徴収者カイン ~世界の魔力循環に干渉する者~
「カイン!お前がいると、魔力が減るんだよ!」
怒号が酒場内に響き渡る。
普段から喧騒としている酒場が一瞬、静まり返り、一つのテーブルに注目が集まる。
目の前のリーダー――赤髪の魔導士ガルドが、
吐き捨てるように言葉を続けた。
「支援系でもねぇ。攻撃もできねぇ。
それどころか、俺たちの魔力を吸いやがる。
そんなやつ、パーティに置いておけるか!」
他の仲間たちも、口をつぐんだまま視線を逸らす。
誰も、庇う者はいなかった。
ここまで共に戦ってきた日々が、
今や“無駄な時間”とでも言いたげに。
カインは唇を噛んだ。
否定したかったが、何も言えない。
実際、仲間の魔力が減っていくことは事実だった。
彼が持つ唯一のスキル《魔力徴収》――
“自身の周囲の生物が魔力を消費する際、その消費魔力の数割を吸収する”
という地味で、そして不気味な能力。
自らの意思とは無関係に発動し続け、敵味方関係なく魔力を徴収していく。ただし、吸収した魔力を使う術はない。本人でさえ、どう使えばいいのか分からなかった。
「……分かりました。抜けます」
震える声でそう告げ、荷をまとめる。
ガルドは鼻で笑った。
「せいぜい、雑用でもしてろ。お前にはそれがお似合いだ」
カインは俯き一人酒場を後にする。
(……なんで、俺ばかり)
宿屋に帰り、壁にもたれて座り込む。
冷たい石壁が背中に痛い。
外では冒険者たちの笑い声が響いていた。
胸の奥に、重たいものが沈んでいく。
ーそれから数週間、カインはソロで出来る依頼を受け、辛うじて食い繋いできた。
だが、戦闘力皆無のカインには、採取依頼くらいしか受注できる仕事がない。
パーティを組んでいた時の蓄えはみるみる減っていき、貯金は尽きかけていた…
◇
薄暗いギルドの片隅。カウンターの隅で酒をあおる三人組の男たちが、カインに声をかけてきた。
「おい、あんた。パーティ、クビになったんだってな?」
言葉の端に、妙な軽さがあった。
だがカインはうなずくしかない。
「……ええ。まぁ、はい。」
「俺たち、今ちょうど人手が足りねぇんだ。
明日の探索で一人欠けちまってよ。
お前、支援系なんだろ? 荷物持ちでも助かるぜ。」
にやけた笑顔。
だが、言葉には一応の「救い」があった。
絶望の淵に立っていたカインにとって、それは細い綱でも“希望”に見えた。
「……本当に、いいんですか?」
「ああ。代わりに報酬の分け前はちょっと少なめだがな。
3層までの探索だけだ。危険な場所には行かねぇよ」
男たちはそう言い、笑いながらジョッキを打ち鳴らした。
その笑い声の裏に、カインは微かな違和感を覚えたが、
すぐに打ち消した。
今は誰かに必要とされたい――その思いだけが胸を満たしていた。
◇
翌朝。
カインたちは3層への道を進んでいた。
湿った空気が肺を圧迫し、奥へ進むほど魔力の濃度が高まるのがわかる。
途中、先頭の男が振り返った。
「おいカイン、後ろ頼む。警戒な。」
「はい!」
久しぶりに仲間と歩く。
それだけで胸が熱くなった。
だが、ほんの数分後――それは一変する。
「来たぞ!あの通路だ!」
「今だ、行け!」
叫び声と同時に、目の前から飛び出したのは、蛇のような外見を持つ巨大な魔獣。
牙を剥き、咆哮を上げた瞬間、カインの背中を何者かが突き飛ばした。
「え……っ!?」
カインはよろめきながら魔物の正面に転がり出る。それと同時に、右脚を矢が襲った。
「がぁぁぁぁ!!!」
焼け付くような痛みが走り、絶叫する。
後ろからは、仲間だったはずの男たちの笑い声が聞こえた。
「悪いな。この魔獣は目が悪く、音と臭いに反応する。せいぜい死ぬまで血を振り撒きながら時間稼ぎしてくれよ!」
そのまま、通路の奥へと走り去る足音。
カインの胸を、氷のような絶望が貫いた。
(……俺は、また捨てられたのか。)
魔獣の咆哮。振動。
奇跡的に魔獣の攻撃を2度躱すことができたが、崖際に追い詰められてしまう。
魔獣の咆哮のたびに振動する地面。
「…嫌だ…こんなところで…死にたくない…」
痛みと恐怖で、涙と鼻水が止めどなく流れ、顔がぐちゃぐちゃになりながらも、最後の力を振り絞り、ギリギリのところで魔獣の攻撃を回避するカイン。
