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宇宙移民船ブルーランド号の悲劇

登場する装置は綿密な調査を行い構造設計をしたものではありません。また物理法則に基づいた設定でもありません。ご了承ください。

 全長三五〇〇メートル、全幅二一六〇メートル、全高二二〇〇メートルを誇る宇宙移民船ブルーランドは、現在地球と火星の中間軌道上にいた。地球を離れ、すでに一六〇年が経とうとしている。超高層ビル群を横に寝かせたようなフォルムの船内には、収容人員一千万人を超える人々が生活をしている。船内は、かつてあった地球の町並みが広がっている。知らされなければ、ここが宇宙船の中であることに気付くこともないだろう。船内住民はここが自分たちの町であり生活の場である。かつて地球で生活をしていた事実を、人々は忘れようとしていた。

 西暦二二三四年。地球は未知の宇宙線の直撃を浴び、大気層を失うという大変動に直面した。ヴァンアレン帯を刺激し地球磁場がかき乱され、今までオゾン層に守られていた地上は強い紫外線に晒された。宇宙線放射能も地上までとどく。人々は放射線防護服や対放射線壁による住環境整備を進めたが、地球規模の災害の前に人類の抵抗など無力に等しかった。しだいに地上から生活の場を失い、その生活の場を宇宙へ求めた。幸い二〇二〇年から始まった月基地建設計画は順調に進み、二〇〇年後の二二二〇年には一億人を収容する都市へと発展した。しかし一五〇億人を超える地球人類を収容することなど到底できない。そのため月基地の宇宙船造船所にて移民船が建造された。技術革新は進み、核融合反応炉の小型化技術を始め、高密度流体高速運動電磁気型人工重力場発生装置の開発により、宇宙船内に上下の方向をもたせることを可能とした。

 ただし、人類一五〇億人を収容するためには、収容人員一千万人の船では一五〇〇隻が必要となる。月の鉱物を削り取り、急ピッチで建造は続けられた。しかし、一五〇〇隻の建造を待ってくれるほど地球は穏やかではなかった。土地を失い、移住先もなく、しだいに力を失っていく人々。ついには人類の半数が死滅した。

 地球を失った人類は月の環境整備のほかに、かねてから計画のあった火星のテラフォーミング(惑星地球化計画)を実行する。月と移民船だけではこれからの人類の居住地が不足するからだ。火星に眠るドライアイスを溶かし大気を作る火星温暖化が実施される。だが、大気が形成されるまで千年はかかる。

 そんな中、革命的な新技術が開発される。地球を直撃した宇宙線を偶然観測した装置が発見され、そこから、この宇宙線は光りの速度を超えた粒子であることが判明する。観測データを研究し、人工重力場発生装置との融合で、ついに時間と空間をねじ曲げる装置が建造された。この装置でゆがめられた空間を通過すると、通過した本人の意識はなんの変化もないが、自分を取り巻く空間は時間が操作され、世界は一変する。実際にその人体実験者となった研究所所長は装置が作動した瞬間に自分を取り囲んでいた人たちが一瞬で別の人たちに入れかわったと語った。また、人体実験者を観察していた所員は所長が装置から消えたのを確認した。プログラムどおりに時空間を移動したとすれば、一分後に再び姿を現すはずだった。

 それから実に三〇日が過ぎた。実験は失敗した。所長を時空の狭間に墜としてしまった。そうだれもが絶望していた。そんな中、嘆く所員の前に突然所長が現れた。所員は一瞬、我が目を疑った。しかし、そこにいたのは紛れもない所長だった。所長は何の感動もなく装置から出てきた。

「成功したのか?」

 その声を聞いた所員たちは歓喜を上げて所長を抱きしめた。

 実験は成功とはされなかったが、時空を飛び越えた事実は認められた。人類史上最高に進歩した技術となったこの装置は多額の予算がつぎ込まれ、さらなる発展に期待した。もし、時間軸の制御が正確に行えれば、千年かかる火星テラフォーミングも一瞬にして過ぎ去り、目を空ければそこに青い海に満ちる火星が見えることだろう。

 しかし、装置開発は思うように進まない。どうしても時間軸を正確に制御することはできない。だが、時間を超越することだけは間違いない。この開発途上の装置でも危機回避からの有効性を考えると有利な点が多いと、各移民船に装備されることになった。ただ、この装置を使用するとその移民船は他の移民船との年月が相違してしまう。移民船ごとに標準時間が異なることになり、それを無理に地球標準時間に合わせると混乱を示す結果となる。本日今の瞬間、八月だった日付が突然今から九月だと言われても、感覚的に受け入れられない。そのためこの装置を使った場合は、それ以降移民船独自に時間を設定して良いとされた。ただしその時点で、社会通念の解釈が変わることの恐れから、地球の政治や法から離れ、独自の国家運営を許された。また、それ以降、けして地球環境に手を加えない事。月基地への政治介入を行なわないこと。火星テラフォーミング計画に改ざんしないこと。他の移民船との接触は極力避けることとした。各移民船代表はその船の大統領となり権限を握った。だが、だれひとり時空変換装置を使うことはない。自分の船を孤立させるのではなく、いつまでも地球人類として共に生きたいと願ったからだ。


 ブルーランド大統領、西久保久ニシクボヒサシは航法ブリッジの後部に向かって四層構造になる最上段の総司令席にいた。ブルーランド第一九代大統領として早二〇年が過ぎようとしている。前方に一段下がった船長席には東山哲ヒガシヤマテツ船長が座っている。西久保とは古い友人だ。西久保が大統領になったとき、西久保の人事により船長に任命された。船長歴は二〇年になる。お互い髪に白い毛が目立つようになってきた。航法ブリッジクルーは他に十二名で運行している。惑星間監視レーダーにて、現在、地球と火星の間に位置していることは確認しているが、それらの星が視認できるわけではない。ブリッジ全周には直接宇宙を望める窓が広がっている。遙か彼方に光る星の輝きを見ていると、ここが宇宙空間であることを知らせてくれる。特に航行に支障もなく船内も政治的に安定している。現在時刻、二四一一年八月二八日一五時三〇分。今日もまたおだやか一日だ。そう思ったとき……。

