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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
5/153

ダルシア帝国の継承者

41.

 ヘイダール要塞の司令室でヤム・ディポック司令官は、惑星連盟の審判が再開されるのを待っていた。

 今のところ、要塞は表面上では平穏だった。

 審判に突然現れた、あのリード・マンドという男は審判に使われている広間にまだいるのだろうか、とディポックは思った。最初に現れた様子からみると、あの男はいつでもどこにでも行けると思ったほうがいいだろう。それにしても、何者なのだろうか?

 ディポックが不思議に思うのは、あの場で、あの男を恐れる者と恐れない者がいたことだ。

 あの男を恐れた者は、おそらく何者であるかを知っているからだろう。ただ、惑星連盟の議長であり、今回の審判の長をしているナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャもあの男のことを知っているように見えたが、なぜか彼女は恐れていなかった。

「もう一度聴くけれど、審判が始まってからというか、惑星連盟の連中が来てから要塞に他の宇宙船は来ていないのだろうね」

と、ディポックは聞いた。

「はい。他の宇宙船は来ていません。惑星連盟の審判が開かれている間は他所の宇宙船が来ても要塞に入れないようにとのことでしたので、注意していましたが、これまでそのような船はきていません」

と、リーリアン・ブレイス少佐が報告した。

「そうか……」

「どうかしたのですか?あの、審判で何かあったのでしょうか?」

と、心配してブレイス少佐は聞いた。

「いや、なんでもない」

 あの審判の間で起きたことは口外無用と惑星連盟の議長が言っていたことを、ディポックは思い出して否定した。

「あの、三時間あるのでしたら、官舎に戻って休まれたらどうでしょうか?」

と、ブレイス少佐は勧めた。

「別に疲れてはいないよ」

「ちょうどキルフ・マクガリアン中尉も訓練の合間に官舎の方に戻っていると思います」

「そうかい。それじゃあ、ちょっと戻ってみようかな……」

「三時間経ちましたら、連絡しますので」

と、ブレイス少佐はにっこり笑って言った。

「ありがとう、少佐」

と言うと、ディポックは司令室を出た。

 歩きながらもディポックは、どうしてもあの男のことが気になって仕方がなかった。気になるのは不安だからだ。あの得体の知れない宇宙人は、ディポックが知らない力を持っていると思わざるを得ないのだ。その力でこのヘイダール要塞に何をするかわからない、という不安があった。

 思いに耽りながら歩いていると、いつのまにか惑星連盟の議長、マグ・デレン・シャのいるナンヴァル人たちの控え室に来ていることにディポックは気が付いた。

「いや、これは、どうするか……」

と、ディポックは独り言を言った。

 しばらく頭を掻きながら、ディポックは訪問する理由を考えた。色々考えた末、やはりここは正直に聞いて見ようと思いなおした。審判の休憩の前に突然現れたあの男のことが気になったのだ。彼女なら、あの男が誰かを知っているに違いない。

 インターホンを押して、ディポックが来意を告げると、思いのほか早く扉が開かれた。

「すみません、お休みのところ……」

と、ディポックは言った。

「いいえ。かまいません。何かありましたか?」

と、マグ・デレン・シャはにこやかに言った。

 ヘイダール要塞の椅子やテーブルなどの丁度品は彼らナンヴァル人にはあまり居心地が良いようには思えなかった。少し窮屈そうに使っているのがわかった。

 ナンヴァル人はロル星団の人間型種族より、サイズが少し大きめなのだ。もっともマグ・デレン・シャは小柄なタイプなので、それほどでもなさそうだった。

「あのリード・マンドという妙な男のことが気になっていまして……」

と、ディポックは言い難そうに言った。しかし、あの男は何か危険な感じを受けたので、どうしても情報を得ておきたかったのだ。

「ああ、あの男のことですね」

と、マグ・デレン・シャは言った。

 あの男とは、審判の最中に突然現れた人間型種族に見える男だった。

「彼は、何者なのですか?」

と、ディポックは聞いた。

 マグ・デレン議長は、少し頭を傾げて何かを考えているようだった。

「私どもも、正確なことはわかりません。リード・マンドという名前も本名かどうかわかりません。ただ、私どもの母星に残る言い伝えとコア大使の話からすると、あの男は、暗黒星雲と呼ばれている銀河宇宙からやってきた種族だと思われます。彼らは本来肉体を持たず、しかしながら、必要な時はそれを纏うことができる、と言われています。ここ、しばらく、そうですね、多分二百年ほど彼らはこのあたりに出没しなくなっていたのです」

と、マグ・デレンは言った。

「ということは、以前はよくこのあたりにいたということですか?」

 『よくこのあたりにいた』ということは、住んでいたわけではないような表現だと、ディポックは思った。

「ジル星団にはよく来ていたと言われています。わたしは、まだ会ったことはなかったのですが…」

「なぜ、彼らは来なくなったのですか?」

と、ディポックは聞いた。

「これはやはり言い伝えですが、リドス連邦王国がジル星団にやってきたとき、彼らを追い払ったということです。それまで、暗黒星雲の種族はジル星団でさまざまな迷惑な行為を行ってきたといわれています。宇宙船を事故に合わせたり、惑星の天候を支配したり、また恒星の軌道を変えたりと。悪事とまでは言いませんが、私どもは非常に迷惑していたのです。彼らに対してはかのダルシア人もさすがに手を焼いていました」

と、マグ・デレンは言った。

「それであの、リドス連邦王国がやってきたというのは、どういうことですか?」

と、ディポックは聞いた。リドス連邦王国という名を耳にすることが多くなって来ていたが、ジル星団にあるその国は未だ謎めいていた。

「彼らはおよそ二百年前にジル星団に移住してきたのです」

と、マグ・デレンは言った。

 それが、ジル星団でのリドス連邦王国に関する共通した情報だった。

「どこからリドス連邦王国は来たのですか?」

「さあそれは、わかりません。言い伝えでは、宇宙のはるか彼方と言われています。現実にはたぶん、彼らの住んでいた銀河はこの三次元宇宙でもかなり端の方にあるのではないかと考えられています」

「つまり、かなり遠いところからなのですね」

と、ディポックは言った。

 遠いだけではなく、端の方というと、宇宙があの『ビッグ・バン』によって始まって以来、膨張し続けているのだから、非常に古い銀河から来た可能性があった。

「ええ、そうです。でも、もしもっとお知りになりたければ、リドス連邦王国の政府代表である『銀の月』に聞いてみるというのはいかがでしょうか?」

と、マグ・デレンは勧めた。

「『銀の月』?というと、あのバルザス提督にですか?」

と、ディポックは聞き返した。

 ディポックには、バルザス提督と『銀の月』という名を持つ人物が同じであるという認識が、ナンヴァル人であるマグ・デレンには当然のように捉えられている気がした。

 気をつけないと混乱しそうだった。ディポックのいた新世紀共和国や銀河帝国のあるロル星団では、ベルンハルト・バルザス提督は、元銀河帝国の軍人で、銀河帝国で大逆人として追われたダールマン元帥の部下だった。だが、こちらのジル星団では、そうした経歴よりも、魔法使いの『銀の月』として知られているということなのだ。

 特に、惑星連盟の古い文明の国々においてそれは顕著に認められると感じていた。ディポックは、あの審判の場で、リード・マンドがバルザス提督を『銀の月』と呼んだ時の彼らの驚きを思い出していた。

「ええ。彼なら、私どもよりももっと詳しく知っているでしょう」

と、マグ・デレンは言った。


 ベルンハルト・バルザス提督が部屋で休んでいると、部屋のインターホンが鳴った。

「こちらはリドス連邦王国のバルザスだが……」

と、バルザスは言った。

「ナンヴァル連邦の惑星連盟議長マグ・デレン・シャ閣下からの使いのものです。お聞きしたいことがありますので、よろしければ、我々の部屋までお出で願いたいとのことです」

「マグ・デレン議長が?私に何の用なのだろうか?」

と、バルザスは言った。

「その、今回の審判の件ではないそうです」

と、使いの者が言った。

「審判の件ではない?」

 バルザスは何だろうと首を傾げた。

「私だけなのだろうか?」

「はい」

 少し考えてから、

「承知した。行くと伝えてくれ」

と、バルザスは返事をした。


《リリリーゲア……》

と、アリュセアはほとんど叫んでいた。

 だが、何も起きなかった。

「どうしよう、できないわ。誰も来ない」

 アリュセアは周りを見回して、落ち着き無く言った。焦っているのだ。

<落ち着くんだ。もう一度、試してみたらどうか?>

と、コアの冷静な声がした。

「そ、そうね。呪文も正しく言わなくちゃいけないし……」

 アリュセアは、必死で記憶を辿った。呪文というものは、一字一句間違ってはいけないものだ。それに、

「わたし、この呪文は使うのは初めてなの。昔は使わなかった。使う必要が生じたことはなかったのよ……」

と、昔を思い出していった。

<分かっている。君は魔法使いではなかった。しかし、君の母君は魔法使いだった。君はただ、魔法をきちんと学ぶ時間がなかっただけなのだ。魔力はあるはずだ>

「そ、そうよね。できるはずよ……。でも初めてだから、自信がないの」

 ドアの外の音は先程よりも大きく耳障りになっていた。

「何をしようとしているのかしら?」

と、不安そうにアリュセアは言った。

<扉を壊そうとしている。だが、この扉が案外頑丈なので困っているようだ>

「もう少し、もってくれるといいのだけれど……」

 アリュセアは集中しようとして目を閉じた。

《リリリーゲア、ルロフル、アクロフィリア……》

 二度目の呪文は、前よりも滑らかに言えたが、やはり何も起きなかった。


42.

 バルザス提督はナンヴァル連邦の惑星連盟の議長の部屋でヤム・ディポック要塞司令官と会っていた。バルザスは、ナンヴァル連邦の控え室にディポックがいることを正直驚いていた。

「お休みのところをお呼びたてして、申し訳ないと思っています」

と言ったのは、ディポックだった。

「ディポック司令官は、あの暗黒星雲の種族やあなたのお国のリドス連邦王国について、もっとよく知りたいと仰っておられるので、あなたに来てもらったのです」

と、マグ・デレンは言った。

 マグ・デレンの隣には、ナンヴァル連邦の艦隊司令官タ・ドルーン・シャがいた。

 バルザス提督は一人で来たのではなかった。カール・ルッツの副官がどうしても一緒に来たいというので、連れてきていた。

「そちらは?」

と、マグ・デレンは聞いた。

「彼は同じリドス連邦王国のルッツ提督の副官で、ナル・クルム少佐です」

と、バルザス提督は紹介した。

「ではまず、リドス連邦王国について聞きたいのですが、およそ二百年前にジル星団に移住して来たと聞きました。それで、どこから、なぜここへ移住してきたのか教えて欲しいのです」

と、ディポックは言った。

「私も、正式に聞いたことがありませんので、興味があります」

と、マグ・デレンが言った。

 バルザスはため息を付くと、

「私はご存知のように、リドス連邦王国で生まれ育ったわけではありませんので、こちらに来てから知ったことしかわかりませんが、それでよろしいですか?」

と、言った。

「もちろんです。概略でかまいません」

と、ディポックは言った。

「リドス連邦王国はここからというよりは、三次元宇宙のかなり端の方の銀河から来たのです。ですから、かなり古い銀河から来たということになります。元いた銀河の恒星系では当時宇宙的な災厄が起きる時期に当っていました。それを避けても、居住していた惑星そのものが破損する恐れがあったのです。それで、移住する決定が下され、移住先を探していたのです。

