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悪魔の便利屋  作者: 人外主人公大好き
1/1

第一の契約


―――

「……」


目の前の階段を見る。

薄暗く地下へと続くそれは、まさしく地獄の入口のようだった。


老人は覚悟を決め、階段を降りる。

一歩。

また一歩。


段を下るごとに、空気が重くなる。

やがて辿り着いたのは、黒く分厚い不気味な扉。


「……」


勇気を振り絞り、扉に手をかける。

そして――


「ようこそ」


声をかけられて、初めて気づく。

自分はすでに椅子に座っていた。


周囲を見渡す。

外とは打って変わり、明るく落ち着いた空間。


視線を正面に向ける。

肩ほどまで伸びた美しい黒髪。

人形のように整った、男とも女ともつかない顔立ち。

低いが、確実に耳に届く声。


――まさに、人外。


「貴方が……」


「ええ。ここの主。悪魔でございます」


悪魔。

古い友人や、今は亡き噂好きの妻がよく口にしていた存在。


曰く、何でもやる。

曰く、止められる存在はいない。

曰く、契約をして無事に帰ってきた者はいない。


すべて眉唾だと思っていた。

幻覚か、詐欺の類だと。


だが、今対面して理解してしまった。


――ヒトではない。


―――


「さて、ここに来られたということは、依頼ですね?」


「あぁ、わしの……」


「お孫さんに関することですよね?」


「!」

話すよりも先に言い当てられ、息を呑む。


「何故……」


「嗚呼、すいません。これは私の悪い癖ですね。初めてのお客様にすることではありませんでした」

「ですが、話が早い方がよいでしょう」


「……」

心臓が痛いほど早鐘を打つ。

こいつは、どこまで知っているのか。

それとも――こいつが。


「……お孫さんが亡くなった件について、私は関係ありませんよ」


「……」

空気が、沈む。


「……少し時間を置きましょうか」


軽く手を叩く。


「ハッ」


黒い存在が即座に現れる。


「彼と私に、菓子と茶を」


「了解であります」


黒い存在は、音もなく消えた。


「さて、どうぞ」


――気づけば、高級そうな菓子と紅茶が置かれていた。


「落ち着くのに、良いものですよ」


「……いただこう」


警戒しながらカップを手に取り、口にする。

だが、一口で余計な考えは消えた。


「……」


飲むたびに、心が静まっていく。


「……落ち着きましたか?」


「あぁ……すまんかった」


「いえ。こちらこそ。改めて、ご冥福を」


「……ありがとう」


しばしの沈黙。


「さて、改めてご契約内容を確認しましょうか」


「わしの依頼は……魔法少女を攻撃してほしい」


「ふむ。魔法少女、ですか。恨みが?」


「ない。彼女らも被害者だ」

「わしが恨んでいるのは、この国の魔法少女への態度だ」


老人は言葉を続ける。


「彼女達は、わしらのために命をかけて戦っている」

「それなのに国は、何もしておらん」

「本来なら、心のケアも、衣食住の保障も、褒賞金も用意できる」

「だが……」


「国は、何もしていないと」


「ああ……」

「わしは訴えてきた。彼女達に寄り添うべきだと」

「だが返ってくるのは、予算の無駄という言葉だけだった」


「署名を集めても、被害が出ても……政府は何もしなかった」


「なるほど。ですが、先ほど“この国”と仰いましたね」

「それでは政府批判にしか聞こえませんが」


「……貴方が存じていないだけだ」

「この国では、魔法少女の戦いが娯楽になっている」


老人の声が、震える。


「彼女達が傷つき、泣き叫んでも、人々は戦いを求める」

「中には、現地へ赴き、戦闘をこの目で見ようとする者まで現れ始めた」


「その結果が……」


老人の頬を、涙が伝った。


「なるほど。理解しました」


悪魔は静かに頷く。


「では、貴方の依頼は――

この国における魔法少女制度の整備。

そして、愚かな民衆への罰、ですか?」


「……前半は、そうだ」


「おや。復讐はなさらないのですか?」

「私なら、個人の特定も可能ですが」


「……考えたさ。何度も」


老人は首を振る。


「あの子を死なせたのは、あの子が守ろうとした存在だ」

「そいつらに復讐すれば、あの子の死が無駄になる」


「……それだけは、耐えられん」


「なるほど。そうですね」


悪魔は静かに頷いた。


「では、契約内容は――

魔法少女制度が制定されるまで、ということでよろしいですか?」


「ああ」


「了解しました」


一拍置き、悪魔は指先を軽く組む。


「ですが、その契約は期間が長すぎます」

「先の話がすべて真実であるならば……」

「いくら私が魔法少女達に害を与えようと、それでは無意味になります」


「ふむ……」


わずかに思案する仕草。


「やり方はいくらでもありますが……どうします?」

「何か、ご希望はございますか?」


淡々と、まるで天気の話でもするように続ける。


「やろうと思えば、今すぐにでも政府の人間に制度を制定させることも可能ですが」


