきりとしないだけだった。

 姿かたちのない今のコアでは、暗黒星雲の種族とは対等に遣り合うことなど不可能なのだ。肉体にいた時のコアでさえ、他の機械の助けなしでは遣り合うことはできなかったのだ。

 この危機を脱する方法は、銀の月――バルザス自身が知っているはずだった。


 ゼノン帝国の艦隊やタレス連邦の艦隊は、突然現れた所属不明の艦隊に驚いていた。

「あの艦隊はどこの艦隊でしょうか?」

と、タレスのドノブ少将が言った。

 タレス連邦はダルシア帝国の艦隊を見るのは初めてなのだった。

「要塞に問い合わせてみよ」

と、ガイウス・ブレヒト元帥が言った。


「なぜ、ダルシア帝国の艦隊が現れたのでしょうか?」

と、ヴィレンゲル少将が言った。

 ドールズ・ゴウン元帥は、これまでゼノン帝国艦隊がダルシア帝国艦隊にどれほど損害を受けたかを思い出さざるをえなかった。だが、コア大使が亡くなった今、なぜダルシア帝国の艦隊が動いているのだろうか?誰が動かしているというのか?まだ、継承者も決まってはいないのに……。

「まさか、あの艦隊は我が艦隊を攻撃するためにやってきたのでしょうか?」

「それは、わからん。だが、我が艦隊ではダルシア帝国艦隊を破ることはできん。ともかく、要塞に問い合わせてみるように」

 ファールーレン・ディラは、ダルシア帝国艦隊の恐ろしげな艦影を眺めていた。嫌な予感がする。やはり、あの暗黒星雲の種族の男は、闇の者ではないとしても、古い言い伝えの通り凶事を運んできたのではないだろうか。


59.

 その艦隊は不気味だった。静かに、物も言わずに、ただ要塞の周囲に浮かんでいるだけなのだ。銀河帝国や元新世紀共和国の艦隊とは形態も色彩もかなり違っており、ジル星団の他の国の艦隊とも違っていた。そして、おそらくエンジンや動力源も異なっているだろうと思われた。

 それは、ダルシア帝国の艦隊だった。

 ダルシア帝国の艦隊は、その一つ一つの艦に乗員が居るわけではなかった。艦長もいない。艦を掌握するシステムの中枢に当る部分の中央脳が全てを取り仕切っている。それは機械ではあるが、機械ではない。半分物質で、半分有機体でできている、それ自体個性を持った中央脳なのだった。

 艦の中央脳が個性を持っているのは、艦の動きを判断するという必要があるためだった。したがって中央脳が艦長の機能を果たしていると言えた。

 旗艦はそれぞれの艦の中央脳を統率する、指揮脳を持っていた。他の艦はその指揮脳の命令を忠実に守る。だから、一つの艦隊としての機能が可能なのだった。


 出現したダルシアの艦隊はヘイダール要塞の周りにただ浮かんでいるだけだった。

「ダルシアの艦隊には、本国に戻ってはもらえないということだろうか?」

と、ディポック司令官が言った。

「おそらく、先程の暗黒星雲の男がどこかにいるということだと思われます。ダルシア帝国にとって暗黒星雲の種族は危険な敵なのです。彼がこの要塞の中、あるいは近くに居る限り、ダルシアの艦隊は動こうとはしないでしょう」

と、バルザス提督が言った。

「しかし、やつがどこにいるのか、どうやったらわかる?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

「それは、わかりません。ただ、何か企んで身を潜めているということはわかります」

と、バルザスが言った。

「何を企んでいるのだろう?」

と、フェリスグレイブ防御指揮官が言った。


 アリュセアは、ヘイダール要塞が爆発するという自分の見た映像が気になった。だが、現実にはダルシア帝国の艦隊は、要塞を攻撃せずに、要塞の周りに浮かんでいるだけだった。だとすれば、次に起きることは何だろうか?あの暗黒星雲の男が企んでいることは、何だろうか。

「ディラント、あの男が狙っているのは、この要塞ではないかしら?」

と、アリュセアは言った。

 昔、アリュセアがサンシゼラと呼ばれていた頃、銀の月の名は、ディラント・アルマ・カイトだった。その時の癖がつい出てしまったのだ。

 ディラントと呼ばれたバルザス提督は、アリュセアを振り返った。

「この要塞を狙っているだって?」

「そう。私が見た映像は、この要塞が破壊されるものだった。でも、まだ破壊されてはいないわ。だとすると、この要塞を破壊するには、次に何をすればいいのかしら?」

 その話は、要塞司令室一同の肝を冷やさせるものだった。

 この要塞の破壊が目的?それも、たった一人で?要塞司令室の幹部一同にとっては、どれも、信じがたいことだった。第一そんなことができるものだろうか?

「ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊は、ここを攻撃する積りでしょうか?」

と、タズ・アルグ提督が言った。

 それも気になるところである。

「いや、待て。まだ妙な動きはない。それに、彼らの艦隊にこの要塞を破壊するだけの攻撃力があるだろうか?」

と、ディポック司令官は言った。

「何ともいえません。どちらも、一つの艦隊だけだったら、できないでしょうが、ゼノンとタレスの艦隊が協力するとなると、できないとはいえません。もちろん、ダルシア帝国の艦隊ほどの破壊力はありませんが……」

と、バルザスは言った。

 とはいえ、ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊を合わせて二万にも足りない艦艇数では、要塞の破壊など不可能だと思える。それに惑星連盟の各国政府の艦隊を返してしまった今となっては、彼らの味方に付く艦隊もない。

 ゼノン帝国の艦隊にしても、最初の時に使った魔術を込めたエネルギー攻撃は、要塞に銀の月が居る限り、そう何度も使えないとわかっているはずだった。

 ただ、本当にできないとわかっていれば、ゼノン帝国の艦隊がヘイダール要塞に来るわけはない。彼らも勝ち目のない戦いはしないのだ。何かあるのではないか、とバルザスは思った。

「ただ、あの男となると、話は変わります。あれは、ここを破壊するだけの力を充分持っています」

と、バルザスは言った。

「どうやって、破壊するんだ?」

と、ダズ・アルグ提督が聞いた。

「それは、まだわかりません」

 その時、また要塞に激しい揺れが起きた。


 リドス連邦王国宇宙艦隊、バルザス提督の副官ドルフ中佐は、度々の揺れを不審に思って、

「いったい、何が起きているんでしょう」

と、カール・ルッツ提督に言った。

「何だか、変ね。いえ、確かに変だ」

と、ルッツは言った。

 二度も大きな揺れが来たのだ。予知者ではないが、何か危険なことが起きている予感がした。

 アリュセアの子供たちも、不安そうに寄り添っていた。

「ねえ、わたし、この要塞のことに詳しくはないけれど、何だかこの要塞が動いているような気がしない?」

と、ルッツは言った。言葉遣いを気にしているような余裕はなかった。

「え?そ、そういえば……」

 これは、単なる感だった。だが、二人とも同じことを感じているということは何か起きているのだ。

「バルザス提督に連絡してみて」

と、ルッツは言った。


 要塞司令室にドルフ中佐の通信用の魔法陣が現れた。

「何だって?」

と、バルザスが言うのが聞こえた。

「どうしたんだ?」

と、ダズ・アルグが言った。

「ディポック司令官。この要塞の位置を確認してもらえませんか?」

と、バルザスは言った。

「位置?わかりました」

と言うと、ディポックは計器に就いている部下に確認を命じた。

 ヘイダール要塞が攻撃されるということばかり気にしていて、要塞自体が動くということを考えていなかったのだ。

「こ、これは……」

と、兵士が驚いて絶句した。

「どうしたんだ?」

と、ダズ・アルグが聞いた。

「要塞が、動いています。正確には、最初の揺れがあったときから、少しずつ動き始めたんです。先程の揺れで、要塞が宇宙の星の間にある、ある軌道に乗ってしまったんです」

と、その兵士は言った。

「軌道というと?」

と、ディポックが聞いた。

「このまま行くと、この要塞はあと一週間でボゴール彗星と衝突します」

「彗星?このあたりに彗星があるなど聞いたことはないぞ」

と、ダズ・アルグが言った。

「ですから、こちらの位置が変わっただけでなく、彗星もこちらとの衝突コースに乗ったのです」

 これは、容易ならざる事態だった。


 ヘイダール要塞は、建設されておよそ百五十年になる。

 要塞はこの宇宙空間で建設されたのであって、建設されたものをここに移動させたのではない。だから、要塞自体を移動させる機能や装置はついていない。

「要塞は、動かすことはできないのですか?」

と、アリュセアは聞いた。

「動かすことはできません。第一、そんなことを想定して作られてはいないのです」

と、ディポックは言った。

「司令官。考える時間はまだあります」

と、バルザス提督は言った。

 また大きな揺れが来た。

「し、司令官。また軌道が変わりました。このコースで行きますと、今度は別の彗星にあと二ヶ月で衝突します」

と、計測した兵士が言った。

 変だ、とバルザスは思った。今度は期限が短くなったのではなく、長くなった。

「あの男よ。遊んでいるんだわ」

と、タリアが言った。

「いえ、違う。この要塞を破壊する時間を考えて少しずつ軌道を変えているの」

と、アリュセアは言った。

「すると、どこまで変える気なんだ?」

と、ダズ・アルグは言った。

「衝突する時間をもっと短くして、私たちが困って手をあげるのを待っている、そんな感じがする」

と、アリュセアが言った。

 背筋がぞっとするのを、皆感じていた。しかし、どうすることもできない。とんでもない相手と戦うことになったのではないか?まだ、ゼノン帝国やタレス連邦の艦隊と戦うほうがましである。これまでよく暗黒星雲の種族などという連中と遭遇しなかったものだ、とディポックは思った。


60.