「後方に重力変調を確認」

 空間監視レーダー管制官は、目の前にあるディスプレイへ突然現れたオレンジの点に驚いたが、冷静な口調でブリッジ内スピーカーを通して報告した。

「なんだ」西久保は座っていた席を立ちがった。

 西久保が立ち上がったことを背中越しに感じた東山は、情報をいち早く伝えるために天上に広がる超大型ディスプレイに空間監視レーダーの捕らえた情報を写し出すように命令した。

 映し出された映像はブルーランドを中心にした三DCG映像で、ブルーランド後方九万キロメートルにブルーランドと同じ船影のオレンジ色の映像を表示していた。

 東山もまたブリッジ内スピーカーを通して担当スタッフに問う。

「どこの移民船だ。三〇万キロメートル以内に接近することは経済宙域の条約に違反する」

 別のレーダー担当管制官が船長に確認を求めた。

「二次レーダーの使用を許可願います」

 二次レーダーはこちらからの質問信号を相手に受信させ、応答させることで相手の情報を確認できるレーダーシステムだ。

 西久保は軽く頷く。

 それを見た東山は、二次レーダー担当管制官に許可を与えた。

 二次レーダー管制官が送信を実行しようとキーボード操作を行なっていると、先にオレンジの移民船よりレーダー掃射が行なわれ、ブルーランドに反射した。とどいたレーダーは質問信号のない一次レーダー波。つまり応答不要ということだ。一次レーダーを感じた船体は自動的にレーザー拡散フィールドを形成した。同時に女性の声でプログラムされるコンピュータの声がブリッジ内に広がる。

「デフコン・ツー発令」

 デフコン(ディフェンス・コンディション)。防衛における脅威レベルを数字で示すシステムで、平時ではデフコン・ファイブだが、レーダー波を受信したことでデフコン・ツーに引き上げられた。

レーダー波は質量を持たない電磁波だ。そしてレーザーも質量を持っていない。質量を持たない波の速度は光速と一定している。つまりレーダーに捕らえられたということは、速度差のないレーザーから同時に攻撃を受ける可能性がある。そうなれば確実に直撃を受けることになる。さけられない。通常レーダーに捕らえた船影が脅威であるかどうかを判定する時間があると考えられるため、即座に攻撃を受けるとは考えにくいが、受けないという保証はない。船体は自己防衛として、レーダー波を感じたら自動的に対レーザー兵器から防御するフィールドを形成するプログラムが実行される。ただし、レーザー防衛プログラム実行中は、こちらから相手に対してもレーダー掃射ができない。自身の拡散フィールドでレーダー波を拡散してしまうからだ。ただ、サーチシステムはレーダーだけではない。

「近赤外カメラに切り替えろ。船影を映し出せ」東山はレーダー管制官から宇宙望遠鏡を担当する管制官に無線を切り替えた。

「映像、天上ディスプレイへ投影します」宇宙望遠鏡管制官が映し出した映像は、中心部だけが赤く染まった近接宇宙の映像。半径三〇万キロメートルに他の赤い点はない。近赤外カメラは熱から発する赤外線を捕らえて映し出す。そして、移民船は核融合炉に熱を持つ。この赤い点が移民船であることに間違いはない。船影はその一隻のみ。

「ズームアップしてみろ」東山から、管制官に指示が飛ぶ。

 望遠で拡大されていく赤い点は、しだいに点から面へと形を変え、その姿を確認できるまでの大きさとなった。船影は赤くそまった赤外線映像だが、移民船に間違いはない。映像からの測定によると全長三五〇〇メートル、全幅二一六〇メートル。船種鑑定ファイルからブルーランドと同型船であると表示した。移民船は生産された時代背景と政治的思想によりその設計は若干なりとも異なっている。ブルーランドと同型船ということは建造された時代が比較的に近いということだ。

「船名は分かるか?」東山はスクリーンに目をやりながら管制官に聞いた。

「赤外線映像のため船体表示は確認できません。しかし、同じブルーランド級とはいえ、それぞれの近代化改修によって、レーダーや外装パネルなどの種類や配置場所は異なるはずです」

 つづけて東山に了解を求める。

「近赤外カメラから掃天カメラに切り替えてよろしいでしょうか」

 東山は許可した。

 赤外線で捕らえた映像の方位、距離、視線速度は確認されている。同じ情報を掃天カメラへ移行。追尾を始める。

 宇宙望遠鏡担当管制官の前にあるディスプレイ上には、マルチ映像画面が表示され、画面Aには赤外線映像を、画面Bには掃天カメラで捕らえた可視光の映像が映し出される。二つの映像の動きは同位している。ズームアップを行なう。改修するとすれば、アイランド(船橋構造体)周りが一番多く個性のある所だ。映像はアイランド付近を中心に捕らえ、さらにズームアップを続ける。しだいにアイランドの輪郭が明確になっていく。

 そのとき、レーダー管制官より、慌てた声がブリッジのスピーカーを通して耳を刺した。

「ミサイルです! ミサイル発射を確認しました!」

 コンピュータの声がデフコン・ワンをコールした。ブリッジが騒めく。

 掃天カメラで映し出した映像では分からなかったが、赤外線映像を映し出すスクリーンには、補足した船影の前方から分離した赤い熱源を捕らえた。ズームアップしていたため、赤い熱源はすぐに焦点からはずれる。

「ミサイルだと!?」西久保も予期せぬ状況に慌てた。デフコンコンピュータも本船の危機としてデフコン・ワンに移行したのだ。このような事態はブルーランドの歴史上初めてのことだ。しかし、すぐに冷静さを取り戻した。大統領である男が取り乱しては、全体の指揮に影響が出る。また、冷静に対処できない大統領として不信任にもつながる。声を落ち着かせて冷静に東山へ話しかけた。

「赤外線カメラに飛行体を追わせろ。ミサイルに間違いないのか?」

 東山は宇宙望遠鏡担当管制官に指示を出す。赤外線カメラは掃天カメラから同位を外れ、飛行体に焦点を合わせた。

 東山は赤外線映像を凝視しながらその動きに注目していた。船体から切り離されただけの分離物なら初速のまま等速度運動を続けるはず。しかし、映像の分離体は確実に加速運動をしている。なんらかの動力を持つ物体に間違いはない。ロケット? ミサイル? 脱出艇?

