表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

徴収者カイン ~世界の魔力循環に干渉する者~

作者: 唯野丈


「カイン!お前がいると、魔力が減るんだよ!」


怒号が酒場内に響き渡る。

普段から喧騒としている酒場が一瞬、静まり返り、一つのテーブルに注目が集まる。

目の前のリーダー――赤髪の魔導士ガルドが、

吐き捨てるように言葉を続けた。


「支援系でもねぇ。攻撃もできねぇ。

 それどころか、俺たちの魔力を吸いやがる。

 そんなやつ、パーティに置いておけるか!」


他の仲間たちも、口をつぐんだまま視線を逸らす。

誰も、庇う者はいなかった。

ここまで共に戦ってきた日々が、

今や“無駄な時間”とでも言いたげに。


カインは唇を噛んだ。

否定したかったが、何も言えない。

実際、仲間の魔力が減っていくことは事実だった。


彼が持つ唯一のスキル《魔力徴収》――

“自身の周囲の生物が魔力を消費する際、その消費魔力の数割を吸収する”

という地味で、そして不気味な能力。

自らの意思とは無関係に発動し続け、敵味方関係なく魔力を徴収していく。ただし、吸収した魔力を使う術はない。本人でさえ、どう使えばいいのか分からなかった。


「……分かりました。抜けます」


震える声でそう告げ、荷をまとめる。

ガルドは鼻で笑った。


「せいぜい、雑用でもしてろ。お前にはそれがお似合いだ」


カインは俯き一人酒場を後にする。


(……なんで、俺ばかり)


宿屋に帰り、壁にもたれて座り込む。

冷たい石壁が背中に痛い。

外では冒険者たちの笑い声が響いていた。

胸の奥に、重たいものが沈んでいく。


ーそれから数週間、カインはソロで出来る依頼を受け、辛うじて食い繋いできた。

だが、戦闘力皆無のカインには、採取依頼くらいしか受注できる仕事がない。

パーティを組んでいた時の蓄えはみるみる減っていき、貯金は尽きかけていた…



薄暗いギルドの片隅。カウンターの隅で酒をあおる三人組の男たちが、カインに声をかけてきた。


「おい、あんた。パーティ、クビになったんだってな?」


言葉の端に、妙な軽さがあった。

だがカインはうなずくしかない。


「……ええ。まぁ、はい。」


「俺たち、今ちょうど人手が足りねぇんだ。

 明日の探索で一人欠けちまってよ。

 お前、支援系なんだろ? 荷物持ちでも助かるぜ。」


にやけた笑顔。

だが、言葉には一応の「救い」があった。

絶望の淵に立っていたカインにとって、それは細い綱でも“希望”に見えた。


「……本当に、いいんですか?」


「ああ。代わりに報酬の分け前はちょっと少なめだがな。

 3層までの探索だけだ。危険な場所には行かねぇよ」


男たちはそう言い、笑いながらジョッキを打ち鳴らした。

その笑い声の裏に、カインは微かな違和感を覚えたが、

すぐに打ち消した。

今は誰かに必要とされたい――その思いだけが胸を満たしていた。



翌朝。

カインたちは3層への道を進んでいた。

湿った空気が肺を圧迫し、奥へ進むほど魔力の濃度が高まるのがわかる。

途中、先頭の男が振り返った。


「おいカイン、後ろ頼む。警戒な。」


「はい!」


久しぶりに仲間と歩く。

それだけで胸が熱くなった。

だが、ほんの数分後――それは一変する。


「来たぞ!あの通路だ!」

「今だ、行け!」


叫び声と同時に、目の前から飛び出したのは、蛇のような外見を持つ巨大な魔獣。

牙を剥き、咆哮を上げた瞬間、カインの背中を何者かが突き飛ばした。


「え……っ!?」


カインはよろめきながら魔物の正面に転がり出る。それと同時に、右脚を矢が襲った。


「がぁぁぁぁ!!!」


焼け付くような痛みが走り、絶叫する。


後ろからは、仲間だったはずの男たちの笑い声が聞こえた。


「悪いな。この魔獣は目が悪く、音と臭いに反応する。せいぜい死ぬまで血を振り撒きながら時間稼ぎしてくれよ!」


そのまま、通路の奥へと走り去る足音。

カインの胸を、氷のような絶望が貫いた。


(……俺は、また捨てられたのか。)