 そこへふたご銀河のジル星団のダルシア人が来ないかと言って来たと聞きました。ダルシア人は長く暗黒星雲の種族の襲来に悩んでいて、それを追い払うだけの力を持った種族を探していたのだそうです」

「では、暗黒星雲の種族を追い払うために来てもらったというわけですか?」

と、ディポックは言った。

「最大の目的がそうだったということです。リドス連邦王国の方でも移住先を探していたのですから」

「それで、暗黒星雲の種族がジル星団に来なくなったのですね」

と、マグ・デレンは言った。

「そうです」

「ひとつ聞きたいのですが、今リドス連邦王国は惑星ガンダルフというのが首都星だと聞きました。元々そこには原住民はいなかったのですか?」

と、ディポックは聞いた。

「惑星ガンダルフにはもちろん原住民は居ました。当時私が居たわけではありませんが、人口は多分五億人くらいはいたと思います」

と、バルザスは答えた。

「その、異星人の移住に対する反対運動はなかったのですか?」

と、ディポックは聞いた。そこが気になるところだ。突然異星人が移住してきたら、普通は反対するのではないかと思われた。

「当時ガンダルフにはまだ宇宙文明は育っては居ませんでした。当時の文明は一部の地域でやっと機械動力を発明した段階で、空を飛ぶこともまだできなかった時代でした。従って異星人の移住ということを理解出来た者はいなかったと言えます。ただ、ガンダルフには非常に古い時代の文明の残り火とも言うべき守護者がいたのです。その守護者が宇宙からくる脅威にたいして常にガンダルフを守っていました」

「それは私も聞いたことがあります。『ガウィン・レヴン』という存在でしたね……」

と、マグ・デレンは言った。

「そうです。それに数は少ないながらも、魔法使いたちが居ました。

 それで、ディポック司令官はガンダルフで移住の反対運動は無かったかという質問をされましたが、当時異星人の移住について理解できたのは、その守護者だけでした。ガンダルフを守っていた守護者は、リドス連邦王国を特に反発することなく受け入れたと聞いています」

「それは、初めて聞きます。ガウィン・レヴンは受け入れたというのですね」

と、マグ・デレンは言った。

「それで、ジル星団ではリドス連邦王国の人々はもしかしたら、かつて惑星ガンダルフから出て行った人々が再び戻ってきたのかもしれない、という噂が立ちました」

と、バルザス提督――銀の月は言った。

「それは、どういうことです?」

と、ディポックは聞いた。

「ジル星団で、古代から高度な文明を築いていたのは二つの種族でした。ひとつはダルシア人、もうひとつはガンダルフ人だったのです。ダルシア人は機械文明を誇り、早くから宇宙船による宇宙航行技術を発達させました。一方ガンダルフの方は、機械文明ではなく、超能力または魔法といっても良いかもしれませんが、そうした特殊な力を発達させた文明を築いていました。彼らはその力だけで、宇宙を旅することもできたのです」

「そんなことができるのですか?」

と、ディポックは驚いて言った。

 彼の母国である新世紀共和国もその元である銀河帝国も、宇宙船による宇宙航行技術を持っていた。そこでは超能力や魔法など単なる御伽噺でしかないのだ。

「もちろん、簡単にできることではありません。超能力あるいは魔法によって宇宙を行く方法は、技術も知識もパワーも必要なのです。それは個人的な問題に帰することであり、万人にできることではありません。ですが、古代のガンダルフ人のほとんどはそれが可能であったと言われています。

 ただ当時は後世と違うところがありました。その特殊な力である超能力または魔法という力を使う時に、呪文を使わなかったということです。

 彼らはとても平和的な種族で、そうした力を使ってジル星団の星々を探検している時に、ダルシア人に出会ったと言われています」

 ディポックは興味深々にその話を聞いていた。バルザス提督の話が本当のことだと信じることはかなり難しいことだった。だが、ナンヴァル人のマグ・デレン・シャは信じているように感じられた。だから、ディポックも信じる気になったのだ。

「当時ダルシア人は、まだ他の異星人を食する風習を持っていました。元々彼らは、自分達の星での食料が不足するので、他の星に手を伸ばすようになったのです。当時はダルシア人ほどの文明を持った種族はまだいなかったので、多くの星の種族が彼らの食料として狩られました。なぜならダルシア人は文明が高いだけでなく、生物としてふたご銀河最強の種族だったのです。そのため、彼らは他の星で出会ったガンダルフ人と衝突したのです。ですがガンダルフ人はダルシア人と同じ食習慣を持っていなかったのです」

「それで、どちらが勝ったのです?」

と、ディポックは聞いた。

「個人的にはガンダルフの方が強かったようです。と言っても、ガンダルフ人は平和的な種族ですし、異星人を食する風習はなかったので、戦って勝ったというような意味合いではなく、ダルシア人を説得したということらしいです」

「なるほど。それは面白い。どんな風に説得したのだろう」

と、ディポックは余計に興味を持ったようだった。

「ガンダルフ人はその後、他の遠い星を探検するために多くの者が故郷の星を後にしたと伝えられています。そのため呪文を使わない超能力あるいは魔法で宇宙を旅していた文明は失われてしまいました。その時、他の星に行かずに、ガンダルフを守るために残ったのがガウィン・レヴンなのです」

「ガンダルフの守護者の名はジル星団では有名です。古代のガンダルフ人が故郷を去った後、ジル星団のダルシア人以外の種族が宇宙航行技術を開発し、さまざまな惑星を探検した時に、必ずその名の人物に出会ったと言われています」

と、マグ・デレン・シャが言った。

「そのガウィン・レヴンもかの暗黒星雲の種族には手を焼いていました。だから、リドス連邦王国を快く受け入れたのです」

と、バルザス提督が言った。

「そのリドス連邦王国が暗黒星雲の種族を追い払ったということですが、どうやってそれをしたのです?」

と、ディポックが聞いた。

「リドス連邦王国は、機械文明と超能力・魔法文明の両方を携えた文明なのです。ですから、暗黒星雲の種族とは超能力・魔法を使って、対峙しました」

「超能力や魔法を使って?それは、本当か?」

 その場にいる者たちの中で、バルザス提督が連れてきたルッツ提督の副官ナル・クルム少佐がつい言葉を口にした。視線が集中する中、バルザス提督は咳払いをすると、

「厳密には少し違います。リドス連邦王国の人々は呪文を使う魔法はあまり使いません。暗黒星雲の種族に対する時は彼らと同じ手法を、つまり超能力あるいは目に見えぬ力を使いました。それは、かつてのガンダルフ人と同じような力でもあると言われています。中でもそのパワーは強力で暗黒星雲の連中でも太刀打ちできなかったということです」

と、説明した。

 だが、

「その、超能力や魔法と目に見えぬ力というのはどう違うのだ?」

と、ナル・クルム少佐が聞いた。

「超能力と目に見えぬ力は基本的には同じものです。もちろん魔法もそうですが、その本質は『念』というものなのです。その『念』を使う時に、呪文でコントロールするか、単に意志でコントロールするかの違いです。口から言葉を出すか、出さないかだと言ってもいいでしょう。リドス連邦王国の人々はかつてのガンダルフ人と同じように呪文を使わずに扱いますが、ガンダルフの魔法使いは呪文を使います。暗黒星雲の種族は前者の手法を使うのです」

「どうしてそのような違いが生じるのだ?」

と、またナル・クルム少佐が聞いた。

「私には正確にはわかりません。ただ、言えることは呪文を使う、つまり言葉を使うということは目に見えぬ力をコントロールすることを容易にする、初心者でも使えるようにすることが可能だということです」

と、バルザスは言った。

「それは、興味深いことですね」

と、ディポックは言った。

「すると、呪文というのは誰でも魔法を使えるようにする方法でもあったということですね」

と、マグ・デレンは言った。

「そうとも言えます。あの太古の文明のガンダルフ人が去った後、ガンダルフでは機械文明が栄えました。そしてその機械文明が衰えた時、再びかつての文明が蘇ったと言われていますが、その実は呪文を使う文明となっていたのです。かつての超能力を使う文明は、戻らなかったのです。しかし、ガンダルフでは呪文を使う方法は太古のものよりもより洗練された方法であると考えていました」

「すると、ガンダルフを去った人々の末裔がリドス連邦王国の人々であるのでしょうか?」

と、マグ・デレンは聞いた。

「さあ、それはどうでしょうか?私は、その点については良く知らないのです。

 しかし、魔法使いはいつの時代でも魔法を使う修行をしたものです。かなりの年数をかけて……。そしてある種の段階に達すると、呪文を使わずに魔法を使うこともできるようになった者もいるのです」

と、バルザス提督はまるで昔を懐かしむように言った。

「確かに、ナンヴァル連邦にも魔法の呪文が残されています。ですが、それを使える者というのは数少ない」

と、タ・ドルーン・シャは残念そうに言った。

「魔法の呪文というのは、ナンヴァル連邦でもガンダルフの言葉で作られているのですか?」

と、ディポックは聞いた。

「いいえ。私どもの惑星に伝わっているのは、ナンヴァルの言語を使って作られたものです。かつてナンヴァルに生まれた偉大な魔法使い、呪文を綴る者が作ったのです。彼の名はル・ガナール・シャ、かのガンダルフの大賢者『レギオン』の生まれ変わりと言われています」

と、マグ・デレンは言った。

「ジル星団で魔法の呪文をもつ文明は、たいていガンダルフの大賢者『レギオン』が魔法の呪文を作ったといわれています。レギオンがそれぞれの文明に生まれ変わってその地の言葉で呪文を綴ったのです」

と、タ・ドルーン・シャは言った。

「そういえば、銀の月、かつてあなたの生まれた時代にもレギオンは居たのですね。確か、レオン・ローアンという名だったと聞いたことがあります」

と、マグ・デレンは言った。

「それだけではありません。私が聞いたのは、銀の月、塔の長、大賢者はいつも一緒に生れてくると聞いたことがあります。今ここに銀の月がいるということは、塔の長や大賢者が現代に生れているということでは?」

と、タ・ドルーン・シャは疑問を口にした。

「それは……」

と言いかけたバルザス提督は、話の途中で突然その場から消えた。その消え方があまりにも唐突であったので、居合わせたものはただ呆然としているしかなかった。


43.