 ロケットなら観測衛星の打ち上げに使用するが、我々に向けて打ち上げる必要はない。我々を観測するのならば、移民船に搭載してある各種レーダーで可能なはずだ。脱出艇なら加速が強すぎる。重力制御装置を搭載しているとはいえ、ナンセンスだ。

「飛行体にレーダーを当ててみろ」

 その指示にレーダー担当管制官は東山に振り返り、指示を確認した。

「レーダー掃射を行なう瞬間、レーザー拡散フィールドの一部に穴を空けることになりますが、よろしいでしょうか」

 東山はレーダー担当管制官の目を見て頷いた。

「承知している」

 レーダー管制官も東山船長の目を見て、頭をさげた。

「了解しました。レーダー掃射を実行します。目標、後方分離飛行体。レーザー拡散フィールド、C一からD三まで解放」

 レーダー担当管制官のオペレーションディスプレイに表示した船体側面図。船体全体が緑色に表示される中、アイランド下周りのレーダーブロックC一からD三までの緑色が消える。今、C一からD三までのブロックにレーザー攻撃されれば、確実に直撃される。解放する時間は短いほうが良い。緑色が消えたことを確認すると、瞬時にレーダーを掃射した。レーダーは二次レーダー。目標に反射して帰ってくるまでレーザー拡散フィールドを閉じられない。目標までの距離九万キロメートル弱。レーダー波は〇・三秒で到達する。往復〇・六秒。

 しかし、レーダーは帰ってこない。

「レーダー、帰りません!」

 レーダースタッフの答えに東山はすぐに次の指示を出した。

「レーザー攻撃を許可する。X線レーザー使用。掃射時間〇・二秒」

「良いのですか?」レーダースタッフからの返答は、もし、脱出艇ならどうするのかという意見を含めた質問だ。

「ミサイルであったら時間がない」東山に迷いはなかった。東山は壇上を振り返り、西久保の同意を求めた。

 西久保は東山を信じ、無言のまま頷いた。

 状況に従い、レーダー管制官は戦闘オペレーターにレーダー波の掃射方向を記した情報を転送した。

 戦闘オペレーター、受領。レーザー波をレーダー波情報に同調させれば、確実に目標を捕らえることができる。

 レーザー発射前、プロテクトの掛かった発射装置に解除コードを打ち込む。ブルーランド建造依頼、レーザーを発射したことなど一度もなかった。戦闘オペレーターは何世代にも渡りメンバーが変わったが、全てのスタッフはシュミレーション以外、実際にレーザーを発射した経験を持っていない。それでも戦闘オペレーターは冷静に解除コードを打ち込んだ。十二桁ある数字を確実に暗記している。

 レーザー・コントロール・ディスプレイのセーフティー・ロックの緑色表示から、セーフティー・オフの赤色表示に変わる。プロテクトが解除された。次に発射コードの十二桁数字を打ち込む。シューティング・スタンバイ表示が点灯。右手をキーボードから離し、横のコントロールスティックを握る。

 すぐにレーザー攻撃に移らなければならない。レーザーを発射するまで、レーザー拡散フィールドは解放されたままだ。

「X線レーザー攻撃を開始する。レーザー拡散フィールド、E七をカット」

 レーザー発射装置前をシールドするレーザー拡散フィールドを解放しなければ、撃ったレーザーがフィールドで拡散されて、目標に到達できない。戦闘オペレーターの指示で、レーダー担当管制官はE七フィールドを解放した。C一からD三は今も解放されたままだ。

 戦闘オペレーターは自席にも表示されている船体側面図のE七フィールドから緑色が消えるのを確認した。

 右手に握るコントロールスティックの赤いスイッチに親指を乗せる。

「レーダー波同調確認。一五時四〇分。レーザー攻撃、〇・二秒。発射!」

 親指を押し込んだ。レーザー発射装置が一瞬光った。レーザーは光りの速度で目標を目指す。肉眼では追い切れない。ブリッジ内に表示するレーダーには目標にレーザーが命中したことを示す「×」が表示された。

 しかし、目標はオレンジ色を表示しながら、さらに加速してブルーランドに迫ってきていた。レーザーが命中したときに、窓越しから七色に輝くフォトクロマティクスを確認した。

 東山はそのフォトクロマティクスを確認して確信に変わった。

「ミサイルだ。間違いない。操舵手、エンジン出力上げろ。回避行動を取れ。ミサイルから逃げるんだ」

「了解」操舵手は突然の命令に瞬間戸惑ったが、すぐに命令に従い行動に移した。

 フォトクロマティクス(光色性)が発生したということは、あの飛行体の前方にブルーランドが展開したと同じレーザー拡散フィールドを備えているということだ。レーザーエネルギーを吸収し、周囲に散らす。そのときの屈折により七色に輝く。レーザー拡散フィールドを装備する物体は移民船かミサイルにしか存在しないはずだ。ミサイルの速度がどれだけ高速になろうとレーザーに狙われたら打ち落とされてしまう。そのために防御策として展開する。そして、ミサイルはレーザー拡散フィールドを容易に潜り抜けることができる。