 ナンヴァル連邦の大使であり、惑星連盟の議長であるマグ・デレン・シャは、要塞が何度も大きく揺れるのを感じて言った。

「何が起きているのでしょう」

「おそらく、これはあの暗黒星雲の男と関係があるのではないでしょうか?」

と、ナンヴァル連邦の艦隊司令官タ・ドルーン・シャが、言った。

「そう言えば、あの種族は宇宙船や惑星を自分達の好きなように動かすことができましたね」

 このような人工要塞など、あの種族にとっては小さな彗星よりも扱いやすいに違いない。

「しかし、あやつは何を求めているのでしょうか?」

「あの種族がダルシア帝国の遺産を欲しがっているとは、どうも思えないのですが……。ただ、ジル星団での彼らの関心はリドス連邦王国にしかありますまい」

「リドス連邦王国に、ですか?」

「暗黒星雲の種族でさえ、彼らがどこの何者であるか、わからないと聞いたことがあります。宇宙船を使わずに、自由に宇宙を行くことができる、彼らでさえ、まだリドス連邦王国の母国については未知だということです」

「たった、それだけのことが知りたいというのですか?」

「それだけのことが、あの種族にはわからないのです。しかし、ダルシアのコア大使は知っていたということです」

 ダルシア帝国のコア大使は個人の力では暗黒星雲の種族に敵わなかったが、ダルシア文明全体としては、まだまだあの種族さえ及ばぬ部分があったという事が言えるのではないか、とマグ・デレン・シャは思った。

「大使閣下。この要塞は大丈夫でしょうか?」

 この要塞はロル星団の銀河帝国が建設したものである。その技術はとてもダルシア帝国に遠く及ばないだろう。だとすると、あの種族を引き下がらせることなどできないのではないか、とタ・ドルーン・シャは考えていた。

「それは、どうでしょう。私にはわかりません。でも、ここにはリドス連邦王国の魔法使いがいます。それに、あの要塞司令官もなかなかの人物だと思いますが、どうでしょうか?」

「ヘイダール要塞の司令官は、不思議な人物ですな。あの尋常ではないオーラの光りは、普通の人間とはとても思えません。それなのに、本人はそのことに少しも気が付いてないようでした」

 ナンヴァル連邦の人々はその力の大きさは人によって違うのだが、ある能力を持っていた。それは魔法というよりは、タレス連邦の人々の言う特殊能力に近かった。目に見えないものを見るという能力である。目に見えないものというのは、異次元のものだった。異次元のものとは、例えば、霊人つまり死んだ人など、または妖精や様々な精霊を見る力だった。また生きている人の放つオーラも見る事ができた。

 オーラは人によってその光量が違い、地上に降りた神々や天使などは普通人よりも大きなオーラを放つとナンヴァル連邦では伝えられていた。

 ナンヴァル人であるマグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャは通常では考えられない量のオーラを、ヘイダール要塞司令官に見たのだった。

「確かに。要塞司令官は、他の人とは違います。ただロル星団の文明は、宇宙文明を築いたとはいえ、これまでは他の星人との交渉は無きに等しいことでした。我々と出くわした時に、まるで、初めて宇宙に出た種族のような感覚を味わっているようですから。多様な文明にめぐり合わないと、なかなか高度な文明文化というのは育たないものです。そのなかで多少なりとも、この要塞司令官はそのことが理解できる人物だと思われます」

「ですが、まだそれだけではありますまい」

「それについては、できますればコア大使の意見を聞きたいところですね」

と、マグ・デレンは言って、懐かしそうな目をした。


 要塞の揺れが度重なるに連れて、要塞司令室では惑星連盟のジル星団の政府の各国代表が不安に思って、多くの問い合わせがきていた。

「はい。揺れの原因はまだ、わかりません」

と、担当の兵士が淡々と答えていた。

 本当のことを説明するのは、このたび重なる揺れが収まってからにした方がいいというのが、要塞幹部の連中の考えだった。何しろ、揺れがおきる度に、衝突する彗星が変わってくるのだ。その度に、各国代表に伝えても混乱するばかりである。

 あの男の目的がこの要塞を彗星に衝突させて破壊することにあるにしても、まだどこの彗星と衝突するのか、本当に衝突させるつもりなのかは、最後までわからないのだ。

 ディポック司令官は、デスクにひじを付いて座っていた。揺れがおきる度に胃が痛くなりそうだった。

 周りに詰めている要塞幹部の将官や仕官たちも、青い顔をしていたが、どうにも方策を立てようがなかった。

「ソイルを頼む」

と、フェリスグレイブ要塞防御指揮官が言った。ソイルは、元新世紀共和国ではポピュラーな眠気を覚ますカフェインの入った飲み物だった。

「ソイル?そんなものを飲む余裕がまだあるんですかね……」

と、ダズ・アルグが呆れて言った。

「焦っても仕方あるまい。それに、焦らせるのが向こうの目的の一つなのかもしれない……」

「まあ、我々がこの要塞を動かそうとしても無理ですが、何か他に手はないのですかね……」

と言って、ダズ・アルグはバルザス提督の方を見た。

 カール・ルッツ提督の副官のナル・クルム少佐に、バルザス提督が話しかけているのが見える。

「あの、副官は何者なんでしょうね?」

と、ダズ・アルグは言った。

「あれか?おまえさんは、こんなときに、よくそんなことを気にする余裕があるものだな……」

と、今度はフェリスグレイブが呆れて言った。

「だって、気になるじゃありませんか?あの副官の話し方は、少しおかしくないですか。まるで、その……」

 どこかの王侯貴族のような話し方だと、ダズ・アルグは言いたかったのだ。

 フェリスグレイブは、ダズ・アルグの考えがわかっていた。彼も同じような感じを抱いていたのだ。

「まあ、リドス連邦王国というくらいなのだから、貴族くらいはいるだろう。別におかしくはあるまい」

「そりゃそうですが、なんだか、誰かを思い出すんですよ」

「おまえさんに、貴族の知り合いがいたとは、ついぞ知らなかったな」

「私の知り合いじゃありませんよ。でもたまにスクリーンで見られたじゃありませんか?」

「誰のことだ?」

「ほら、銀河帝国の第一人者……」

「ほう……」

 フェリスグレイブは、そう言われてそのナル・クルム少佐を見やった。

「顔は別に似ていないようだが、それに銀河帝国の皇帝陛下が行方不明になったという噂も聞かないな」

「別に本人とは言っていませんよ。人間が百億人くらいいれば、同じ顔の人間が三人くらいいるそうですから。でも性格や態度振る舞いが似ているという者なら、もっといるということですかね……」

と、ダズ・アルグは言った。


 バルザス提督は要塞の将官であるダズ・アルグやフェリスグレイブの噂になっているとも知らずに、カール・ルッツの副官ナル・クルム少佐と話をしていた。

「ずいぶん冷静にしていられますね」

と、バルザスは言った。

「私が行方不明になるのは、もっと先のことなのであろう。それまで要塞はここにあったのだから、きっとこれを乗り切れたのだろうと確信しているだけだ」

と、クルム少佐は言った。

「その、乗り切る方法が分かればいいのですが……」

と、バルザスはため息をついた。

「なんだ。何の知恵も浮かばないのか?そんなはずはないだろう。魔法ではこの難局は解決できないのか?」

と、クルム少佐は他人事のように言った。

「一番の問題は、やつが何度もこの要塞の軌道を変えているということです。私が何かをしようとするたびに、変えてきています」

「なに?すると、あの男は卿を監視しているということか?」

「たぶん。この司令室のどこかにいるかもしれませんし、いないかもしれません。どこにいようと私が魔法を使おうということを探知することは、やつにとってはそれほど難しいことではないのです。魔法を使うときには、こちらも魔力を集中しなければなりませんから、その集中したところを探すのはやつには簡単なことです」

「しかし、この要塞の軌道を変えるということがそれほど簡単にできるとは、どれほどの力を持っているのだ?」

「かつては、あの男はこの方法を使って、惑星連盟の種族を翻弄したのです。宇宙船や宇宙都市を勝手に動かし、惑星や、恒星までも動かしたのです。それで、人の住む惑星で気象が壊滅したことで、人々も沢山死ぬようなことが起きました。だから、彼らを何とかする必要があったのです」

「しかし、これでは児戯に類することではないか。このような愚かなことをなぜするのか?」

 クルム少佐には、子供が面白がって力を使っているような感覚であるような気がするのだ。

「本人に聞いてください。私には理解できませんので。それより、我々はこの迷惑行為をなんとかしなければなりません」


 アリュセアは、バルザスと副官の話をそれとなく聞いていた。聞こえてしまうのだ。すると、クルム少佐が別の軍服を着ている姿が見えてきた。

 その姿は今の姿よりも年上に見えた。髪も金髪で、背もかなり高い。肩から長い白いマントが付いているところを見ると、かなり地位も高いような気がした。

 これは、彼の現在・過去・未来のいつの姿なのだろうか、とアリュセアは思った。


 要塞の揺れは、何度か続いて起きていた。そのたびに要塞の軌道が変わり、別の彗星との衝突コースに入るのだ。この揺れそのものは、あの暗黒星雲の種族の男が起こしているのだ。要塞を彗星と衝突させて破壊することを計算しているのだ。だから、バルザス提督が何とかそれを阻止しようと魔法を使おうとするたびに、揺れが来る。これではまるでイタチゴッコだった。


61.