魔獣の咆哮。振動。


奇跡的に魔獣の攻撃を2度躱すことができたが、崖際に追い詰められてしまう。

魔獣の咆哮のたびに振動する地面。


「…嫌だ…こんなところで…死にたくない…」


痛みと恐怖で、涙と鼻水が止めどなく流れ、顔がぐちゃぐちゃになりながらも、最後の力を振り絞り、ギリギリのところで魔獣の攻撃を回避するカイン。


しかし、魔獣の渾身の攻撃の余波により足元の岩盤はあっけなく砕け散る。崩壊に巻き込まれ、カインはそのまま奈落へと飲み込まれていった…




 ――生きている。

 それが分かった瞬間、痛みが一斉に押し寄せた。

 右脚は折れ、全身が血まみれ。息をするたびに肋骨が軋んだ。

 それでも、カインは命だけは繋いでいた。


「……ここ、どこだ……」


 薄暗い洞窟。見上げても、もう上層の光は見えない。

 落ちた場所は、冒険者が決して踏み入らない“深層域”。

 そこは、魔獣たちの本当の縄張りだった。


 呻きながら壁にもたれ、呼吸を整える。

 足元には古びた骨が転がっていた。おそらくは、かつてここに落ちた冒険者の成れの果てだ。


(……俺も、ああなるのか)


 誰も助けに来ない。回復薬も尽きた。

 息をするたびに、胸の奥が焼けるように痛む。


「…嫌だ…このまま、死ぬなんて、あまりにも…無様すぎる…」


脳裏に浮かぶのは、元リーダーガルドのゴミを見るような眼、そして、さっきまで一緒だった冒険者達の下卑た笑い声…


(…悔しい…)


 ――その時だった。


 遠くから地鳴りのような振動が伝わってきた。

 重く、鈍い足音。空気そのものが震えている。


「……魔獣?」


 カインは痛む身体に必死に鞭をうち、近場の岩陰に身を潜めた。

 すぐ近くを、漆黒の鱗を纏う巨躯の獣が通り過ぎていく。

 だが、それだけでは終わらなかった。


 ――別の方向から、低い唸り声。

背中から放電しながら進む4本脚の獣。サイズこそ漆黒の魔獣に劣るものの、その存在感は負けていない。

 二体の魔獣が互いを威嚇し、やがてぶつかり合う。


 ドゴォォォン!


 岩盤が割れ、地面が揺れる。

 片や雷撃、片や剛腕を振るい、互いにぶつかり合う。火花のように飛び散る魔力が洞窟内を照らした。


(.……やばい……!巻き込まれたら確実に死ぬ…)


 カインは息を潜めた。


 その時――頭の中にこれまで聞いたことのない無機質な声が響いた。


《魔力徴収スキル:自動発動中。周囲で強力な魔力活動を検知。規定に則り累進制を適用。徴収率50%に自動設定。徴収開始》


「は……?」


 体の奥に、熱が流れ込んでくる。

 戦う魔獣たちの膨大な魔力がカインの体に流れ込んでくる。


(……やめろ……そんな魔力、入れられても……使えないんだ……!)


 そう願っても、流入は止まらない。

 魔獣たちが魔力を撃ち合えば撃ち合うほど、

 魔力が吸い上げられ、カインの内部に蓄積されていく。


 やがて戦いは佳境を迎えた。

 互いの魔獣が、限界を超えて魔力を消耗し――魔力が、尽きる。


《徴収対象、支払い能力を喪失》


《強制徴収プロトコル、起動条件を満たしました》


 無機質な音声が、脳裏で響いた。


「きょ、強制……徴収……?」


 次の瞬間、世界が反転した。

 カインの体を中心に、光の奔流が渦を巻く。

 魔獣たちとの間に、光のラインが形成され、見えない何かが物凄い勢いでカインに流れ込んでくる。


「グオオォォォォォ――!!」


魔獣たちはその場から一歩も動けない。ただただ感じたことのない苦痛に悲鳴を上げるのみ。

 

終わりはすぐに訪れた。


《強制徴収完了。徴収資産:生命力、固有スキル【魔力変換(雷撃)】。体内適応を開始します》


「……嘘だろ……?」


 折れた脚が、みるみるうちに修復されていく。

 焼けた皮膚が再生し、傷が癒える。

 それだけではない。視界の奥に、これまで感じたことのない感覚――“魔力の流れ”が見えた。


 自分の中で、何かが繋がった。


《スキル【魔力変換(雷撃)】を継承しました》


 その声が消えた時、洞窟には静寂が戻っていた。

 魔獣たちはすでに動かない。

 残されたのは、呆然と立ち尽くす一人の男――カインだけ。


「……まさか……奪った、のか……?」


 息を呑む。

 戦う力を持たなかった自分が、魔獣の力を得た。


「この力があれば…地上に帰れるかもしれない…」


 カインの人生、いや、世界の運命が大きく転換した瞬間だった。




◇◇◇



 遥か遠く――人々から神域と呼ばれる領域。

世界の秩序を管理する“神獣”と呼ばれる存在の一角が、わずかな異変を感知する。


「魔力循環ネットワーク:局所領域エラー……還流率、0.03%低下。……による変動値としては異常。調査プロトコルを発動………」


神獣は静かに目を開いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 強力な輩が巣くう敵陣の力を吸い上げて貯め込み、時には自分の物にする技能、ですか……。  使いようによっては強力ですが、人によっては迷惑な貧乏神や寄生虫の類と解釈され、味方にするの遠ざけそうな代物です…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