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きっと、誰かの日常。

ときめきを、もう一度。

作者: 七峯 律月

 茜色に染まる空の下、まだ夏の名残を感じる蒸し暑さが街に漂う。駅へ向かうだけで汗がじんわりとでてきて、肌にまとわりつく感覚に眉をひそめた。公園で親子が楽しそうにキャッチボールをする声が、今日が土曜日だったことを思い出させる。

 休日のはずなのにオフィスは平日と何ら変わらない雰囲気だった。誰も違和感を覚えることなく働いている。最初は抵抗感があった気もするが、今ではなんとも思わなくなっていた。

 ふと、見覚えのあるポスターが目に入り、おもわず足を止めた。

『新シリーズ稼働スタート!プリティアイドル☆ときめきステージ!』

 それは小学生の頃、夢中になっていたアーケードゲーム「プリティアイドル」の最新作の広告だった。可愛らしい衣装に身を包んだアイドルたちの姿。昔と変わらないキラキラした雰囲気に懐かしさを覚えた。

「まだ、あったんだ……このゲーム」

 当時はお小遣いを握りしめてゲームセンターに通っていた。アイドルに衣装を着せて、音楽に合わせてボタンを押す。たったそれだけなんだけど、楽しくて夢中でプレイしていた。

 気がつくと、私はゲームセンターの入口に立っていた。

 冷房の風が強くて一瞬で汗が引き、少し鳥肌が立った。休日なこともあって多くの人で賑わっていて、UFOキャッチャーや音楽ゲームの音があちらこちらから聞こえる。

 店の奥に進むと、隅っこの一角にアーケードゲームの筐体が並んでいた。

『プリティアイドル』

 ポスターに描かれていたアイドル達が画面の中で手を振っている。モニターに反射したスーツ姿の自分を見て、こんなところに私がいていいのかと一瞬戸惑ったが、思い切って椅子に腰を下ろした。

 財布を開けて小銭を取り出す。その手はわずかに震えてる。

 画面には「カードをスキャンしてください」と表示されている。あの頃使っていたカードはどこやったんだろう。捨てたっけ。そんな疑問が浮かんだが、今は関係ない。とにかくプレイしてみたい。それだけだった。

「やってみるか」

 画面に登場したのは、テンション高めのナビゲートキャラ。デザインが今風に変わっている気がしたが、喋り方は変わってないのがなんだか嬉しかった。

 「アイドルを選んでね」という声とともに画面にはたくさんの女の子たちが表示される。その中に懐かしい顔を見つけた。

 それは「ローナ」ーー薄紫のゆるいウェーブヘアにペリドットの瞳を持ったお姫様のような風貌のアイドルだった。見た目の可愛さもさることながら、おっとりした話し方が好きだった。なにより私の名前「芦奈ろな」と似ていて、親近感があっていつも彼女を選んでいた。

 イメージカラーの黄緑がメインの制服っぽいデザインの衣装。フリルのついた靴下に白のストラップシューズ。たしか初期の衣装だったと思う。優雅にポーズを決めるローナが優しく微笑んだ。

 ゲームスタートの文字が映し出され、それと同時に音楽が流れる。久しぶりに聞いたが、すぐに口ずさめるほど体にしみ込んでいることに驚く。ブランクがあるはずなのに思ったよりもスムーズに手が動いた。曲が進むごとに忘れていた感覚がどんどん戻ってくる。楽しい。いつの間にか夢中になってプレイしていた。

 ローナが歌いながら踊ってる。キラキラしてて眩しい。あの頃大好きだった彼女とまったく変わっていない。

 可憐なポーズを決めてフィニッシュしたローナは満足そうな笑顔を見せた。ほんの少しだけ泣きそうになった。

 リザルト画面に「LIVE SUCCESS!」の文字が表示される。高得点じゃないけど、今の私には十分だった。こんなに何かに熱中できたのは久しぶりだったから。

 あの頃、毎週土曜日の午前中は決まってこのゲームをしていた。初めは1人でやっていたけど、次第に友達が増えて2人でプレイすることもあった。ミスが多くて得点が低かった時もあったし、対戦で負けて泣いたこともあった。それでも、何より楽しかった。

 ローナと一緒にライブして、ファンを増やして、トップアイドルを目指す。それがあの頃の「夢」だったと思う。

 でも、中学生になった頃、私はゲームをしなくなった。

「アイドルゲームなんて子供っぽい」

「中学生にもなってやらないよね」

「……だよね」

 友人たちの会話にNOとは言えなかった。つい最近まで一緒にゲームをしていたはずの友人たちがどこか遠くに行ってしまった気がした。でも、なんとなく大人になることはこういうことなんだと気づいた。