 惑星連盟の各国代表は不安を隠せなかった。要塞司令室に問い合わせても、きちんとした説明がないので、それがまた不安を煽っていた。

 一人、また一人と惑星連盟の議長であるナンヴァル連邦の大使のところへ各国代表が集まってきた。

「議長、いったいこれは何事なのでしょうか?」

と、皆を代表して、不安そうにカレルン連合国の代表が言った。

「私たちにも、何が起きているのかわかりません。どなたか、要塞司令官の方に尋ねられましたか?」

と、マグ・デレンは言った。

「尋ねました。ですが、きちんとした説明がないのです」

「それでは、まだ説明できるだけの理由がわからないのではありませんか?」

「しかし、揺れが続いて、随分になります。私などはこの揺れに酔ってしまいそうです。どうにかならないのでしょうか?もし、要塞の維持機能に故障が起きたなら、この要塞を出て行ったほうがよいのではないでしょうか?」

 コンガ王国の代表が気分悪そうに言った。

「もう少し、待ってみてはどうでしょうか?説明できないとしたら、何か理由があるのでしょう」

「ですが、我々はもう限界です」

 限界だと、他の者たちも揃って言い始めた。

 ため息をつくと、マグ・デレンは、

「わかりました。では、私が司令官にお会いしてみましょう」

と、言った。

 彼らが限界だというのもわからないでもなかった。だが、デレンが司令官に会ったとしても、何の解決にもならないことは分かっていた。逆に邪魔になるかもしれないのだ。これは単に、彼らの気持ちが済むというだけのことなのだ。少なくとも、惑星連盟の各国代表が司令室に押しかけるよりもましだろう。


「お待ち下さい……」

と、言う声がした。

 見ると、ゼノン帝国の政府代表がいた。

「何でしょうか?」

と、マグ・デレンは言った。

「もしかしたら、これは審判のときに現れた、あの暗黒星雲の種族とかいう者の仕業ではありませんか?」

と、ゼノン帝国の政府代表ボルドレイ・ガウンが言った。

「かつて、あの種族はよくこのような方法を用いて、ジル星団の惑星諸国を悩ませたと記録にあります」

と、ボルドレイ・ガウンは審判のときとは打って変わって、博識なところを見せた。

「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。これがあの種族のやっていることだと、今の段階では我々にはわかりません」

と、マグ・デレンは率直に言った。

「もし、そうだとしたら、この要塞の連中に対処できるのでしょうか?」

と、ボルドレイ・ガウンは、皆の不安を煽るように言った。

「あの種族だとしたら、ジル星団のどの国の政府だとしても、対処できないでしょう」

と、マグ・デレンは言った。

 それは事実だった。ダルシア帝国やナンヴァル連邦の科学技術力を持ってしても、あの種族には太刀打ちできないのだ。唯一つ、リドス連邦王国を除いて。

「ここのところ、そう何十年もの間、あの種族はなりを潜めていました。それが、どうしてこのような時にこのようなところへ現れたのでしょうか?」

「その理由は、わかりません。ですが、ダルシア帝国のコア大使の死が引き金になったのかもしれませんね」

「引き金になった?それは、どうしてですか?」

「これは、私の意見ですが、あの男は、ダルシア帝国の遺産を欲しがっているように思えます。もっとも、正確にはその一部だと思いますが……」

と、マグ・デレンは言った。

「何ですと?では、今回の審判が気に入らないというのですか?」

「そうではなくて、もし、この揺れが暗黒星雲の種族の所為だとすれば、実力を持って、我が物にしようとしているように思えます」

「つまり、ダルシア帝国の遺産をあの男にやれば、我々は無事だということでしょうか?」

と、ホルンドバルド連合政府代表のアヴァル・グスが言った。

「それは、どうでしょうか?第一、私が述べているのは、私個人の意見です。この揺れが暗黒星雲の種族が起こしているという前提条件が一致した場合、それが言えるかもしれませんが、そうだとしても、それであの男の気が済むかということは、誰にもわかりませんよ」

と、マグ・デレンは言った。

 暗黒星雲の種族が時には非常に残忍になることを、ジル星団の古い文明の種族は知っていた。気紛れなのだ。望みのものを渡したからと言って、こちらが安全になるとは限らないのだった。悪くすれば、この要塞ごとこの宇宙から消されてしまうかもしれないのだ。

「では、どうすればいいのです……」

と、アヴァル・グスが言った。

「この要塞には、銀の月がいます。もしこれが、あの種族の所為だとしたら、彼はあの種族とやりあうことに慣れています。過去何度も渡り合った経験があるのです。そして、今彼はリドス連邦王国に属しています。かならずや、リドス連邦王国の助けがあるはずです」

と、マグ・デレンは言った。

「そのリドス連邦王国ですが、暗黒星雲の種族を追い払うためにダルシア帝国が呼んだという噂がありますが、本当なのでしょうか?」

と、ボルドレイ・ガウンは言った。

「さあ、どうでしょうか?ダルシア帝国のコア大使なら、その答えを知っていたかもしれませんね。それよりも、ゼノン帝国の方に老婆心ながら忠告しておきましょう。ゼノン帝国はかつて、暗黒星雲の種族とも同盟していたことがありました。ダルシア帝国の打倒のためにですが。ただ、その同盟はゼノン帝国の裏切りによって、消滅したのです。昔のことですからそのことを、ゼノン帝国の人々は忘れてしまったかもしれませんが、暗黒星雲の種族の方ははっきりと覚えていると思います。気をつけられることを忠告します」

 ボルドレイ・ガウンは驚愕して、マグ・デレンを見た。

「裏切った方よりも、裏切られた方が、それをいつまでも覚えているものです」

 ボルドレイ・ガウンは青ざめていた。


 各国代表がデレンの言葉に一応納得して、戻っていくのを見届けて、

「私が、司令官に会ったとして、この揺れが解決できるとは思えませんが、他に仕方ないでしょう」

と、タ・ドルーン・シャにマグ・デレンは言った。


 ヘイダール要塞の周囲に浮かんでいるダルシア帝国の艦隊は、要塞が軌道を変えて行くのに応じて、同様に軌道を変えていた。ダルシア帝国艦隊の指揮脳は、ただヘイダール要塞にいるタリア・トンブンを守るということだけを考えているのだ。

 要塞がもし、彗星などの物体に衝突するとしたら、その瞬間にタリア・トンブンを救出するつもりだった。要塞にいる他の人々は、ダルシア帝国艦隊の指揮脳にとっては、どうなろうと関知しないことなのだ。

 それが、タリア・トンブンが望まぬことであっても、彼女自身の明確な指示がない限り、要塞自体を守るという選択肢はなかった。

 ヘイダール要塞にいるダルシア人は、タリア・トンブンだけだったのだ。

 しかし、タリア本人は、もうどうしてよいかわからない、というのが本音だった。


62.

 リドス連邦王国のバルザス提督は、暗黒星雲の種族の男と相対して勝てる見込みのないことを知っていた。どれほど魔法を知っていようと、ガンダルフ、いやジル星団に伝わる魔法だけでは、あの種族の者には勝てない。それはもう何千年も前から銀の月が知っていた事実だった。

 バルザスはもうこれしか残っていないと決めた。助けを呼ぶのだ。それも、リドス連邦王国の王族を呼び寄せる特別の呪文を使って……。彼らだけが、暗黒星雲の種族を退ける力を持つのだった。

 ざわついている要塞司令室の中で、できるだけ人の少ないほうへ移動すると、目を閉じ、できるだけ力を集中させた。そして、呪文を心の中で唱えようとした瞬間、

「……」

と、空を見つめたまま、そこで動きを止めた。

 それに最初に気づいたのは、アリュセアだった。

「ディラント、どうしたの?ディラント!」

 悲鳴に近い声で、アリュセアはあわてて近づき、バルザスを揺り動かした。タリアは、アリュセアの声に驚いて、バルザス提督を見た。最初は何が起きたのか、判然としなかった。しかしバルザスが、どこかを見つめたまま微動だにせずにいるので、やっと他の者たちは彼の異変に気が付いた。