 ブルーランドの四機ある核融合炉は現在稼働率三%。船内の全電力を発電しているが、船を前進させる動力としては使用していない。現在は等速度運動を続けていた。

 西久保は東山の命令を否定することはなかった。ただ、東山に別の命令を重ねた。

「船民に船の発進行動を悟られるな。不要な不安を抱かせることになる。船の加速度に合わせ、重力制御装置を同調させろ。船内の重力を常に下方向一Gになるよう固定させるんだ。加速によるGや、旋回時の横Gを感じさせてはならない」

 東山は了解し、操舵手に指示をした。

 ミサイルは加速を続けた。現在速度秒速一六・三キロメートル。すぐに太陽系脱出速度となる第三宇宙速度に到達する。

 操舵手、船内全域の重力制御装置同調を確認。

 操舵席の右コンソールから伸びる四本一組のスラストレバーに手を乗せる。

 四本のスラストレバーを同時にゆっくり前へ押し出す。

 操舵席正面のPFDプライマリー・フライト・ディスプレイに表示される速度計、姿勢指示計、方位計を確認する。

 方位は太陽を中心とした公転軌道を維持。姿勢も公転軌道軸に対して水平。現在の速度、秒速一一・二キロメートル。これは、月の造船所から出発したとき、地球重力を振り切るために打ち出した速度をそのまま今日まで維持したためだ。

 スラストレバーの動きに合わせ核融合炉の出力メーターが上昇する。

 ブルーランドの四機の噴射ノズルから青白い炎が伸びる。

 速度計、秒速一一・三キロメートルへ上昇。加速が付かない。スラストレバーさらに前へ。ポジションMCT(最大連続噴射)まで一気に押し込んだ。

 ノズルの青白い炎がいっそう輝きを増した。

 核融合推進システムは、他の化学推進や核分裂推進に比べ、圧倒的に効率の良いシステムだが、船体総質量一九〇〇万トンのブルーランドを一瞬で加速させるのは無理だ。無重量の宇宙空間でも質量を持つ物体に加速力を与えるためには、質量の持つエネルギー以上のエネルギーで押し出さなければならない。

 後方のミサイルからノズルの炎が消えた。燃料を使い果たし、最大速度に達したようだ。速度、秒速二〇キロメートル。

 燃料を使い果たしても宇宙空間では等速度運動を続ける。飛行体に内蔵される備蓄電池はレーダーセンサーを働かせ、補助燃料から姿勢制御のためのスラスター噴射を続行する。備蓄電池、補助燃料が共に尽きるまでおよそ八時間。つまりブルーランドは八時間の間、追尾されることになる。逃げ切るのは難しい。

「出力最大です。現在核融合炉稼働率二五%。速度秒速一二キロメートル」操舵手が報告する。

「現在の加速率では、二時間で命中します」レーダー管制官が後をつなぐ。

 その情報に戦闘オペレーターは東山へ指示を仰ぐ。

「迎撃ミサイル、発射しますか?」

 青山はすぐに命令は出せなかった。ここでミサイルを撃っても相対速度は秒速四〇キロにもなる。撃墜できる確率は低い。

 青山は静かに目を閉じ考えた。そして一つの可能性を導き出した。青山はゆっくりと西久保に顔を向けると自分の考えを提案した。

「西久保さん。時空変換装置を使用しよう」

 その言葉に西久保は動揺した。その装置を使用すれば、その時点で地球の政治社会から離れることになる。一切の介入を禁じられる。地球とは孤立する。

「その決断は正しいと思うか?」

 西久保の悲痛な問いに青山は答える。

「すでに地球を離れて一六〇年。月基地から連絡がくることもなく、他の移民船との交信もない状況で、いつまでも地球時間に縛られていることはない。条約で移民船独自の政治を認められている。そのための西久保大統領だろう。この状況を打開するためにはこの宙域を脱出するしかない。迎撃を試みても失敗すれば、時空変換装置を作動させる時間がなくなる。決断してくれ」

 西久保は沈黙した。すぐに答えを出せるわけもない。これはブルーランドの将来に関わる重い決断だ。

 地球政治から離れる。しかし、このままではミサイルの直撃に合う。エンジンブロックを破壊されたらお終いだ。船体が裂かれ、気密が破られ船民全ての命が奪われる。

 西久保が決断するまで時間があった。

 その間だれひとり声を出さなかった。ただ、じっと西久保の言葉を待った。

 天上ディスプレイに赤外線映像で映し出されるミサイルが刻々と迫り来る。

 西久保は重い口を開いた。

「時空変換装置の準備に入れ」

 西久保の言葉に各スタッフは動き始めた。スタッフも動揺していた。地球政治から逸脱するということがどういう事なのか。しかし一方でそれほど大きな問題でもないという意識もあった。ここにいる全てのスタップは地球という星の政治を知らない。生まれたときからブルーランドの外へ出たことも、他の移民船との交流もないのだ。

「ただし、時空変換装置の作動を決定するのはミサイル着弾十分前とする」

 西久保の指示に全員了解する。

 東山も西久保に頭を下げ、敬意を表した。

 西久保は続けざまに指示を出した。

「後ろの移民船に通信してみろ。なんの目的で本船を攻撃するのか、答えさせろ。掃天カメラは船名をまだ捕らえられないか」

 東山は西久保の命令に従い、通信スタッフに通信させ、宇宙望遠鏡管制官にアイランド下の個船番号を探らせた。それは識別のための数字で同じ番号の移民船は存在しない。番号が読めれば船名を確認できる。ブルーランドの個船番号は0070。