 これで最後だと、アリュセアは思った。もう五回も繰り返している。昔、サンシゼラだったときに、もう少し魔法について学ぶべきだったと後悔の念が湧いていた。

 扉の方も形が変形しつつあり、あと一押しで扉が砕けるかもしれない。

《リリリーゲア、ルロフル、アクロフィリア……》

と、額に冷や汗が流れる中、最後の呪文を唱えた。

 瞬間、何かが動くのがわかった。

「それは、どこで聞いたのです?」

と、バルザス提督が言った。そして、瞬きをした。何が起きたのかすぐにはわからなかったのだ。

「こ、ここは?」

と、バルザス提督は言った。

「私の部屋よ」

と、アリュセアが言った。

「どうして、ここに?……いや、そうか君は召喚の呪文を持っていたな」

と、バルザスはすぐに状況を把握した。

 部屋に鈍い破裂音が響いてきた。扉が今にもはじけそうだった。

「早く、何とかして!あの扉の向こうに、タレス連邦の政府代表ジアンク・ルプスと彼の部下がいるの。私たちを捕まえようとしているのよ」

 バルザス提督は何が起きているか理解した。タレス連邦の連中は、最後のあがきで、アリュセアに証言の撤回を迫るつもりなのだ。

 次の瞬間その部屋から、アリュセアと三人の娘達の姿が消えた。と同時に扉が音を立てて壊れたのだった。


 バルザス提督が突然消えたマグ・デレン・シャの部屋では、一同呆然とバルザス提督の居なくなった空間を見ていた。

「初めて見ました。これも魔法なのでしょうね?」

と、マグ・デレンがタ・ドルーン・シャに言った。

 突然バルザス提督が消えたにしては、案外落ち着いていた。

「おそらくそうでしょう。ですが、どうしたのでしょうか?君は何か分かるだろうか?」

と、タ・ドルーン・シャは一人残されたナル・クルム少佐に聞いた。

「さあ、それはわからない。だが、これはもしかしたら召喚術ではないだろうか」

と、クルム少佐は言った。ただその口調は提督の副官にしては場違いな気がした。

「召喚術?誰かに召喚されたというのですか?」

と、マグ・デレンは言った。

「たぶん。私は、魔法には詳しくないが、魔法を使う場面に出会ったことはある。本人の意志に関係なく呼ばれた場合、突然消えるのだ。しかし、誰がそんな魔法を使ったのだろう。ただでさえ、魔法使いの数はここでは少ないはずだ」

と、クルム少佐は言った。

 現在ヘイダール要塞にいる魔法使いについては、ディポック司令官は把握してはいない。もともと魔法使いというものについては疑いの念を持っているので、気をつけるという気がしないからだ。だが、惑星連盟の代表がそれぞれその国の魔法使いを連れてきているとすると、数が少ないとは言えなかった。

「必要もなく魔法を使うことはないでしょう。おそらく、銀の月を呼ぶ必要が生じたということでしょうね。でも、彼を呼ぶ召喚術を使うというのは、かなり力の強いものか、縁のあるものに限られているのではありませんか?」

と、マグ・デレンは言った。

「では、まさか、サンシゼラ・ローアンが銀の月を召喚したとデレン閣下はお考えですか?」

と、タ・ドルーン・シャは言った。

「他に考えられません。サンシゼラなら銀の月と召喚の契約をしていたとしてもおかしくありません。妻だったのですからね」

「いったい、何が起きたというのですか?サンシゼラというと、あのタレス連邦からの亡命者のアリュセア・ジーンのことですか?彼女に何か起きたというのですか?」

と、それまで黙っていたディポックが言った。目の前で信じられないことが起きてしまい、理解できなくて、思考停止に陥っていたのだ。

「それし考えられません。遅いかもしれませんが、ディポック司令官、彼女の部屋に衛兵を至急派遣してください。何か起きたのです」

と、マグ・デレンは言った。


 バルザス提督は自分に割り当てられた部屋に戻っていた。

「ど、どうしたんです?」

と、ドルフ中佐が突然現れたバルザスとアリュセア達に驚いて言った。

「悪いが、しばらく彼女達を預かってくれ。私はマグ・デレンの部屋に戻らなければならない。」

というと、バルザスはすぐに姿を消した。

 あまり魔法を使いたくはないが、あのナンヴァル人やディポック司令官の前で消えたのだから、戻るときも使った方が混乱しないだろうと思ったのだ。


 バルザスが部屋に再び現れると、

「速かったのですね」

と、マグ・デレンが言った。

「申し訳ありません。突然消えたりしまして……」

と、バルザスは言い訳した。

「いいえ、よいのです。それよりも証人のアリュセア・ジーンは無事ですか?」

「よくわかりましたね。無事です」

「バルザス提督、今アリュセア・ジーンの部屋に衛兵を派遣しました。何か起きたのですね」

と、ディポックは言った。

「タレス連邦の政府代表が部下とともに、アリュセアを無理やり連れて行こうとして、部屋の扉を壊そうとしていたのです」

「何てことを!」

と、マグ・デレンは非難した。

「しかし、私は魔法というのをこの目で見ようとは思いませんでした」

と、ディポックは言った。

 ディポックはバルザス提督が、『銀の月』と呼ばれる魔法使いであるということを改めて実感したのだった。


44.

 ヘイダール要塞から遥かに離れたジル星団の一画で、ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊が密かに集結を終えていた。

 ゼノン帝国艦隊の旗艦アゼンダの司令室では、ゼノン帝国艦隊とタレス連邦艦隊の提督がこれから行われる作戦の最終確認作業をしていた。

「ヘイダール要塞の周囲には惑星連盟の艦隊がいるはずだ」

と、タレス連邦の宇宙艦隊司令長官であるガイウス・ブレヒト元帥の副官ファウリ・ドノブ少将が言った。

「惑星連盟と行動を共にしている我々の艦隊や貴国の艦隊が惑星連盟の艦隊をうまく混乱させるだろう。そして一気にヘイダール要塞を攻略する。上手く行けば、ダルシア帝国の遺産だけでなく、銀河帝国への足がかりとなる要塞を手に入れることになる」

と、ゼノン帝国艦隊司令長官の副官であるウルヴァヌ・ヴィレンゲル少将が言った。

「ですが、リドス連邦王国の政府代表もいるはずです。その艦隊の提督は魔法使いのはず、簡単に要塞を攻略できるとは思えませんな」

と、ドノブ少将が言った。

 リドス連邦王国については、二百年前にジル星団に移住していたということが事実としてわかっていた。それに加えてリドス連邦王国には、かなり強力な魔法使いが多数いるということがわかってきていた。ジル星団の他の国では軍人が魔法使いを兼ねるということはめったにないのだが、リドスでは宇宙艦隊の提督クラスの殆どが強力な魔法使いだということがわかったのだ。しかもその下の仕官にも魔法使いが多数存在している。ただ、その詳細なデータはかなり不足していた。

「しかし、艦隊の指揮と魔法を扱うことを同時にできるとは思えません。そこを付けば我々に大変有利になるはずです」

と、ヴィレンゲル少将は言った。

 確かに、魔法を使うというのは、集中力がいるし、使っているときは他のことに注意を向けることは難しいというのが常識だった。それは魔法使いでなくともわかることだ。リドス連邦王国の艦隊の欠点はそうした魔法使いが提督として任命されていることにある、とゼノン帝国では考えていた。

「ですが、魔法使いはリドスのものだけではありますまい。惑星連盟の政府代表が集まっているということは、代表の随員として魔法使いが居るという可能性は大だと考えます。そうした場合、彼らの存在をどのようにお考えか?」

と、ドノブ少将は言った。

「魔法使いというのは集団行動はせぬものです。まして、政府代表の随員として集まった者たちは、他所の国の魔法使いを知らない。そのような場合、魔法使いが結束するなどという行動にでることの可能性は低いと考えています」

と、ヴィレンゲルは言った。

 どの国でも魔法使いというのはプライドや功名心や独立心が強く、扱い難い者と思われていた。何か危険が生じた場合、そうした魔法使いが結束するということは想像しにくかった。特にゼノンの魔術師にその傾向が強かった。

「それに、あのヘイダール要塞付近を魔法で守るにはかなりのパワーが必要です。いくらなんでもリドス連邦王国の提督程度の魔法使いが、守れるとは思えませんな」

と、ヴィレンゲルはつけ加えて言った。

 実際はリドス連邦王国の艦隊の提督の魔法の力がどの程度のものかは分からないというのが真実だった。ゼノン帝国としては自国の魔術師と比較して推測しているに過ぎない。

 ゼノン帝国やタレス連邦の者たちの頭の中では、ヘイダール要塞の司令官ヤム・ディポックの存在を考慮に入れていれてはいなかった。ロル星団の紛争で名を成したとはいえ、何と言っても彼は単なる一軍人で、魔法使いではないのだとしか頭にはないようだった。もちろん、ヘイダール要塞には元々魔法使いなどは存在しない。

 その上、ロル星団の宇宙船の技術については、ジル星団の艦よりも劣っているというのが通説だった。銀河帝国やかつての新世紀共和国の艦隊と正式に戦ったことはないが、すでに辺境において試したことはあるのだった。特にゼノン帝国の艦隊はそうしたことにかなり研究熱心だった。

「我々の方が有利です。艦の機能についても我々の方が技術は上です」

と、ヴィレンゲルは強く主張した。

 タレス連邦宇宙艦隊司令官である、ガイウス・ブレヒト元帥は、しばしの沈黙の後、決断した。

「貴国は、タレス連邦とゼノン帝国との例の約定は遵守されると確約されるのでしょうな?」

と、ブレヒト元帥は念を押した。

「もちろんだ。我々はこれまで貴国との約定を遵守してきた。これからも同じだ」

と、ゼノン帝国宇宙艦隊司令長官であるドールズ・ゴウン元帥は言った。

 ゼノン帝国人の濃く厚い皮膚からは、その表情は簡単には読み取れなかった。ガイウス・ブレヒト元帥は長い年月タレス人が多くの犠牲を払って、ゼノン帝国から宇宙航行の技術を得ていたことを思った。この作戦が成功すれば、それもこれから必要なくなるはずだった。

 タレス連邦とゼノン帝国の艦隊は同時にジャンプ・ゲートに入り、ヘイダール要塞に向かった。

 だが、この宇宙には、ゼノン帝国の連中でも知らないことがあるのだ。


45.

 アリュセア・ジーンはバルザス提督の宿舎で、何とか人心地を取り戻していた。

 人と違う能力があるために、こんな事件が起きるのだと思うと、やりきれなかった。娘達が無事だったことは本当に良かったのだが、これからどうなるのだろうか?リドス連邦王国に亡命したとして、向こうで何が待っているのだろう、と不安に思った。

