サンダル教授の熱血教室
※本作はフィクションです。実在の法律・人物・団体とは一切関係ありません。
『今日は【トロッコ問題】について考えてみましょう。』
マイク•サンダル
少し前、某国営放送において【ハルバード大学熱血教室】という名でその授業内容が放映され、日本でも一躍話題となった、あの先生だ。
僕は今、その日本での公開授業を聴講している。
場所は、僕が通う、日本で一番頭の良い大学の、安井田講堂だ。
え?サンダル先生の旬は過ぎたって?
勉学は流行で決めるものではありません。そんな事を言う君は反省するように。
さて、授業が始まった。
トロッコ問題か…意外と普通だな。と思う僕。
もっと目新しい話題が良かったな。ちょっとがっかり。
『トロッコが、5人の作業員に向かって突進していきます。作業員はそれに気づいていません。
あなたは、その手前でポイントレバーを操作することができます。
ポイントレバーを操作すれば、列車は別の線路に移動して5人の命は助かります。
しかし、今度は別の線路上にいる、1人の作業員が犠牲になります。
あなたは、そのポイントレバーを操作しますか?しませんか?』
『何が正しい判断か、その判断に与える外部要因は何か?判断に至る経緯と結果に対する責任。
様々な道徳的、哲学的な問いを内包し、【正義とは何か】を我々に問いかける問題です。』
『とはいえ、すでに手垢のついた話題だと思う人も多いでしょう。
ですので、今日はこの問題を、今までとは違う切り口からアプローチしてみましょう。』
『この問題における作業員は、単なる物語の構成要素として扱われがちです。
しかし、それは正しいのでしょうか?
果たして、彼らは生死の選択肢を他者に委ねるしかない、哀れな運命の奴隷なのでしょうか?』
…なるほど深い。流石サンダル教授だ。
『今日皆さんと考えたい事を明確にするために、もう少し具体的にお話しましょう。
想像してください。
もし、二つの線路にいる作業員が、それぞれ【チヨノーフジ】と【アサショーリュー】だとしたら。
……トロッコは、容易く破壊されるでしょう。』
…………とんでもないことになってきた。
『どうですか?彼らの人格に色がついてきましたね。彼らは物語の舞台装置ではなく、主人公となりました。
するとどうでしょう?こうは思いませんか?
【彼らは、自分の運命を変える努力を怠った怠け者なのでないか?】と。』
『つまり彼らは、自分の運命を自分で変えるチャンスがあったのに、それをみすみす逃してしまった残念な人達。というようにも見えてきます。
彼らには、運命を自分に引き寄せようとする力が足りなかった。
より具体的に言えば、彼らに足りなかったのは……【筋肉】です。』
………これは、酷い。
僕がこれまで受けてきた数々の授業が色褪せていく。
あんなのは授業ごっこだ。
本当の授業が、ここに始まった!
我が意を得たりと、頷くボディビル部員達。
『あー、そこの君達。君達はまだまだです。
筋肉は良い。でも脂肪が足りない。それでは自分を守れない。
どっしりとした筋肉と、それを守る脂肪の鎧。どちらも必要です。
ええ…そちらの人達。そう!君達。君達は限りなく正解に近い。』
しょげかえるボディビル部員達。
対照的に正解に近いと評された柔道部員はニンマリ。
『トロッコ問題を考える時、私達はつい【AかBか?】という二者択一問題、或いは二律背反問題と云う固定観念に囚われてしまいがちですが、それは間違いです。
パラダイムシフトによって、人は困難を乗り越えることができるのです。
筋肉によるブレイクスルーにより、この問題を根底から覆す事が、…できるのです!』
サンダル先生の声に力が入る。
一方、気持ちが昂ってきた聴講者の中から、腕立てを始めるものが出始めた。
『さあ、選びなさい。これまでの常識に囚われて、哀れな運命の奴隷で居続けるのか。それとも筋肉により運命の選択権を我が手に取り戻すのか。
Muscle ? or Die ?……筋肉か?地獄か?』
囁くようなサンダル先生の声。
一気に、講堂がとてつもない熱気に包まれる。
誰もが筋肉を選ぶ、当たり前だ!
スクワットによるウェーブが始まった。
『私達は成長する生き物です。
進化ではない。進化は選択と淘汰。種を救っても個人は救いません。
成長は、一人ひとりを、救います!そして筋肉は成長します!!
さあ、成長しましょう!
一人一人が皆、筋肉をつけることで。運命を変える力を、この手にしましょう!!』
講堂内の熱は最高潮に達した。
マッスルの大合唱が始まる。
しかし、ここで一旦サンダル教授が手をかざす。
『オーケイ。いったん落ち着きましょう。
皆さんは今、熱狂に包まれている。スクワットを千回でも出来そうな勢いです。
しかし、この熱狂が過ぎ去った時。皆さんは不安になるはずです。【私は苦しいトレーニングを毎日続ける事が出来るのか?】と。』
確かにそうだ。今はやる気に満ちていても、それはいつまでも続かない。
熱狂は一転、不安や戸惑いが押し寄せてくる。
『不安を抱くあなた達は正しい。
そして、そんなあなた達に、私は一つの救いを提供しましょう。』
『皆さんは、聖地に向かって毎日お祈りを欠かさない、そんな宗教の存在をご存知ですね。
そういった宗教の教徒にとって、お祈りとは生活の一部です。食べること、寝ることと同じ。サボるなんてことは端から頭にありません。』
『そうです。筋肉は神。トレーニングは神に捧げる祈り…
私は、筋肉教を開くことを、ここに宣言します!!
聖地はここ、ヤスイダ講堂。信者はあなた達。
腕立て100回、腹筋100回、スクワット200回。
これを日に3回、聖地に向けて捧げるのです。』
!!!!
素晴らしい!教義ならサボるなんて罰当たりなことは、誰も出来やしない!
『さあ、崇めよ筋肉!讃えよ筋肉!!高めよ筋肉!!!
運命を変えるパワーを我が手に。
ジーク•マッソゥ!!ハイル•マッソゥ!!』
一度萎みかけた聴衆の興奮は、V字回復!ここに来て頂点に達した。
「マッソゥ!マッソゥ!マッソゥ!マッソゥ!マッソゥ!」
止まない筋肉コール。
飛び散る汗。躍動する筋肉。ぐんぐん上がる室内温度。
『オーケイ。オーーケイッ。皆さんいい動きです。
では最後に、ここヤスイダ講堂を聖地にするためのご寄附をお願いします』
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あれから数ヶ月。僕は欠かさず毎日3回のお祈りを続けている。
体重は15kg増え、胸囲は100cmを超えた。筋肉様は今日もご機嫌なようだ。
風の噂で、サンダル教師を騙る詐欺師が捕まったという話を聞いた。全く不届きな輩も居たものである。
おしまい