「こちら、ブルーランド。登録IS0070。本船は貴船から攻撃を受けている。貴船の船名、行動意図を答えよ。繰り返す。貴船の目的はなにか」

 しばらく待ったが返信されるようすはない。回線は閉じられたままだった。

「応答ありません」

 東山は唇を噛んだ。すぐに宇宙望遠鏡管制官に顔を向ける。

「個船番号見えないか?」

 通常、アイランド周りは自己照明を点灯しなければならないが、その規則を破り、暗く、個船番号を確認できない。

「個船番号、確認できません」

 東山も西久保も攻撃される意味が分からなかった。移民船が移民船を攻撃してもなんのメリットもない。移民船は生活にかかわる全てのものは完全に自給自足され船内にて開発量産が可能だ。他の移民船から奪い取るものなどなにもないはずだ。

 ミサイルは後方八万キロメートルに迫った。搭載機種鑑定ファイルがミサイルの形式を確認。レーダー担当管制官のディスプレイに表示した。

「ミサイル機種判明しました。SSIM3です」

 SSIM3(スペース・ツゥ・スペース・インターセプト・ミサイル・3)は宇宙に浮遊するダストや小隕石から船体を守るために搭載されるミサイルで、ミサイルに装備される誘導装置に目標情報を与えると、その情報をミサイル自身のレーダーが確認し、目標に向けて飛翔する。目標以外の障害物からは回避運動を行い、誤爆を防ぐ能力を持っている。このミサイルを砲弾や迎撃ミサイルで狙っても回避され、破壊することはむずかしいだろう。

「現在核融合炉稼働率三三%。速度秒速一三キロメートル」操舵手の声がブリッジ内に広がる。

 東山は西久保に振り返り、決断を迫った。

「時空変換装置へのエネルギー供給を始める。よろしいか」

 西久保は即座に許可した。

「我々にとって初の試みだ。慎重に行え」

「了解」東山は前を向き直り、各スタッフへと指令した。

「これより、時空変換装置に動力を伝達する。我々は今の危機から脱出するために時空を超える。ブルーランド船民全てにおいて初の試みとなる。各自責任をもって任務にあたれ」

 時空変換装置の始動が宣言されたブリッジ内は緊張が走った。天上ディスプレイにはDCS(ディメンショナル・コンバージョン・システム)が表示される。全周に広がる窓には防御シャッターが降ろされ閉ざされた。

 操舵手がコンソール上のエネルギー回路装置に手を伸ばす。

「時空変換装置へ回路開きます」

 無人の時空変換装置管理席に次々とスタンバイライトが点灯する。通常この席は空席であることがほとんどだ。席の前のディスプレイが発光。画面には四機の核融合炉の出力状況と時空変換装置へのエネルギー供給率が表示され、他に、空間重力、星間位置情報、方位、現在速度、加速率が合わせて表示される。その下には現在の年月日時刻、二四一一年八月二八日一六時三〇分一六秒と表示され時間が進んでいく。横には目的時間の入力を待つ空白が並んでいる。

 西久保は東山に指示を出した。

「東山、時空変換装置管理席へ移れ。事態は重要だ。船長責任で装置を作動させろ」

 西久保の言葉を聞き、全スタッフは後ろを振り向いた。東山の反応をうかがう。

 東山は西久保の命令に従い、一礼してから時空変換装置管理席へ降りていった。

 全スタッフはそれを見て、西久保も東山も本気であることを確認した。

 一段下の席になる時空変換装置管理席は二層目に位置し、一層目の操舵席のすぐ後ろにある。

 時空変換装置は原子情報を虚化するところから始まる。

 人の体は原子が集まり組み立てられる組織によって構成されている。たとえば、たんぱく質となるアミノ酸は炭素を中心とする有機化合物だ。人だけではない。あらゆる物質は原子の組み合わせで出来ている。それらは全て実数の距離、質量を持っている。人は実世界しか体感できない。そのため、虚という距離や質量を実感できない。だが物理的には虚空間は存在できる。我々が知る原子宇宙は全宇宙の五パーセントに満たない。九五パーセントは物質特性すら分からないダークマターやダークエネルギーなどだ。

 時空変換装置は実原子と同性質をもつ虚原子を作り出し、組織構成に重ねることにより実原子を虚原子に変換させる。虚原子は性質上実世界に存在することはできないため平行宇宙となる虚宇宙に飛ばされる。そしてもう一度虚原子を重ねると実原子に戻り実世界に姿を戻す。虚世界自体を操作することはできない。そのため一度虚原子を作りだしたときから同じ虚原子を再度重ねるまでの時間も先にプログラムしておく必要がある。ただし、時間においても実時間と虚時間が存在する。プログラム実行中は虚時間で制御されるため時間を正確にコントロールすることが難しい。

 東山は普段の会話と変わらない口調で西久保に問う。

「いつにジャンプする」

 西久保は眉を寄らせ細めた目で、天上ディスプレイを見上げながら答えた。

「ミサイルから回避できればよい。ミサイルがその能力を失う八時間後とする。そうすれば地球との時間ずれが少なく社会から逸脱せずにすむ」

 東山は西久保の緊張した表情を見ながら軽く笑みを浮かべ、淡い思いを切り裂く。

「最初の実験を知っているか。初の実験者となった研究所所長は一分の変換を試みたが実際は三〇日後に変換され戻ってきた。誤差は四三二〇〇倍だ。この誤差のまま作動したら三四五六〇〇時間。四〇年近く進むことになる。船以外に知り合いは残っているか?」

 その言葉に西久保も熱くなった。緊張の表情のまま東山をにらんだ。

「時空変換装置の作動を提案したのは東山だ。そのことを心得ろ」

 口が過ぎたか、東山は苦笑して時空変換装置席へ座り直した。

 時空変換装置管理席のディスプレイ上に表示されるエネルギー供給率は一五パーセント。核融合炉出力四五パーセント。現地点の重力子による影響なし。時空変換装置動作可能宙域。