「大丈夫ですか?」

と、バルザス提督の副官であるドルフ中佐が心配して言った。

「ええ、大丈夫……」

と、アリュセアは言った。

 娘たちは、カール・ルッツ提督に飲み物を渡してもらって飲んでいた。

「あの、あの人は?」

と、アリュセアは聞いた。

「ああ、彼はリドス連邦王国のカール・ルッツ提督です」

「子供が好きなのね。お子さんでもいるのかしら」

「ええ、まあ、どうでしょうか……」

と、ドルフ中佐は言葉を濁した。

 ふっとアリュセアは何か黒い影が過ぎるのを感じた。不吉な予感がした。

「あの、銀の月、いえバルザス提督は、今どこにいるのかしら?」

と、アリュセアは聞いた。

「今ですか?惑星連盟の議長閣下の部屋だと思いますが……」

と、ドルフ中佐は言った。

「連絡を取れないかしら。あの、何だか胸騒ぎがするの。こんなこと、しばらくなかったから……」

「え?それは、あの……」

 ドルフ中佐は、アリュセアのことはあまり知らなかった。今回の審判にでる証人だと言うことしかわからない。

「どうかしたのかい?」

と、ルッツ提督が声を掛けた。

「あの、ジーン夫人がバルザス提督がどこにいるかを知りたいと……」

と、ドルフ中佐が言った。彼も何かを感じていた。

 ドルフ中佐は一応魔法使いだが、こうした予感めいたものはあまり得意ではなかったのだ。予知と魔法とは少し領域が違うのだ。

「何か感じているの?」

と、ルッツは聞いた。

「胸騒ぎがするんです。この要塞に何か危険が迫っているような……」

と、アリュセアは言った。

「中佐、バルザス提督に連絡をした方がいい。あの暗黒星雲の男が彼女のことを予知者と呼んでいただろう?」

と、すぐにルッツは言った。

 ドルフはうなずくと、指で空中に円を描いた。

 すると、光る円状の魔法陣が現れ、その中にバルザスという文字が浮き上がった。

《バルザス提督、アリュセア・ジーンが何か危険がこの要塞に迫っていると感じています》

と、その魔法陣に向って言った。


 マグ・デレン・シャの部屋では、まだディポック司令官がリドス連邦王国について聞いていた。そこに、突然バルザス提督の前の空間に円状の魔法陣が現れた。

《バルザス提督、アリュセア・ジーンが何か危険がこの要塞に迫っていると感じています》

というドルフ中佐の声がその魔法陣から聞こえてきた。

「これは、いったい何かしら?」

と、マグ・デレンは目を見張って言った。魔法陣を見るのは初めてなのだ。

 バルザス提督は、

「これは連絡用の魔法陣です。通信機を使えないので、これで知らせてきたのです」

と、言った。

「こんな魔法もあるのですな」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

 リドス連邦王国の魔法使いの使う魔法は、ナンヴァル連邦に古くから伝わる魔法とは少し違うようだった。ナンヴァル魔法では、このような魔法陣は出てこない。

「何のことなのだ?」

と、ナル・クルム少佐が言った。

「アリュセアが何かを感じたのでしょう。彼女は予知者ですから。ディポック司令官、何かこの要塞に近づいているようです」

と、バルザスは言った。

 ディポックは初めて見る魔法陣に見とれていて、反応が遅かった。

「この要塞に何か近づいている?危険が、ですか?」

と、ディポックはやっと言った。

「おそらく、……」

「わかりました。ともかく、私は司令室に戻ります」

と、ディポックは言った。

「その方が、よいでしょう。何かわかりましたら、良ければ教えてください」

と、マグ・デレンは言った。

「私も同道してよろしいですか?」

と、バルザスは言った。

「かまいませんが、アリュセア・ジーンの方は大丈夫ですか?」

「そちらには、ドルフ中佐もいますし、ルッツ提督もいますから大丈夫です」

 ナル・クルム少佐はバルザス提督に付いていくことにした。


 ディポック要塞司令官が司令室に戻ると、

「司令官、今お呼びしようとしたところでした」

と、副官のリーリアン・ブレイス少佐が言った。

「何か起きたのかい?」

と、ディポックは聞いた。

「未確認の艦隊が近づいて来ます。誰何しているのですか、どこの艦隊か言わないのです」

「未確認の艦隊?銀河帝国の艦隊ではないのか?」

「それが、違います。形が違うので分かるのですが、もちろん新世紀共和国の艦隊でもありません」

「今、要塞の付近に居る艦隊に似たような艦隊はないだろうか?」

「調べてみます」

 スクリーンの映像から接近してくる艦隊は、要塞付近の様々な政府の艦隊の配置から形を検索して、

「近づいて来る艦隊は、ゼノン帝国艦隊とタレス連邦艦隊のようです」

と、ダズ・アルグ提督が照合して言った。

「ゼノンとタレス?」

と、バルザス提督は呟いた。やはり、という思いがした。

「要塞付近には惑星連盟の艦隊がひしめいている。連中は何を考えているのか」

と、フェリスブレイグ要塞防御指揮官が言った。

 もしこのまま近づいてくる艦隊が発砲すると、要塞付近にひしめいている艦隊が混乱して、大変なことになる。

「それが目的か?」

と、ディポック司令官は言った。

 一気に惑星連盟の艦隊を潰すつもりなのだ。そのときにはヘイダール要塞も危険が及ぶだろう。

「でも、こちらには、ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊もいるのではありませんか?」

と、ブレイス少佐が言った。

「多分、それは最初から共同作戦を取るつもりなんだ……」

 要塞側は他の艦隊に当るので主砲を撃つわけにはいかなかった。それに、他の艦隊を動かそうとすると、惑星連盟の中にいるゼノン帝国とタレス連邦の艦隊が邪魔をする可能性がある。

「このままでは、やつらのいいようにされてしまいます」

と、ダズ・アルグが言った。

 バルザス提督は、『銀の月』として考えた。魔法の力で解決できないことはない。ただ、問題は『銀の月』の魔法の力だけではこの危機を脱することはできないという事実だ。ガンダルフの五大魔法使いのうち、銀の月は様々な種族の魔法の呪文に通じているが、パワーにおいて他の四人に劣ると言われていた。


 アリュセアは胸騒ぎが次第に大きくなっていくのを感じた。

「『銀の月』は何が危険なのか分かったかしら?」

「なぜ?」

と、ルッツ提督が聞いた。

「だって、不安が、胸騒ぎがどんどん大きくなってくる。この要塞に大きな危険が迫っているのよ」

と、アリュセアは言った。

「ドルフ中佐。バルザス提督にもう一度連絡してくれる?何が起きているのか聞きたいの」

と、アリュセアは言った。

「しかし、……」

 ドルフ中佐はためらった。バルザス提督の邪魔になるのではないかと考えたのだ。

「中佐、お願い。そうしてあげて。今は、危険を回避することが重要だから」

と、ルッツ提督は言った。

 アリュセアはルッツの言葉が変な事に気が付かなかった。不安で一杯なのだ。

 その時、アリュセアは横を向いた。

「え?今なんて言ったの?」

と、アリュセアは言った。

 アリュセアはあの元の部屋からコアとロルフが一緒に来ているのを知っていた。そのコアが言ったのだ。

<銀の月の魔法が必要だ。だが銀の月だけでは、この危険は回避できないだろう>

と、コアが言った。

「でも、他に方法は?魔法を使わなくても、ここには艦隊がいるでしょう?」

 魔法を使わなくても艦隊がいれば、何とかなるのではとアリュセアは考えていた。一魔法使いよりも艦隊の方が強力に決まっているではないか。

<必要なのはパワーだ。銀の月は技術と呪文は沢山持っている。だがパワーが足りないのだ>

「パワー?でも、それはどこにあるの?宇宙船や要塞のエネルギーを流用するわけにはいかないでしょう?」

と、アリュセアは言った。

 魔法のエネルギーと宇宙船や要塞に使われているエネルギーが同じでないことはアリュセアにもわかる。

<強力なパワーを持っている者がこの要塞にいる。その人物に協力してもらうのだ>

「この要塞にいる?」

 アリュセアは、他の国の魔法使いのことを言っているのだと思った。


 バルザス提督の周りに、魔法陣が浮き上がった。

 その魔法陣は普通人にもよく見えた。まるで夜光塗料を空中に浮かべたように、文字自体が発光しているのだ。

「何だ、これは?」

と、要塞のほかの仕官や将官が騒いだ。

 バルザスは心の中でまずいと思いつつ、

「ディポック司令官、申し訳ないが、ちょっと失礼する……」

と言って、司令室の隅の方に移動した。もちろん、バルザス提督とともに魔法陣も移動する。それを他の者たちは奇異の目で見守っていた。

 魔法陣からコア大使が現れた。コア大使は霊であるので、バルザス提督には見えるが、他の者の目には見えない。そして、コアが出てくると魔法陣は消えた。コアは、ドルフ中佐の魔法陣で要塞の司令室に送ってもらったのだ。正確言うとは、バルザス提督の近くに現れるようにしたのだ。

「どうしたんですか?」

と、バルザスは聞いた。

<この要塞に近づいてくる危険が何かわかったかね>

と、コアは聞いた。

「ゼノン帝国の艦隊とタレス連邦の艦隊が同時に現れました。おそらく、惑星連盟と共にやってきた艦隊と同一行動を取るつもりなのでしょう」

<このままでは、要塞は落ちるかな?>

「さあ、それはわかりません。この要塞はロル星団内での戦争では無敵でしたから」

<だが、ここのディポック司令官は、落としたのだろう>

「そうでした……」

 ジル星団のことではないのに、コアはヘイダール要塞についてよく知っているようだった。

<この要塞は、艦隊だけでは落とすのは難しい。だが、内部に敵が入り込むと、案外容易いのではないかな?>

「確かに」

<要塞の中にいるゼノン帝国政府とタレス連邦政府の代表をまず拘束すべきだ。もちろん、それはディポック司令官には分かっているはずだがね。問題は魔法使いなんだ、それと外の艦隊のこともある……>


 ディポック司令官は、司令官の席に座って考え事をしているようだった。その周りを昔からの部下が取り巻いている。そこへ関係のないと思われている者が近づくのは、なかなか難しかった。

「いったい、連中はどうするつもりなんでしょうか?」

と、参謀の一人であるパロットが言った。

「さあ、どうなんだろう」

と、ディポックは言った。

 そこへ、

「司令官、ちょっと話があるのですが」

と、バルザス提督が話しかけた。

 一斉に周りの部下達が振り返る。何の話だ、とでもいいたげな者もいた。

「どうかしましたか?」

と、ディポック本人は案外のんびりとした表情で言った。

「できれば、要塞内部にいるゼノン帝国やタレス連邦の者達を拘束したほうが、安全かと思われます」

と、バルザスは言った。

「それは、どうしてです?」

と、ディポックは聞いた。

「軍人だけなら、それほど危険はありませんが、彼らの中にゼノン帝国の魔術師が混じっているからです。魔術師は危険です。外の艦隊の連中と呼応して何をするかわかりません」

「魔術師か……。あなたは危険だと思うのですね」

と、ディポックは言った。

「しかし、単に拘束しただけでは、危険はなくならないのではありませんか?」

と、ディポックは言った。

「そうです。ですから、ナンヴァル連邦や、こちらの味方となる政府と協力する必要があります」

と、バルザスは言った。

「あなたの力だけでは、足りないということですね」

「そうです向こうの方が数が多い。それでなくとも、タレス連邦の連中の中にはゼノン帝国の魔術師がいます」

「わかりました。では、どうすればいいのですか?」

と、ディポックは言った。

「ナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャに協力を要請するのです。つまり惑星連盟の協力を要請するのです。そして、ナンヴァル連邦などのこちらに協力的な政府と手を組むことです」

と、バルザスは言った。

「なるほど。しかし、私の要請を受けてくれるでしょうか」

と、ディポックは聞いた。

「受けると思います。彼らにとっても、今は危険なのですから」

と、バルザスは言った。

「待ってください、司令官!バルザス提督の話を簡単に信じてよいのでしょうか?」

と、参謀のグリンが言った。彼には、バルザス提督の銀河帝国における「大逆人の部下」という汚名が気になるのだ。

「いや、時間がない。確かに、色々と問題があるというのはわかる。だが、急がなければならない」


46.