 この状態についてアリュセアは、かつてあのガンダルフのサンシゼラのいた時代に経験したことがあった。

「どうしたんです?」

と、ディポックは言って、椅子から降りてきた。そして、アリュセアのそばに近づいた。

「あいつよ、あいつがやった……。どうしよう、このままじゃ、死んでしまう」

と、アリュセアは手で顔を覆って言った。

「いったい、何があったんです?」

と、ディポックは辛抱強く聞いた。

 見ると、バルザス提督が空中で動きを止めていることに、ディポックは気が付いた。

「これは?」

と、驚いてディポックが聞いた。

「魔法よ。いえ、魔法ではないかもしれない。でも、あの男がやったにちがいない。昔、見たことがあります」

と、相手がディポックであることに気が付いて、アリュセアは言葉遣いに気をつけて言った。

「昔?いつのことです。それに、あの男というのは誰のことです?」

「私がガンダルフにいた時代のことです。ずっと昔、魔法が盛んだった時代に。そうだわ、兄さまはどうしたのかしら。銀の月がいるのに、兄さまはいないのかしら……」

 アリュセアの様子は、傍から見るとかなり変だった。バルザスが固まったように動かなくなったせいで、彼女の頭までおかしくなったように見えた。何か理解できないことを口走っているように聞こえるのだ。それは、彼女の中でかつてのサンシゼラの時代の記憶が急速に蘇りつつあった所為だった。

 サンシゼラの兄であるレオン・ローアンがあのガンダルフの大賢者と呼ばれる『レギオン』であると知ったのは、サンシゼラの時代でも、かなり後年のことになる。そのときには、兄は随分前に姿を消していた。だから、それが本当なのか、本人に聞いたことはない。もし、それが本当だったら……。

 アリュセアは、少なくともガンダルフの五大魔法使いのうち最強と言われた大賢者『レギオン』なら暗黒星雲の種族に対抗する魔法を知っているに違いないと思ったのだ。

 けれども、ここにはレギオンはいなかった。銀の月一人だけしかいない。

「おにいさん?あなたに、おにいさんがいるのですか?」

と、ディポックは言った。

「いました。昔だけれど。そうだわ。さっきみたいにやれば、あの呪文でも誰かを呼べるかもしれないわ」

と、アリュセアは思いついた。

「さっきみたいにって?」

「だから、あなたの力を借りたいのですけれど、いいでしょうか?」

 きょとんとして、ディポックは、

「私の力?ええと、それは魔力なんですか、それとも何か別の力なんですか?」

と、言った。それがどんなものなのかわからないが、自分の持つ力がどんなものなのか、気にはなっていたのだ。バルザスがこんな風になってしまって聞くことができないことが残念だった。

「さあ、私は魔法使いじゃないから、わかりません。でも何らかの力を、それもすごい力をあなたは持っている。それはわかります」

と、アリュセアは自信を持って言った。

 銀の月がいるのだから、あの時代の有名な力のある魔法使いが他にいたとしてもおかしくはない。でも、誰がいるのかはわからない。誰か一人でも呼べたなら、この状況を何とかできるかもしれないではないか。

 たった一つの呪文しか知らないアリュセアだが、その召喚の呪文で他の魔法使いを呼べないだろうか、と思ったのだ。

 アリュセアはゆっくりと息を吸って吐いた。そして、ディポックの肩を掴むと、心の中でかつての兄の顔を思い浮かべ、銀の月が彼を呼ぶときに使うように教えてくれた呪文を心の中で唱えた。

 だが、すぐにその効果は現れなかった。

 一瞬心の中で、アリュセアはかつての兄と繋がったように思えたときもあったが、それは錯覚のようなものでしかなかった。

 タリアは、アリュセアをじっと見ていた。何とか成らないものかと、何度も思った。だが、タリアには何の力もない。弱いTPしかないのだ。魔法使いですらない。これほど自分の無力さを感じたことはなかった。


 しばらく念じてみて、

「駄目だわ。繋がらない」

と、アリュセアは絶望して言った。

「もう少し、やってみたらどうでしょうか?」

と、ディポック司令官が言った。

「もともと、私の使っている呪文は、銀の月だけを召喚するものです。だから、他の魔法使いを呼ぶことは、やっぱりできないみたいです」

 アリュセアは深いため息をつくと、悲しそうにバルザス提督を見た。


 その時だった。

「司令官。今惑星連盟の議長が面会に来られているのですが、どう致しましょう?」

と、司令室の外を守る兵士から連絡が来た。

「わかった。入るのを許可する」

と、ディポックは言った。

 ゆったりとしたローブを着た惑星連盟の議長である、ナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャは、静かに司令室に入って来た。そして、バルザス提督を見つけると、

「ま、まあこれは?」

と、驚いて言った。

「惑星連盟の議長閣下。どうぞ、こちらへ」

と、ディポックは司令官席のある方へ誘うと、

「何か御用でしょうか?」

と、訪問理由を聞いた。

「今、とても大変な事態であると分かっています。ですが、惑星連盟の政府代表の方々があまりに不安がるので、こちらへ理由を聞きに窺ったのです。ですが、銀の月のあの状況を考えると、かなり深刻なようですね」

と、マグ・デレンは言った。

「そうなんです」

と、ディポックは正直に言った。

「あの揺れは、もしかして、この要塞自体が動いているということでしょうか?」

と、マグ・デレンは聞いた。

「そうです。我々には、どうにもなりません。この要塞は揺れがあるたびに、位置が動いて、今はどこかの彗星と衝突する軌道に乗ってしまっているのです」

「いつ頃、衝突するのでしょう?」

「それが、揺れがあるたびに、軌道がずれて、最終的にどうなるか、まだ分からないのです」

「なるほど、それで、他の政府代表の方々に説明できなかったのですね」

「そうなんです。本当のことを言っても、まだどうなるかわからないので、混乱させるだけだと思いまして……」

「それで、バルザス提督は、銀の月は、何とかしようとして、暗黒星雲の種族のワナに嵌ったというわけですね」

「ワナに嵌った?」

と、ダズ・アルグは言った。

「そうです。あの暗黒星雲の男は、かつて、何度もこのふたご銀河のジル星団で銀の月とやりあった者だと思います。ですから、銀の月の力量を心得ているのでしょう」

と、マグ・デレンは言った。

「ちょっと待ってください。何度もあの男と銀の月、つまりバルザス提督がやりあった?本当ですか?」

と、ディポックは言った。

「銀の月というのは、ガンダルフでも古い魔法使いの一人なのです。言い伝えでは、ガンダルフの五大魔法使いの一人と聞いています」

「何だって?」

 元新世紀共和国の将官と仕官たちは、マグ・デレンの言葉に驚いていた。タリアも同じく驚いていた。司令室の中でその言葉に驚かなかったのは、アリュセアとルッツの副官ナル・クルム少佐だけだった。


 要塞司令室の幹部連中は、お互いに顔を見合わせていた。突然話が妙な方へそれていったと皆感じていた。

「暗黒星雲の種族は、かなり古い時代から、ふたご銀河のジル星団に来ておりました。彼らはもちろん宇宙航行の技術を持たない種族には目もくれません。ですが、ダルシア帝国のような、自分達の文明レベルに近い種族だと目の仇にしてやりあうのです。

 ガンダルフはダルシア帝国とは異なりますが、彼らにとっては、非常に興味のある文明でした。ガンダルフのある一部の魔法使いは宇宙を渡ることのできる力を持っていたからです。それは、まるで暗黒星雲の種族とよく似たものでした。ですが、似ているようで居て、似て居なかったのです。

 なぜなら、ガンダルフの魔法使いは暗黒星雲の種族と違って、呪文を使ったからです」

と、マグ・デレンはジル星団のガンダルフの歴史の一部を語った。

「ええと、その、惑星連盟のマグ・デレン・シャ・議長、暗黒星雲の種族の使う力は、魔法ではないのですか?」

と、アリュセアは聞いた。

「少なくとも、彼らが呪文を使うとは、聞いたことがありません」

と、マグ・デレンは言った。

「私が思いますに、かつて、はるかな昔ガンダルフにいた人々は、つまり最初にガンダルフにいた人々は、暗黒星雲の種族と同じような文明のレベルであったと思うのです。それは、何千万年や何億年も前のことです。当時は、ガンダルフの人々は呪文を使わずに様々な力を使ったと聞いたことがあります。

 ただ、その人々はずっと昔にガンダルフを去りました。暗黒星雲の種族がジル星団に出没するようになったのは、ガンダルフに魔法使いが居るようになってからのことで、だいぶ後のことなのです。そう、ここ数千年でしょうか。

 ガンダルフの人々が呪文を使い始めたのは、およそ数万年前からなのです。その祖は、ガンダルフの大賢者とも言われている『レギオン』だと言われています。」

「とすると、暗黒星雲の種族というのは、ガンダルフのかつての人々だということですか?」

と、ディポックは言った。

「そうとは思えません。あの種族は、時に残忍で、気紛れです。他の種族の命など、何とも思っていないのです。

ですが、大昔のガンダルフの人々の態度や振る舞いはかの種族とは違い、非常に温和で平和的であったと、ダルシア帝国の記録にあると、コア大使はおっしゃったことがあります。ダルシア人よりもさらに温厚な種族だったのです」

と、マグ・デレンは言った。

 その話は、タリアもコアから聞いたことがあった。ガンダルフの最初の種族の物語として、遠い目をしたコアがタリアに語って聞かせたのだ。

「マグ・デレン、あなたは、銀の月を助ける方法をご存知ではありませんか?」

と、アリュセアは聞いた。

「残念ながら、私は存じません。ですが、案外銀の月はしたたかです。何度も暗黒星雲の種族とやりあった経験を持っています。ですから、彼を信じることです。たとえ、このような姿になったとしても、まだ彼にはやりようがあるはずです」

「でも、……」

と、アリュセアは心配そうに、バルザスを見上げた。


63.

