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第4話 誰かを呼ぶ足音

 泣き声は、思っていた以上に体力を使う。


 息を吸って、吐いて、また吸う。

 喉がひくりと震え、声が途切れそうになっても、体が勝手に続けてしまう。


 視界は涙で滲み、天井の輪郭がさらに曖昧になった。


(……疲れるな、これ)


 そう思っても、泣くのを止める方法がわからない。

 体は完全に主導権を握っていて、俺の意思など関係なかった。


 視界の端で、さっき入ってきた少女が動く。


 近づいてきて、少し離れて、また立ち止まる。

 どうしていいのかわからず、視線を行き場なく彷徨わせているのが伝わってきた。


 小さな手が、俺の方へ伸びかけて、止まる。

 触れていいのかも、抱いていいのかも、判断できない。


 しばらくの沈黙。


 泣き声だけが、部屋に響いていた。



 やがて、少女は決意したように身を翻した。


 ばたばたと、少し慌てた足音。

 部屋の出口へ向かい、扉の前で一瞬だけ止まる。


 振り返って、こちらを見る。


 次の瞬間、扉が開き、足音は遠ざかっていく。


(……親、呼びに行ったか)


 そう理解するのに、時間はかからなかった。


 この家には、俺より小さな子を世話できる大人がいる。

 少女はそれを知っていて、頼れる先へ向かっただけだ。


 ごく自然な行動。

 五歳程度の子どもとして、十分すぎる判断だった。



 部屋に、再び静けさが戻る。


 いや、正確には違う。

 泣き声は、まだ続いている。


 けれど、さっきまでとは少し違った。


 不思議と、焦りはなかった。

 誰かが来る、という確信がある。


 守られる側としての感覚が、体の奥に染み込んでいく。


(……こういう立場から始まるのも、悪くないか)


 前の人生では、常に判断する側だった。

 選択し、決断し、責任を背負う側。


 今は違う。


 何もできない代わりに、

 誰かが来てくれる世界にいる。


 足音が、遠くから聞こえた。


 さっきよりも重く、落ち着いた音。

 複数人分の気配。


 扉の向こうで、声が交わされている。

 内容はわからないが、慌てている様子はない。


 やがて、扉が開く気配。


 光が、少しだけ差し込んだ。


 ――誰かが、来る。


 そう思ったところで、

 俺の意識は、泣き疲れたように、少しだけ遠のいた。

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