「……貴方が悪魔なら、契約には対価が要るのだろう」


老人はゆっくりと口を開く。


「我が身に払えるものなど、無に等しい」

「それでやれる範囲で頼みたい」


一度、言葉を切り――


「……払えるのなら、魂で支払おう」


「……よろしいのですか?」


悪魔の声は変わらない。


「魂が消えれば、お孫さんにも会えなくなりますよ」

「それに……転生も」


「いいのですよ」


老人は即答した。


「わしは、もう十分に生きました」

「それに……あの子に会わせる顔がない」


握った拳が、わずかに震える。


「魔法少女達のために」

「あの子のために」

「制度を作ると、約束しておきながら……何も成せなかった」


「言ったでしょう」


顔を上げ、悪魔を真っ直ぐに見る。


「この国が……いや、政府が憎いと」

「だから、その対象には――」


老人は、静かに自分の胸を指した。


「わし自身も、含まれているのですよ」


―――


「では、契約を」


悪魔が理解できない言語で何事かを告げると、何もない空間から紙が浮かび上がった。


「……それが」


「ええ、契約書です。と言っても形だけですが」

「この方が、皆様には喜んでいただけるんですよ」


悪魔が軽く指を振るう。

すると、紙の上に文字が浮かび上がった。


「では、ご自身のお名前を」

「ああ、そのまま空中で構いません」


「……」


言われるがまま、指で空をなぞる。

軌跡に淡い光が走り、最後まで自らの名を書き終えると、その光は契約書へと吸い込まれていった。


「たしかに」


悪魔は一度だけ頷く。


「これにて、契約は完了しました」

「契約内容――魔法少女制度の制定」

「期間、無期限」

「対価は、貴方様の魂」


「……以上でよろしいですね」


「……」


あまりにも非常識な光景に、言葉を失う。


「……本来であれば、契約満了の時に対価をいただくのですが」

「今回は期間が無期限です。その間、他の契約もできません」


静かに告げる。


「ですので……」


「ああ、構わん」


老人は遮るように言った。


「わしの魂一つで、彼女らを救えるのなら」


「……申し訳ございません」


「貴方が謝ることではない」


老人は思っていた。

噂ほど冷酷でも、残忍でもない。

――それどころか。


人間のように見える。

それこそ、自分や愚かな民衆より、よほど。


「……これは、対価を早くいただくことに対する、ささやかな配慮です」


悪魔が、手を叩く。


すると――


「……あぁ」


信じられなかった。

夢だと思いたかった。

だが、現実だ。


目の前に、孫がいた。


「おじいちゃん! 久しぶり!」


あの頃と変わらない、眩しくて元気な笑顔。


「……ごめんな……ごめんな……」


涙が溢れる。

年甲斐もなく、声を上げて。


「わしが……もっと早く動けていれば……」

「わしが……」


制度があれば、孫は生きていたかもしれない。

成長し、家庭を持ち、子を持ったかもしれない。


そんな未来を潰したのは、自分だ。

愚かで、行動が遅く、強硬な手段を取る勇気もなかった。


「…………」


声も出せず、ただ小さく蹲る。


「大丈夫だよ」


優しい声。


「死んじゃってるから説得力ないけど」

「私は嬉しかったんだ」


孫は、そっと祖父を抱きしめる。

いつも大きく見えた背中が、今はとても小さかった。


「みんなが私達を、道具みたいに扱ってたわけじゃなかった」

「おじいちゃん達が、私達のために動いてくれてたことが……私の支えだったんだ」


「ありがとう」


―――


目の前で泣き崩れる老人と、それを抱き止める孫。

その光景を静かに見つめながら、悪魔は口を開いた。


「……では」


一歩も動かぬまま、告げる。


「我が名――セリュス・リブにおいて」

「対価を、回収いたします」


その瞬間、老人の身体が淡い光に包まれた。

叫びも抵抗もない。


光はゆっくりと強まり、やがて――

数刻も経たぬうちに、跡形もなく消えていた。


「……私を、恨みますか?」


遺された衣服を胸に抱きしめる孫へ、問いかける。


「ううん」


首を横に振る。


「おじいちゃんが、自分で決めたことだから」

「それに……あなたに頼まなかったら」

「おじいちゃん、本当にクーデターでも起こしてたかもしれないし」


小さく笑ってから、少しだけ視線を落とす。


「もう会えないのは、寂しいけど……」


「……そうですか」


悪魔は、それ以上何も言わなかった。


「そろそろ、貴女もお帰りの時間です」


「うん」


孫は頷く。


「最後に会わせてくれて、ありがとう」


その身体は、光を散らすようにして消えていった。


「……」


悪魔は、遺された衣服の前に立ち、静かに手を合わせる。


「ご契約は、必ず履行いたします」

「――木沼さん」


指を鳴らす。


次の瞬間、衣服は炎に包まれた。

それは地獄の業火ではない。

ただ、静かで、優しい炎だった。


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