 東山は自ら声を出し現状状況を報告する。

「時空変換装置、正常作動中。エラー項目なし。時空変換に必要なエネルギー量まで、あと六〇パーセント。現在の供給速度だと、後三〇分かかる」

「ミサイル到達まではさらに四〇分か」西久保が東山の背中に語りかける。

 東山は振り向くことなく、頭を垂れた。

 時空変換装置管理席のディスプレイに表示する情報を天上ディスプレイの一角に映し出す。スタッフ全員はそれを見上げた。東山は操作を続ける。目的時間の入力をキーボードにて行なう。タイムコマンド、現時間より八時間後。確認を求め、赤く点滅するスイッチ。押す。承認を求める十六桁のキーコード入力。キーコードを打ち込むオペレーター氏名の確認画面。速やかに操作を続けていく。全ての入力を終了すると最後に実行を決定するスイッチとキャンセルスイッチを残し、キーボードから照明が消える。

「入力完了。後は実行キーを押すだけだ」東山の声は落ち着いている。これから体験をしたことのない時空変換を起こそうとしているにも関わらず、何の不安も感じられない。むしろ西久保のほうが動揺している。

「問題はないか?」西久保の声から緊張が伝わる。

「問題なし」東山が答える。西久保の声を聞きながらも東山はディスプレイに向かい、静かに座っていた。

 西久保は秘守回線に切り替え、直接東山に通信した。東山のイヤフォンに声が届く。

「本当に実行するべきか私には不安が残っている。時空を飛び越えれば現在から消えることになる。東山がいう誤差が発生し四〇年先の世界へ現れたら、いや、誤差は百年、千年かも知れない。そうなれば世界は一変しているであろう。われわれブルーランド船民は世界から孤立することになる。この現実を船民に伝えぬまま実行して良いものか」

 東山は西久保の声を聞き、秘守回線に声を返した。

「我々の世界はブルーランドが全てだ。パニックのおそれがある発表はする必要はない。これは西久保自身の考え方だろう。時空を超えても船民の生活に影響はない。何一つ変わらない」

 西久保はその声に聞き返した。

「いずれ時空を超えたことを船民に伝えなければならない。起こした行為を後から説明することになる。船民全ての体を無断で虚化した事実を船民はどう思うか」

 少しの無言の時間があった。東山はゆっくりと穏やかに話をした。

「私はいつまでも西久保大統領を支持する。最後まで付き合わせてもらうよ。それにここにいるスタッフも西久保を尊敬している。船民も同じだ。必ず理解してくれる」

 その声に西久保の動揺が消えていく。

「分かった。ありがとう」

「礼を言うな。命令しろ」東山は西久保に振り向き、笑みを浮かべた。

 東山の顔を見て西久保もほころんだが、すぐに引き締めた。

「命令修正。時空変換装置に必要エネルギーが充填されしだい実行に移る」

 後方、ミサイル接近。

 時空変換エネルギーゲージ、七〇パーセントまで上昇。

 核融合炉出力七〇パーセントを超え、一気にパワーレベルが上がっていく。

 天上ディスプレイに時空変換エネルギーゲージと核融合炉出力値のバーが平行して伸びていく。

 今は、操縦を担当する操舵手と東山船長以外に必要とするスタッフはいない。戦闘オペレーター、レーダー管制官ほかスタッフ全員は固唾を呑んで天上ディスプレイに注目した。誰一人話す者はいない。ただ、時空変換装置が正しく動作してくれることを祈るだけだ。

 西久保は目を静かに閉じ瞑想に入った。

 ついに、時空変換エネルギーゲージは一〇〇パーセントを超えた。

 東山はマイクに声を通した。沈黙するブリッジ内にスピーカーから報告が広がる。

「エネルギー充填確認。DCS実行可能レベル」

 報告を聞いた西久保は閉じた目を開け、腰を据えた。

「操舵手。操縦を船長に代われ」

 西久保大統領の命令に操舵手はすぐに応えた。

「了解。操舵スイッチ、時空変換装置管理席へ切り替えます」

 東山は目の前のシステム・ディスプレイに操縦系が自分に移ったことを示すメッセージを確認する。

「スイッチ切り替え確認。コントロール、オートフライト・MCT」

 東山はブリッジ通話を切り替え、秘守通話を使い西久保に語りかけた。

「行くぞ、西久保さん」

「成功を祈る」西久保は全てを東山に託し頷いた。

「成功するさ」東山は小さく頷く。

 時間は十七時を告げた。西久保は秘守通話を切り、ブリッジ通話に切り替える。

「DCS始動!」

 東山は実行スイッチにタッチした。

 キーボードから全ての照明が消える。

 ディスプレイに一行、文字が表示される。

 execute a command DCS


 その文字はすぐに消えた。

 東山が座る時空変換装置管理席のキーボードに照明が戻っている。各計器とも通常動作中。とくに変わったようすはない。前に座る操舵手もいつなにがおこるのかあたりを見渡している。体調を崩すとか、時間感覚に狂いを生じるなどのおそれを警戒したが、体感的にはなにも感じない。なにも起こっていない。時空変換装置は無事始動したのか?

 西久保も状況が飲み込めないでいた。なにがどうなった? 実行されたのか?