しかし、魔獣の渾身の攻撃の余波により足元の岩盤はあっけなく砕け散る。崩壊に巻き込まれ、カインはそのまま奈落へと飲み込まれていった…
◇
――生きている。
それが分かった瞬間、痛みが一斉に押し寄せた。
右脚は折れ、全身が血まみれ。息をするたびに肋骨が軋んだ。
それでも、カインは命だけは繋いでいた。
「……ここ、どこだ……」
薄暗い洞窟。見上げても、もう上層の光は見えない。
落ちた場所は、冒険者が決して踏み入らない“深層域”。
そこは、魔獣たちの本当の縄張りだった。
呻きながら壁にもたれ、呼吸を整える。
足元には古びた骨が転がっていた。おそらくは、かつてここに落ちた冒険者の成れの果てだ。
(……俺も、ああなるのか)
誰も助けに来ない。回復薬も尽きた。
息をするたびに、胸の奥が焼けるように痛む。
「…嫌だ…このまま、死ぬなんて、あまりにも…無様すぎる…」
脳裏に浮かぶのは、元リーダーガルドのゴミを見るような眼、そして、さっきまで一緒だった冒険者達の下卑た笑い声…
(…悔しい…)
――その時だった。
遠くから地鳴りのような振動が伝わってきた。
重く、鈍い足音。空気そのものが震えている。
「……魔獣?」
カインは痛む身体に必死に鞭をうち、近場の岩陰に身を潜めた。
すぐ近くを、漆黒の鱗を纏う巨躯の獣が通り過ぎていく。
だが、それだけでは終わらなかった。
――別の方向から、低い唸り声。
背中から放電しながら進む4本脚の獣。サイズこそ漆黒の魔獣に劣るものの、その存在感は負けていない。
二体の魔獣が互いを威嚇し、やがてぶつかり合う。
ドゴォォォン!
岩盤が割れ、地面が揺れる。
片や雷撃、片や剛腕を振るい、互いにぶつかり合う。火花のように飛び散る魔力が洞窟内を照らした。
(.……やばい……!巻き込まれたら確実に死ぬ…)
カインは息を潜めた。
その時――頭の中にこれまで聞いたことのない無機質な声が響いた。
《魔力徴収スキル:自動発動中。周囲で強力な魔力活動を検知。規定に則り累進制を適用。徴収率50%に自動設定。徴収開始》
「は……?」
体の奥に、熱が流れ込んでくる。
戦う魔獣たちの膨大な魔力がカインの体に流れ込んでくる。
(……やめろ……そんな魔力、入れられても……使えないんだ……!)
そう願っても、流入は止まらない。
魔獣たちが魔力を撃ち合えば撃ち合うほど、
魔力が吸い上げられ、カインの内部に蓄積されていく。
やがて戦いは佳境を迎えた。
互いの魔獣が、限界を超えて魔力を消耗し――魔力が、尽きる。
《徴収対象、支払い能力を喪失》
《強制徴収プロトコル、起動条件を満たしました》
無機質な音声が、脳裏で響いた。
「きょ、強制……徴収……?」
次の瞬間、世界が反転した。
カインの体を中心に、光の奔流が渦を巻く。
魔獣たちとの間に、光のラインが形成され、見えない何かが物凄い勢いでカインに流れ込んでくる。
「グオオォォォォォ――!!」
魔獣たちはその場から一歩も動けない。ただただ感じたことのない苦痛に悲鳴を上げるのみ。
終わりはすぐに訪れた。
《強制徴収完了。徴収資産:生命力、固有スキル【魔力変換(雷撃)】。体内適応を開始します》
「……嘘だろ……?」
折れた脚が、みるみるうちに修復されていく。
焼けた皮膚が再生し、傷が癒える。
それだけではない。視界の奥に、これまで感じたことのない感覚――“魔力の流れ”が見えた。
自分の中で、何かが繋がった。
《スキル【魔力変換(雷撃)】を継承しました》
その声が消えた時、洞窟には静寂が戻っていた。
魔獣たちはすでに動かない。
残されたのは、呆然と立ち尽くす一人の男――カインだけ。
「……まさか……奪った、のか……?」
息を呑む。
戦う力を持たなかった自分が、魔獣の力を得た。
「この力があれば…地上に帰れるかもしれない…」
カインの人生、いや、世界の運命が大きく転換した瞬間だった。
◇◇◇
遥か遠く――人々から神域と呼ばれる領域。
世界の秩序を管理する“神獣”と呼ばれる存在の一角が、わずかな異変を感知する。
「魔力循環ネットワーク:局所領域エラー……還流率、0.03%低下。……による変動値としては異常。調査プロトコルを発動………」
神獣は静かに目を開いた。