 バルザス提督――銀の月は、中空に留まっている自分の姿を見て、ため息をついた。少々困ったことになった。今の彼には、要塞司令室の中はすべて見渡せた。だが、彼、銀の月が通信を送れるような相手はなかなか見つからなかった。

 アリュセア・ジーンがもう少し落ち着いてくれたなら、何とか通信が送れるかもしれないと考えたが、今はまだ駄目だった。彼女はバルザスの姿を見て、不安で一杯なのだ。

 タリアはTPなのだから一番通信しやすいはずなのだが、暗黒星雲の種族と会った恐怖と混乱がTP能力を大きく低下させていた。能力を最大限に使うには、アリュセアと同じく心の安定が必要なのだ。

 ナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャは、TPではない。本人がそう思っている。彼女の持つ光りはかなり大きく、潜在能力としてはTPはあるのだが、バルザス自身がナンヴァル人の精神派にうまく同調できなかった。

 要塞司令官のディポック氏は、銀の月の目にはまるで光源を背後に隠しているような眩しさだった。彼は元々TPや他の能力が潜在していたが、本人が使えるとは思っていないことが難だった。

 銀の月は、コアがいてくれたら、とつくづく思った。いったいどこへ行ってしまったのだろうか。司令室のどこにもコアの姿はなかったのだ。そして、銀の月をこのような姿にしたあの男の姿も探した。しかし司令室の中にはいないようだった。

 その時、一人、通信を送れる人物を思い出した。


 カール・ルッツ提督は、嫌な予感がして、

「中佐、司令室に連絡して、バルザス提督がどうしているか聞いてみて?」

と、言った。

「あなたは、予知でもできるのですか?」

と、ドルフ中佐が言った。

「いいえ、でも何だか嫌な予感がする」

「わかりました。連絡しましょう」

と、ドルフは言うと、連絡用の魔法陣を描いた。

「変ですね。返事がありません」

「返事がないということは、バルザス提督に何かあったのかしら?」

「そうかもしれません。ただ、こちらの連絡に答えることができない状況なのかもしれません」

「中佐、私を司令室に送ってくれる?」

と、カール・ルッツは言った。

「それなら、私も一緒に……」

と、ドルフ中佐が言った。

「いいえ。あなたはここにいて。アリュセアの子供達をそのままにしては行けないわ」

と、カール・ルッツは言った。


 司令室に人を送る魔法陣が出現した。

 それに最初に気が付いたのは、マグ・デレンだった。

「あれは?ガンダルフの魔法使いの魔法陣ではありませんか?」

と、マグ・デレンは言った。

 司令室の元新世紀共和国の将官や仕官たちは、その言葉に初めて魔法陣をはっきりと目にしたのだった。これまでは、スクリーンに映った魔法陣を見ただけだったが、今回は目の前で人が出現するのまで確認できたのだ。

「本当なのか?」

と、ダズ・アルグは口に出した。

「目の前で魔法が使われたのにか?」

と、フェリスグレイブが言った。彼とても信じられない思いだった。

「魔法ですか……」

と、グリン参謀が唸るように言った。

 ブレイス少佐はただ目を大きく開けて見ていた。本当に魔法が使われているなんて、という思いだった。

 魔法を単なるお伽話と思っているこの種族はかなり頑迷で、要塞から惑星連盟の艦隊を他所へ送ったときに魔法が使われたのを見ても、まだ信じられぬ思いがあるのだった。

 魔法陣で司令室に不法に侵入したカール・ルッツは、目の前に沢山の人が居るのを見て、

「あ、あの、無断ですみません。バルザス提督に話があって来たのですが……」

と、言い訳をして、バルザスを見上げた。

「これは?」

と、言いつつ、懐から機械のようなものをすばやく取り出して、数値を確認していた。

「何をしているの?」

と、アリュセアが聞いた。

「ちょっと、待って……」

と、言いながら、カール・ルッツは機械をバルザスに翳した。そして、

「大丈夫。まだ生きている」

と、アリュセアに言った。

「生きている?本当?」

「ええ。こういうことに、彼は慣れているから」

「慣れている?」

と、ダズ・アルグが聞いた。

「たぶん、身体から抜け出しているのではないでしょうか……」

「それは、どういうことかな?」

と、フェリスグレイブが聞いた。

「身体と中身は別なのです。でも、これをやったのは、あのリード・マンドという変な男なのでしょうね」

「リード・マンド?」

「ええ。暗黒星雲の種族の男のことをバルザス提督がそう言っていたと思いますけど……」

「あの男は、リード・マンドというのですか?」

と、マグ・デレンは聞いた。

「多分。変な名前だけれど、昔、そう名乗ったことがあると言っていました」

「聴くのはどうかと思うが、カール・ルッツ提督、あなたの言葉遣いは何だか変だと思えるのだが、その帝国軍人としては……」

と、グリンが言った。

「え?ああそうかもしれない。私は、そのカールであって、カールじゃないのです。つまり、……」

と、言葉を捜すようにルッツは言いよどんだ。

 その時、

「あの男は、あなたのことをこの銀河に属していない、と言っていましたね。どこの銀河に属しているのですか?」

と、マグ・デレンが聞いた。

「そう言えば、そう言っていたな……」

と、ディポックも言った。

「それは、その……。ええと、私、私の属している銀河は白金銀河と言われています」

と、ルッツは仕方なく言った。

「白金銀河?私は、聞いたことがありません」

と、マグ・デレンは言った。

「このふたご銀河から、かなり離れているので、こちらでは知られていないと思います」

「どのくらい、離れているんだ?」

と、ダズ・アルグが興味を持って聞いた。

「それは、その、六億光年くらいかしら?」

「六億光年?それは、本当か?」

と、ダズ・アルグが言った。信じられない、という声だった。

「本当よ。私の銀河はこのふたご銀河から六億光年離れています」

と、ルッツは言った。

「あなたの言葉からすると、もしかして、あなたは女性なの?」

と、タリアは言った。

「ええ、そうです。私は男性ではありません。ルッツ提督は男性ですけれど、私は女性です。でも、この身体はルッツ提督の身体で、私は精神だけ彼の身体に入っているんです」

 その言葉の意味がすぐに分かる者は、あまりいないようだった。ただ、呆然とルッツを見ている者が大半だった。

「カール・ルッツ提督という人物は実在しているのですか?」

と、マグ・デレンは聞いた。

「実在しています。カール・ルッツは、確か元銀河帝国の軍人だったと聞いています。ただ、今は、白金銀河の私の体の中にいます」

と、ルッツは言った。

「あなたの身体の中?」

と、マグ・デレンは言った。

「その、私とルッツは、精神を交換する装置に誤って掛かってしまったのです。それで、なかなか元に戻れなくて、リドス連邦王国の人達に助けを求めにきました」

と、ルッツは言った。

「あなたの属している銀河宇宙では、精神を交換する機械があるのですか?」

と、マグ・デレンは聞いた。

「正確には、私たちの祖先にあたる種族が作った装置です。今はもう影も形もない種族ですが、かつては高度な文明を誇る、白金銀河最強と歌われた種族でした。彼らは、銀河のあちこちに遺跡を残していて、私たちはその遺跡を調査し、かつての彼らの科学技術を現代に蘇らせようとしています」

「そのようなことができるとは、確かに私たちナンヴァル人よりも優れているかもしれません」

「ただ、私たちはまだ文明のレベルはそれほどではなくて、このようなことが起きた時に、解決できないのでリドス連邦王国に助けを求めに来たのです」

「それで、直るのですか?」

「それが、彼らにもわからないと言われました。わたしとルッツは特殊な関係にあるからだと言われました」

「特殊な関係?」

「ええ。わたしとルッツは精神派の波長が非常に似ているのだそうです。本当なら、元に戻せるのだけれど、波長が似ているために、一旦交換が起きると、なかなか元に戻らなくなってしまったのだそうです」

 マグ・デレンはもっと聞きたそうだったが、アリュセアのことに気が付いた。

「ごめんなさい。私はこうした事に関心があるので、今は、それどころではなかったのですね。それで、銀の月はどうなっていると、あなたは考えているのですか?」

と、マグ・デレンは言った。

「いいえ、私の方こそ気がつかなくてすみませんでした。ええと、バルザス提督は、ガンダルフでも古い魔法使いの一人で、力も強いと聞いています。以前にも、私の銀河でこのような状況にあったことがあります。身体はそこで動きませんが、中身である精神は多分、まだ自由なはずです。彼は、通信を送れる相手を探しているのだと思います」

