第4話 誰かを呼ぶ足音
泣き声は、思っていた以上に体力を使う。
息を吸って、吐いて、また吸う。
喉がひくりと震え、声が途切れそうになっても、体が勝手に続けてしまう。
視界は涙で滲み、天井の輪郭がさらに曖昧になった。
(……疲れるな、これ)
そう思っても、泣くのを止める方法がわからない。
体は完全に主導権を握っていて、俺の意思など関係なかった。
視界の端で、さっき入ってきた少女が動く。
近づいてきて、少し離れて、また立ち止まる。
どうしていいのかわからず、視線を行き場なく彷徨わせているのが伝わってきた。
小さな手が、俺の方へ伸びかけて、止まる。
触れていいのかも、抱いていいのかも、判断できない。
しばらくの沈黙。
泣き声だけが、部屋に響いていた。
*
やがて、少女は決意したように身を翻した。
ばたばたと、少し慌てた足音。
部屋の出口へ向かい、扉の前で一瞬だけ止まる。
振り返って、こちらを見る。
次の瞬間、扉が開き、足音は遠ざかっていく。
(……親、呼びに行ったか)
そう理解するのに、時間はかからなかった。
この家には、俺より小さな子を世話できる大人がいる。
少女はそれを知っていて、頼れる先へ向かっただけだ。
ごく自然な行動。
五歳程度の子どもとして、十分すぎる判断だった。
*
部屋に、再び静けさが戻る。
いや、正確には違う。
泣き声は、まだ続いている。
けれど、さっきまでとは少し違った。
不思議と、焦りはなかった。
誰かが来る、という確信がある。
守られる側としての感覚が、体の奥に染み込んでいく。
(……こういう立場から始まるのも、悪くないか)
前の人生では、常に判断する側だった。
選択し、決断し、責任を背負う側。
今は違う。
何もできない代わりに、
誰かが来てくれる世界にいる。
足音が、遠くから聞こえた。
さっきよりも重く、落ち着いた音。
複数人分の気配。
扉の向こうで、声が交わされている。
内容はわからないが、慌てている様子はない。
やがて、扉が開く気配。
光が、少しだけ差し込んだ。
――誰かが、来る。
そう思ったところで、
俺の意識は、泣き疲れたように、少しだけ遠のいた。