 要塞の外では、惑星連盟の艦隊には動きはなかった。その数から言ってそう簡単に動けないのだ。そしてゼノン帝国とタレス連邦との新たな艦隊が近づきつつある。彼らは速度を落とし、ゆっくりと近づいていた。まるで獲物を狙う肉食獣のように。

 会議室に軟禁されているタレス連邦艦隊のカウベリア提督は、習慣で時間を確認した。

「ほう、もう1600時か。そろそろブレヒト元帥の艦隊が近づいてきているのではないかな?」

と、カウベリア提督は言った。

「うまくいくでしょうか?」

と、セイル・ラリア大佐が言った。そして傍らのゼノン帝国の魔術師、ヒールリアン・ドレイを見た。

 ドレイは、魔法を掛けられたままだった。

「静かですね」

と、ボズ・フリッツが言った。

 フリッツは会議室から外へTPの触手を伸ばしているが、まだ要塞内に混乱は見られなかった。それどころか、何の動きもない。

「もしかして、艦隊の接近がまだ気づかれていないのかもしれませんね」

と、フリッツは言った。

「そんなことはないはずだ」

と、ラリア大佐は言った。

 その時、ゼノン帝国の宮廷魔術師ヒールリアン・ドレイが瞬きをした。

「時は来たれり!」

と言うと、あたりに鈍い音が響いた。まるで何かを破ったような音だった。


「しまった!」

と、ドルフ中佐が言った。

「どうしたの?」

と、ルッツ提督が聞いた。

「ゼノンの魔術師を捕まえていた魔法が破られたのです」

 ルッツとアリュセアは顔を見合わせて、

「あなたは、魔法使いだったの?」

と、アリュセアが言った。そして、ドルフ中佐をまじまじと見つめた。軍服を着ている姿はどう見ても、軍人としか思えない。

「銀の月ほどではありませんが、リドスの艦隊の者は、多少の魔法の心得があるのが普通です」

と、ドルフ中佐が言った。

「でも、魔法使いというよりは、軍人なのでしょう?」

と、アリュセアは言った。

「ええそうです。でも魔法も少し使えるのです。それはともかく、銀の月に知らせましょう」

と言うと、再びドルフ中佐は魔法陣を作った。


「大丈夫か、ドレイ?」

と、ラリア大佐が言った。

「大丈夫です。これまでリドスの魔法使いに捕まっていましたが、先程、ゼノン帝国の別の魔術師から解除の呪文を受けたのです」

と、ドレイが言った。

「他にもゼノンの魔術師がいるのか?」

と、カウベリアが聞いた。

「他というのではなくて、計画通りに、我々の艦隊が近づいているのです。その艦隊にいるゼノンの強力な魔術師の助力が得られたのです。」

と、ドレイが言った。

「艦隊だと?だとすると、要塞に近づきつつある艦隊からの魔法使いの助力というのか?」

と、ラリア大佐が言った。

「そうです。ゼノン帝国でもかなり強力な魔法使いです」

と、ドレイが誇らしげに言った。


 ヘイダール要塞に近づくゼノン帝国艦隊の旗艦アゼンダ上で、ヴィレンゲル少将が少将付きの魔術師ファールーレン・ディラから報告を受けた。

「ヒールリアン・ドレイに掛けられていた術を解除できました」

と、ディラは言った。ディラはゼノン帝国の宮廷魔術師の中でも一、二を争う魔術師だった。彼女なら、大抵の魔術師は太刀打ちできない。まして、半人前の魔法使い兼軍人では、なお更だ。プロと素人の差がある、とヴィレンゲルは考えていた。

「わかった。では、計画通りに……」

と、ヴィレンゲルは言った。

 スクリーンに映じたヘイダール要塞は黒々としていた。表面が波立って見えるのは、おそらくあれが流体金属というものなのだろう、とヴィレンゲルは思った。その点だけは銀河帝国の技術はゼノン帝国よりも進んでいた。後は、要塞内部にいるゼノン帝国とタレス連邦の工作員の腕次第だった。


47.

 惑星連盟に加盟しているジル星団の古くからある国はハイレン連邦、デルフォ共和国、ホルンドバルド連合政府、ザガ連盟、ナンヴァル連邦そして、ゼノン帝国の六カ国である。

 そのうちザガ連盟が最古の国家と言われている。

 ザガ連盟はダルシア帝国や惑星ガンダルフのかつての文明と同じくらい古いと言われていた。ザガ人は昆虫型種族であったので、あの貪欲なダルシア人の胃袋を満たすことができなかったと伝えられている。つまり、ダルシア人の口に合わなかったのだ。そのため太古の時代をかろうじて生き残ることができた。ただし、文明の発達は遅く、宇宙文明に達したのはダルシアよりもかなり後であった。

 因みに、ダルシアが滅亡寸前まで行った他銀河からの侵略戦争時において、やっとワープ航法を開発した段階であり、他銀河の侵入者の情報を他の種族に先んじて入手したのが彼らだった。

 ザガ連盟では、宇宙時代に入ってからダルシア人にならって目に見えぬ力を開発していたが、それが急速に発達したのは、今から九千万年前、ザルダン・ヌ・クーヴァ大師が呪文を作ったときに始まる。当時は宇宙文明が衰退し、かつての栄光が僅かに残っている時代だった。

 その後、再び宇宙文明が発達したのが5千万年前と言われている。ザガ連盟では、宇宙文明と魔法文明が交互に発達を繰り返し、今に至っている。ただし、現在はかなり人口も減り、文明自体が衰退しつつある。

 ザガ人は、二本足で腕を四本持ち、触角が二本、大きな複眼を持つ羽のない体長2クラトル(ザガでは小さな木の枝二本分の長さにあたる)の大きさだった。繁殖は卵生で、男女の体格的および特徴差はあまりなく、生涯の最後に女性が卵を産むというサイクルだった。彼らの寿命は短く、太古の昔から変わらずおよそ百年だった。

 バルザス提督はザガ連盟の大使ヨルング・ルを訪問していた。

「リドス連邦王国のバルザスです。大使にお会いしたいのですが……」

 バルザスが切り出すと、一緒に付いて来ていた元新世紀共和国軍の提督であり、今はヘイダール要塞に属しているダズ・アルグが居心地悪そうに咳払いした。

 ヤム・ディポック司令官の命でバルザス提督についてきたのだが、バルザス提督に対する不信と興味とがダズ・アルグの中に共存していたのだ。

 ダズ・アルグにとっては魔法使いというのはまだおとぎ話の中にしかいない存在だった。タリア・トンブンの話やこれまでの経緯からもしかしているかもしれないと思ってきただけなのだ。目の前で魔法が使われるのを見たわけではない。

 ザガ連盟は昆虫型種族なので、人間型種族しかいなかった国に育った彼にはかなり違和感があった。ここに来る道すがら、バルザス提督がザガ連盟の歴史を簡単に説明してくれたが、それだけで親近感を覚えることはできない。

 やがて長いローブを纏ったザガ連盟大使が部屋に入って来た。

「ブブブ、ブブブ、ヴィヴィヴィ……」

と、ザガ連盟の大使が言った。まるで通信の際生じるノイズのような音が聞こえた。

 ダズ・アルグは驚いていた。バルザスはそのノイズのような言葉に直ぐ応じたので、ザガ連盟の言語で話しているのだと推測したが、ジル星団の種族が自身の言葉で話すところを見るのは初めてだった。それに、バルザスがザガ連盟の言葉を流暢に話すのが驚きだった。

 だが、しばらくすると、大使はダズ・アルグの存在に気づき、ローブの上に付けている小さな石のようなものにそっと触った。

「失敬、そちらは確かこの要塞の関係者ですかな?」

と、ザガ連盟の大使は言った。今度はダズ・アルグが理解できる言葉になっていた。

「私は、ヘイダール要塞艦隊指揮官で、元新世紀共和国艦隊中将のダズ・アルグと言います。それで、今の会話はザガ連盟の言葉なのですか?」

と、ダズ・アルグが聞いた。

「さよう、今の会話は我々の言葉でした。銀の月には久しぶりに会ったので、つい我々の言葉で話してしまいました」

と、ヨルング・ル大使は言った。

「これまであなた方だけではなく、ジル星団の方々は皆同じ言語を、そうまるで我々と同じ言語を話しているように思っていました」

と、ダズ・アルグは言った。

「それは、この言語フィールド発生装置のおかげです」

と、ザガ連盟の大使は長いローブに付けているアクセサリーのような小さな装置を指さした。

「かつて我々は、言語の問題で非常に苦しみました。各国ともかなり言語構造や発音が違うのです。統一言語を、例えば商業用言語を作ろうとする努力はありましたが、それが実ったことはありませんでした。ですが、やっとこの言語フィールド発生装置を開発したのです」

「その、言語フィールド発生装置というのは、あなた方ザガ連盟が開発したのですか?」

と、ダズ・アルグは聞いた。

「この装置の開発は我々の歴史においてあまり古くはありません。そうですね、二百年ほど前のことになります」

と、ザガ連盟の大使ヨルング・ルが言った。そして、

「この装置の開発にあたっては、リドス連邦王国が主に関わっています。彼らの存在なくしては、この装置はできなかったでしょう」

と言った。

「すると、ジル星団の惑星連盟全体がこの装置の開発にあたったと理解してよいのでしょうか?」

「そうですね、そう考えたほうがよいでしょう。多くの種族の科学者が関わったのです。言語というのは非常に微妙な部分もありますので、一種族で開発するというのは難しいのです。ですが、この装置の開発のおかげで、惑星連盟の間での貿易が一気に増えました」

 そこでバルザス提督が咳払いした。

「会話が進んでいるので申し訳ないのですが、ヨルング・ル閣下、先ほどの私の要請を受けてもらえますでしょうか?」

「これは、失礼した。もちろんだ、銀の月。我々は惑星連盟の議長の考えに同意する。できるかぎり協力を約束しよう。というわけで、ダズ・アルグ提督、あなたとの話は後日にさせていただきたい」

「もちろんです」

 バルザス提督は、ザガ連盟の大使のところから二人の魔法使いを連れて出た。同じように、ハイレン連邦、デルフォ共和国、ホルンドバルド連合政府、ナンヴァル連邦大使の部屋へも訪れて魔法使いを調達した。ザガ連盟以外の国々もバルザス提督の話を一つ返事で受け入れたのである。

 魔法使いの数は、ザガ連盟から二人、ハイレン連邦から二人、デルフォ共和国から二人、ホルンバルド連合政府から二人、ナンヴァル連邦から三人と、全部で十一人だった。

 集まった魔法使い達は会うのは初めてだったが、バルザス提督を見ると申し合わせたように頷き、何も言わずに黙って要塞指令室まで付いてきた。

 こうした彼らの動きは、ダズ・アルグにとって驚きだった。少なくともこれらジル星団の古い国々にとってバルザス提督は、ダズ・アルグらヘイダール要塞の元新世紀共和国の軍人たちが考えているような、銀河帝国から追われた大逆人の部下という分類では推し量れないものだ。もしかしたら、とダズ・アルグは半分くらい信じ始めていた。

 その様子をダルシア帝国の大使であったコアは通路の天井に近い空間で見ていた。古い国の魔法使い達の中には時折コアのいるあたりの天井を見上げる者もいた。

 古い国の魔法使いの中にはコアの姿を見ることができる者が何人かいたのである。


48.