と、ルッツは言った。

「通信を送れる相手?それは魔法使いのことですか?」

と、マグ・デレンは聞いた。

「魔法使いでなくても、TPでもよいのです。ここにTPの方はいませんか?」

と言うと、ルッツは他の人を見渡した。ルッツに見られると、皆首を振って答えた。

「こちらにはTPは居ないのですか?」

と、ルッツはディポックの方を向いて聞いた。

「私のいるロル星団と呼ばれるところではTPという能力は知られていないんだ」

と、ディポックは言った。

「タリア・トンブン、あなたはTPでしたね」

と、ルッツは言った。

「ええ。でも、今はとてもだめだわ。あの妙な男と会って、とてもじゃないけれど内心ビクビクしているから」

と、タリアは正直に言った。タリアの心臓は今でも破裂しそうなくらい、鼓動していた。

「そうですか。ではアリュセア、あなたは?」

「私は、TPではないし、魔法使いでもないの」

「でも、あなたは何がしかの能力を持っているのでしょう?」

「それは、そうだけれど。私は、魔法使いとしての修行や訓練をしたことがないのです」

「でも、魔力はあるのではないかしら?だとすれば、彼が通信を送れると思うのだけれど……」


 司令室での会話を聞いていて、バルザス提督はこの状況をどうすれば解決できるか考えていた。

 バルザスの身体は要塞司令室で動かなくなってしまったが、バルザスの思考する精神体のほうは同じ司令室の天井近くに浮かんでいた。

 そんなバルザスを見ることができる者がいないわけではなかった。例えば、アリュセアなどは思わぬ事態に驚愕して精神的に不安定になっているので、その能力を完全に使うことができないでいるのだ。それは、他の者にも言えることだった。ナンヴァル連邦のマグ・デレンも見ることが可能だったが、バルザス自身が彼女に見られないようにしていた。

 あの暗黒星雲の種族の男、バルザスがリード・マンドと呼んだ男が何をするかわからなかったので、かえって誰にも見られないようにしたほうが安全だと思えたのだ。

 ルッツをこの司令室に呼んだのは、バルザス提督だった。ルッツと呼ばれている人物はTPをはっきりと認識はしないが、予感として送った意味を感じることができた。それに、万が一の時には彼、すなわち彼女にかけられている強力な結界が本人を守護するだろうからだ。

 ルッツの素性がバレてしまったが、この際は仕方がなかった。本物のルッツも分かってくれるだろう、とバルザスは思った。

 バルザス提督が要塞司令室の空間で止まっているのは、あの男が銀の月にリドスの王族を呼び寄せる召喚の呪文を使わせないためだった。今回は警告としてああなったのだ。もし、もう一度同じことをしようとするなら、今度はどうなるかわからない、ということなのだ。

 こうしている間にも、要塞の揺れが続き、要塞が彗星などの大きな物体に衝突して、破壊される時間が刻々と近づいていた。


64.

 要塞は揺れが起きるたびにその軌道を変えていた。

 そして、要塞はいずれ大きな天体と衝突して破壊されるというのが、あの男の考えた筋書きだった。自分の手を汚さずに、邪魔者を始末するうまい手段だった。

 要塞の周囲に浮かんでいるダルシア帝国の艦隊は要塞と同様に軌道を変えていたが、その筋書きを無効にするような活動などしないこともあの男は知っていた。ダルシアの艦隊は、ダルシア人であるタリア・トンブンだけしか助けはしないのだ。

 コアが生きてここにいれば、ヘイダール要塞を守るよう命じたかもしれない。だが、コアは死んだ。死んで今はあの宇宙都市ハガロンで、自らの非力さを嘆いていることだろう。ヘイダール要塞にコアが来ているような気配は感じなかった。

 もしかしたら、コアはこの要塞に来ているかもしれないと男は思ったのだが、それは杞憂に過ぎなかった。やはり、ダルシア人程度では、死んだ後もその生前の肉体に縛られて離れることはできないのだろう。まして、肉体を離れたら機械も使えない。宇宙船を使わずにハガロンからヘイダール要塞まで来ることは不可能なのだ。

 タリア・トンブンも今はまだ覚醒は不充分でタレス人としての記憶しかなく、本来のアプシンクスとしての能力を駆使できない。そして彼女にはダルシア帝国の艦隊に要塞を守るよう命じるような知恵などはないと、その男は考えていた。


 真っ暗な宇宙空間の何もない空間に、その男はいた。ヘイダール要塞の最後を見届けるという楽しみの最上の座席となる場所だった。

 もちろん、目に見える姿ではない。そこではまるで霧のようなガス状のものとして存在していた。本来は、そうした姿もない、単なる精神だけの存在なのだ。だが、多少とも目に見えるような、物質として存在していたほうが、安心感があるというのも妙なものだった。

 単なる精神だけだと取っ掛かりが無いので、この広い宇宙空間では、自分がどこにいるのかもわからなくなりそうだった。そんな不安感があるのは、まだ年が若く、未熟だからだと、同じ暗黒星雲の他の仲間から言われていた。彼は、暗黒星雲の種族の中でも、珍しく年若であった。

 彼には、未だ数万年ほどの年数の記憶しかない。記憶だけが、彼の存在を証明するものなのだ。仲間の中には、数億年という記憶を持つ者も数多くいるのだ。


 ヘイダール要塞が元浮かんでいた場所では、ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊は、動きを停止していた。突然ヘイダール要塞自身が移動して、探知装置に引っかからなくなったのだ。通信も途絶している。

「いったいどうしたのでしょうか?」

と、タレス連邦のドノブ少将が言った。

 何かあったのではないかと思うのだが、何が起きたのかは不明である。

「ゼノン帝国の艦隊に聞いてみたらどうだろうか?」

と、ガイウス・ブレヒト艦隊司令官が言った。

 ガイウス・ブレヒトはもしかしたら、ゼノン帝国の艦隊ではなく、あの暗黒星雲の種族が何かしたのではないかと推測した。あの種族のすることは、見当もつかないが、やるとなったら、軍事要塞を破壊するなどいとも簡単なことだと思われるのだ。

 それに、同じく探知装置から消えたダルシア帝国の艦隊も不気味だった。


 ゼノン帝国艦隊は、突然消えたヘイダール要塞を探していた。同様に、ダルシア帝国の艦隊も消えたのだ。何か起きたに違いない。

「いったい、どうしたのでしょうか?」

と、同じくヴィレンゲル少将が言った。

「あやつが何か企んでいるのだろうて、ただ、何を企んでいるのかはわからぬが……」

と、ドールズ・ゴウン艦隊司令官が言った。

「危険ではありませんか?」

と、宮廷魔術師のファールーレン・ディラが不安を感じて言った。

「危険ではあるが、仕方あるまい。他に手はないのだ」

「閣下。タレス連邦の艦隊から何が起きているのかと、言ってきました」

と、ヴィレンゲル少将が言った。

「こちらにも、わからぬと言っておけ。正確なことは我らにもわからぬのだからな」

と、ドールズ・ゴウンが言った。

 そうした声も、あの暗黒星雲の種族の男のところへ聞こえていた。

 彼がこの銀河のジル星団に興味を持ったのは、ダルシア帝国がかなり高度な文明を持ち、惑星ガンダルフに魔法使いという、妙な連中がいることを知ったからだった。

 暗黒星雲の種族が欲するのは、知識だった。この宇宙のすべての知識を我が物にすることができたなら、おそらく仲間の中の最も古い連中も満足するだろう。

 この広い宇宙には、彼ら暗黒星雲の種族が知らない高度な文明や遺跡がたくさんあることを、彼らは知っていた。しかし、そうした者たちと出会うことは広大な宇宙ではなかなか難しいものだったのだ。ふたご銀河のあるこの辺の銀河宇宙では、彼ら暗黒星雲の種族に匹敵するような文明を持つ種族は、滅多に居なかった。そうした者たちは、巧妙に姿を隠し、滅多に姿を現さないのが普通だった。


「ゼノン帝国艦隊から、何が起きているのかわからないと言ってきました」

と、通信員からの報告をドノブ少将が言った。

「なるほど、むこうにもわからないということか……」

と、言いつつ、ガイウス・ブレヒトは、妙な感じを受けた。本当にゼノン艦隊は今起きていることが何かわからないのだろうか?知っていて、わざと知らない振りをしているのではないだろうか?

 疑問を感じると、日頃から信頼関係のない相手のことだけに、疑いが膨れ上がってくるのだった。

 こうしたゼノンとタレスの艦隊同士のやりとりも、暗黒星雲の種族の男は、すべて聞き知っていた。そして、それを楽しんでいた。

 彼には格好の暇つぶしなのだ。ヘイダール要塞だけを破壊するのはつまらなかった。それでは一つの目的しか達せない。彼を利用しようとした連中、そして昔赤恥を掻かせられた連中を同時に料理するのは考えただけで痛快だった。できるだけ、じらして相手に恐怖を味合わせて、それから破壊するつもりなのだ。


 暗い宇宙空間に、暗黒星雲の種族の男の高笑いが聞こえてきそうな気がした。

 バルザス提督は、あの男の姿は見えないが、必ずヘイダール要塞の近くにいることを確信していた。だが、それにしては妙だった。何か足らない気がするのだ。

 ヘイダール要塞は大きな要塞だが、それだけを破壊するというのも、興が足りない気がする。昔から知っているあの男は、もっと欲深のような気がするのだ。


 多くの者が不安を感じている要塞司令室で、ルッツ提督は何か足らないという気がしてきた。それが、何なのか、考えてもわからない。

 こうした思案の意味は、おそらくバルザスが自分にイメージを送ってきているのだとルッツは気づいていた。

「あの、司令官。惑星連盟の艦隊はもう要塞の周りには居ないのでしたね」

と、ルッツは聞いた。

「惑星連盟の艦隊は、バルザス提督が魔法で移動させた。待てよ、そうだ。忘れていた。その後、またゼノン帝国の艦隊とタレス連邦の艦隊が接近しつつあった。そちらは、どうしたのだろう?」