 西久保はすぐにミサイルの状況が気になった。ミサイルは今どこにいる。

「レーダー。ミサイルはどうなっている」

 レーダー管制官も時空変換装置による状況意識に気を取られ、レーダーから目を離していた。西久保の声に目をレーダーに戻した。そこにはミサイルの姿は消えていた。半径六万キロメートル内に機影なし。探査範囲を広げる。半径十〇万キロメートル。やはり機影なし。ミサイルは消滅した。

「ミサイル確認できません。レーダーからロスト」

 その報告を聞き西久保、東山は時空変換装置の作動に成功したと確信した。

 西久保は東山に大きく右拳を突き出すと、それに答えるように東山も西久保に向かって右拳を突き出した。

 デフコンコンピュータからアナウンスコールが流れる。

「デフコン・ファイブ」

 閉じられていた防御シャッターが開かれる。その先には見慣れた宇宙空間が広がっている。

 東山は時空変換装置管理席のメインスイッチをスタンバイポジションにセットして、前に座る操舵手にブルーランドの操縦をもどした。

「操舵手。船の操舵を頼む。推力を戻し、安定速度まで減速しろ」

 操舵手、了解する。

 核融合炉出力を五〇パーセントまで戻し、逆噴射に切り替えた。速度を秒速一一・二キロメートルまでにゆっくりと落としていく。一六〇年続けた速度がブルーランドにとって一番安定した環境と判断できるからだ。

 西久保の声が東山に届く。「東山、船長席に戻れ」

「了解」東山は西久保を見上げた。緊張がほどけた穏やかな顔をしていた。東山はその顔にほっとすると、背を伸ばすように立ち上がり、そのまま自分の本来の席である船長席へとゆっくり歩き出した。

「惑星間監視レーダー。現在位置と現在時間を割り出せ」西久保は指示を出すと大きく息を吐いた。

「了解」惑星間監視レーダー管制官も大きく深呼吸をした。

太陽系内惑星である、水星、金星、地球、火星の現在位置と銀河系中心部方向を測量し、ブルーランドの現在位置と地球時間を割り出す。各惑星の公転周期は一定している。位置情報が分かれば正確に今の時間も分かる。

 すぐに年月日情報がディスプレイに表示された。惑星間監視レーダー管制官は表示された年時間に戸惑った。表示時間の意味が理解できない。しかし、報告することが仕事だ。

「惑星間監視レーダー、位置情報から地球標準時間を割り出しました。現在、二四一一年八月二八日一五時三〇分です」

 西久保はその報告に疑問が浮かんだ。時間が進んでいない。むしろ過去へ戻った。未来へシフトするはずの時空変換装置が過去に移動した。それも、たった一時間半。設定は八時間先の未来のはず。計測の間違いではないか。そう思ったとき、レーダー管制官の声がブリッジ内に広がった。

「前方九万キロメートル。移民船らしき船影を確認」

「なんだ!?」西久保はレーダー管制官の報告に思わず声を出した。

 東山は船長席に足を向かわせながら、天上ディスプレイに空間監視レーダーが捕らえた物体を表示させた。

「さっきの移民船がまだいたか?」

 東山は席に着き、前方の物体に二次レーダーを掃射して相手の情報を入手しようとレーダー管制官に指示を出した。

「二次レーダーで相手を探ってみろ」

 しかし、その命令を西久保は止めた。

「待て。我々は時空変換装置で時間軸を崩した。他の世界に対して我々の存在を明らかにしてはならない。今から我々は独自の政治により国家運営を行なわなければならない。前方の物体があの移民船だとしたら我々の正体を明らかにしてはならない」

 西久保は続けて命令を出した。大統領として落ち着いていた。命令に迷いはない。

「アイランド照明落とせ。個船番号を見られるな。我々の存在を知られてはならない」

 指示に従いアイランド周りの照明は全て消された。

「前方物体、全長三五〇〇メートル、全幅二一六〇メートル、移民船で間違いありません。レーザー拡散フィールドを展開しました」

「空間監視レーダーを拾ったか」東山は天上ディスプレイのオレンジの点を凝視した。状況を頭の中で整理した。すぐに西久保に振り向き状況の危険度を話した。

「どうする。もしさっきの移民船なら、またミサイルを撃ってくるかもしれない」

 西久保も同じ危機感を持っていた。

「しかし、たった今、時空変換装置を使用したため再度の使用には数時間かかる。したがって、時空変換装置でこの場から逃げることはできない。核融合炉もメンテナンスを受けなければ最大推力は危険だ」

 そのとおりだと東山もうなづいた。西久保は指揮を急いだ。

「目には目をだ。ミサイルを撃たれる前に先手を打ってこちらからミサイルを撃つ」

 その指示に東山は西久保に怒鳴り上げた。

「西久保、正気か! ミサイルを撃つと言うことは相手の政治に踏入り、船民の生活を脅かすことになるぞ! 政治介入をさけるのがおまえの役目ではないか。なにを考えている!」

 西久保の表情は冷静だった。

「私はブルーランド船民全ての命を預かっている。相手の船を気遣ってブルーランド船民をこれ以上危険な状況に晒してはおけない」

「しかし」東山は西久保の話しを止める。西久保は東山に顔を向けながら続けて話した。

「幸い、さきほどとは違い、我々が相手移民船の後ろに付いている。攻撃はたやすい。それにミサイルからは信管を抜いておく。着弾十分前には自爆させる。相手の移民船には傷一つ付けない。どうだ、この条件で」

 東山はあきれた様子で顔を横に振ったが、すぐに口元が緩み西久保に向けて笑みを浮かべた。

「分かった。大統領に従う。命令を出せ」

 西久保も笑みを浮かべ一つ頷くと東山に命令を下した。

「SSIM3、発射準備。目標前方移民船。ただし、信管を抜け」

 東山、命令を実行に移す。

「了解。戦闘オペレーター、SSIM3、発射コード入力。目標前方移民船」

「一番ミサイル発射管開け、SSIM3装填チェック。ただし信管は抜け」

 次々へと東山は各担当スタッフに命令を伝えた。

 戦闘オペレーターはミサイル発射コードの入力を完了した。レーザー発射の次に、今度はミサイル発射の指令を受ける。レーザー発射同様、本日まで一度もミサイルを撃ったことはない。今日という日はブルーランド史上に残る特別な日になると戦闘オペレーターは緊張した。発射したオペレーターの名前は記録に残るからだ。それでも冷静でなければならない。指示を的確に処理する。それが、オペレーターの任務だ。