 要塞司令室には、巨大スクリーンをま直に要塞司令部の幹部達とジル星団の五カ国の魔法使い、そしてリドス連邦王国のバルザス提督が集まっていた。

 一通り、バルザス提督が魔法使い達の紹介をすると、

「それでは、要塞内部にいるゼノンの魔術師と彼らに協力する連中をうまく排除してくださるようお願いします」

と、ディポック要塞司令官が言った。

「要塞内部のことについては、我々に任せてもらえるのですね」

と、バルザス提督は念を押すように言った。

「魔法使いについては、我々では対処できませんから。あなた方を信頼する他ありません」

と、ディポックは言った。

「しかし、司令官、……」

と、参謀のグリンが不服を申し立てた。

 グリンはまさか司令官がバルザス提督の話を信じて、魔法使いたちを集め、対処させようとするとは思わなかったのだ。グリンにはバルザスは銀河帝国の大逆人の一味で、まだ何を考えているのかわからないと感じている。

「いや、今はこれしかない。悪いが、君の意見は後で聞く」

と言って、ディポックは魔法使い達に、手足となるウル・フェリスブレイグ要塞防御指揮官の部下を付けた。


 バルザス提督は、要塞全域に魔法の探知網を築くと、魔法使いを一人それに専任させた。

「カウベリア提督のところにいるあのゼノンの魔術師が、自由になっている。やつを見張ってほしい」

と、バルザスは指示を与えた。

 すでにゼノン帝国やタレス連邦と協力関係にある政府は、要塞内を動いているはずだった。だから要塞内も危険になっていると見ていた。彼らが自由になったら、目指すはおそらくこの要塞司令室だろう。そこを抑えれば、要塞は彼らのものとなるからだ。

 バルザスは別に要塞司令室に結界を張って、敵に備えた。

 そうしたバルザス提督を不安そうに、参謀のグリンやウル・フェリスブレイグら要塞司令部の者たちは見守っていた。彼らにとっては、バルザス提督は銀河帝国で「大逆人」と言われて追われた者たちなのだ。それはそれほど昔のことではない。従っていつ寝返るかわからない不安を感じているのだ。

 彼らの不安を感じているのか、バルザス提督に付いて来たリドスのカール・ルッツ提督の副官ナル・クルムという若い仕官は、要塞司令室を見渡して、ディポック司令官の部下達をじっと観察しているようだった。


 ゼノンの宮廷魔術師ヒールリアン・ドレイは、会議室の外に立っている警備兵を魔法で眠らせると、カウベリア提督達と共に外へ出た。要塞を占拠するには、司令室を落とすのが一番速いと分かっている。ゼノン帝国やタレス連邦政府の仲間には、ドレイやフリッツが力を使って連絡を付けた。ゼノン帝国と密約のある政府は、密かに要塞の兵士を魔法で眠らせて協力していた。

 他の国の魔法使いによる協力はできるだけ目立たぬように行われた。目立つとどこの政府がゼノン帝国に協力しているか分かってしまうことになる。するとこの計画がうまくいかなかった場合、惑星連盟の中で自国の立場が悪くなるからだ。あの悪名高いゼノン帝国に協力したというだけで、評判を落とすだけでは済まなくなる。表立って声を挙げたりはしないが、ゼノン帝国を謗る国は多かった。

 ドレイの魔法が解けたことはリドスの連中は気が付いたはずなので、ドレイは他の魔法に捕まらないように充分注意が必要だった。ドレイたちは魔法を使い、障害のない廊下を探り、移動した。廊下のあちこちで、兵士が倒れて眠っているのがわかった。

「魔法を使うと、こんなに簡単なのか?」

と、カウベリアは言った。もし魔法がなかったら、警戒に当っている兵士たちを銃や剣などの武器を使って排除していかなければならない。それは時間と手間の掛かる人手を使う作戦だった。しかし、魔法で眠らせてしまうと、通りすぎるだけだ。

 本当はもっと楽なのだが、とドレイは思った。この要塞にリドス連邦王国の連中が居なければ、もっと簡単に占拠できるのだ。

 五百年前、ゼノン帝国がジル星団を席巻する勢いだった理由の一つは、科学技術が秀でていただけではない。ゼノン帝国における魔法を多くの者たちに拡げた成果でもあった。古より伝わった魔法の呪文を体系化し、それを教える学校を創立し、多くの者達が魔法を身近で使えるようにしたのだ。その中から、強力で優秀な魔法使いが数多く生まれていったのだ。

 ジル星団でも古いといわれる国々では、ゼノン帝国のように魔法を大衆に広げた例はない。そこでは昔ながらの弟子制度によって、魔法使いが一人前になっていく仕組みだった。

 しかし、楽だったのは要塞司令室の手前までだった。

 ゼノンとタレスの魔法使いと軍人達は、まるで見えない壁に当ったように、それ以上前へ行くことができなくなった。

「ここに、何かあるようです、提督!」

と、フリッツが言った。

 ドレイは嫌な予感がした。このような魔法はゼノン帝国では知られていない。

 見えない壁は床から天井まで繋がって広がり、物質を通さないようだった。それに、指先でそれを触ると、ビリッと電流が走るような感じがした。

 それだけではなかった。突然、その見えない壁に稲妻が走り、ゼノンとタレスの者達を打ちのめした。

 そこへ、司令室から要塞の兵士がやってきて、動かなくなっている彼らを確保、拘束した。

 ナンヴァル連邦など、惑星連盟に加盟している政府の中で古い文明を誇る政府はリドス連邦王国のバルザス提督を信用し、ゼノン帝国の魔術師を拘束するのに力を貸してくれたが、その他にも、ゼノン帝国をよく思わない政府も彼らの味方をしていた。そのため、要塞内での敵の動きは逐一、見張られ、それとなく知らされていたのだ。

 ただ、外の方はそうはいかない。要塞の周囲は惑星連盟の艦隊で立錐の余地もないほどなのだ。そこで混乱が起きたら、多くの艦船が被害を受けることになる。


 タレス連邦艦隊のドノブ少将は、

「要塞内の我々の工作員からの連絡が途絶えました」

と、艦隊司令官であるガイウス・ブレヒト元帥に報告した。

「思ったより、連中の動きは速いです」

と、ドノブ少将は言った。

 要塞内のゼノンの魔術師たちが、要塞の内部で混乱を起こし、その隙をついて要塞を攻略するつもりだったのだ。上手くいけば、混乱の中で司令室を占拠し、血を流さずに要塞を手に入れることができるかも知れなかった。その企てが失敗に帰したのだ。

「誰か知恵をつけるものが居るのだろう」

と、ブレヒト元帥は言った。おそらくリドス連邦王国の連中に違いない、と彼は思った。

「いかが致しましょう」

と、ドノブ少将はブレヒト元帥の考えを聞いた。

「ここで今から作戦を変えることはできまい。ここはかねての打ち合わせの通りにやるしかあるまい」

「この艦隊だけでやるのですね」

「もちろんだ。向こうの方にいる我々の艦隊は打ち合わせ通りに動くだろう」

 多少の行き違いは当然考慮の内に入る。要塞内部での陽動が挫折したとしたら、外からやるしかなかった。


 ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊は、要塞から千ターメルの距離に来ていた。肉眼で見える距離だ。

 惑星連盟の艦隊は、上を下への混乱の極だった。だが、動こうにも身動きが出来ない。それに、惑星連盟の艦隊の中にいるゼノン帝国とタレス連邦の艦隊が問題だった。彼らが何をするかわからないのだ。それが不気味だった。

「司令官、ゼノンとタレスの艦隊が視認できる距離まで近づいています」

と、ブレイス少佐が言った。

「主砲を撃つわけにはいきませんよね」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

「そうだな」

と言って、ディポックはスクリーンに映る敵の艦隊を見た。

 はっきり言って今回はどうにもならなかった。大艦隊がこれから押し寄せてくるのではなく、大艦隊が要塞の周りに居座っているのだ。これから来る艦隊は、数としては要塞の周囲に居る艦隊よりは少ない。だが、要塞の周りにいる惑星連盟の艦隊が邪魔になっているのだ。彼らが居ては、要塞から艦隊を出すわけにもいかない。艦隊による攻撃はできない、だからと言って主砲を撃つと、周囲に居る艦隊に当る。だが、彼らを動かすには場所がない。

「ディポック司令官」

と、バルザス提督が呼びかけた。

「要塞内のゼノン帝国とタレス連邦の者たちは確保しました」

と、バルザスは言った。

「助かりました」

と、ディポックは礼を言った。

「それで、一つ提案があるのですが……」

と、バルザスは言った。

「提案?どんな提案です?」

と、ディポックは聞いた。他の将官たちもバルザスを見た。

「惑星連盟の艦隊のことです。彼らが要塞の周りに居る以上、敵へのこちらの攻撃の邪魔になるだけです」

「確かに、そうです。ですが、それは……」

「惑星連盟の艦隊を動かすには場所がないのはわかっています。でも彼らを動かさなければ、惑星連盟の艦隊の中にいるゼノンとタレスの艦隊が何をするかわかりません」

「そうです。それを心配しています」

「だから、惑星連盟の艦隊をそれぞれの母国へ帰してはどうでしょうか?」

「母国へ帰す?」

 ディポック司令官は狐につままれたような顔をした。何のことかわからなかった。

「ワープ航法ではないのですが、ある種の呪文を使うと、宇宙空間でも物を別の場所へ移動することができます」

と、バルザスは言った。

「ただ、問題はかなり強力な力を必要とすることです。私だけの力ではできないのです」

「この要塞にいる魔法使い達の協力を得てもですか?」

と、ディポックは聞いた。

「そうです」

「それでは、できないということではないですか?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

「いえ、ある人物の協力が得られれば可能です」

と、バルザスは言った。


 要塞の周囲に居る艦隊を視認できる位置まで来たゼノン帝国とタレス連邦の艦隊は、一時停止し、双方連絡を取り合い、合図を確認した。

「タレス連邦の艦隊は、予定通りに来ている。後は、向こうにいる我々の艦隊の陽動を待つだけだ」

と、ゼノン帝国のヴィレンゲル少将は言った。

 攻撃時刻まで、数分に迫っていた。


49.

 それは予告もせずに始まった。要塞の周囲の宇宙空間に巨大な光り輝く魔法陣が浮き上がったのだ。その一文字が宇宙船ほどの大きさがありそうだった。

「何でしょう、あれは?」

と、ヴィレンゲル少将が言った。

「あれは、魔法陣です。リドス連邦王国の魔法使いが魔法を使う時に出るものです」

と、ゼノン帝国の宮廷魔術師ファールーレン・ディラが言った。嫌な予感がした。

「何をする気だ?」

と、ヴィレンゲルは言った。

「わかりません」

と、不安げに魔術師ディラが言った。魔法はそれぞれの種族ごとに違っているのだ。呪文だけではなく、そのかけ方も異なっている。

 何が起きているのか分かるまで、数分はかかった。

「閣下。ご覧下さい。向こうにいる惑星連盟の艦隊が減っております」

と、副官のグラム・デヒドル少佐が言った。

 スクリーンを見ると、ヘイダール要塞の周囲に居た艦隊が一部居なくなっていた。

 次の瞬間、目の前で惑星連盟の艦隊が一つ消えた。艦一隻ではなく、一艦隊すべてである。

「こ、これは、どうしたことだ?」

 そして、一つ、また一つと惑星連盟の艦隊が減っていった。

「いったい何処へ消えたのだ?」

と、ヴィレンゲルは言った。

「閣下。それどころではありません。向こうの我が艦隊も居なくなっています」

と、デヒドル少佐が言った。

「こんな魔法があるのか?」

と、ヴィレンゲルは魔術師のディラに言った。宮廷魔術師のディラなら誰よりも魔法に詳しいはずだった。

「聞いたことも、見たこともありません。少なくとも、我がゼノン帝国の魔術書には書いてありません」

と、魔術師のディラは歯噛みして言った。ゼノンの魔術にないことは明らかだった。だが、他の種族の魔法ではあるかもしれない。ましてや魔法の始まりとされる惑星ガンダルフにあるあのリドス連邦王国なら、あのような魔法があるかもしれない。

 だいたい魔術や魔法というものは、古くから惑星上で使われるもので、宇宙空間で使われることは想定していないものだ。それなのに、リドス連邦王国の魔法使いはこともなげに宇宙空間で魔法を繰り広げる。

 ディラはわが身の力の足りなさを悔しく思うとともに、羨望の思いで消えていく惑星連盟の艦隊を見た。

 だが、ディラには大きな疑問がある。このような大魔法を使う力を奴らは何処から得ているのだろうか?そして、消えた艦隊はどこへ行ったのだろうか?