と、ディポックは言った。

「ゼノンとタレスの艦隊はどうだ?近くにいるのか?ダルシア帝国の艦隊は、どうだ?」

と、ダズ・アルグ提督が確認を示唆した。

「ダルシア帝国の艦隊は要塞の近くに居ます。要塞の動きについて来ているというのでしょうか。ゼノンとタレスの艦隊は、近くには、いません。我々が元いた位置のあたりに居るようです」

と、探知装置を確認して担当の兵士が言った。

「近くにはいない?前のまま……」

と、ルッツは呟いた。

「惑星連盟の議長マグ・デレン閣下。確か、ゼノン帝国は以前暗黒星雲の種族と同盟していたことがあったのでしたね」

と、ルッツは言った。

「そうです。確かリドス連邦王国が来る前でしたから、二百年かそれ以上前のことになります。もっとも、ゼノンはかの種族を裏切ったのですが……」

「タレス連邦は、暗黒星雲の方と同盟というか、何かつながりがあると聞いたことがありますか?」

「いいえ。タレス連邦は最近ワープ航法を開発して惑星連盟に加盟した政府です。彼らが暗黒星雲と通じているとは思えませんが……。ただ、審判のときに突然現れたのが腑に落ちません。あの時、ゼノン帝国の政府代表は何も知らないようでしたから……」

「では、もしその情報を得たのが、……」

と、ルッツは言った。

 マグ・デレンは、

「まさか……」

と、言いかけた。


 バルザス提督――銀の月はあの男の目的にやっと気が付いた。要塞の破壊だけが目的だとばかり思って、二つの艦隊のことを忘れていたのだ。

 この際、ダルシア帝国の艦隊のことはそれほど重要ではない。ダルシアの艦隊はゼノンやタレスの艦隊よりも強力だが、あの暗黒星雲の種族の男は歯牙にもかけないだろう。ヘイダール要塞にダルシア帝国籍に入ったタリア・トンブンがいるので、ダルシアの艦隊は彼女を守ることに徹するはずだった。

 間違えてはいけない。ダルシアの艦隊はタリア・トンブンを守るためにいるのであって、ヘイダール要塞を守るためにきたのではない。もちろん、ゼノンとタレスの艦隊を助けるつもりなどはない。

 もし相手が有機生物であったなら交渉の余地があるだろうが、ダルシアの艦隊旗艦にある指揮脳は、残念ながら交渉の余地など考慮しないだろう。ただダルシア人の安全を守ることのみを考えるようにプログラムされているのだ。

 つまりヘイダール要塞に加えて、ゼノンとタレスの二つの艦隊をあの男から守る必要があった。それは銀の月の手には余ることだった。要塞一つを守ることさえ、荷が勝ちすぎる。その上、自分の身体から離れたままでは、強力な助っ人を呼ぶ召喚術を行うのも難しいのが実情だった。

 銀の月はまだ生きている人間なので、肉体から抜け出した状態では、あまり遠くへは行けない。まして、宇宙空間に浮かんでいることも、あまりよくない。普段は身体という固定したものにいることに慣れているので、何の取っ掛かりもないということは、非常に不安を感じるのだ。

 しかし、この際、どうしてもやらなければならなかった。召喚術が封じられてしまった今、できることは、ヘイダール要塞の近くに置いてある、彼の艦隊と連絡を付けることだった。


 その男は要塞の中の動かなくなった銀の月の身体を、時折見ていた。彼が封じたのだ。封じた結果、銀の月がどうなっているのかまでは、彼は気付いていない。彼にとっては、肉体から離れたものには何の力もないというだけで充分だった。

 暗黒星雲の種族は、一人一人能力の違いがかなりあった。彼の能力は、まだ肉体から抜け出した精神――魂が見えるというレベルには達していなかった。

 銀の月はその男にとって、単なる目障りに過ぎなかった。ガンダルフでも強力な魔法使いの一人であると言われているのは知っている。だが、その程度では彼にとって宿敵になどなれない。彼とでは力が違いすぎるのだ。あのリドス連邦王国の連中とは違う。

 ジル星団のガンダルフにやってきたリドス連邦王国というのは、異彩を放っていた。彼らがどこから来たのかわからないのだが、その文明は優に暗黒星雲の種族に匹敵すると思われた。それに、もしかしたら、凌駕しているかもしれない部分を持っていたのだ。

 リドス連邦王国は、当初は単なる宇宙航行技術をもった何処にでもいる種族にしか見えなかった。彼らが出会った時には、自分達と同じか、それ以上とも思える、それほど高度な文明を持っているとは思えなかった。


 ルッツは、心の中でバルザス提督の姿を思い描いた。訓練されたTPではない彼女にできることは、それだけなのだ。ただ、それだけのことでも、バルザス提督に伝わるということをこれまでの経験から知っていた。

 ふと、ルッツの心の中にイメージが浮かんだ。リドス連邦王国の艦隊の姿だ。位置も具体的に数値が浮かんでくる。

「ディポック司令官。すみませんが、リドス連邦王国の艦隊と連絡を取りたいのですが……」

と、ルッツは言った。

「それはかまいませんが、どこにいるのかわかりますか?」

と、ディポックは言った。

「わかります」

と言って、ルッツはすぐに位置とリドス連邦王国の使う通信波長を伝えた。

「それで、あの、電文を『6』とだけ、してもらえますか?」

「6?何のことです。数の6ということですか?」

「そうだと思います。多分、むこうにはそれで意味が通じると思います」

と、ルッツは言った。


 そのルッツの動きをあの男はあまり注意しなかった。どこの銀河の者とはわからぬが、ルッツからは特別な力の匂いは感じなかったからだ。

 暗黒星雲の仲間の間では、リドス連邦王国とは単にパワーの潜在力が違うだけだ、という者もいた。リドス連邦王国の人々のようなエネルギーを持つのは、宇宙文明の多いふたご銀河の星団のなかでも二つとなかった。彼らの知っている他の銀河にもない。

 ただし、リドス連邦王国の者たち全員が優れているのではなく、王族と言われる者たち、その中でも王女と呼ばれる者たちの力が異常に強力だったのだ。

 その王女たちに匹敵するような存在を、彼は発見したのだ。そいつの名は、ゼノン帝国の連中の言うところによると、ヤム・ディポックという元新世紀共和国の軍人だった。現在新世紀共和国は銀河帝国に併合され、そのどさくさにまぎれて、ヤム・ディポックは、ヘイダール要塞という、以前は銀河帝国の軍事要塞だったところを占拠して今日に至っている、ということだった。

 暗黒星雲の種族の彼が、初めてヤム・ディポックを見た時感じたのは、恐ろしいほどの光りだった。背後に光源を隠しているのではないかと感じたほどの光りだった。

 それに興味を覚えたのだ。だが、それも、あの要塞とともに、消えるだろう。もし、消えないとしたら、それは、暗黒星雲の種族にとって、真に脅威となるものだと言えるのだ。


65.

 リドス連邦王国のバルザス提督の指揮する艦隊は、ヘイダール要塞の元いた位置の近くでステルス状態を保っていた。艦隊の存在は、要塞も惑星連盟も、暗黒星雲の男も知らなかった。もちろん、要塞の元いた位置に近づきつつある、ゼノンとタレスの艦隊もその存在には気づいていない。

「通信です」

と、通信担当の士官が言った。

 リドス連邦王国の艦隊は、リドス連邦王国の六人の王女のそれぞれに属しているのが決まりだった。バルザス提督の艦隊は、リドス連邦王国の第六王女の艦隊の一つであった。

「これは、移動したヘイダール要塞からの通信です。『6』とだけです」

と、その仕官が言った。

「何?6だと?」

と、旗艦の艦長が言った。

 現在艦隊司令官であるバルザス提督は不在であり、その副官も不在である。そのため旗艦の艦長が艦隊司令官代理となっていた。

「了解したと、いや、それもするな。まず、緊急召喚の要請を、リドス連邦王国第六王女殿下に発せよ」

と、艦長は命じた。

 リドス連邦王国の艦隊の発する通信は、緊急召喚の場合、普通の通信には使わない高周波帯域を使うので、普通の通信傍受には引っかからない。しかもそれは、ホンの一瞬の通信だった。したがって、ゼノンやタレスの艦隊には、その通信は気づかれずに済んだ。


 高周波帯域を使った通信は、高次元を通り、一瞬でその存在まで伝わった。

 リドス連邦王国の第六王女は、その時、ふたご銀河から遥かに離れた銀河にいた。


 彼女がやってきたのは、バルザス提督の艦隊旗艦から発せられた通信から、数秒後のことだった。

 ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊、そしてヘイダール要塞とダルシア帝国の艦隊、そして暗黒星雲の種族の男、バルザス提督、彼女の位置からは、それらがすべて見て取れた。

 その中で圧巻ともいえるものは、ヘイダール要塞の中に見える眩しいほどの光りだった。その光りはまるで闇夜の灯台のようだった。

 彼女はその光りに興味を覚えた。その傍らに姿を見せずに現れると、じっとその人物を見た。眩しくてその顔がはっきりとは見えなかった。

(ふーん。ヤム・ディポック、ヘイダール要塞司令官というの……)

と、彼女は不思議そうに思った。

 要塞司令室にいる人々は、ナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャのほかは、見たことのない顔ばかりだった。ただ、カール・ルッツとその副官ナル・クルム少佐は見たことはないが、聞いたことはあった。

