第1話 幕の端で
スポットライトは、まるで天井から垂れる炎の滴みたいに、真ん中にいる人だけを焼き付ける。
そして私はいつも、その光の外――袖の暗がりで、ひっそり小道具を握っている。
布で巻いた木の剣を渡す瞬間、主役の背中越しに客席のざわめきが波のようにうねった。
笑い声。咳払い。椅子のきしみ。
暗転の直後に走るロープの軋みさえ、私には舞台の音楽の一部だ。
鼻に刺さるのは、バミ(舞台用テープ)の接着剤と照明で熱をもった埃の匂い。
脚の甲には板のざらつき。ペンキの剥げた色。
あらゆる感覚が、この狭い空間で濁流みたいに渦を巻いている。
あそこに立ちたい、と願ったことは何度もあった。
でも、高一で入ってから二年間、私は一度も“主役”になれなかった。
理由は簡単。声も体も小さいし、自分から前に出られないから。
それでも、舞台は好きだった。
誰かが役をまとい、嘘を積み重ねることでしか届かない真実がある――顧問の瀬戸口先生はそう言うけれど、私はまだ、その意味を実感できずにいる。
開演直前。
暗がりで、背広の肩が私の前にすっと現れた。
「綾瀬。今日、君。行け。」
振り向いた瞬間、瀬戸口先生の目がランプの光を反射して鋭く光った。
息を呑む暇もなかった。
「え……代役、ですか?」
「病欠だ。今すぐ衣装に入れ。台詞は袖から誘導する。」
心臓が、照明のスイッチみたいに一段階強く点灯する。
足先が勝手に冷えて、手の中の小道具がじわりと湿った。
(照明IN → 袖から見える客席、ざわめき小)
ひなた(心の声):「光はいつも、私を素通りしていく――はずだったのに。」
舞台の境界線。袖の暗闇とライトの白が、足元でくっきりと分かれている。
たった一歩。それだけで世界が変わる。
喉に引っかかる息を、無理やり押し出す。
私は……。