 そして、今の私はというと、ただ日々を淡々と「こなす」ことが人生になっている。土曜日も仕事に行くことが当たり前。スケジュールは埋まってても、ただそれだけ。心にぽっかりと穴が空いたみたいだった。

 きっとあきらめてしまってたんだと思う。何かを夢中で追いかけることなんて、もうできないんだって。

「……また遊ぼうかな」

ゲーム終了画面で手を振ってるローナに向かってそっとつぶやいた。

 立ち上がると少し背筋が伸びた気がした。

 ゲームに夢中で気づかなかったが、すぐ横で小学生くらいの女の子が同じゲームをプレイしている。画面を見ると、偶然にも私と同じローナで遊んでいた。

 後ろを振り返ると、女の子が並んでいた。髪の毛は高めのツインテールで、手にはアイドルたちが描かれた分厚いカードバインダーを持っている。早く変わらないとと思い、そそくさとその場を離れようとした。

「お姉さん! 」

 ふいに声をかけられて、つい動揺してしまった。子ども向けのゲームを大人が1人でプレイしていたことを不審に思われてないか不安がよぎる。

「すごく上手だったね! 」

 ゆっくりと声の方へ視線を向けると、少女は目を輝かせて私を見ていた。

「えっとありがとう。昔、ちょっとだけやってたんだ」

「そうなんだ! じゃあ昔たくさん練習したんだね」

 私がちょっとと言ってごまかしたのに、彼女は自信満々にそう返してきた。私がたくさんプレイしてたってどうしてわかったんだろう。

「なんでわかったの? 」

「だってローナちゃんの最後の反応!あれフルコンボしたときにしか出ないんだよ。ローナちゃんの曲すっごく難しいから私1回しかできたことないもん」

 自分のプレイが見られていたことに恥ずかしさを覚えながら、彼女のゲームへの熱意を感じた。

「そうなんだ。知らなかったな……実はね私があなたと同じぐらいの頃たくさん遊んでたんだ。懐かしくなって久しぶりに遊んだの」

「やっぱり! じゃあ最近のカード知らないよね。みせてあげるよ。」

 そう言って手に持っていたカードバインダーを開く。いくつかのページをめくってローナのページにたどり着いた。

「これが最近でた新しいカードでお気に入りなの。お姫様みたいでかわいいでしょ」

 カードはホログラムが施されていてキラキラしている。ローナは紫色のドレスをまとっていてとても可愛かった。

「とっても可愛いね。大切なカードをみせてくれてありがとう」

「うん! わたしねプリアイの衣装が大好きなんだ。いつも可愛いアイドルのみんなが衣装を着ると何倍も可愛くなるの。だからね将来プリアイのカードみたいな衣装を作るデザイナーになりたいんだ」

「へぇ素敵な夢だね」

 彼女はとびっきりの笑顔だった。私からすれば眩しいくらいに、彼女は自分の「好き」を信じているんだなと感じた。私も昔はそうだったのかもしれない。私はいつから自分の夢を言えなくなってしまったんだろう。

「ねぇお姉さん! 今度私と一緒にやろうよ! お姉さんと一緒にゲームするの楽しいと思うんだ」

 突然の言葉に思わず笑ってしまった。私は彼女の顔を見て、はっきりとうなずいた。

「うん、次会えたら一緒にプレイしようか」

「約束だよ! 」


 ゲームセンターを出ると、空はすっかり茜色から紫色に変わっている。風が心なしか涼しくなっていて、さっきまでの蒸し暑さが嘘のようだった。

 駅に向かいながらスマホで「プリティアイドル」の最新情報を調べてみた。曲に衣装にキャラクター。新しいものがたくさん増えていて、あの頃からずいぶん時が流れてしまったんだと思い知らされる。でも、変わってないものも確かにある。だから、またどこかであの頃の自分と繋がれるそんな気がした。

 電車を待ちながら、私はプリティアイドルのプレイヤー登録画面を開いた。

「プレイヤー名を入力してください」

 表示された文字に、少しだけ考え込む。しばらくして、そっと「ロナ」と打ち込んだ。


 気づいたら電車のドアが開いていた。急かすように「ドアが閉まります。」というアナウンスが流れる。

 私は窓越しに少しだけ空を見上げた。仕事はこれからも忙しいし、きっと来週も休日出勤だろう。でも、来週の土曜日はまたゲームセンターに寄ってみよう。

 スマホ画面に映るローナは、あの日と同じ優しい笑顔をしていた。

はじめまして。七峯律月と申します。

お読みいただきありがとうございました。

Xで見たプリ〇ラの筐体の前の幼い自分と今の自分のイラストから着想を得て書いてみました。

プリ〇ズ、ア〇カツ、プリ〇ラの世代だったので小学生の頃はよく遊んだなーー。

アイドルゲームってキラキラしてて女の子の憧れが詰まっていますよね。


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