 そして、彼女はバルザス提督が宙に浮かんでいるのを見つけると、

(まず、これを何とかしなくちゃね……)

と、思った。

 彼女は、バルザス提督の身体が自由になるように、バルザスが元に戻るようにと心の中で思った。すると、ドサッと音がした。バルザスが、床に落ちた音だった。

「ディラント!」

と、アリュセアは驚いて駆け寄った。

 バルザスは、痛そうに身体をこすりながら起き上がると、

「大丈夫です」

と、言った。

「でも、凄い音だったわ」

と、アリュセアが言った。

「しかし、いったいどうして……」

と、ダズ・アルグが言おうとすると、バルザスの前にキラキラ光るガス状のものが生じた。

 タリアの心臓がさらに早鐘のように鳴った。危険、危険と知らせようとしているかのようだった。

 バルザスは、唇に指を当てると、次に手を広げて、他の者に、近づかないように合図を送った。

 ガス状のものは、やがて人間の男の姿になり、

「ほう、おまえが元に戻れるとは、思わなかった」

と、言った。

「それは、どうも……」

と、バルザスは言葉少なに言った。

 バルザスは自分が元に戻ったのは、自分の力ではなく、助けが来たからだと気づいていた。他にルッツやクルム少佐も気づいていた。これは、誰かが来たのだ、と。だが、そのことを口に出しはしなかった。

 彼女は、ここで何が起きているのか、すぐにはわからなかった。呼ばれたのだから、危険なことはわかるのだが、具体的に何が危険なのかはわからない。見えない姿のまま、彼女はバルザスの近くに佇み、慎重に状況を見極めようとしていた。

 暗黒星雲の種族の男は、彼女の存在には気づいていなかったし、見えてもいなかった。ただ、バルザスが彼の力を解除したことを不審に思っていた。

「この術を解除できたからと言って、今の状況を改善できるとは思えないがな」

と、男は用心しつつ言った。

「確かに、私の力では無理だろう。私一人では……」

と、バルザスは言った。


 何を思ったが、グリン要塞参謀が発言した。

「いったい、あなたは何者です?何をしようというのです。我々は、あなたとは何の関係もないと思うのですが……」

「何も関係がない?そうだろうか。我々は、おまえたちが愚かな戦争をするのをずっと見ていた。どうやら、その戦争がやっと終ったようだな。それも、おまえ達新世紀共和国が銀河帝国に敗北して終ったのだ」

「その通りです。正直にそれを認めましょう。それで、あなたがこの要塞にしていることは何ですか?我々があなたに何をしたというのでしょうか?」

と、グリンは相手を批難した。

「もちろん、直接おまえ達が我々に何かしたというのではない。おまえ達は本来、あの惑星連盟ともダルシア帝国とも何の関係もない連中だ。だが、惑星連盟の審判はここで開かれた。それを開くことを容認したということは、おまえたちが余計なことにちょっかいを出したということを意味するのだ。」

と、男は言った。

「惑星連盟の審判をここで開いたということが、気に入らないということでしょうか?」

と、マグ・デレンは言った。

 ヘイダール要塞で惑星連盟の審判を開くことを要請したのは、マグ・デレンだった。それが要塞を破壊することに繋がったということは、彼女にも責任があることになる。

「まあ、そういうことになるかな」

「それは、ひどくないか?」

と、ダズ・アルグが率直に言った。

「ひどいだと?」

と、男が言った。

「元々、この要塞には何の関係もないことだった。審判をここで開いたのは、惑星連盟に要請されたからだ。それに、あんたは、惑星連盟に入っているのか?惑星連盟に入っていて、それで呼ばれなかったというのなら、話はわかる。だが、惑星連盟に入ってもいないのに、呼ばれてもいないのに、ここで惑星連盟の審判が開かれたというのが気に入らないというのは、おかしいではないか」

と、ダズ・アルグは常識論で弁明を展開した。

「ダルシアに関係することに我々は呼ばれる権利がある」

と、男は厚顔にも当然のごとく言った。

「なぜだ?」

「ダルシアとは、古い付き合いだからだ」

「へえ、古い付き合い?だったら、ダルシアのコアとかいう亡くなった大使がとっくの昔に相談していたんじゃないのか?相談もされていないのだろう?ということは、古い付き合いもなにも、お付き合いしたくないやつだということだろう?」

 その言葉に、タリアは心の中で拍手喝采した。口には出せなくても、目がそれを語っていた。

 だが次の瞬間、男はダズ・アルグに殺意を感じた。ダズ・アルグの言葉に、その存在を否定したいと感じたのだ。だが、何も起こらなかった。

 男は驚愕した。そして、そのことに暗黒星雲の男は、初めて危険を感じた。誰かいるのだ。この部屋のどこかに。


 甲高い、笑い声が司令室の中に響き渡った。

「リード・マンド、その位にしておきなさい。常識のないあなたには、それ以上話しても恥じを掻くだけではないかしら?」

 男はキョロキョロと、落ちつかなげに辺りを見回した。これまでの傲岸な態度からすると、豹変したといえる。

 年は十代くらいに見える、少女がバルザス提督の傍らに現れた。そして、しばらくクスクス笑い声をたてて笑っていた。

「いつまで、笑っている」

と、男はイラだって言った。

「あなたが、そんなことを言われるなんて、珍しいことね」

 着て居るものは、要塞にいる他の同い年の少女と同じだった。特に異質な感じはしなかった。しかし、要塞への登場の仕方はあの男と同じだった。そのことに、要塞幹部の将官たちは、慄然とした。

「あの、あなたは?」

と、要塞司令官のディポックが聞いた。

「あら、ごめんなさい。ここはあなたの要塞だったわね。私はリドス連邦王国の第五王女、アズミと呼んで頂戴」

と、少女は言った。

「アズミ姫でしたか。しかし、……」

と、バルザスは言った。彼が呼んだのは六番目だったはずなのだ。

「六番目は今、ちょっと遠くで手が離せないの。だから、代わりに私が来たのよ」

と、少女は答えた。

 暗黒星雲種族の男は、借りてきた猫のように黙っていた。

「さて、何をすればいいのかしら?」

と、アズミ姫は言った。

「できれば、この要塞を元の位置に戻してほしいのですが……」

と、バルザスは言った。

 要塞の司令室の者たちは、みな一様にぎょっとしていた。頼みごとをするにも、程がある。確かに、現れ方から言って、普通ではないにしても、そんなことができるのだろうか。

「それだけでいいのかしら?」

と、アズミ姫はこともなげに言った。

「それから、ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊を何とかして欲しいのです」

と、バルザスは言った。

「何とかすると言っても、彼らはどうもうまくいってないようだわ。何しろ、相手をどう騙すかとしか考えていない連中だもの。ディポック要塞司令官、あなたに何かよい知恵はないかしら?」

と、アズミ姫が言った。

「申し訳ないのですが、アズミ姫。ゼノンとタレスの者たちは何を考えているのでしょうか?」

と、ディポックは、聞いてみた。

「そうね。今回の仕掛け人はマグ・デレンが気が付いたように、タレス連邦の連中だわ。わざわざ船を出して暗黒星雲の種族を探したの。もっとも、運任せだったけれど。ゼノン帝国との関係がもう彼らにはどうしようもなくなっていたのでしょうね。ゼノンとタレスとの密約は、以前からワープ技術の開発時からあったこと。最初は重刑の囚人をゼノンに貢いでいたけれど、それが段々いなくなり、仲間を生贄にすることに耐えられなくなったのでしょう」

「すると、どちらが悪いとは言えないということですか?」

と、ディポックは言った。

「そうね。ゼノンも普通の動物食で我慢すればよかったのよ。でも、貴族たちがどうしても昔からの食事にこだわったりするから、こうなったの。不可能ではないのよ。ナンヴァル人は確かヴェジタリアンでしょう?」

と、アズミ姫は言った。

「そうですね。我がナンヴァルもゼノンもかつてはダルシアから分かれた種族でした。我々は食性からダルシアと袂を分かったのです。知的種族を食べるということは罪に思えたのです。ですが、ゼノン人たちはやめられなかったのです」

と、マグ・デレンは言った。

 ロル星団の人類にとってはあまり気分のよくない話だった。高度な文明を誇ったダルシア人も大昔は知的種族を食べていたというのは、背筋の寒くなる話だった。

「わたしとしては、ゼノン帝国にもタレス連邦にもダルシア帝国の遺産が渡るのは好ましくないように思います」

と、マグ・デレンは言った。

「なるほど、で、どうすればいいのかしら?」

と、アズミ姫は言った。

「一番いいのは、ジル星団、いえこのふたご銀河全体がダルシア帝国の遺産を使えるようにすることだと思うのです」

と、マグ・デレンは言った。

「つまり、タリア・トンブンが遺産を継承するというのは、いずれ他の国々にもその遺産を分けることができるということなのですか?」

と、ディポックは聞いた。タリア・トンブンが遺産を継承することの意味は他に考えられなかった。

「タリア・トンブンは欲深な人ではありません。彼女なら他の国が必要なときに、それを分け与えてくれると信じるから、継承者としてふさわしいと思うのです」

と、マグ・デレンはタリアを見て言った。

「そういうことだったの」

と、タリア・トンブンは言った。

 タリアは、これまで自分がダルシア帝国の遺産の継承者であるということの理由が見出せなかったのだ。これなら納得できる。



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