第1話 帰り道のプラットフォーム
終電一つ手前。
改札を抜けた瞬間、肩にのしかかっていた仕事の重さが、わずかに軽くなった気がした。
今日も残業だった。
デバッグに追われ、仕様は日々変わり、ディレクターの気まぐれな修正が突然降ってくる。
一見すると「好きなことを仕事にしている」華やかな職業に見えるかもしれない。
だがその実態は、売上や評価といった“数字”に縛られ、締切に追われ、理不尽と戦う日々だ。
「……はぁ」
無意識にため息が漏れる。
エスカレーターを上り、ホームへ向かう足取りは重い。
――もう少し、余裕のある人生でもよかったんじゃないか。
そんなことを考えるのは、決まって一日の終わりだ。
*
ホームに出ると、夜風が肌をなでた。
都会の駅特有の匂い。鉄、油、コンクリート、そして微かに残る雨の名残。
時計を見る。
電車までは、あと三分。
俺は黄色い線の内側に立ち、リュックの肩紐を直した。
スマホを取り出そうとして、やめる。
最近、ふと思うことがある。
俺は世界を作る側なのに、自分の人生は誰かに操作されている気がする――そんな感覚だ。
レベルは上がらない。
スキルも増えない。
セーブもロードもできない。
現実ってやつは、クソゲーだ。
向かいのホームでは、学生らしき集団が笑っている。
スーツ姿の中年男性は、ベンチで目を閉じていた。
誰もが、それぞれの一日を終えようとしている。
そのときだった。
*
――ゴォォ……ン。
遠くから、低い音が聞こえた。
トンネルの奥から、電車がこちらへ向かってくる音だ。
やがて、闇の中に光が見える。
二つの白いライトが、ゆっくりと、確実に近づいてくる。
不思議と、その光から目が離せなかった。
ゲームを作るとき、よく考える。
プレイヤーが惹きつけられる光とは何か。導線とは何か。
今見ているこの光も、そういうものなのかもしれない。
抗えない。自然と、視線が吸い寄せられる。
音が大きくなる。
風圧が、少しずつ強くなる。
「……」
無意識に、一歩前に出そうになり、踏みとどまった。
その瞬間――
*
ドンッ
背中に、強い衝撃。
「っ――」
声にならない声が漏れる。
誰かがぶつかってきた。
バランスが、一気に崩れる。
足がもつれ、地面を踏みしめようとするが、うまくいかない。
視界が揺れた。
黄色い線。
ホームの縁。
近づきすぎた、あの光。
「やば――」
そう思ったときには、もう遅かった。
*
足先が、空を踏んだ。
体が前に投げ出される。
時間が、異様にゆっくりと流れる。
頭の中に浮かんだのは、後悔でも恐怖でもなかった。
――未完成のゲーム。
――まだ調整していないバランス。
――やりたかった企画。
そして、どうでもいいくらい小さな願い。
もう一度、最初からやれたら。
白い光が、すべてを覆った。
耳をつんざく音。
衝撃。
そこで、俺の意識は――