 ヘイダール要塞の司令室では、魔法使い達が円陣を組んで座っていた。その中央にディポック司令官が立っている。ディポックは立っているだけで、呪文を唱えているわけではなかった。呪文を唱えているのは円陣を組んでいる魔法使い達の方だった。

 バルザス提督は、円陣から少し離れて腕を組んで立っていた。顔は司令室の巨大スクリーンの方を向いている。だが、目は閉じられていた。口からは時折、呪文のような言葉が漏れる。

 要塞の他の将官や士官達は魔法使い達から離れて、壁際に立っていた。

「いったい何をしているんでしょうね?」

とダズ・アルグ提督がウル・フェリスグレイブ要塞防御指揮官に聞いた。

「さあ。だが、何か魔法をかけているのではないか?」

と、ウル・フェリスグレイブは言った。魔法と口にするのはばかばかしいが、他に言いようもないのだった。

 円陣を組んだ魔法使い達の中に大きなレンズのような光りの塊が生じた。ディポック司令官はその中にすっぽりと包まれてしまっているように見えた。

「司令官は、大丈夫でしょうか?」

と、ブレイス少佐が言った。

 光りの塊の中のディポック司令官は、別に変わりはないように思えたが、心配だったのだ。

「今は、仕方が無い。これが終るまでは……」

と、フェリスグレイブが言った。

 ふと、スクリーンに目をやったブレイス少佐が、

「あれを見て!」

と、叫んだ。だが、すぐに口を手で塞ぎ、

「惑星連盟の艦隊がいなくなっています」

と、小さな声で言った。

 驚いて皆がスクリーンを見ると、要塞の周囲にいた惑星連盟の艦隊が確かにいない。

「これが、魔法でやったことか?」

と、ダズ・アルグが言った。

「艦隊は何処へ行ったんでしょう?」

と、ブレイス少佐が聞いた。

「先程は、母国へ帰すと言っていたようだが……」

と、参謀のグリンが言った。

 魔法?これが魔法なのか、とグリンは信じられぬ思いだった。これまでバルザス提督は銀河帝国の軍人だと思ってきたが、これからは魔法使いと思うべきなのか?しかし、いつ、バルザス提督は魔法使いになったのだろうか?

 銀河帝国に反旗を翻し大逆人となったダールマン元帥について帝国から出て行ったのは、ほんの数年前のことではなかったのか。その数年でこれほどの魔法を使えるようになるのだろうか?

 それは、グリンだけの思いではなかった。司令室の中にいる要塞の将官や仕官たちが抱いた疑問だった。


 ヘイダール要塞の周囲にいた惑星連盟の艦隊はいなくなっていた。そこにいるのは、新たにやってきたゼノン帝国とタレス連邦の連合艦隊だけである。

「要塞から通信です」

と、通信員が言った。

「どこに所属している艦隊が明らかにせよ。明らかにできないときは、攻撃する」

と、言っています。

「いかが致しましょうか?」

と、タレス連邦艦隊司令官に副官のドノブ少将が尋ねた。

「仕方あるまい。こちらはタレス連邦の艦隊だと応答せよ」

と、ガイウス・ブレヒト元帥が言った。


 同じようにゼノン帝国の艦隊にもヘイダール要塞から誰何があった。

「いかが致しましょうか?」

と、副官のヴィレンゲル少将が艦隊司令官に尋ねた。

「タレス連邦艦隊はどうした?」

と、ドールズ・ゴウン元帥が言った。

「すでに所属を答えています」

と、ヴィレンゲルが言った。

「仕方あるまい。こちらも応答せよ」

と、元帥は言った。

 それを聞きながら魔術師のファールーレン・ディラは、まだチャンスはあると思っていた。いくらリドス連邦王国の魔法使いが優秀であっても、あのような大魔法を使った後で平気でいることはないだろう。

「ディラ、おまえはどう思うのだ?」

と、ヴィレンゲルは聞いた。

「閣下、まだ終ってはおりません。あの要塞を攻略することはまだ可能であると考えます」

と、魔術師ディラは言った。宮廷魔術師ディラの面子にかけても、このままで済ませるわけにはいかなかった。このまま国に帰ったとして皇帝陛下に何と言えばいいのか?

 それはドールズ・ゴウン元帥も同じだった。

「そう願いたいものだ」

と、元帥は低い声で言った。


 要塞では、タレス連邦とゼノン帝国の艦隊を誰何するとともに、訪問の理由を問いただしていた。

「連中は、要塞に来ている惑星連盟に派遣されている政府代表に用があるということです」

と、通信員が言った。

「そんなことは、嘘に決まっている」

と、ダズ・アルグが言った。

「まあまあ、惑星連盟の艦隊が消えたので、ここに来た目的がなくなってしまったということではないかな?それとも?」

と、ディポック司令官は言った。

「それとも、まだ何かを企んでいるということですか?」

と、フェリスグレイブ防御指揮官が言った。

「まあ、どちらとも取れるかな」

と、ディポックは言った。

 先程まで円陣を組んでいた魔法使い達は、司令室の隅で休んでいた。バルザス提督は、何かを考えているようだった。

 魔法使い達はかなり疲弊していた。普段使ったことが無いほど強力な魔法を使った所為だった。疲れたとは言え、このようなスケールの大きな魔法の一端を担えたことは、彼ら魔法使いの誇りでもあった。だが、円陣の中央にいたディポック司令官は別段疲れているようには見えなかった。

 ナンヴァル連邦から来た魔法使いフェル・ラトワ・トーラは、他の魔法使い同様ディポック司令官を脅威の思いで見つめていた。いったい彼は何者なのだろうと、考えていた。

 ガンダルフの名だたる魔法使いの一人なのか?

 ガンダルフの魔法使いについては、ナンヴァル連邦では色々な伝説があった。その最たるものがガンダルフの大賢者といわれる『レギオン』のことだ。彼は呪文を綴るものであり、そのパワーも魔法使い中で最高を誇ると言われていた。この要塞の司令室にいるのが『銀の月』と言われるガンダルフの古い魔法使いの一人であるのなら、その可能性はある。

 だが、その表情や語り口から、伝説で語られているガンダルフの大賢者とは少し違う気がした。軍人と紹介されたが、どこか不思議な品格を感じる。

 フェル・ラトワ・トーラはガンダルフの大賢者が再誕したという噂を聞いたことがあるのだ。それならガンダルフ――今はリドス連邦王国の首都星であるから、リドス連邦王国に属しているに違いないと思った。『銀の月』もリドス連邦王国の宇宙艦隊の提督だと聞いていた。

 だが、このヘイダール要塞の司令官は、ロル星団の元新世紀共和国の軍人だったと聞いた。では、ここの司令官は何者なのだろうか?


 カール・ルッツ提督の副官ナル・クルムは、スクリーンで外の様子を眺めていた。

 スクリーンに映っているのは、新しく来たゼノン帝国とタレス連邦の艦隊で、惑星連盟の艦隊は影も形もなかった。十万を超える程の数の艦船を魔法で移動させるなど、彼も初めて見ることだった。

 彼は、このヘイダール要塞にカール・ルッツの副官として来るまで、いくつかのリドス連邦王国の魔法を見てきたが、このような大がかりなものは初めてだった。

 それよりも驚いたのは、この魔法のパワーがこの要塞の司令官であるヤム・ディポック本人から出たということだ。ヤム・ディポック本人は、魔法使いでも何でもない。本人がそう言っているし、あのバルザス提督もディポックを魔法使いとは言っていない。それなのに、この力はどういうことなのだろうか?

 もしかしたら、魔法以外にもこのような常識を超える何かの力があるのかもしれない、と考えていた。しかし、それが魔法でないとしたら、いったい何なのだろうか?


50.

 暗黒星雲の種族は、肉体を持たない。だから、宇宙空間でも様々な環境の惑星上でも生存可能だった。

 彼は、銀の月が使った巨大な魔法陣を、ヘイダール要塞から少し離れて観察していた。その魔法陣は巨大ではあるが、美しい輝きを放っており、何とも言えぬ眺めだった。

 年を経た彼にとってもその巨大な魔法陣は初めて見るものだった。彼が以前ジル星団によく出没した頃は、このような魔法陣を使う魔法は見たことがなかった。とすると、これは魔法としては新しく作られた手法であるのだろう。

 新しい魔法といえば、ガンダルフの大賢者『レギオン』を思い出す。あのレギオンと最後に出会ったのはいつ頃だっただろうか?確か、二千年前にガンダルフに出て、その後あまり見かけなかった。噂によれば、ナンヴァル連邦やゼノン帝国にも生まれたと聞いたことがある。だが、最近はふたご銀河では見かけた噂を聞かない。

 彼自身も、ここしばらくふたご銀河から遠ざかっていたのだ。

 それというのも、あのリドス連邦王国がジル星団にやってきた所為だった。ガンダルフの大賢者『レギオン』とリドス連邦王国が何らかの関係があるのではないかと、疑ったことがある。しかし、彼にしてその確証は得られなかった。

 彼にとって、リドス連邦王国の連中はたいしたことがないと思っていた。危険なのは、あの王族だ。あの王女たちなのだ。彼女達が使うのは、魔法か、それとも別の何かなのだろうか?少なくとも、リドス連邦王国が来た時は、呪文など使っていなかった。まさしく自分達と同じ暗黒星雲の種族と同じ手法で力を使ったが、そのパワーは桁違いだった。だから、彼が、いや同胞達が敗退したのだ。

 そのリドス連邦王国の連中を連れてきたのが、ダルシア人だった。いったいどこから連れてきたのか、それは暗黒星雲の同胞達の誰もわからなかった。少なくとも、このあたりの銀河宇宙からではないことは確かだ。ダルシア帝国にはそのあたりの事情が必ず記録として残っているはずだった。

 これまでダルシア帝国のコア大使が生きていた時には、ダルシアに近寄ることもできなかった。だが、コアが死んだと言われる今、しかもコアが死んで間もない今だけが、ダルシアに近づけるチャンスだった。

 彼は慎重だった。ヘイダール要塞の中にも外にも、リドス連邦王国の王族の気配はなかったように思う。けれども、何かを感じていた。ここは何か別の者が存在している。それが何かはわからないが……。


 タリア・トンブンは、割り当てられた宿舎にいた。惑星連盟の議長であるマグ・デレン・シャが三時間休憩にするといったので、自室に戻って休んでいたのだ。

 これからいったいどうなるのか、それを考えると不安でいっぱいだった。あの惑星連盟の議長の様子では、おそらくこのまま自分にダルシア帝国の継承が回ってきそうだった。そうなったらどうすればいいのだろう。

 タリアにとっては、タレス連邦から出てきた特殊能力者の仲間たちのことを第一に考えなければならないのだ。仲間の脱出した先は、ここヘイダール要塞だけではない。宇宙都市ハガロンにも、ナンヴァル連邦やリドス連邦王国にも行っているに違いないのだ。仲間のことをどうすればいいのかさえ思いつかないのにと悩んでいた。

 したがって、要塞に近づきつつあったタレス連邦とゼノン帝国の艦隊については、まるで気づかなかった。まして、先ほどいた審判の部屋であった妙な異星人のことなど気にしている余裕はなかった。