「SSIM3、発射準備よし。目標前方移民船、ロックオンよし。自動追尾プログラム、確認よし」

 戦闘オペレーターの前に表示される四枚の画面は左から武器選択と発射管選択画面。中央二枚はレーダーと各センサーを融合した画面で、中央左に半径一〇万キロメートルを表示する全周画面、中央右は目標を中心とした半径一万キロメートルを示す画面になっている。目標となるオレンジ色表示の移民船は三角の赤で囲まれ、目標に至るまでの予想弾道線が白の点線で表示される。目標までの距離九万キロメートル。右には光学センサーが捕らえた画像情報が表示される。しかし、画像は暗く何も見えない。ただし、レーダーと連動した目標位置情報は画像に重ねて表示される。四角い目標指示ボックスは移民船を捕らえている。ロックオンが完了しているため赤色表示されている。目標指示ボックス以外に射程内表示バーはエリア内であることを表示、安全装置解除表示はロック状態。

 戦闘オペレーターは船長に対し、最後の確認を行なう。「SSIM3発射します。秒読み、行ないますか?」

 東山は表情を変えずに指示を出した。「きみのタイミングで良い。任せる」

 戦闘オペレーターは、重大なタイミングを自分に任せられた緊張で一瞬体が硬くなった。しかし、すぐに冷静さを意識した。

「了解。安全装置解除キー入力]

 キーボードに打ち込むとディスプレイに「ssim3 a go」と表示される。

 右手をコントロールスティックに移す。赤いスイッチに親指を乗せる。本日二回目だ。レーザーを発射したときのスイッチと同じだが、コマンドデータが違う。これを押すと今度はミサイルが発射される。

「発射します」静かな口調に合わせてゆっくりと赤いスイッチを押し込んだ。

 SSIM3はブルーランドから離れ、ノズルから青白い炎を上げ加速した。ブリッジから見える宇宙の一部に炎の光りを残し、すぐに視界から消えた。レーダーはSSIM3を追った。確実に前方の移民船めがけて進んでいる。ミサイルは加速を続けている。全機能異常なし。次の瞬間、SSIM3の消えた先にフォトクロマティクスを確認した。

 レーダー管制官より報告。

「SSIM3、前方移民船よりレーザー攻撃を受けました。SSIM3に損傷なし。追尾続行中。現在速度秒速一六・三キロメートルに到達」

 東山はフォトクロマティクスを目にしたとき、不自然な感覚に襲われた。一連の動きが過去経験した状況と似ている。席に深く座りこんだ。腕を組み、目を細める。これまでの数時間を頭の中で整理した。

 レーダー、レーザー、ミサイル、DCS……。

 東山は西久保に整理した内容を話す。現段階でブリッジ内スタッフ全員に話す内容ではない。東山は秘守通話で西久保に語りかけた。

「今、私は仮説を立てた。聞いてくれるか」

 西久保は、東山の声を小さくした不自然な聞き方に、合わせて声を小さくした。

「なんだ、あらたまって」

「何か気付かないか?」

「フォトクロマティクスか」西久保も気にはなっていた。

「そうだ。タイミングが合いすぎる。DCS実行前、我々は後方の移民船にレーダー掃射を受けレーザー拡散フィールドを展開した。その後相手から発射されたミサイルをレーザー攻撃させたが、そのとき今と同じフォトクロマティクスを見た。その後ミサイルから回避するため、ブルーランドを動かし、最終的にDCSを実行して、今の宙域に出た。時間は実行したときの一時間半前。そして、今、前方の移民船にミサイルを発射し、レーザー攻撃を受けた。DCS実行前、ミサイルに対してレーザー攻撃を行なったのが一五時四〇分だった。今は何時だ」

 各席のディスプレイ右下に時を刻むデジタル時計は15:41分を表示している。西久保は思わず絶句した。

 東山は続ける。

「その後、我々はミサイルから回避運動を取り、一七時にDCSを実行している。もしも一七時に目の前の移民船が消えたとしたら、あの移民船は……」

 西久保は脅威を感じた。そんなはずはないと思いたかった。同一時間に同じ移民船が二隻。ありえない。

 通信スタッフは通信を受信した。

「前方移民線より通信が届きました。回線開きますか?」

 回線を開けば通話できる。西久保はDCSを実行前、後方の移民船に通信するように命令した記憶がある。その通信ではないかと恐れた。もし、回線をつなぎ、そこからブルーランドの通信スタッフの声を聞いたら、はたして今の我々はどうなるのか。同じ時間に同じ人間が二人存在することを世界は禁じていないのか。通信はリスクが大きすぎる。だが、理由無く回線をつながないことは安全保障条約に違反する。西久保は時空変換装置使用後の条約を利用した。

「我々は時空変換装置を使用した。他の移民船とのコンタクトは避けなければならない。回線はつなぐな」

 今ごろ、前方の移民船はこちらの個船番号を探るため望遠鏡を向けているはずだ。そして今の我々は自己照明を点灯していない。これは偶然なのか。今と一時間半前の状況は一緒だ。ただ、立ち位置が違うだけだ。

 時間は流れた。前方の移民船の動きは記憶のある動きを続けた。西久保も東山も声がでない。ただ、天上ディスプレイに薄く望む移民船を見守るしかなかった。そして十七時、移民船は消えた。

 西久保、東山は驚愕の事実に戸惑いを隠せなかった。

 あの移民船は本当に我々だったのか。ならば今ここにいる我々は何者なのか。いや、あの移民船は幻だったのだ。なにかの幻想に違いない。西久保も東山もそう思いたかった。

 しかし、その思いは砕かれる。

 空間監視レーダー管制官は、目の前のスクリーンを見ながらデジャヴュを感じながらも冷静な口調でブリッジ内スピーカーを通して報告した。

「後方に重力変調を確認」

 その報告に西久保、東山二人は冷静ではいられなかった。額に汗が垂れる。

「なんだ!」

 二人は声を合わせるように叫び、空間監視レーダー管制官に向け首を振った。


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