 一瞬タリアは、後ろを振り向いた。そして、

「誰?」

と、タリアは言った。

 突然、何かの気配を感じたのだ。

 彼は、最初は霧のような状態で現れ、徐々に人型を取ってタリアの前に立った。

「誰なの?」

と、タリアは言った。

 相手は先程審判の間に現れた妙な人物だと思われたが、タリアはそれが何者なのかは知らなかった。

「これは、情けない言いようではないか。我々は初めて出会ったのではない。昔、ダルシアで会ったことがある」

と、彼は大仰に言った。

「昔、ダルシアで会った?私は、ダルシアには行ったことはないわ。あなたに会うのは初めてだわ」

と、タリアは言った。

「だから、その時おまえは、アプシンクスと名乗っていた。ダルシアの皇女だったのだ」

「何を言っているの?私にはそんな記憶はない」

と、タリアは警戒して言った。

「これだから、ダルシア人はつまらぬのだ。なぜ、あのような劣等種族と同じような人生を送るのだ?つまらぬとは思わないのか?」

「劣等種族で悪かったわね。私はタレス人よ。ダルシア人ではないわ」

「まだ、そんなことを言っているのか?おまえはダルシア人だ。その肉体はどうあれ、魂はダルシアの出自ではないか」

「魂ですって?何のことをいっているの?」

「なるほど、劣等種族として生れてしまうと、肝心の判断する知識も能力も不足しがちなのだな。あのサンシゼラ・ローアンが言っていたではないか?おまえはもともとダルシア人なのだと。銀の月もそうだと知っている。なぜなら、魔法使いはかつて生きた時の記憶をもっているものだからだ」

「銀の月が、ガンダルフの古い魔法使いであることは聞いたことがある。でも、それがどうしたの?私と何の関係があるの?」

 彼はタリアをゆっくりと眺めた。まるで品定めをしているようだった。そのような仕草はタリアにとっては不快なものだった。

「何をしにきたの?」

と、タリアは聞いた。気味が悪かったのだ。

「生まれ変わりとは、あまり効率がよくないものだな。最初からやり直さなければならないとは。そう思わないか?」

と、ため息をつくように彼は言った。

「それが普通のことよ。当たり前のことだわ」

と、タリアは言った。

「我々はそのような効率の悪いやり方はしないのだ。一からやり直して、前よりも程度が下がっては元も子もないではないか?」

「あなたは程度が高いというの?」

と、タリアは呆れて言った。

「我々のような力を、おまえ達は持っているか?星々の間を駆け抜け、はるか遠くまで行き、様々な文化文明を垣間見、その知識を蓄える。そんなことがおまえ達にできるか?」

「私は、そんなことをしたいとは思わない。タレスの仲間が平和に暮らせることを願っているのよ」

と、タリアは言った。

「こんな小さな星団の小さな星の劣等種族のことなど、どうでもよいではないか。ダルシアはこんな小さな星団でただ暮らしていただけだ。それで終ってしまった。おまえもそんなことを望んでいるのか?」

「そうよ。私は、ここにいるのが望み。宇宙のはるか遠くまで行きたいなんて思わないわ」

「何と、つまらぬことだ。そのようなことは、誰でもできることではないか」

「そうは思わないわ」

 タリアは今回の事件で、自分の家族や仲間と平和に暮らすというただそれだけのことが、どれほど難しいことかいやと言うほど分かっていた。

「なるほど、おまえは仲間が大事か。それなら、おまえ達をこんな目に合わせたのはタレス連邦とやらの大統領か?そいつを排除してやろう」

と、彼は言った。

「本気なの?そんなことが本当にできるというの?」

「できるとも。我々の力は、何でも可能なのだ」

 その時、何かおかしい、とタリアは思った。何でもできて、満ち足りているならば、どうしてこんなところにいるのだ?それに、何でも可能だというが、本当だろうか?タレス連邦の大統領を排除すれば、本当にタリアや仲間の安全が保証され、平和に暮らせるのか?

 いや、違う。

 今回の騒ぎで、タレス連邦とゼノン帝国が裏で密約を締結しているのがわかった。とすると、タリアとその仲間が平和にくらすためには、ゼノン帝国の方も何とかしなければならない。

 それに、タレス連邦とて、大統領一人を排除すれば、望みがかなうというのもおかしい。大統領と同じ考えを持つものは沢山いる。そうした者たちも排除するとなると、どれだけの数の人を排除しなければならないのか。

 惑星連盟にはゼノン帝国の側につく政府も他にある。だから、そうした連中も排除しなければなるまい。どれだけの人々を排除しなければならないのか。タリアは考えるだけで、気が遠くなりそうだった。

 だとすると一番速いのは、すべての種族を滅ぼすことかもしれない、という考えに行き着いて、タリアはぞっとした。これではまるで、すべてを排除するに等しいではないか。そんなことは、とうてい出来ないし、するべきでもない。

 その時、タリアは彼の目的に気づいた。

「そう、あなたもダルシア帝国の遺産が欲しいのね」

と、タリアは言った。

 彼の目が悪戯っぽく一瞬揺らめいて、

「我々はどんなものにも興味を持つのでね。たいしたことのない文明であっても、知りたいと思うのだ」

と、言った。

「とんでもないわ。タレス連邦にもゼノン帝国にも、そしてあなたにもダルシア帝国の遺産は渡さないわ」

と、タリアははっきりと言った。


51.

 タリアの言葉を、要塞司令室にいたバルザス提督は聞き逃さなかった。

「ディポック司令官。もう一度、あなたの力を貸してくれませんか?」

と、バルザス提督は言った。

「私の力?」

 ヤム・ディポックは、自分に何か力があるなど考えたことは無かった。自分が非力であるのは重々承知している。実際に腕力でケンカをすることを想像することもできない。人を殴れば、自分の手が痛むではないか。だが、バルザス提督――つまり銀の月が使う魔法になにか力を与えることができるということは今回の件でわかった。

「その前に、何をする積りか聞いてもかまいませんか?」

と、ディポックは聞いた。

「例の審判に現れた暗黒星雲の種族の一人が、今タリア・トンブンのところにいます」

と、バルザス提督は言った。

「何だって?」

と、言ったのはダズ・アルグ提督だった。

 言った本人は、自分のしたことを相手が驚いていることに気づかなかった。

 驚きを隠しているバルザス提督に、

「タリアが何か危険なのですか?」

と、ディポックが改めて聞いた。

「あの暗黒星雲の一人は、ゼノン帝国の連中と同じく、ダルシア帝国の遺産を狙っているようです」

と、バルザス提督は言った。

「しかし、あれは、いやあの人物は何なのかな。人間なのか、そうでないのか?」

と、ディポックは聞いた。普通の人間とも思えないのに、なぜダルシア帝国の遺産を欲しがるのか、それがわからないのだ。司令室にいるダズ・アルグ以下の者たちは、審判の間で起きたことを聞いていないので、余計に話が見えない。

「暗黒星雲の種族は、本来肉体を持ちません。彼らは持ちたいと思えば肉体を纏えるのです。ですが、それは本来の彼らではないということです」

と、バルザス提督は言った。

「すると、審判のときに現れた男は、本物ではないということなのかい?」

と、ディポックは聞いた。


「最初に現れた、霧状のキラキラ光ったものが彼らの実物に近いものです。ですから、彼らは死ぬということがないのです。どんな環境の下でも存在が可能です」

「不死ということかい?」

「まあ、そのようなものです。宇宙空間にいたいと思えば、可能ですし、水の中でも、毒ガスの中でも存在が可能です」

「すごい。そんな異星人がいるなんて、考えたことも無い」

と、ダズ・アルグは言った。

「でも、彼らにあまり興味をもっては危険です。そんなことをすると、この要塞に居ついてしまいます。彼らはとても悪戯好きで、そのためジル星団では彼らを恐れていました。何をするかわかりませんからね。宇宙船を故障させたり、惑星を動かしたり、軌道を逸らせたり、果ては恒星を爆発させようとしたこともあるようです。もっとも、それは未然にダルシア人が防いだといわれていますが。

 ただ彼らの弱点は、彼らは絶対に認めませんが、かなり寂しがり屋なんです。何しろ、目に見えない状態で宇宙空間をうろついているのですから、仲間に会うのだって、あまりないことです。ですから、我々のような肉体を持つ、彼らの言うには劣等種族にちょっかいを出すのです」

「劣等種族だって?」

と、ダズ・アルグは抗議の声を挙げた。

 それを横目てみながら、バルザスはさらに言った。

「私が言っているのではありません。暗黒星雲の種族によれば、我々のような肉体を持つ種族は、すべて劣等種族に属しています」

 ディポックは、ヘイダール要塞がとんでもない危険にさらされていることに気が付いた。

「とすると、あの暗黒星雲の種族は、この要塞を破壊することも簡単にできるということかな?」

「彼がそうしたいと思えば、できないとは言えません」

と、バルザスはあいまいに言った。簡単にできるというと、そばで聞いている連中がどう反応するかわからない。

「そういう危険なものが、タリア・トンブンのところにいるということか……。それで、私はどうしたらいいのかな?」

と、ディポックは聞いた。

「先程のように、特に何もする必要がありません。ただ、心の中で私を思い浮かべて、力を貸したいと思って欲しいのです」

「それだけで、いいのかい?」

「ええ。それだけでいいのです」


 タリアは自分がとても危険な状態にいることを感じていた。このどこの誰ともわからない奇怪な人物は暗黒星雲の種族だと誰かが言っていたことを思い出していた。

「別にダルシア帝国の遺産など、大した価値はあるとは思わないが、私は趣味でそうしたものを集めているんだ。だから、手に入れようと思っている」

と、表面は笑顔を浮かべながら、ずいとタリアに向って一足踏み出した。

 タリアは後ずさりをしながら、誰か助けを呼ぼうと考えた。だが、それにはせめてインターホンに近寄らなければならない。それは、その男の背後の壁にあるのだ。

 タリアは悲鳴をあげる暇などなかった。

 突然、部屋の中を嵐のような風が吹き荒れた。

「誰だ!」

と、一瞬目を瞑ったタリアの耳に、誰かを誰何する声がした。あの男の声だ。

 次に目を開けると、目の前には誰もいなかった。タリアは周りを見回したが、やはり部屋の中には誰もいなくなっていた。


 バルザス提督――銀の月は、力を抜いて髪を掻き揚げた。

「大丈夫かい?」

と、ディポックが言った。

「ええ、何とか上手く行きました」

と、バルザス提督は答えた。

 いったい何をしたのか、と要塞司令室の中の人々は思った。要塞の仕官や将官たち、それからジル星団の魔法使いたちも一様に同じ思いを持った。特に、カール・ルッツ提督の副官ナル・クルム少佐は鋭い目つきでバルザス提督を見つめていた。しかし、何も言わなかった。

「あの、何をしたのか聞いてもいいかな?」

と、ディポックは慎重に言った。

「別に大したことはしていませんよ。暗黒星雲の連中は扱いが難しくて、今回のようにうまく隙を付かないとはぐらかされてしまいます。今、奴はここから遥かに離れた宇宙空間に浮かんでいるでしょう。つまり、遠くに移動させたのです」

と、バルザスは言った。

「移動させた?それだけなのか?」

と、ダズ・アルグは聞いた。

「暗黒星雲の連中は死にませんから、殺すことは出来ません。できることは、どこか遠くへ放り投げることくらいです」

「でも、すぐに戻ってきたりはしないだろうね」

と、ディポックは聞いた。

「もちろん、座標がすぐにわかりませんから、それを調べるのに少しかかるでしょう。その間にこちらはタリアをできればダルシア帝国の継承者として認め、その地位を固めるしかありません。そうなった場合、いくら奴でもダルシア帝国の遺産を横取りすることは出来ないでしょう」

 ダルシア帝国の遺産の継承者を決定する審判が開かれるのは、後一時間後だった。



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